帰路での再会
アリグラス地区内、赤の三番の宿場町近くにあるツヴェルトの町。長閑な町には場違いなふたり連れが歩いていた。
「悪ぃな、来てもらって」
濃灰の髪の男が連れに声をかける。その腰にある剣と丈夫な旅装束から、その男の職業は見て取れた。
魔物絡みの依頼を受ける、請負人組織。旅周り各地での依頼を受ける組織員たちは、請負人と呼ばれている。
「こっちこそ。いきなりでいいのか?」
隣を歩く茶髪の小柄な男も同じような服装で、こちらは身の丈にしては大きな剣を背負っていた。
「いつでも連れてこいって言われてんだよ」
そう笑う濃灰の髪の男は、町の住人たちに親しげに声をかけられながら進んでいく。
やがて足を止めたのは、看板も何もない一軒の店の前だった。
「ただいま!」
嬉しそうにズカズカと入っていく濃灰の髪の男の様子に、茶髪の男もその表情を和らげ見送った。
「リー! やっと来てくれたわね!」
店から出てきた赤毛の女の勢いに、外で待っていたリーは苦笑する。
「セーヴルに連れてこいって言ってるのに。全然来ないんだから!」
「久し振り。レベッカは相変わらずだな」
「当たり前じゃない! さ、入って入って!」
自分よりも十歳以上年上のはずのレベッカだが、初めて会った五年前と何も変わらない。年齢を感じさせないその明るさは、そのまま彼女の親しみやすい性格を映すようだった。
「セロはおっきくなったな」
レベッカのうしろから顔を覗かせる同じ赤毛の男の子にそう言うと、不思議そうに首を傾げて見上げてくる。
「お兄ちゃん、ぼくのこと知ってるの?」
「何度も会ってるんだけどな」
セロの目線に合わせてしゃがみ込むリー。間に挟まれたレベッカがセロを自分の前へと押しやった。
「リーはシエラの弟なのよ」
「シエラお姉ちゃんの?」
セロの言葉に思わずぶふっと吹き出してから、なんともいえない表情でレベッカを見る。
「……なんで姉貴のこと知ってんだよ」
「こないだ遊びに来てくれたのよ」
「だからなんで」
「なんでも何も。友達だもの」
「はぁ?」
聞いてないぞとばかりにセーヴルを睨むと、苦笑いで肩をすくめられる。
「お前の故郷が近いって話をレベッカにしたら、こいつ勝手に手紙出してたんだよ」
リーの故郷バドックはここから一区画東の橙三番の近く。馬なら一日の距離ではあるが。
(……姉貴、黙ってやがったな……)
前回帰省したのは年が変わる狭間の七日間の合の月、そして今は四の月。その間に友人になったというわけではないだろうから、シエラもずっと黙っていたということになる。
尤も、前回に関しては恋人のラミエを紹介したので、仕方ないのかもしれないが―――。
ねぇねぇ、と思考に割り込む幼い声に、リーは我に返った。
「シエラお姉ちゃんにもらったおかし、おいしかったよ!」
無邪気なその様子に毒気を抜かれ、まぁいいかと切り替える。
「そっか。じゃあ今度俺も持ってくるからな」
歓声を上げるセロの頭を撫でてから、微笑ましげに見守るセーヴルたちと笑い合った。
夕食後、ゆっくりしてねとセーヴルとふたり残されたリー。突然来たにも関わらず、テーブルの上にはレベッカ本人は飲まない酒とつまめるものが並べられている。
歓迎と気遣いに感謝しながら、リーは向かいのセーヴルとグラスを合わせた。
「そういやリーに文句言ってやろうと思ってたんだ」
「……なんだよ」
言葉の反面からかう表情のセーヴル。何を言われるのかわかっているリーは、それでもしらを切る。
ニヤリと口の端を上げて、セーヴルは知ってんだぞ、と続けた。
「俺にはそんなんじゃねぇっつっといて。やっぱあの子とできてんじゃねぇか」
「でっ……」
モゴモゴと口籠ってから、悪かったけど、とぼそりと呟くリー。
「あん時はまだそんなんじゃなかったんだよ」
「そんなって?」
ひくりと引きつるリーを面白そうに眺めてから、セーヴルはグラスを置く。
不貞腐れた顔に向けるのは、懐かしさとふたつの意味での謝辞を含む、穏やかな眼差し。
「俺が言うのもなんだけど。大事にしてやれよな」
二十九歳にして請負人を目指したセーヴル。セロが生まれる直前で養成所に入った彼には、家族に対して思うところがたくさんあるのだろう。
「……わかってるよ」
そんなセーヴルの葛藤の一端を知るからこそ。からかうだけのつもりで振られた話ではないことを、リーとて承知していた。
「俺にできることなんて。知れてるけどさ」
三百年生きるエルフのラミエと、百年にも満たない人である自分。残していく時間の方が長いというのに、それでも一緒にと願ってくれたラミエのために。せめてできる限りのことをと思っている。
呑み込んだ後半も仔細は知らずとも気取られているのだろう。セーヴルは和らいだ笑みを返してから、あからさまに顔つきを変えた。
「それにしてもあんな美人相手に上手くやりやがったな。この際だから詳しく聞かせろ」
すっかりからかうそれに戻ったセーヴルを、リーは半眼で見返して。
無言のままセーヴルのグラスに酒を注ぎ足した。
翌朝、まだぼんやりとしたままのセーヴルと、にこやかなレベッカ、また来てねと元気いっぱいのセロに見送られ、リーはツヴェルトの町をあとにした。
請負人組織本部へはほぼひと月振りの帰還となる。
本来なら年に一度、二の月か六の月に年受付をしに戻ればいいのだが、龍に関する百番案件を受け持つことになったリーは本部協力員として拠点を本部に置くように言われていた。そのため手の空いている時は今まで通り支部を回り依頼を受けるが、基本的に一回りしたら戻るようにしている。今回もメルシナ村の護り龍である水龍ウェルトナックのところへ報告に行った帰りに、南端の七番街道などを回って戻ってきたところであった。
二日かけ紫三番に到着したリーは、とりあえずは帰還の報告をしに本部へと向かう。
時刻は夕方前。早ければ今日のうちにラミエに会えるかと内心浮かれながら受付に行くと、ものすごく見慣れた顔がふたつそこにあった。
年受付の期間以外は大抵ひとつしか開いていない受付には、派手な赤い髪の男女。どちらも整った容姿なので尚更目立つ。
「リーだ。おかえり〜」
「やっと戻ってきたな」
エルフの特徴である長い耳を隠しもしてない少女は、呑気な声をあげて手を振った。
「ホントにフェイの言った通りだね〜」
「当たり前だろう」
隣の男が当然とばかりに頷く。
龍の愛子であるリーは一度会った龍には半区画離れていても気取られる。昨日各宿場町の中間点である中継所に着いたところで、龍であるフェイにも気付かれていたのだろう。
「……受付お前らかよ」
「そうだよー!」
思わず日を改めるべきかと考えながらリーはジト目で赤毛のエルフを見るが、もちろん全く気にした様子もない。
「……黄色いのはまだ訓練中か?」
諦めて話題を変えたリーに返ってくるのはニンマリとした笑顔。一瞬イラッとしたが、悪気がないのはわかっているので反論は睨みつけるだけで済ませる。
「うん。ティナ、頑張ってるよ」
「エリアもそうだな」
「お前も?」
フェイの言葉に聞き返すと、エリアはにっこり笑って頷いた。
「あたしも訓練してるよー」
今はふたりでひとり分の同行員であるエリアとティナ。こうして訓練するうちに、いつかはそれぞれが一人前の同行員となるのかもしれない。
「ま、頑張れよ」
自然に零れた言葉に、エリアは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「うん」
らしくなく殊勝に頷かれ、続く言葉を見失うリー。
柔らかく笑むその表情はいつもの彼女とは少し違い、エルフらしい可憐さを含んでいて。
思わず凝視していたリーは、フェイがバサリと紙束を置いた音に我に返った。
「あとの用事も詰まってるんだ。とっとと済ませて行くぞ」
「へ?」
間抜けた声を返すリーに、フェイは表情を変えずに続ける。
「百番だ」
お読みくださりありがとうございます!
レストア大陸記第五弾『闇の中の黄金龍』、開始です!
暫く不定期更新になりそうですが、どうぞよろしくお願い致します!