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いきおいよく1-2

 部員たちに婚約に至った経緯を説明することにした。


 親も子も仲の良い両家が「今日あたり一緒にやりますか」的な感じで、一緒に晩飯を食うことが週に七回は発生する。毎日じゃねえか。


 逆に年間通じて一緒に食ってないことの方が少ない。

 家に帰ってから知ることが多いが、親父達が勝手に決めているので、俺自身もう慣れっこだった。

 昨夜もそのパターンだった。

 部活が終わった後、不足していた画材道具を買ってから家に帰ると、玄関に見覚えのある靴が並んでいる。兵頭一家が来ている証拠だ。

 この逆パターンもあり、逆に帰って来た時に家の玄関に家族の靴が無い時、我が菅原家が兵頭家にお邪魔しているのである。


 リビングを覗くと長テーブルが二つ並べて置かれている。

 それぞれのテーブルには鍋がグツグツといい感じに煮立っていた。

 今は7月でこのクソ暑い時期になんで鍋なのか理解に苦しむ所だが、親父たちの意向だろう。

 鍋のせいで暑いからって、エアコンの温度ガンガン下げんなよ。

 時代は節電だぞ。無駄なことしてんじゃねえよ。


 俺以外の両家族は揃っていて、朱里が左の鍋の出来具合を確認していた。

「京介遅いぞ。もう始めるぞ。さっさと座れ」

 親父に言われ、俺はいつもの席――左テーブルの端の座席に着いた。

 いつもと変わらず、小宴会のような両家族の食事風景である。


 この席では、誰がどこに座るか決まっている。

 右のテーブルにはそれぞれの両親が座り、左のテーブルには子供達が座る。

 俺の座席は朱里の横と決まっている。

 俺たちにはそれぞれ中学二年生の妹と弟がいる。俺には妹、朱里には弟だ。

 二人は同じ日に生まれ、俺たちと同じように生まれた時から一緒にいる。

 俺の妹――美希みきと朱里の弟――大地だいちが向かい側で並ぶ。

 美希と大地も俺たち同様に普段からいつも一緒にいて、喧嘩もするがなんだかんだと仲がいい。

 まあ、俺も他の奴はともかく、大地になら安心して美希を任せていられる。


 子供たちのテーブルで世話役となるのは何時も朱里だ。

 朱里が俺の空いた器を取り鍋から適当に盛ってくれた。

 いつも、すまないな。


 朱里はいつも嫌な顔一つ見せずに俺たちの世話を見てくれる。

 やはり俺にはもったいないくらい出来過ぎた幼馴染だと思う。


「はい、どうぞ。京介、今日は遅かったね。何してたの?」

「ありがとう。部活の後、いつもの店に画材道具を買いに行ってた。朱里の方は早かったのか?」

「うん。生徒会はこの時期仕事が少ないから、すぐ解散になったの」


 こんな感じでお互い仲良く暮らしている。

 朱里には感謝してもし足りないくらいだ。


 食事が進み、しばらくして親父達は変な掛け合いを始めた。


「そういやあ、菅原の」

「あんだ? 兵頭の」


 親父達は酒が入り始めると、何故か苗字で呼び合う。

 普段は名前で呼び合ってるくせに理由は分からない。


「約束を果たすには、いい時期じゃないか?」

「おお! そういえばそうだな。よし、皆の者よく聞けい!」


 そう言って、親父達が立ち上がった。

 今の内容で、伝わるのはどうかと思うぞ?


 親父達は立ち上がって、肩を組み合ってから家族を見回す。

 これも両家の定番である。


「俺達は昔約束した」

「わが子が出来た時、両家の縁を更に深めようと」


 親父達のすごいところは、交互に話しているのに、話が繋がっているところだ。

 打ち合わせもしていないのに、スラスラと違和感無く聞こえるのは、もう一つ凄いと思う。


「俺達はそれぞれ子を授かった」

「それも同じ年に男と女を」


 そこまで家族計画に執念を燃やした理由を教えてくれ。 


「これは神のお導きだと考えた」

「更に縁を深めよとの啓示だと考えた」

「「よって、京介と朱里は今日をもって婚約者とする!」」

「へ?」


 親父達の発言に俺の手から箸がポロリと落ちる。


 今、何て言った?

 婚約者?

 誰と誰が?  

 いや、ちゃんと聞いてたよ。俺と朱里が婚約?

 そんなの何で親父達が決めるんだよ。


「親父、ちょっと待て!」

「なんだ。わが息子よ」


 いや、兵頭の親父さんじゃねえよ。俺の親父に聞いてんだよ。

 もう、息子にしてんじゃねえよ。

 普段から親父さんって呼んでるだろ。いつもと違う反応するなよ。

 ああ、もう何か余計に訳が分からなくなるじゃねえか。


「京介、両家の未来を繋ぐ役目。責任は重いぞ。覚悟せい」

「親父、なに戯言ざれごと言っちゃってんだよ。そんなのおかしいだろ!」

「お前は朱里が嫌いか?」

「嫌いなわけ無いだろうが!」


 おっと、これって告白みたいじゃねえか。

 勢いで言ってしまったが、これは恥ずかしいぞ。嘘じゃないけどさ。

 横で朱里が顔を赤くしてるけど、そんな顔してないでお前も止めようぜ。

 俺はいいけど、お前にとって進めたら駄目な話だろ?


「朱里、お前はどうだ?」

「き、嫌いじゃない!」


 朱里――俺、お前が幼馴染で本当に良かったよ。

 でも、お前が言ってる意味って、俺の思ってる意味とは違うんだろうな。 

 お前が言ってるのは、家族的な意味で『嫌いじゃない』なんだろ?


「「では、良いではないか!」」


 いや、そうじゃねえよ。好きとか嫌いの話じゃねえんだよ。

 俺からしたら棚からぼた餅な話だ。

 朱里を女として見てしまっている俺がいるからさ。

 でも、朱里は俺を兄妹のように見ているかもしれないだろ。

 俺を男として見れないかもしれないじゃないか。

 俺はどうでもいいけど、朱里の気持ちは大事にしてやってくれよ。


「親父、勝手が過ぎるぞ!」


 俺がそう言うと、親父たちは目配せあい、頷き合うと話し出した。


「ふむ。さすがに強引過ぎるのは良くないか」

「では、お前たち自身に確認しよう」

「朱里よ。お前は京介と結婚してもいい、添え遂げてもよいと思えるか?」


 親父さんが実の娘である朱里に問う。

 朱里だってこんな急な話断るはずだ。

 その朱里が、耳を疑う言葉を発した。


「――わ、私は結婚してもいい」


 ――――え?


 ――朱里。お前、今なんて言った?

 暑いのに鍋食ったから脳でもやられたの? 

 熱でもあるんじゃない? 馬鹿なの? 死ぬの?

 実は生徒会が忙しくて、精神的に不安定なのか?

 受験勉強でも思うようにいってないのか?

 悩みがあるなら何で俺に相談しないんだ。俺は死ぬ気で解決するぞ。

 予想外な台詞を言ってんじゃねえよ。 

 しかも、何で俺を見る目が潤ってるんだよ。  

 お前そんな色っぽい目をいつからできるようになったんだよ。


「京介のことはよく知ってるし、私のことも理解してくれてる。だからってわけじゃないけど……京介がいいって言うなら、私は結婚してもいい」

「あい、わかった」


 ……なんだよ?

 朱里はてっきり俺との結婚なんて想像できないとか言って反対すると思ってたのに。

 結婚するってこと分かってんのかよ?

 俺と色々やっちゃうんだよ?

 俺の事ちゃんと男として見てたのか?


 ――そうなのか?

 ――そう思っていいのか?


「では京介、お前は朱里と結婚してもいいのか?」

 親父に問われて、つい朱里の顔を見てしまう。


 ……何だよ。

 そんな期待と不安に満ちた目で俺を見るなよ。

 お前の気持ちを知った以上は、俺も腹をくくるさ。

 俺だってお前となら結婚していいと思ってるさ。


「お、俺だって、朱里となら結婚してもいい。他の奴になんざ渡してたまるかよ!」


 ああ、啖呵切っちまった。もう、後戻りできねえ。

 ……でも、俺の発言を聞いて朱里がとても嬉しそうに微笑んだのは、そういう事でいいんだよな?

 

 

 ☆

 

 俺の話を聞き入っていた部員たちに、どうしても言いたかった言葉をかける。


「――とまあ、こんな夢を見たんだがお前達どう思う?」


「「「殺していいですか?」」」


 殺意に満ちた目で刃物のついた道具を手に俺を取り囲む後輩達。

 刃物は止めろ。血が出るだろ。

 一度やってみたかったネタなんだ。


 じりじりと距離を詰めてくる後輩達。やばい、本気だ。

 菫と沙緒がアイコンタクトをかわしつつ、逃がさないように警戒している。

 唯一、俺が逃げられそうなのは、ときおり手鏡に気がいってる茶々か。

 だが、失敗するとそこでエンドだ。

 成功する確率は限りなくゼロに近いだろう。

 ここは素直に両手を上げて降参しよう。

 

「冗談だ」

「どこからどこまでが冗談なんですか?」


 茶々が右手にカッティングナイフ、左手に手鏡を握りしめたまま言う。

 とりあえず刃物は置いてくれ。

 それと手鏡は必要なのか?

 あ、やっぱり必要なんですね、失礼しました。この変態が。


「つまらない冗談言う人には、それ相応の報いを受けてもらいますよ?」


 沙緒も彫刻刀を俺に向けて言う。どこから出したそれ。

 竿竹が、ゆら~りゆら~りと揺れながら、蛇が獲物を狙うように先端が動く。

 まるで、俺を逃がさないよう様子を窺っているように見える。

 どうやら、宿主ともども本気で狙っているようだ。


「遺言はありますか?」


 菫、目が据わってるぞ。お前は普通に怖い。

 なんでバール持ってんだよ。そんなので殴ったら、脳漿飛び散るぞ?

 お前から受けた日々の躾教育が俺のトラウマを刺激する。

 お前は最優先に落ち着け。

 危険指数で言うと天文学的な数字になりそうだ。

 

「夢と言うのが冗談だ。リアルに朱里と婚約した」


 自分の顔が引きつっているのがわかる。

 どうやら、これ以上ふざけると俺の命が本当になくなる気がしてきた。


「こんな話、冗談でも交えながらでないと、話すほうも恥ずかしいんだ」


 俺がそう言うと部員たちは、呆れて元の場所に戻っていった。

 助かった。部長の可愛い冗談には、もうちょっと寛容でいて欲しいものだ。


 実は話には、少しばかり続きがあったのだが、そこはあえて部員には話さず割愛した。

 婚約発表を受けた後、少しだけ朱里と話をする時間が作ったのだ。

 お互い再確認というか、俺に実感がなかったからだ。

 婚約指輪が用意されてるわけでもなく、法的な拘束力など何もない。

 親が決めた単なる口約束なのが今の現状だ。


 幼馴染が婚約者になったものの、どうしていいか分からない。

 朱里とウフフなイベントなんて、俺には有り得ないと思っていたから。


 想像力の乏しい俺にはこれからどうしていいか分からなかった。

 朱里自身は婚約を受け止めているようだ。

 お前やたらとニヤニヤしてるけど、本当に分かってるのか?

 そんな朱里に俺のことを男として見れるのかと、気になっていたことを聞くと、実は俺の事をとっくに男としてみていたらしい。

 いつからと聞くと、中学の頃にはすでに意識をしていたらしいのだ。


 お前な、そんな大事なことはもっと早く言えよ。

 俺はそんなこと全然気付かずに朱里と過ごしてきていた。

 口には出せなかったけど、色々と妄想したこともあったんだぜ。

 口に出したら絶対ぼっこぼこに殴られるレベル確定で。

 いきなり妄想を現実にするような勇気など俺にはなく、やったらやったで婚約破棄されるくらいならいいが、生死を彷徨う事にもなりかねん。


 ただ一つだけ、朱里から約束させられた。

 この婚約は隠さずにいること。


 俺にはその意味が分からなかった。

 何故あえて暴露する必要があるのだろう。


 やましい事など何も無いのだから、堂々としていたい。

 朱里は、はっきりとそう言い切った。

 

 てっきり逆の事――婚約のことは隠しておこうと言われると思っていたが、朱里なりの覚悟なのだろう。  

 朱里との約束を了承したものの、クラスの連中に自分から言うのは、なんだか自慢してるみたいで気が引ける。縛られて簀巻きにされた挙句、心の相談室に連れて行かれそうな気もしたしな。

 なんだかんだと言いながら、こういう内容は気心の知れた部員達の方が話しやすい。

 そこで朱里には俺が公表するのは、まず部員だけということで納得してもらった。

 ただし、部員に口止めすることはしないという条件で。

 そこから拡散しても、堂々と婚約していると断言して返すことも朱里に誓った。

 朱里もそれでいいと言ってくれたのでそうすることにした。


 こうして俺は約束を果たすべく、愛する部員達に婚約したことを言ってみたのだが――朱里が可哀想過ぎるってなんだよ。

 そりゃあ、何かにつけて優秀なあいつと比べたら、俺なんか誇れるものなんて何もない。

 ……やっぱり、可哀想か。



「まあ、なんていうか。おめでとー」


 茶々から軽いお祝い。おい、それだけかよ。

 すっげえフランクに流し気味で言ったよな。

 しかもイラスト描きながら、こっちも見ずに普通言うか?

 あ、今、鏡見てるんですね。顔見れば分かります。

 失礼しました。この変態が。


「まあ、部長が会長の尻に敷かれてるのは周知の事なのでご愁傷様です」


 菫が静かに頭を下げる。

 その冷笑に何か含みあるのか?


「結婚したら月に一万円の小遣いで、これから一生暮らすんですね。頑張って下さい」


 俺の未来を勝手に想像して、沙緒が涙を拭うような仕草で告げる。

 沙緒の頭の上で、竿竹が小刻みに動いているのが気になる。

 俺を馬鹿にして笑ってるようにも見えるけど、そうじゃないと信じたい。


 それよか、お前らのは妙にリアリティがあるから止めろ。


 ただ一人、沈黙を貫いている誠は妙に沈んでいる。

 もしかしてお前、朱里の事が好きだったとか?

 それとも彼女いない歴=年齢の仲間だった俺に婚約者が出来たのが悔しいのか?


「どうした誠?」

「お前の話を聞いていたら、ネタが浮かんだ。それを構築中だが何かが足らん。このもやもやは中途半端な触手攻めのようで気持ち悪い」


 お前、俺の話を途中から脳内で遮断しただろう。 

 自分のネタの構築に夢中になってんじゃねえよ。


 結局、婚約者ができたと言うのに俺の周りはまったく変わることが無かった。

 何か想像していたのと違うな、これ。

 想像といっても羨ましがられる程度のものだったが、俺もあんまりピンときていないのだ。

 婚約者がいる――だからどうした――それで終わりなんですよ。


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