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ゆきつばき

作者: 海谷子猫


https://42762.mitemin.net/i784144/


 とある国の、とある区画に、新しく大規模住居施設が建とうとしていた。ある者は触れた所から木を思いどおりの形に生やし、腕の異常に発達した若者が木材を運ぶ。ある者達はテントの中でパソコンを相手に自在にシステムを操り計算を繰り返し、ある者は生き物たちと話し合い植生の指示を出す。ある者は水を操り浮遊させて運搬する。繊維を操る者はカーテンなどの生地サンプルを作ってはこの国の皇女と建設的な論争を繰り広げている。

 ここは異能を持つ人々が暮らす世界。花香る万緑の国、黄国(こうこく)。皇室の威信にかけたプロジェクトが、大勢の国民と大勢の労働者の手によって支えられていた。

「ねぇ! あの噂、知ってる?」

「どの噂だよ。」

「カケオ知らないの? 全然現場に出てこない妹姫さまが手柄を横取りしようとしてるって話!」

「みみ……それ何処から持ってきた情報なの?」

「動物たちが話してた!」

「それ俺に話していいのか? 俺の兄貴は妹君の桜さまの婚約者だぜ?」

「あぁ、月の満ち欠けで満男のお兄さんと、残り物の欠ける月、欠男って言ってたっけ。」

「人が気にしてることをズケズケと……。サイトウ家は代々システムエンジニアな上に皇族とのコネクションも持てるって両親は大喜びだからな。桜さまのスキャンダルは俺が握り潰しちゃうかもよ?」

「家のこともお兄さんのことも好きじゃないクセに! でも桜さまが出張ってくると、椿さまの立場どうなるんだろうね? あんなに現場に顔出して一緒にがんばってくれてたのに……。」

「姉姫さまが控えめな性格なのは判ってるが……元老院が桜さまのワガママを通すのはよくあるみたいだしな……。ちょっと心配だな。」

 プロジェクトも大詰めに差し掛かり、施設群が脈々と立ちそびえる中で、若者二人が話していた。一方でそこから離れた元老院の荘厳な建物の中で、姉姫、椿は懸命に訴えていた。

「なぜそんなことになるのですか!」

「ですから、椿さま。今おります皇族お二人のうち、龍の力を顕現させているのは桜さまお一人! 私どもとしても心苦しいですが、国の守護たる龍が居ませんと、国と民心を預けられないのです!」

 少し離れた机では、手のひらほどの黄龍を使役する妹が、皿からブドウの粒を龍に持ってこさせている。

「それは理解しています! ですが!」

 姉姫である椿は、難しい立場にあった。

「なぜ連名だったはずの黄龍タウンが、桜の私有地と言う話になったのですか! あそこは公共の場と最初に決めたはず!」

「だからぁ、私の名前にしておいた方が箔がつくでしょお? 力が顕現してるのは私だけだし、国を継ぐのも私でしょ?」

 桜姫は、幼くして遊び相手を顕現させた。国の守護とされる黄龍である。小柄な龍であったが国中でその顕現がお祝いされた。そして姉姫にも国中の期待が高まった。

 が、その期待が報われることはなかった。姉姫が辛うじて発現させたのは、懸命に力を込めてペンを持ち上げる程度の念力。彼女の立場は、厳しかった。

「ミツオさんとの新居にするから、お姉ちゃんは出てってよね。じゃ、私これからウェディングドレス選びの予定が入ってるから。」

 足取り軽く出ていく妹に、もはや怒りすら起きない。違和感は感じていた。桜の部屋は最上階なのに、私の部屋は中腹のテラス階だった。単なる権力誇示かと思っていて油断した。もはや住まわせるつもりすら無かったのだ。

「ですから椿さま。これまで通りのお住まいで……。」

「私が言っているのは住居の事ではありません。公共の、みんなのものとして作ってきたのに、桜一人の名前で出すのはいかがなモノかと言っているのです。それに、あの子は建設に携わっていません。」

「しかし、それではメンツが立ちません。莫大な費用を国庫から出しましたが、桜さまのブランド力で価格設定しないと回収できません!」

「公共のインフラ整備は重要なはず。なぜそんなビジネスでしか見られないのですか。」

「ビジネスでしか見ていないのではなくてですなぁ……。」

「ハッキリ申し上げましょう。」

 ひときわ歳を取っていそうな委員が口を開く。

「今の椿さまには民からも、我ら元老院からも求心力がありませぬ。ビジネスライクと仰られても結構です。『桜さまが造った黄龍タウン』に皆憧れ、住みたがるのです。それだけの力がないあなた様がいくら公共が、と仰られても意味がないのですよ。」

 ぐうの音も出ない椿に、委員は優しく諭す。

「椿さまがお住まい予定だった階は、国賓のゲストルームとして大事に使わせていただきます。懸命に建設に携わって頂いたのですから、愛着もおありでしょう。完成してひと月ほどはお住まいになって頂いて構いません。」

 父親の代からの忠臣の言葉に、椿は何も言い返せない。

「建設の作業員の名誉をおもんばかっておられるのなら、どの建設現場でも同じです。彼らは表舞台に立たないものです。あまり騒ぎ立てるとかえって迷惑かもしれませんよ……。」

 冬の冷たい冷気が大理石と相まって肌を射す。椿は、もう何も言えなかった。窓辺から、リスが様子を伺っていた。


 結局、おおごとにならないうちに黄龍タウンは出来上がった。メインタワーには皇族の住まいに加えて行政の施設、行事を行うホールなどが収容された。周辺にもインフラが整備され、高級住宅街よろしくマンションが何棟か建ち並び、公園を兼ねた池を有した庭園が横たわっている。

 白い息を吐きながら、椿は庭園を歩いていた。今日は黄龍タウンお披露目の日でもあり、妹、桜の結婚披露宴の日でもある。せめてもの抵抗、と欠席にした。きっと都合よく病欠とでも言われるのだろう。周辺諸国の国賓の集まる披露宴だ。外聞の悪い事実は隠蔽される。

 ……私にもっと、力があったら。

 落ちている木の枝に手をかざす。小刻みに震えた木の枝が、持ち上がりもしないままその動きを止める。これからどのように扱われるかなど、想像も出来ない。

「このように、桜さまがこだわり抜いて造られた黄龍タウンは様々なニーズに応えた未来都市となるでしょう!」

 メインタワーの一階、天井の高い防音ホールで、黄龍タウンのプレゼンが終わる。先程、結婚式典も終わったところだ。

「それでは今回の功労者、桜姫とサイトウミツオ氏にご登場いただきましょう!」

 壁四面のうち、三面が外からも見える水槽という美しい景色のなか、唯一飾り立てられた板張りになっている扉から、着飾った二人が現れる。桜姫は、披露宴ドレスを着ている。

「この度は、黄龍タウンオープンセレモニー、そして私たち夫婦の披露宴にお集まりいただきありがとうございます。今日病欠している姉の分まで、今日は皆様をおもてなし致します!」

 世界各国に中継されている式典を、椿は、あえて見なかった。庭園を後にして、一人、歩いてメインタワーに入っていく。

「急病で欠席している姉から私に、手紙が届いています。」

 エレベーターでテラス階へ向かう椿。もちろん手紙など書かなかった。

「桜、急な体調不良で休むことになってごめんね。本当は出席したかったけど、国賓の皆様に風邪を移してもいけないし欠席します。」

 椿はテラス階に着くと、長い廊下を歩いて部屋へと向かった。

「桜、情けないお姉ちゃんでごめんね。私達二人、姉妹仲良く切磋琢磨してきました。実の妹が大きな偉業を達成したこと、誇りに思います。結婚おめでとう、椿より。」

 当初椿の部屋になるはずだった一室を開けると、見慣れた顔ぶれが揃っていた。

「みんな……、どうして……。」

 年老いた男性が口火をきる。

「あれだけがんばってくれた椿さまが名を連ねぬ式典に何の意味があろうか。」

「それで、中継見ながらヤジ飛ばしてたってわけです。今は消音にしてますよ。字幕も出るし。」

 カケオの言う通り、備え付けの巨大なテレビに、きらびやかな桜の姿が映っていた。

「動物さんたちから聞いたんだけど、この部屋からもいずれ追い出されちゃうんでしょ? ひどいね!」

「そうなの。私はみんなと一緒に暮らしたいんだけど、ダメなんだって。」

 建設に携わった人たちには、優先的に黄龍タウンに住む権利が与えられていた。肩を落として話す姉姫に、彼女の幼馴染みの一人でもあり、執事でもある青年が駆け寄る。

「椿さま、お召し物を。」

「あぁ、ありがとう。」

 上着を預けると、執事の青が申し訳なさそうに続ける。

「すみません、部屋に通すか迷ったのですが。皆、椿さまの傍に居たいと申しまして。」

「青、いいのよ。ありがとう。一人で居たら気が滅入ってたわ。」

 微笑んで見せると、友人でもある青は少しホッとした様な顔をした。と、もう一人の古くからの友人が声をかける。

「さっき、『姉から妹への手紙』とやらが読まれたけど、書いたの? 椿さま。」

「ドロテア……。ううん、書いてないよ。内容はどんなだった?」

 褐色の美しい肌の彼女が、スマホを見せる。

「もうネット記事になってるよ、はい、全文。」

 スマホを受け取ると、椿はそれを黙って読んだ。予想出来たことだ。だけどここまでないがしろにされて、少しの怒りも沸かないと言えば嘘になる。

「国のメンツにも関わるからね……。仕方ないよ。」

 わずかな怒りを押し込めて、聞き分けの良いフリをする。もう、慣れてしまった。ありがとうとお礼を言ってドロテアにスマホを返すと、ドロテアがため息をついた。

「椿さま、あんたは良い子すぎるよ。もっとワガママ言って良いんだよ?」

「……ワガママを言うにも、力が要るじゃない? 私には、何もないから。」

「あぁ! もう! 陰気! 控え目すぎ! ついでに服まで控え目! そんなの着てたら気が滅入っちゃうわよ‼」

 ドロテアが指を振ると、椿の着ていた濃紺・白襟のワンピースの裾に雪のように見事な銀の刺繍が描かれた。ドロテアの異能だ。それを見た動物と話せる異能を持つ少女が声をあげる。

「わぁ~! 可愛い‼ ドロテア、みみにもやって!」

「あんたの服は色が派手すぎだよ……ワンポイントでも入れてあげようか? 何がいい?」

「リスさん‼」

 すると、力自慢の異能を持つ大男が椿に近寄ってきた。

「椿さま、勝手に部屋に入ってごめんなさい。でも俺達、椿さまが心配で。」

「剛田さん、ありがとう。一人で居たらきっと寂しかったわ。助かってます。」

「それなら、嬉しいです。」

 気の優しい剛田はにっこり微笑む。

「みんな喉乾いてない? 何か飲み物もらってこようか。」

 そう言って、扉を、開けようとした。正確に言えば、開かなかった。

「え⁉ 開かない……!」

 ガチャガチャと音を立てるだけで、扉が開く気配はない。室内にどよめきが走る。

「ちょっと待って、確かここのメインタワーはセキュリティのために電子ロックのはず……! 今確認する!」

 カケオが手持ちのパソコンから電脳世界にアクセスする。

「やっぱり! 誰かが遠隔でロックしてる。誰だ……。」

 ログをたどり、端末を泳ぎ、カケオがたどり着いた先は……。

「兄貴だ……。」

 執事であり、幼馴染みの青が苦虫を噛み潰したような顔をする。

「ミツオのやつ……!」

 サイトウミツオ、彼もまた、椿、青、ドロテアの幼馴染みだった。

「あいつ、やりそうなことしてくるじゃん。」

 ドロテアが鼻で笑う。

「よっぽど大事な桜さまとの行事を邪魔されたくないんだろうよ。そういうやつだよ。」

 カケオが続けて話す。

「しかもあいつ、廊下やテラスの監視カメラにまでオンラインで干渉してる。俺達が居ることも承知で鍵かけやがった! おそらく窓もテラスも鍵をかけられたぞ。」

 みみが走っていってテラスを開けようと試みた。

「ほんとだ! 開かない!」

 勢いあまってコロリンと転がったみみを抱き止めて、椿は冷静に言った。

「きっとよっぽど邪魔されたくなかったのね……。けど式典が終われば出してくれるでしょう。幸いこの部屋にはトイレもあるしキッチンもあるから、私が持ってきた紅茶くらいなら出せるわ。」

 みみを床に下ろして、深々と頭を下げる。

「みんなごめんね、巻き込んで。私が不甲斐ないばかりに申し訳ないわ。」

「姫さま! やめてください! 姫さまのせいじゃありません。悪いのは兄貴です! 皇族を監禁するだなんて、なんて図に乗ったことを……!」

 カケオがあわてて椿に駆け寄った。

「あなたが頭を下げるような事じゃない……!」

「でも、ターゲットは私だけだったはず。あなた方は巻き添えで不自由を強いられるのよ?私が謝らなけば。」

 ドロテアが口を開く。

「ここに居る全員が、そうは思ってないよ。椿さま、私達は同じ被害者だ。あんたが一人で責任を被ることはないよ。」

「そぅだよぉ!」

 椿の隣に居たみみが椿に横から抱きつく。

「椿さま悪くないよ。悪いのはミツオだよ。」

「そうですよ。」

 カケオが、さっきから何やらパソコンを操作している。椿が、ふと声をかける。

「カケオくん? 何してるの?」

「内緒です。」

 努めて冷静に、カケオはパソコンに向かっていた。

「よし、できた。」

 ふらりと立ち上がったカケオが、机の上の果物と、果物ナイフの元へと歩いていく。

「椿さま、許してね。」

 カケオが、自分の腹に果物ナイフを突き立てた。

「カケオくん! 何を⁉」

「カケオ!」

 とっさに青と椿が駆け寄る前に、カケオは自らナイフを抜き去った。青がカケオを横にして、水を操るその力で止血を試みる。 

「無理すんなよ、青さん……。深く刺したから、どれだけの血管が傷ついたか分からない……。いくらあんたでも全部の血液をコントロールするのは無理だよ。」

「カケオくん、喋ってはだめ!」

 悔しそうな顔をした青を見て、椿が傷口を押さえようとする。

「姫様、聞いて。」

 青のコントロールもむなしくぽたぽたとこぼれ落ちる血を、カケオは椿に触らせたくなかった。

「手が血で汚れてしまいます。あなたを汚したくない。わかって。」

「いいえ。」

 椿は、自分のハンカチを取り出して傷口に押し当てた。

「姫様……! ぐっ……!」

 ぎょっとするカケオにお構い無しに、椿は圧迫止血を試みる。

「あなたも等しく、私の守るべき民よ……。剛田さん、お願い、ドアを破壊して助けを呼んで!」

「その必要はないよ。」

 カケオが口を開く。

「もうセキュリティは解いた。ドアも窓もテラスも鍵は空いてる。」

 みみがテラスに駆け寄って窓を開ける。

「ほんとだ! 空いてる!」

 剛田が、いの一番にドアから飛び出す。

「医療班呼んでくる‼」

「無駄だよ、間に合わない……。」

 カケオの声も届かず、剛田は走り去っていく。

「じゃあ聞くけど、なんであんたは自分の腹を刺したりする必要があるのさ。」

 ドロテアが自身の能力で作り出したタオルを椿に差し出す。止血用だ。

「……おそらく椿さま監禁の件はうやむやにされる。このままだとね。だから俺が、一階ホール、披露宴が行われている場所の空調にアクセスした。」

 じわじわと広がる血に、青は脂汗を滲ませた。

「三十分かけて、あの広いホール内の酸素濃度が減っていくように操作した。このまま行けば国賓を含む大勢が呼吸困難になって幾人かが死ぬだろう。そうすればこの件は公にせざるを得ない。特に皇族の桜姫が命の危機に晒されたのだから、原因追求がなされるはずだ。だけど、何も罪のない人を殺したい訳じゃない……。椿さま、止めて見せて。……停止コードは俺だけが知ってる。だけど俺も完璧な悪人じゃない。決意が揺らいで停止コードを教えてしまうかもしれない。だから、コードを誰にも教えないままここで死ぬ。」

「そんな、こと……!」

 広がる血に、そんなこと望んでないのに、と、椿は言えなかった。カケオなりに自分のことを考えてくれたのが判ったからだ。そして間に合わないことも判ったからだ。

「ダミーで、消火スプリンクラーの時限作動プログラムを入れたから、たぶんそっちに気を取られて兄貴は気がつかない。でもログは残した。俺はもし助かってもテロリスト扱いになる。死刑だ。」

「どうせ死ぬなら、あなたの傍で死にたい……。椿さま、すみません。……自分勝手で、すみません。」

「他の方法はなかったの……?カケオくん……。」

 椿が振り絞るようにして呟く。

「もしかしたら、あったかも。でも今思い付いたのがこれだったんですよ。不器用で、すみません。」

 カケオが力なく笑って、ドロテアが考えを巡らせる。

「セキュリティからのアプローチは不可、おそらくこの部屋から脱出できてもパーティー主催側の人間はスタッフですら椿さまの言うことを聞かないしパーティー会場に入ることすら難しい……。力ずくで外から破壊して、空調操作を無効にするしかないかもね。」

「それが良いと思うよ。破壊してから、空調システムを確認しろって言えば、たぶん異変には気付いて貰える……。」

 ふーーー……。と深い息をついて、カケオは力なく、自分の返り血で汚れた自分の手を見た。

「みんな、ごめん。でも、あとを頼む……。」

 カケオの意識が失われた。

「呼んできたぞ!」

 一拍あって、廊下から剛田が医療班を連れて現れた。

「急病人はどちらに⁉」

「ここです!」

 椿が傷口を押さえたまま呼び掛ける。

「椿さま、ありがとうございます。代わります。」

 医療班の青年二人は、おそらく椿の監禁の件は知らない様で、テキパキと応急処置をしていった。

「今、私の水を操る異能で血液がなるべく体外に出ないようにしていたのですが……。難しいですね。」

 青は苦笑した。班員が口を開く。

「いやいや、大したもんですよ。普通無理ですから。ちょっと引き続き頑張っていただいてよろしいですかね?同行してください。」

「けれど、椿さまの傍を離れる訳には……、」

「いいの、行ってきて。青、お願い。」

 椿が懇願する。

「カケオくんを死なせないで。代わりに、こっちは任せて。みんなも居るから大丈夫よ。」

「……わかりました。なるべく早く戻ってきます。ご無事で。」

「えぇ。」

 青が付き添い、カケオが運ばれて行った。


 一方その頃。ダミーの消火スプリンクラー作動装置を解除したミツオは、廊下とベランダの監視カメラを見てぎょっとしていた。隣では桜姫が、各国のとっておきの演し物を楽しんでいる。 

「桜ちゃん、どうしよう! 椿さま達、部屋から出てこっちに向かってきてる!」

「えぇ? お姉ちゃんったら図々しいわね。絶対ホールに近づけないでよ? 警備ロボでも送り込んだらいいんじゃない?」

「流石桜ちゃん! そうするね。」

 何やら操作を始めるミツオ。カケオの目論み通り、空調システムの異変には気付いていなかった。



「しょうがないのぅ。とっておきの種を使うかな。」

 樹木を操る異能を持つ木斎じいさんが、一粒の種を、ベランダから地面へ落とす。両手をかざし、ぐっと力を入れる。すると芽吹き、幹となって、螺旋を描くように上へと成長していく。指先をくるくると回すと、その通りに育っていく。そして、枝ぶりも見事にその木は育ち切った。出来上がったのは、ウォータースライダーならぬウッドスライダー。中が空洞になった木が、下まで無事に送り届けてくれる。

「わぁ! 楽しそう! 私、最初に降りる!」

 みみがはしゃいで一番乗りで降りていく。

 雪が降る中、みんながドロテアが作った紺のダッフルコートを着ていた。

「木斎じいじ!」

「なんじゃあ?」

「この滑り台最高~! 快適!」

「そりゃよかったわい」

 次々と皆が降りて行き、最後に椿と木斎が残る。

「椿さま、お手をどうぞ。」

 うやうやしく手を差し出した木斎に、椿が手を添える。

「ありがとう。」

 段差を少し登って滑り台に腰かける。そして、滑り出した。滑らかな材木の感触を感じながら、段々と下に降りていく。

 椿が降りて最初に目にしたのは、仲間達の背中と、ズラリと並んだ警備ロボットだった。ミツオが桜の進言で寄越したロボットだ。

「ミツオ殿カラ伝言デス。」

 前に進み出たロボットが言葉を発する。

「我々の邪魔をセズ部屋にお戻りクダサイ。」

「こちらの伝言は伝えられる?」

 椿が前に進み出て呼び掛ける。

「拒否するヨウ仰せツカッテイマス。」

「そう……。」

「じゃあ、力ずくですかね!」

 剛田が前に飛び出て、異常に発達した腕力で、手前三体のロボットをなぎ倒す。

「ほっ! ミツオの仕業かこりゃ。ほれ!」

 最後に降りてきた木斎が、瞬時に判断してロボットを絡めとる木を放つ。ロボット達は、椿とその仲間達を捕縛しようと寄ってくる。ドロテアも、繊維を操る力で応戦する。

 縛り上げ、接続部分を切り落としてダウンさせる。みみも、近隣の森から集まってもらった小動物達の力を借りて、ロボットの動きを封じていく。げっ歯類のリスやネズミが、配線を噛み切っていく。

 しかしロボットの数も相当多い。早く水槽を割って、ホール内の酸素が無くなる前に外気を取り入れなくてはならないのに!

 でも、確実に減っていくロボットに焦ったのはミツオの方だった。

「このままじゃ突破されちゃう……。仕方ない、ビーストモード、オンだ。」

 ロボット達の目が赤く光る。そして警棒を伸ばして向き直る。通常、警備ロボットはヒトに危害を加えられないようプログラムされている。そして、万が一を考えビーストモード……「武力による制圧」を目的としたモードが内蔵されている。それが発動した。

「なんかヤバくない⁉」

 みみがいち早く異変に気付き、小動物達を待避させる。

「みんな逃げて!」

 ドカン! と、警棒が振り下ろされ地面が割れる。加えてバチバチと電流の流れる音が響く。間一髪、難を逃れた小動物達は、一匹もケガすることもなく森の方へ逃げていく。みみの飼っているリス太郎だけがみみの元に残った。 

 その頃、ホール内では、来賓の何人かが息苦しさを感じていた。一番歳を取った元老院委員も例外なく、ネクタイを緩める。

「熱気がここまで来ましたかね……。」

 まだ、異変には気付いていなかった。

 場面は戻り、椿一派と警備ロボットの対峙へ。特に剛田は、素手で直に応戦しているのでこの反撃は手痛かった。電撃がどの程度なのかも解らないので徹底的に逃げた。ドロテアは繊維を警棒で断ち切られ、木斎も木材の強度では警棒に敵わなかった。ジリジリと、戦線が後退していく。雲行きも怪しくなっていく。

 私、何も出来ない……!

 椿は、おのれの無力さに絶望していた。自分がしたのは滑り台を降りてきただけ。仲間のピンチにも、何も出来ない。椿の心中を反映するかのように雲行きがどんどん怪しくなっていく。仕舞いにはゴロゴロと雷が鳴るほどだ。

 と、その時、逃げ遅れたみみが足元の石に足を取られて転んだ。

「みみ!」

 椿が手を伸ばすが、届くわけもなく。警備ロボットの警棒が振り下ろされようとしたまさにその時。

 バリバリバリーーーーー‼

 椿の真後ろに、雷が落ちた。轟音に身をすくめた椿と、状況確認のために動きを止めたロボット。そしてやっと合流した青。

「椿さま……! 後ろに‼」

「青……? 後ろ……?」

 そこには。

「黄金の龍じゃ……!」

 木斎も、みみも剛田もドロテアも、見惚れていた。そこに現れた、大きな金色の龍に。椿でさえも、見惚れていた。椿は、美しい金色の瞳から、暖かさを感じていた。

「まさか……、私のために来てくれたの……?」

 椿が両手を広げると、その大きな頭を垂れて、椿の手の中に収まる。

「ありがとう……。力を貸してくれる?」

 何とも形容しがたい鳴き声を発して、龍は肯定の雄叫びを上げた。椿は、待ちわびたこの時を噛み締めながら、自分が誰かの役に立てるこの喜びを感じながら、破壊すべき水槽に向き直った。

「青! 水槽を壊します! 水を受け止めて!」

「はい! 椿さま!」

 バッと掲げた両手に金色の光が集まる。

 特注の水槽、厚さ一メートル、ホールの一面を彩る巨大な外側のガラスが、椿が手を握ったモーションで粉々に砕ける。

 形を保てずガラスが崩れ落ちる音で、ホール内の民衆が異変に気付く。差し込む黄金の光に、会場がどよめく。ヒュ~ウ、とドロテアが口笛を吹いて、彼女の異能を発動させる。

「椿さま、力の顕現おめでとう。お祝いだよ!」

 黄金に映えるワインレッドのドレスに服が置き換わっていく。

「ドロテア! ありがとう……!」

 そうしているうちに、青が水槽の水を二、三個のブロックに分けて、庭の上空に浮かばせる。水の中には、魚たちが泳いでいる。

「椿さま!水は大丈夫です!」

「ありがとう。」

 そうして、最後の仕事に取りかかる。万が一地震が起きた時、内側に壊れないように厚さ一・五メートルになっているガラスを割るために、拳を握って力を貯める。このホールは、一番デザインに力を入れた所だった。みんなで作った、大事な建物だった。

 黄金の光の粒が集まってきて、力がみなぎってくる。そして、貯めた力を一気に放出した。崩れ落ちるガラスの向こうに、元老院委員は黄金の龍を見た。外の吹雪が吹き込み、来賓が悲鳴をあげる中、彼は椿の父親、今は亡き前王と、その龍を思い出していた。

 金の光に照らされて、桜は呆気にとられていた。それと同時に聡い彼女は、自分の立場が危うくなることも、すぐに理解した。

「桜、」

 椿に呼び掛けられ、桜がバッと声のする方を見る。いつの間にか吹雪も止み、静まり返ったホールにはマイクなど必要なかった。

「情けないお姉ちゃんでごめんね。」

 これまで、私には力がなくて、何も出来なかった。それでも、

「私達二人、姉妹仲良く切磋琢磨してきました。」

 私は、正しく、公正であろうとした。個の利益を追い求めることは、誓ってしなかった。桜、あなたと違って。

「実の妹が大きな偉業を達成したこと、誇りに思います。」

 彼女とその夫が私達を監禁したことは公になるだろう。そして、立場が危うくなる。桜というブランドが崩れた今、立場は逆転するだろう。そして、黄龍タウンも桜の手から離れ、公の利益のために使われるだろう。


「結婚おめでとう、椿より。」


月日は流れ、三ヶ月後。すっかり春めいたベランダに、あの脱出の時に使った樹木の滑り台がそのままになっていた。その木に、桜の花が満開になっていた。他にもプランターの花達が咲き誇っている。

「椿さま……! イテテ。そんな、あなた様に車椅子を押させるなんて、恐れ多いです! 俺、降りますから! イテッ!」

「まだ病み上がりなんだから大人しくしててね。みんな! カケオくん連れてきたよ~!」

 奇跡的に一命を取り留めたカケオの車椅子を押して、椿がベランダに出てくる。先の一件で尽力したメンバーが集まっていた。

「カケオォォ! お前なぁ!」

 ごきげんなドロテアがカケオの頭をぐしゃぐしゃにする。

「すっかり騙されたよ! あれだけ大騒ぎしておいて、まさか酸素を減らさずに、温度と湿度を上げてただけだなんて!」

「そりゃミツオも気付かないよねぇ。そんな微妙な異変なんて!」

 みみがリス太郎を撫でながら話す。

「けど今回の一件で、桜さまが椿さまの事業を横取りしようとしてた事とか、ミツオが椿さまを監禁した件とかが明るみになったね。それは良かったかも!」

「それでミツオは皇族を監禁した罪で投獄中じゃし、桜姫もこの主要棟の最上階で厳しい監視下に置かれておるしな。」

「何より、黄金の龍と、椿さまの新しい力が現れて良かったです!」

 木斎と剛田も来ていた。

「まぁ、俺も威力業務妨害で罪を償わなきゃいけないけどね。」

 カケオが自虐的に話すが、それでも刑としては軽い方だ。本当にホールの酸素濃度を下げて、他人の命を危うくするよりかは。

「皆さん、ティータイムの準備が出来ましたよ。」

 青が、アフタヌーンティーを準備したワゴンを押して現れる。

「わーい! お紅茶お紅茶!」

「リス太郎くんにはヒマワリの種をどうぞ。」

「青さん、ありがとう!」

 みんな席について、ティータイムが始まる。桜の花びらが、ひらひらと舞っていた。



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