形を取る音
昼を過ぎ、強く差す日が続く砂浜を白く染める。覆い被さるように広がる青は徐々に色を深めていき、その先で淡い青との境界線を描いていた。
海岸を前に佇んでいたふたつの小さな背が、どちらからともなく駆け出していく。
暫くそれを見守ってから、リーははしゃぐ足跡を追いかけた。
一直線に波打ち際まで走っていくケルトと、砂浜をぐるぐる歩くディリス。やがて合流し、ふたりで波を追いかけて遊んでいる。
追いついたリーとフェイに気付くと、ふたり揃って走り寄ってきた。
「海ってこんなに広いんだね!」
「岩場と全然違う!」
興奮気味に報告し、また歓声を上げて砂浜を駆けていく。
フェイと顔を見合わせたリーは、気が済むまで待つかと波の来ない砂浜に腰を下ろした。
黄の六番、中継所、白の六番。初めて人の町へと足を踏み入れたケルトは、終始楽しそうながらも落ち着いていた。
戸惑う様子もなく、かといって浮かれる様子もなく。自分たちやディリスにあれこれ質問しては、そうなんだと興味深げに眺める。
そんなケルトと並んで歩くディリスも最早心配はないと思わせる素振りで、あれこれ説明しては一緒になって笑っていた。
元々気が合うのか、池にいた時より更に打ち解けたように思える。
自分が村を出てから仲間を得たように、お互いにこれから友として並んで歩ける相手となったのかもしれない。
浮かんだいくつかの顔がなんだか気恥ずかしく、リーは気取られたと確かめずに済むよう隣を見るのはやめておいた。
足元まで広がるように来た波が引いていく。ぶつかる波は幾度か繰り返すうちにその引き際が合い、大きな山を作ってより近くへと白線を押してくる。
池面にできる波紋とはまた違う、波の動き。
初めて見る海はどこまでも広く、初めて聞く波の音はいつまでも鳴りやまず。
棲処の池にはない、動き続ける静寂。
同じく溜まった水なのに、と。不思議に思いながらケルトは眺めていた。
「なんだか面白いね」
隣で同じように海を見つめたまま、ディリスが独り言のように呟く。
「そうだね」
返事を求められているわけではないとわかってはいたが、同じだと示したくてそう声にした。
再び訪れる静かな時間。同じ水辺なのに全く違う匂いの風と、少しずつ変わる波の音。
池の外には今までの自分が知らない世界がまだまだたくさんあるのだろう。
暫く無言で水辺線を見ていたケルトが、唐突にニンマリと笑みを浮かべる。
「リー! 入ってみていい?」
振り返って叫ぶと、リーが立ち上がってこちらへ来た。
「いいけど、海水なのに大丈夫か?」
「多分」
多分って、と苦笑するリー。
「潜られると見えねぇから。あんまり遠くまで行くんじゃないぞ」
「わかった、潜らないよ。行ってくるね!」
驚く様子のディリスに笑いかけ、ケルトは寄せる波へと向かっていく。
服も靴もそう見せかけているだけで身につけているわけではない。踏みしめる砂の柔らかさと温かさ、纏わりつくように足先を呑む波。直接体に感じるどれもが新鮮で。
ゆっくりと膝上まで海に入っていったケルトは、そこで立ち止まり彼方を見つめる。
――人の世も、龍の一生も、知らないことに満ちている。
それを嬉しく思う自分がいた。
浜辺を遊びながら北上し、その夜は砂浜との境目の草原で野営となった。
三つ並んだテントの真ん中で、ディリスとケルトは楽しかったと笑い合う。
「ズンズン入っていくからびっくりしたよ」
「海も水だから平気だって思ったんだけど」
思ったよりピリピリした、とケルト。
「ディリスはどう? 前いたとことはやっぱり違う?」
「うん、全然違う。あっちは寒いし風も波も強くて。海の色も暗いから、カルフシャークでも入ろうって思わないかも」
「そんなに違うんだ」
見てみたいなと言うケルトに何もないけどねと返してから、ディリスはほんの暫く前までいた北の海岸を思い出す。
悩んだ挙句にあの場を離れて向かった人の世で、出会ったのは愛子と龍。
こうして人の姿で街道を歩けるだけでなく、ハルヴァリウス以外の龍と知り合うことができた。
ほんの数日で、あまりに多くのことがあった。そしてそれをすべて嬉しいと思えることが、なんだかくすぐったい。
もちろん今までの穏やかで静かな暮らしが嫌になったわけではないが。こうして『外』を知ることで得られたものもあるのだろう。
もしそれを成長と呼べるならば。少しはハルヴァリウスを安心させられるかもしれない。
話したいことがたくさんあるなと改めて振り返り、ディリスは笑みを零す。
「来てよかった」
終わりの近いこの旅路。それでもまだまだ新しいことを見つけられそうだと思えるのは、今ここにひとりではないから。
隣にいる、自分と同年代の龍。
ハルヴァリウスが懐かしそうに名を語る相手のように。自分にとってのそんな存在になればと願う。
なんとなく視線をやったその瞬間、ケルトがこちらを見ないまま頷いた。
「僕も」
心中を見透かされたのかと一瞬驚いてから、先の言葉に対してのものかと納得する。
応えを望んでの呟きではなかったが、隣から当たり前のように返されたことが嬉しく。浮かぶ笑みはそのままに、ディリスはケルトの見やる方へと視線を向けた。
心地良い沈黙の中、ケルトはふと隣のディリスを見る。
テントの向こうの海を見るかのように、まっすぐ前を見据えるディリス。
自分とそう歳の変わらない彼がハルヴァリウスのためにひとり請負人組織本部まで行ったのだと聞いて、驚きと尊敬を覚えた。
少なからず組織と縁のある自分でも、おそらくひとりで行くとなれば戸惑いも生まれるだろうに――。
視線に気付いたディリスに怪訝そうな顔で見られ、ケルトは慌てて口を開く。
「ディリスは戻ってからどうするの?」
「シラーといるよ」
ごまかしがてら気になっていたことを聞くと、迷いない即答が返ってきた。
「本当は一緒に旅ができたらって思うけど。今はゆっくり昔の話を聞くのもいいかなって」
俺の話も聞いてもらうんだ、と待ち遠しそうな眼差しをしてから。
「カルフシャークは?」
「……僕、も同じ。行ってみたい場所は色々あるけど、次はユーディラルと約束してるから、それまでは池にいるよ」
「約束?」
「うん。一緒に行こうって言ってるんだ」
問われ答えると、ふっとディリスが表情を緩める。
「カルフシャークは兄弟妹がいるもんね」
声音に滲むのは羨望。
「でもディリスとは兄弟じゃないから友達になれる、よね?」
少しだけ寂しそうにも聞こえた声に、ずっと胸中にあった思いが明確に形を取った。
「友達……」
お互い龍同士。もちろん言葉にせずとも感じ取ってはいるのだろう。
それでもはっきり輪郭を持ったそれを前に、ディリスに窺えるのは驚きと喜び。
「……ありがとう。嬉しい」
同じく音にされずとも伝わる気持ちを、笑みとともにきちんと形にしてくれたディリス。
「うん。……俺も嬉しい」
これからの日々への期待を込め、ケルトも照れ臭そうに笑った。
今回ややこしくてすみません。
ケルト=カルフシャーク
ディリス=ヒストシェイド
シラー=ハルヴァリウス
人の姿を取っているので、行動は人の姿の名。
ヒストシェイドの思考内のみ登場なのでハルヴァリウスは龍の名。
リーがヒストシェイド、ハルヴァリウスの名を知らないままなので、テント内での会話は聞こえてもいいように人の姿の名。カルフシャークとユーディラルは知られているので龍の名。
というように使い分けています。






