残るもの
現在はギル、過去はギルスレイドと書いております。
懐かしい記憶に満たされながら、ギルはハルヴァリウスと二千年前のことを語り合った。
ギルスレイドが去ったあとも続いた街道造りは、やはりドレアスが存命のうちに完成することはなかったものの、彼の周りの人々が引き継いでくれたという。
ルヴィエートとハルヴァリウスも何度か姿を変えて街道の完成まで手伝いはしたが、ドレアス以外に龍だと明かすことはなかったと語った。
「俺たちが間に入らずとも、人は自分たちでドレアスの意志を継いでくれた。ドレアスを知る者がいなくなっても、変わりなく最後まで」
懐かしむように語るハルヴァリウスの声音に滲むのは、感謝と尊敬。
「人は短命だが、種として長命なんだな」
「種として……」
確かに人は個としては百年足らずの命。大きなことを成すには短い一生なのだとしても、その意志を引き継ぐ者がいる。
結果として、寿命も短く力も弱く今では魔力もない、そんな個々は小さな魔物にさえ怯えなければならないような存在であるにも拘らず、今なお堂々とこの地で人らしく生きている。
「……そうかもしれないな」
もしかしたらそれが人の種としての強みなのかもしれない。
今更の気付きを口に出すことはせず、ギルはただ共感だけを示した。
ひとしきり話したあと、それで、と言葉を継ぐハルヴァリウス。
「泉の場所は……どうだったんだ?」
ドレアスに伝えたことはハルヴァリウスたちにも話してあった。
そしてハルヴァリウスもまた、おそらくはシェイディメルから自分が本当に泉跡に行ってきたことを聞いているのだろう。
「……大変だったよ」
嘲笑とともにギルが答える。
自分ならどうにかなると甘く考えていたせいで、かなりの時間を費やすことになったものの。
それでも自分が無事に戻ってこられたのは、あの地が迎え入れてくれたからだとわかっていた。
―――旅路は過酷であった。
北へ進むにつれ下がる気温に、身体を動かし続けることで耐える。休む必要のない自分ならばと強行したが、途中で手足が末端から凍り始めたことで一度戻ることを余儀なくされた。
回復を待つ間に、半島から戻らぬことを心配していたシェイディメルに探し当てられ、無茶をするなと怒鳴られた。それでもまた行くつもりだと話すと怒りは呆れに変わり、準備くらいしろとぼやきながらも半島で服や火種を調達してきてくれた。
不死の自分だからこそ、凍りつき動けなくなれば永遠にそのままの可能性がある。その前に戻る判断をするよう何度も言い含められての再出発となった。
地上からでは正確な位置は知れず、いくつか覚えている風景も長い時間に変化していて当然で。実際まっすぐ泉に向かえたのか、あらぬところを彷徨ったのかもわからぬまま、それでもいつの間にかその地に導かれていた。
背の高い木がなくなり、地表を白と茶混じりの緑が覆う。かつて山の中にあったそれは、その中にくっきりと茶色い円を描いていた。
少し前から感じていた違和感はその光景を前に確信に変わる。
白の混じらぬ泉の跡地。辿り着く前から徐々に寒さが和らいできていた。
その外側は凍っていたはずが、いつの間にか足元の氷まで解けていく。
まるで守られているかのようなその空間。
泉を枯らせた自分がその恩恵を受けるわけにはと思い下がるが、距離を取ってもいつの間にか足元に土が覗く。
三度繰り返した後、もうありがたく享受することにした。
泉跡の前に座り、ぼんやりと眺める。
泉を枯らせた自分を拒むどころか迎えてくれるようなこの現象。
あの日から今まで、自分にできたことは何もないと思っていた。
己の罪を噛みしめながらただ時を過ごすことしかできなかった。
それなのに―――。
凍り欠け落ちた指先や鈍くなった身体機能が戻ると、今度は一枚、また一枚と鱗が剥がれていく。
罪の証のくすんだ金の鱗。
―――自分は赦されたのだろうか。
身を包む暖かさに、ギルスレイドはふとそう感じた。
「……赦されたのか?」
ぽつりと問うハルヴァリウスに、ギルは穏やかな笑みのままわからないと答える。
「あのまま居れば鱗はすべて落ちていたかもしれないが―――」
鱗が残り三枚になったその時に。受け入れてくれたことへの感謝と、赦されたのかもしれないことへの喜び、そしてまだやり残したことがあるのだと告げて、自分はあの場をあとにした。
「―――ドレアスに頼まれていたからな」
完成した街道が龍と人に何をもたらすのか。それを見届けるまで果てるわけにはいかず、終焉を待たずにこうして戻ってきてしまった。
火種などとうに使い果たしていたが、泉跡が見えなくなるまではあの暖かさが続いていた。
往路とは逆に復路は進むほどに気温が上がる。あの場で一旦回復できたからこそ、まだ体力があるうちに最も寒い区域を抜けられた。
次第に温む中を南東へと進みながら、戻る己に苦笑する。
あれだけ持て余した命を今更惜しんだ自分。
赦されていたかもしれない罪を持ち続ける代わりに、いつかその時を迎えるまでは贖罪を続けると決めた。
ギルスレイドが半島に戻ったのは、街道が敷き終わってからかなりの時間が経ってからだった。
まだ細かった道沿いの木々は見上げるほどの高さのものと新たに育つものが混ざり、くっきりと街道を浮き立たせる。
どこまでもまっすぐに続くその姿が、どこか素朴で一本気なドレアスらしいと感じた。
半島では驚くほどに増えた人々が街道の端々まで広がり、龍は人に紛れ、そして人に寄り添い生きていた。
余すところなく街道を歩き、人と龍の暮らしを見て回る。街道の交差部は宿場町として栄え、人々の生活と安全を守る大きな組織もできていた。
これまでのように流れることのできない、行き止まりの半島。永住の地とするしかないからこそ、異なる種の居場所が穏やかに重なり合って今までにない生活が営まれていた。
二千年も前に敷き始められた道は、この地に住むものたちに今も変わらず使われている。
人の流れも物の流れも支える街道はここでの生活の骨組みと成り得た。
人々、そしてほかの種にとって、欠かせぬ道となったのだ。
すべての街道を歩き終えたギルスレイドは、ドレアスと初めて出逢った場所に程近い黒の一番で、あの別れ以降に見てきたものを胸中語る。
音にならぬ報告が届いたかどうかはわからない。
それでも約束を果たせたのだと示すように、鱗が一枚剥がれて消えた。
約束だけは果たせたようだと笑うギルに、ハルヴァリウスも嬉しげに頷く。
「……ルヴィエートも喜ぶだろうな」
ルヴィエートの寿命はあれから五百年ほどだったという。
懐かしい記憶に重なるように浮かぶのは、半島を巡る中で出逢った水龍の姿。
―――おそらくはハルヴァリウスも知っているのだろうが、お互いあえて口には出さなかった。
暫くその名を懐かしむように宙を見ていたハルヴァリウスが、突然大きく溜息をついて頭を動かす。
「街道を見て。そのあとは一体何をしていたんだ?」
向けられたその眼差しが含むのは、どこか咎めるような色。
「結局一度も会いに来なかっただろう?」
尤もからかい半分であることはわかっていたので、ギルも苦笑しながらすまなかったと素直に謝った。
「戻ってからはユシェイグにいた」
「その頃から請負人組織に?」
「ああ。まだ再出発したばかりだから手伝ってほしいと言われたんだ」
エルフを妻に持つ初代組織長は、人も龍も使いやすいようにと街道を敷いたドレアス親子同様、ここに暮らす人と人ではない種のために魔物討伐組織を再編したのだという。
自分が手伝えたのはドワーフへの説明や単純な労働力として程度だが、歴代の組織長たちはいつまでも敷地内で自分の望むように過ごさせてくれた。
―――あれ以来剥がれぬ鱗。
自分がすべてを終えるには、やはりあの場へ向かわねばならないのかもしれない。
だから最後に請負人ギルとしてもう一度この地を巡ったあとは、再び泉跡へと向かおうと思っている。
以前とは違いずっと誰かの隣にいるわけではないが、それでも既に七年。そろそろ潮時だろう。
人と暮らす最後のひと時はとても賑やかで騒がしく、あっという間に過ぎていく。
ひとりではない幸せを味わうだけでなく、こうしてまた恩人のことを語り合うことができた。
もはや龍ではない自分にまで愛子の効果はあるものなのかと苦笑する。
強引に自分を訓練生としてこの期に入れたフィエルカームには、こうなることが見えていたのかもしれない。
「話せてよかった」
ミゼットとチェドラームトを待たせたままなのでそろそろ戻ると告げたギルに、わかったと頷きつつもハルヴァリウスは寂しそうな顔を見せる。
「またいつでも来てくれ」
続く言葉に、ギルは頷かなかった。
中腹からここへと来る道にはミゼットが視覚阻害をかけなおしている。徒歩で上がったとして、道が見つかるようなことはないのだが。
「探してくれてありがとう。手間を掛けさせてすまなかった」
答えぬままの礼はきちんと意図を届けたのだろう。仕方なさそうに短く息を零したハルヴァリウスは、それでもまたいつかと継ぐ。
「ヒストシェイドにも会ってやってくれ」
「……一緒にいる子どものことか?」
「ああ。まだ百歳にもならない風龍だよ」
一瞬目を瞠ったギルが緩めるように息を吐いた。
「……ならなおさら、俺のことなど知らぬままでいい……」
今度こそ自分などにかかずわらず、自由に生きてくれればいい。
祈るような呟きは、淡い闇に紛れて沈んだ。
ギルの過去話、思ったより長くなりました。
次話からリー視点に戻ります。
お読みくださりありがとうございます。
殆ど進捗のない一年でした。話もあまり進まずで申し訳なく……。
どうにかこの先も、細々とでも最後まで書いていきたいと思っております。
来年も引き続きよろしくお願い致します。






