新たな依頼
『この連載作品は未完結のまま約2ヶ月以上の間、更新されていません。』
うぅ、ごめんなさい……。
東から順に白黄橙赤紫青黒。北から南に一番から七番まで。街道は東西、そして南北に格子状に七本ずつ伸びていた。
どの街道も道の両側に背の高い木が並び、一区画の中央に中継所がある。細かな違いはあるものの、どの場所も似たりよったりの景色。所々川が横断したりすることもあるが、基本はなだらかな平地に敷かれている。
龍に乗って空から見るとよくわかるとアーキスが言っていたが、街道は本当にまっすぐ続いているらしい。
もちろん己自身が上から見下ろすことはないが。
まだ明るい空を見上げ、リーはぼんやりとそんなことを考えて歩いていた。
請負人組織本部のある紫三番を出て三日目。今回は特に目的のない、ある意味請負人らしい旅路であった。紫四番から四番街道を西に一日、青の街道との間の中継所に夕方前に到着したリーは、その前で待つ見覚えのありすぎる長身赤毛の男の姿に顔をしかめる。
「来たな」
「……なんでフェイがここにいんだよ……」
「迎えに来た。百番だ」
さらりと告げられた言葉に瞠目して、リーはフェイに駆け寄った。
「急ぎか?」
通常は支部に連絡が行き、それを見た自分が引き返す。こうしてわざわざ迎えに来るということは、急を要する案件なのかもしれない。
何か問題でも起きたのかとの心配を覗かせるリーに、フェイは事も無げに首を振る。
「まだ出たばかりだったからな。迎えに行った方が早いだろうと」
「……じゃあ馬で……」
「それなら俺たちが来た意味がないだろう」
「たちって……」
ほかに誰もいないからこそ、自分は馬で帰るのかと聞いたのだが、どうやら同行者がいるらしい。
そしてそれはそのまま、どうやって帰るのかを示す言葉となる。
この先の苦行を理解したリーは、仏頂面で溜息をついた。
さほど待つことなく中継所から出てきた目深にフードを被った男に気付き、リーは軽く会釈をする。
「クフトさん」
クフトもフードを外し、その金の瞳を細めて微笑んだ。
「お待たせしてすみません。こちらの用事は済んだので戻りましょう」
急ぎではない依頼に自分を連れ帰るためだけに同行員をひとり手配したのかと、内心大袈裟だなと思っていたのだが、どうやらついでは自分の方だったらしい。
案の定の方法で暗くなる前に組織本部に戻ったリーは、立ち直るなりそのままフェイに百番案件の報告室へと連れていかれた。
部屋で待っていたふたりの姿に、リーは目を丸くする。
「リー!」
食べかけのお菓子を口に詰め込み、ぴょんと椅子から飛び降りて駆けてくるディリス。そして隣にはシラーの姿があった。
「またお世話になるよ」
「世話にって、あの場所に何か不都合があったのか?」
ディリスとシラーを見比べて問うと、穏やかな笑みのまま違うと首を振られる。
「別件だよ。あとはディリスがちゃんと謝りたいと」
「俺、ここの人たちに迷惑かけたから」
少ししゅんとするディリスに、やはり初めて会った時の強気な姿はなく。
虚勢を張って押し込んできたディリスの覚悟を改めて知り、リーは労いを込め目の前の銀の頭を撫でた。
「理由はもう皆もわかってるだろうから。気にしなくていいと思うけど」
初めこそ驚いた顔をしたものの、すぐに嬉しそうにその瞳を細めたディリス。暫く撫でられたあと、わかった、と笑みを見せる。
「じゃあ言うのはお礼にする」
「そうだな、それがいいだろう」
微笑ましげに見つめていたシラーが頷き、そのままフェイへと視線を向けた。
「頼めるかな?」
「ああ。リーはシラーから話を聞いてくれ。行くぞ、ディリス」
「うん、行ってくる!」
残るふたりへとそう告げて、ディリスが先に歩き出したフェイを追いかける。
扉を出る際に振り返り手を振るその顔は、年相応だろう素直さと好奇心に満ちていた。
ふたりを見送ってから、リーはシラーの正面へと座る。
「それで、依頼は?」
フェイは急ぎではないと言い、シラーも棲処とは別件だと言うが、いくらついでとはいえ迎えに来るぐらいなのだから、もしかしたらほかに困ったことがあったのかもしれない。
そう思い表情を引き締めるリーを、シラーがまっすぐ見据えた。
心の奥底まで覗き込むような深い赤は、紛れもなく龍のそれ。
気圧される強さはないが、自然と背筋を伸ばしてしまうような。そんな圧を感じたリーは、無意識に唾を呑み言葉の続きを待つ。
「……ディリスに、外の世界を見せてやってほしい」
そこに慈愛の光を浮かべ、リーの緊張を緩めるようにシラーは静かに告げた。
「この先ディリスが困らないように。今の人の世を見せるために、一緒に旅をしてやってほしいんだ」
思ってもいない内容に目を瞠るリー。その驚きですら見透かしていたように、変わらぬ声音で言葉を継ぐ。
「私も長く人の世には関わっていないから、今のことは何もわからない。だから旅慣れたリーに任せられたらと思ってね」
自身で行かない理由をそう述べたシラー。驚きの波が収まるにつれ、リーにもそれだけが理由ではないことはなんとなく感じ取れた。
おそらくは、自分が人であるから。そして―――。
「……目的地はメルシナ村でいい?」
―――いずれ残されるディリスに、新たな縁を繋ぐきっかけとなれるから。
ディリスの外見が年齢通りなら、カルフシャークやユーディラルとさほど変わらぬ年齢のはず。龍にとっての同年代がどんな意味を持つのかはわからないが、同じ時を生き抜く仲間を知ることで、何か助けになることがあるかもしれない。
返される眼差しからは、その推測が大きく外れてはいないことを。
「そうしてもらえると助かるよ」
そして願うように呟かれたその声からは、シラーの安堵を窺うことができた。
組織長室ではマルクとクフトが向き合い座っていた。
「周辺の町、中継所と話を聞いてきましたが、特に匿う様子はないかと」
机の上にはラルジェム地区の地図があり、街道中央の中継所を含め数カ所に印が入っている。
保安と協力して制圧した拠点のうち、ここラルジェムにあった施設はどちらかというと研究所寄りのものであった。
今後のことを考えるとなるべく残党を狩っておきたい。そんなジャイルたち保安上層部の思惑から、請負人組織―――エルフの協力を請われたのだ。
暫く地図に視線を落としていたマルクが、わざとらしいくらいに大きな溜息をついてそれを手に取った。
「あいつめ。いいように使いやがって」
「時間をかけると気取られますからね。意地を張らずに頼られるだけいいじゃないですか」
バラバラに散っただけでは各々たいして動くこともないだろうが、それが集まるとまた碌なことにならない。長期的かつ暗々裏に警戒する必要があった。
「それに。どのみちマルクさんも断りはしないでしょう?」
尋ねるのではなく単なる確認のようなクフトの声には答えずに、マルクは地図を隣にある書類に重ね置く。
「ギルは?」
「気付かれてはいるでしょうけど、常に居場所は把握しておくよう指示を出していますので。いつでも」
即答するクフトに頷き、ご苦労だったと解散を告げる。
もはや龍ではないと言い張る割には、どこまでも龍らしく強情だと。
説得する面倒さを思い、マルクは今一度息をついた。
ようやく戻ってきました。
今からまた細々と続きを書いていこうと思います。
……久し振りすぎて投稿時間間違えた……。