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月夜に煌めく白銀の吸血姫⑤



「……あの、もしかしてなんだけど。それって跡が残ったりとかは……」


「跡? うん、残ってるけど」


「えっ、残ってるの!?」


 おいおい、マジかよ。この幼女、なんてことをしてくれたのでしょうか。というか、傷跡を残されるとかマーキング行為じゃん。完全に所有物扱いされてるやつじゃん。


「だって、そうでもしないと血を吸えないし……それに残ってないと逆に変だよ?」


「いや、まぁ……そうかもしれないけどさ」


 そう口にしながら、俺は確認しようと自分の首元に触れる。直接的に見る事は叶わないけど、触れた感じとしては、かさぶたの様なものができている気がする。


 少しひりつく様な痛みも感じるし、これは……うん、跡が残ってるね。くっきりと分かるぐらいに残ってやがるね。何してくれてんだよ、まったく。


 親から貰った大事な身体に跡を残すとか、結構な重罪だからね。お嫁に……じゃなくて、お婿に行けない身体にされてしまったぞ。俺の初めてを奪いやがって、どう責任を取ってくれるんだ、この野郎。


「彼女もいた事がないのに、こんなハードプレイを先に経験するなんて……」


「はーどぷれい? なにそれ?」


 エリザが首をこてんと傾げてそう聞いてくる。いや、やった張本人である君が、そんな純粋そうな目でこっちを見ないでくれ。まるで俺が悪いみたいじゃないか。


 というか、吸血鬼にSMだなんて概念はあったりするのだろうか。あったらあったで、それは実に興味深いことなのだけれど。ふふっ、ゾクゾクするねぇ。


「ねぇねぇ、ヤシロ。はーどぷれいってなに?」


「……いや、なんでもないよ」


 俺はそう答えてから、軽く咳払いをしてから話を続ける。


「えっと……とりあえず、話を戻そうか」


 俺がそう言うと、エリザは少し不服そうに頬を膨らませる。が、特に何も言うことなく、黙って話を聞いてくれる。そんな彼女に感謝しつつ、俺はこう続けた。


「ちなみにこの傷って、残らず治ってくれるよな?」


「あっ、それは大丈夫だよー。ちゃんと普通の傷の治りと同じ早さで治るからね」


「そ、そうか。なら、良かった」


 俺はほっと胸を撫で下ろす。これで跡が残ってたりしたら、それこそ大問題だからな。いやまぁ……もう既に大問題な訳なんだけどさ。


「けど、ヤシロってば変なことを気にするんだね」


 俺のそうした反応を見てか、くすりと笑みをこぼしつつ、エリザはそう言ってきた。ん? どうして笑ったんだ? 俺、何か笑われるようなことでも言ったか?


「えっ、変なことって?」


「だって、ボクと会う前は死のうとしてたのに、今は傷の治りを気にするなんてさ」


「……」


「あそこから飛び降りてたら、首元の傷どころの話じゃないのにねー」


 そう言いながらエリザは無邪気に笑う。そんな彼女の笑顔に、俺は苦笑いをするしかなった。


 いや、まぁ……確かにそうなんだけど。でもさ、やっぱり気になるじゃん? 跡が残ってたら、色々とさ。


「でもさ、ヤシロ。そんなことを気にしてたら、これから大変だよー」


「へ? これから大変って……なにが?」


「これから先、ヤシロは寿命で死ぬまで、ボクに血を提供しなきゃいけないからね。傷一つで気になっていたら、キリがないよ」


「……えっ、なにそれ。初耳なんだけど」


 俺がそう伝えると、エリザはぽかんとした表情を浮かべる。何を言っているんだ、こいつ。と、そう言いたげな表情だった。


「あれ? ボク、言ったよね? いらないならヤシロの命、僕にちょうだいって」


「いや、確かに言ってはいたけど……」


「だよねー。だから、ヤシロの命はボクのものになったんだよ。で、貰ったからには、ボクの好きなようにするからね」


 えへへー、と満面の笑みを浮かべてそう言うエリザ。いやいやいやいや、このボクっ子吸血鬼は何を言っているんだ。笑ってる場合じゃないでしょうが。


 というか、そんな良く分からない理屈で、人の人生を縛り付けないでほしい。俺の運命さだめは、俺が決めるもんだし、物語の結末も俺が決めるもんだぞ。


「いやでも、俺の命は俺のものであってだな……」


「えー? でも、ヤシロは死のうとしてたんだよね?」


「そ、それは……そうなんだけどさ」


「じゃあ、いいじゃん。ボクに命をくれたって。どうせ捨てる命なんだから」


 彼女のその言葉に俺は思わず息を飲んだ。そして同時に思う。あぁ、そうか。彼女は本当に人間じゃないんだと。


 見た目はただの可愛い女の子なのに、中身はまるで違う。価値観が、考え方が違うんだ。


「はい。という訳で、ヤシロを生かすのも死なすのも、ボクの自由です。だから、ヤシロには拒否権はありません」


「えぇ……」


 そんなこんなで、俺はあっさりと生殺与奪の権を彼女に握られてしまった。いや、無惨にもほどがあるだろ。君が正しいと言ったことが正しいってか。


「という訳で、これからよろしくね。ヤシロ」


「……はいよ」


 俺は渋々そう答えるしかなかった。だって、俺に拒否権はないんだもん。何かを言ったところで、退けられるだけでしょ。


「あっ、そうだ。それとヤシロにね、言っておかないといけないことがあってね」


「……えっと、なに?」


「うーんとね。ヤシロの血のことなんだけど……実はあんまり美味しくなくってさ」


「……はい?」


「ボクはグルメって訳じゃないんだけど、ちょっと気になっちゃって」


 気になっちゃって……って、おい。人様の血を飲んでおいて、その言いぐさはなんだ? てか、血に美味しいとか不味いとかあるのか?


 でも、まぁ。よくよく考えたら……ブラック企業勤めによる常日頃の激務に、栄養バランスが偏りがちな食事。そんな生活を送っている俺の血は、きっと美味しくないのだろう。


 健康診断でもあまり良い数値じゃなかった記憶があるし、栄養ドリンクやエナジードリンクの過剰摂取もその一因としてあるのかもしれない。カフェイン中毒って怖いね。


 ……でもさ。それでもさ。それを本人の前で言うか? いや、まぁ、別に良いんだけどさ。うん、全然気にしてないからね。俺は大人だから。


「だから、これからは美味しい血を提供できる様に、ヤシロにはいろいろと頑張って貰うからね」


「……ちなみにそれ、拒否権は?」


「もちろん、ある訳ないじゃん。だって、ヤシロには拒否権ないから」


「……ですよねー」


 そんなやりとりを交わしながら、俺は小さくため息を吐いた。そして思う。これからの俺の人生はどうなるのだろうと……。




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