同期の男
カレナが男たちを追い出したことで、店内は再び静けさを取り戻した。
水を持ってきたカレナに騒がせたことを謝ると、別にいいわよと返される。
「馬鹿なことを考えるとどうなるか、たまにはわからせておかないとね」
声を潜めて告げられた内容がどこまで本気なのかはわからないが、詳しくは聞かない方がいいだろうと判断してリーは口を噤んだ。
注文を受けたカレナが戻ってから、リーは改めてラミエたちに頭を下げる。
「ごめんな。俺が来るまで本部で待っててもらえばよかったな」
「リーのせいじゃないよ!」
その言葉を止めるように、ラミエがリーの上腕に両手を絡めた。腕の内側に触れる指先がくすぐったくも恥ずかしく、しかし振り払うのはもったいなくて、リーはなんとか顔に出さずに取り繕う。
「そうそう。大丈夫」
「彼が助けてくれたしね」
コルンとリリックが入口へと視線を向けた。
あのあと席に戻った長身金髪の男は、食べかけだった食事を詰め込んで早々に店を出ていった。座っていたテーブルにはまだ下げられていない食器が置かれている。
「ひーほひひはひ?」
「わかんねぇから」
相変わらず口に詰め込んだまま喋るエリアにぼやき返すと、急ぐ様子もなく咀嚼して飲み込み、知り合いなのかと聞いてきた。
「同期って言ってたけど……」
「まぁ……同期だけど……」
ラミエの声に歯切れ悪く返すリー。リリックと顔を見合わせてから、コルンが更に問う。
「友達?」
「んなわけねぇよ」
嫌そうに顔を顰めて否定するリー。
浮かぶ既視感に、ラミエたちは顔を見合わせた。
「それで、結局彼は誰でどういう関係なわけ?」
呆れを含むリリックの問いに、リーは顰め面のまま口を開く。
「あいつ……ルークは養成所の同期で。ちょっと色々あったからこんな感じなんだけどさ」
「色々って?」
「色々は色々」
悪びれず聞いてくるエリアに話す気はないと示す。
養成所時代に揉めた相手だとは言いづらいし、今もお互い会うとこんな態度ではあるが、別に嫌っているというわけでもない。
言いたいことを素直に言いすぎだとは思うが、まっすぐで努力家だということもわかっている。臆面もなく上級請負人になるのだと言い切る姿は眩しく、凄いなと素直に思うが、もちろん何があっても口にも態度にも出すつもりはない。
「ま、悪いやつじゃねぇけどな」
馴れ合うつもりはないということではなく、これが自分たちにとっての適切な距離感だというだけ。
おそらくお互いにそう思っているのだろうから、この先変わることもないだろう。
「ふぅん」
ニマニマと見てくるリリックを居心地悪そうに一瞥してから、リーはラミエへと視線を戻す。
「多分明日出なきゃならないから。会えてよかったよ」
じっと見つめられて頬を染めながら、その内容に微笑み頷くラミエ。
笑みの奥に見える寂しさに、発たねばならない己自身のやるせなさを強く感じて思わず抱きしめたくなるが、もちろん今ここで行動に出られるわけもなく。
ごめんと謝ったところで気にしないでと返されることもわかっていたので、今はただ笑い返すことしかできなかった。
嫉妬混じりの視線は刺さるものの、それからは騒動もなく。リーたちは歓談しながら食事をする。
「そういやまだ訓練してんのか?」
思い出したように尋ねたリーを、咀嚼しながらのティナが凝視する。
ヴォーディス内に道を作るために無茶をしたため、再び魔法の威力の加減ができなくなったティナ。ひと月前に暫く訓練をするという話を聞いていたが、今日受付にいなかったことから考えるとまだ訓練中なのかもしれない。
「ほあっはへろははひへふほー」
「お前にゃ聞いてねぇから」
代わりに答えたつもりなのかもしれないが、いつも通り何を言っているのかわからないエリアにぴしゃりと告げる。
「ティナももう通常業務に戻ってるよね」
笑いながら答えてくれたコルン。もう気が済んだのか、口の中のものを飲み込んだティナがこくりと頷いた。
「今は特別訓練中」
「特別?」
「要するに、まだ伸びそうだから訓練を継続してるんだよ」
ラミエの説明に、リーはこちらを見るティナを睨みつける。一見はいつもの無表情なのに顔を見ているとなんとなく苛立つのは、微妙に口角が上がっているからかもしれない。
「あたしもまだ訓練してるよ」
いつの間にか口の中のものを飲み込んだエリアがにんまりとリーを見ていた。
「そうかよ」
出会いが出会いだったために、このふたりが組織の職員になるつもりだと知った時にはできるのかと疑ったが。結果としてちゃんと同行員となり、成果もあげている。
ふたりがふたりなりに頑張っていることは、自分だってわかっているのだ。
ただ、あまり褒めると調子に乗りそうなので言うつもりはないが。
「ま、精々頑張れ」
なので口にしたのはほんの短い言葉。それでもエリアは嬉しそうな笑みのまま頷いた。
「じゃあレブルさん、お願いします」
「おう。ついでに注意もしといてやるよ」
食堂の隣の宿に騒いだ三人の食事を届けに来たカレナは、宿の主人のレブルにあとを頼んでロビーを離れた。
食堂には戻らず宿の中へと入っていったカレナ。向かうべき部屋はレブルに聞いていた。
扉を叩くと、はい、と怪訝そうな声が返ってくる。
「こんばんは」
名乗らずそう返しただけで、がちゃりと扉は開いた。
顔を出したのは長身の金髪の男―――ルークは慌てた顔から一転、訝しげにカレナを見る。
「……どうしたんですか?」
「お礼を言いにきたのよ。助けに入ってくれてありがとう」
多くの男が魅了されるだろう微笑を前に、ますます目つきを悪くするルーク。
「……わざと俺に収めさせたってわかってますよ。普段ならあんな奴ら速攻追い出してるんですから」
「あら、人聞きの悪い」
くすくす笑うカレナに、ルークは魂でも抜けそうなくらい深く溜息をついてから苦笑を浮かべた。
「まぁ見張り役でも壁役でもなんでもしますけど。絶対黙っててくださいよ??」
声を潜めてのその言葉。見上げるカレナの笑みが一際深くなる。
「損な性格ね」
からかうものでも馬鹿にするものでもない、どこか慈しむようなその声に、ルークは居心地悪そうに視線を逸らした。
言いたいことを言うだけ言ってカレナは去っていった。
狭いひとり用の部屋の中、ルークはカレナの眼差しを思い出し溜息する。
エルフなのだから自分より長く生きているのだとわかってはいるが、見た目がそう変わらぬ歳の女性に母親のような面持ちをされても困るというもの。
尤も初めに迷惑をかけたのはこちらなので、仕方ないのかもしれないが。
―――二の月。年受付に来た際に、リーと食堂にいた女性との噂を聞いた。その中には、誰にもなびかなかったあの美人があんな男を選んだのには何か理由があるに違いない、というものも多く。
リーが彼女の弱みを握って云々はもちろんないとわかっていたが、その逆、彼女がリーに貢いでもらうためにだろうという噂を否定する材料を自分は持っておらず。同時に馬鹿正直なあの男なら騙されかねないと思った。
ならば直接彼女に確かめようと思ったが、食堂を辞めたという本人がどこにいるのかわからずに。後任の女性にそれとなく尋ねたところ、上手く乗せられ洗いざらい喋らされた。
まさか本人の姉に妹を疑っていると話してしまっているとは思いもせず。気付かされた時には青褪めたが、もちろんもう遅い。
怒りもしないカレナの様子から、自分がなぜこんなことを尋ねに行ったのかももちろんばれているのだろうと腹を括り、本人たちには何も言わないでほしいと頼み込んで今に至る。
どさりとベッドに座り、今日何度目かわからない溜息を吐く。
それもこれも全部あのお人好しで詰めの甘い同期のせいだと心中ぼやきながら。
自分が見たこともない顔で笑うリーの姿に、噂は本当に根も葉もないものだったのだなと安堵した。