ご主人様は吸血鬼?
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オッス、オラ社畜!
なぁ、みんな。吸血鬼という生き物を、知っているだろうか?
映画や小説など、創作物に出てくる架空の存在であり、人間の生き血を啜り、夜に生きる恐ろしい存在。それが吸血鬼だ。
けど、あくまでそれはフィクションの作品に登場するものでしかなく、現実にはいない。さっきも言ったけども、架空の存在なのだ。
……と、思っていたのだが、どうやらそうじゃないらしい。現に今、こうして目の前にいるのだから。
「どうしたの?」
そう言って首を傾げる目の前にいる銀髪の少女。室内のソファに並ぶように座っている俺たちの距離は近く、肩と肩が触れ合いそうな程に近い。
「もしかして、ボクの顔に何か付いてる?」
確かめるように自分の顔をペタペタと触りながら、そう言ってくる彼女。だが、別に何か付いている訳でも、特に変わった様子もない。いつもと変わらず可愛らしい容姿をしている。
そう、何を隠そう、彼女が件の吸血鬼なのだ。幼い容姿と顔立ちをしているが、これでも正真正銘の吸血鬼なのである。
見た目は普通の人間と変わらない。彼女の素性を知らなければ、ただの銀髪ロリ少女にしか見えない。けど、彼女が人間でないと知ってしまえば、そうは見えなくなる。
透き通る美しさを見せる銀髪。長く伸びた特徴的な犬歯。吸い込まれそうになる宝石のように輝く紅い瞳。陶磁器を思わせる白い肌。
人間離れした美を兼ね備えた少女が、ソファで並んで腰掛けながら俺を見つめている。まるで恋人同士のような距離感の中、俺と彼女は見つめ合う形になっていた。
「ねぇ、大丈夫?」
と、俺が考えごとをしていると、不思議そうな表情をしながら小首を傾げ、こちらを見つめてくる少女。そんな彼女の声で我に返り、慌てて取り繕う様にして返答をした。
「あ、いや……なんでもないよ」
「ふーん。そっか」
納得したのかどうか分からないが、それ以上追及してくる様子はない。その代わりに彼女は俺との距離をもっと詰めてくる。距離が近くなったことで、自然と彼女から香ってくる甘い匂いが俺の鼻腔を刺激してきて、なんだか落ち着かない気分になる。
なんというか、香水とはまた違うような……不思議な香りがするのだ。それがなんなのかは分からないが、嗅いでいると頭がぼーっとしてしまうような、そんな感覚に陥る。
これが吸血鬼の持つ魅了の効果というやつなのだろうか。それとも、ただ単に彼女が素で放つ匂いなのか。どちらにせよ、心臓に悪いのは確かだった。
「ふふっ。ヤシロってば、顔真っ赤だよー?」
くすくすと笑いながら言ってくる少女。その顔にはいたずらっぽい笑みが浮かんでいる。からかう気満々という感じだ。
そして彼女は俺の首元に顔を近付けると、ペロリと首筋を舐めていく。くすぐったい感触と共に、ピリッとした痛みが走り、思わず身を捩る俺。
「うーん、まだまだ……って、感じかな。でも、ちょっとは良くなったかも」
彼女は俺から顔を離し、満足そうな表情で笑みを浮かべる。そんな彼女の様子を傍目に眺めつつ、俺はそっと首元に手を当ててみた。
そこには傷のような痕があり、少しヒリヒリとした痛みを感じる。しかし、もう慣れたというか、今更な話だ。なにせ、彼女に血を吸われるのはこれが初めてではないのだから。
「この調子で、もっともっと良くしていこうね」
そう言って抱き着いてくる彼女。まるで枕に顔をうずめるかのようにして、ぎゅーっと思いっきり彼女の小さな身体を密着させてくる。
柔らかな肌の感触。温かい体温。ふわりと漂う甘い香り。それらが合わさる事で、心臓がドキドキと高鳴り始めるのを感じた。
正直、めちゃくちゃ恥ずかしいし照れ臭いし緊張するが、不思議と嫌な気分ではない。むしろ心地が良いぐらいだ。いつまでもこうしていたいと、自然にそう思ってしまう。
……さて、どうして俺はこんな状況に身を置いているのかって? それはまぁ……成り行きとしか言えないんだよな。別に俺は彼女に会いたくて出会ったわけじゃない。たまたま偶然が重なった結果だ。
だって、俺はあの日……本当は死ぬはずだったから。そして彼女と出会ってしまったからこそ、こうして生き延びて、彼女に有効活用されている。ただ、それだけの話なのだから。
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