魔物用の罠に引っかかってしまったみたいです
ここではないどこか遠い場所に行きたい。
「......確かにそう願ったけど、森の中なのは聞いてないよ」
島栄円、22歳。
気がついたら、緑生い茂る森の中にひとりぼっちです。
「とにかく、暗くなる前に森を出た方がいいよね。......え、きゃっ!?」
最初の第一歩で何かを踏んだ感触があったと思えば、縄にお腹を引っ張り上げられた。あっという間に、宙ぶらりん状態である。
おそらく獣を捕まえる罠なんだろうけど、こういうのって普通足を持ち上げられるんじゃないの? こんな大きな輪っかじゃ逃げられるのでは?
そんな事を考えていると、近くの草むらがガサゴソと音を立てて揺れた。
「ひっ、熊!? 猪!? 何!?」
「......人間?」
「人間!? え、人間?」
現れたのは、腰に剣を携えた強面の男だった。
「なぜ人間が魔物用の罠に掛かっているんだ?」
「ついうっかり? って今、魔物って言いました?」
魔物ってあのスライムとかゴブリンとかの異世界ファンタジーものに出てくる、あの魔物のことか?
「言ったがそれがどうかしたか?」
「おーまいがー」
薄々おかしいとは思っていたが、どうやら私は異世界とやらに来てしまったらしい。
「俺はダンだ。お前は?」
ご親切に罠から私を救い出してくれた彼は、ダンと言うようだ。
「私は、マドカと言います。ダンさんはここで何を?」
「冒険者ギルドの討伐依頼で、ブラックポークを狩りにきたんだ」
「ブラックポーク?」
名前のままだと黒い豚、だろうか?
「......来た」
「来たって何が、っ!?」
突然ダンさんは、がっしりとした手で私の口を抑えた。何事かと思えば、私たち二人がいる場所を大きな影が覆った。
「あれがブラックポークだ」
それは豚というよりサイだった。
それも凶悪な牙の生えたサイだ。
「俺の腕にしがみつけ」
「え、ちょ」
ダンさんはそう言うと、片腕でひょいと私を担ぎ上げた。
そして、大きく飛び跳ねた。私は死に物狂いでダンさんの腕を離さないよう掴む。
「わわわわああぁぁ!!」
ダンさんが飛び上がった直後に、巨大な黒サイはさっきまで私たちがいた場所に突進していた。
獲物を逃したことに気付いた黒サイは再び私達を見据え、駆け出してくる。
「逃げるぞ!! しっかり掴まれ!!」
「逃げるってどこに、ひぃっ!?」
またもやダンさんは大きく飛び上がり、空を駆けた。
だが、一歩の大きさが明らかに違うせいで黒サイとの距離は縮まる一方だ。
「......ここだ」
何かを呟いたダンさんは軽く飛び跳ねた後、突然右方向へ走り出した。その行動に驚いた黒サイは思わず立ち止まる。
その瞬間、黒サイの体は大きくひっくり返った。地面に仕込まれていた縄の輪が、黒サイの足を引っ張り上げたのだ。
「ていっ!!」
その隙をダンさんは決して見逃さず、私を地面に降ろしてすぐさま剣を持って黒サイへと飛びかかった。
ブラックポーク討伐の瞬間である。
「乱暴に扱ってすまなかった。怪我はないか?」
黒サイを仕留めた後、ダンさんはすぐに戻ってきて私の心配をしてくれた。
私はそんなダンさんに、いやこの状況に。
「......ふふ、はははは!!」
つい笑ってしまった。
「大丈夫か? 気が狂ってしまったようなら教会に行って見て貰えば」
「いえ、すみません。大丈夫です、むしろ私は絶好調です」
何だか今まで悩んでいたことが馬鹿らしくなってしまった。
最初はどんな所に飛ばしてくれたのかと思ったけれど、ここは私が元いた所よりずっと私らしくいられる場所かもしれません。