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9話

 四限の授業を終え、昼休みになると同時に俺の机の周りに人だかりが出来た。


「俺、昔さ『勇者くんの剣』のオモチャで、よく遊んでたんだよ。本物触ってもいい?」

「この前、私の推してるアイドルが勇者くんのこと、すごい優しい人ってブログに書いてたんだけど会ったことあるの? どうだった? やっぱり可愛かった?」

「その剣って、本当に抜けないのか? 俺、思い切り引っ張ってみてもいい? 力には自信があるぜ?」

「一緒にご飯食べない? 実は私、勇者くんのファンなんだ! ネットで調べたけど、好きな食べ物はごぼうなんだよね? きんぴらごぼう作ってきたんだけど、どうかな?」


 生徒による囲みインタビュー。

 新しい環境には付きものだ。作り笑顔で一人一人に対応していく。

 勇者くんとして学校生活に馴染むためには、こういう地道な努力を怠ってはいけない。

 剣賀剛として関わりたいという気持ちは、とうの昔に無くなった。

 俺くらいの年齢になると、モラトリアムというやつで「自分とは何なのか?」みたいなことを考えることがあるらしい。だが、俺は既にその結論を得ている。


 自分とは「ブレない心」なのだ。


 勇者くんとしてクラスメイトに愛想を振りまいているのも俺、家でエゴサーチをして舌打ちしているのも俺だ。俺は勇者くんでもあり、剣賀剛でもある。

 この両者に共通しているのは、行動原理や根本的な価値観が同じだということだ。

 俺は一人の人間として平穏な生活を求めている。


 そのために、俺は勇者くんと剣賀剛を使い分けているのだ。


 全ての中心に自分のブレない心がある。

 だから、俺は勇者くんを演じているからといって、本当の自分が出せないとか、本当の自分を見失ったりとか、そういう感覚には全くならない。

 とはいえ、インタビューは好きじゃないから、さっさと終わってほしいけどな。

 

 サクッ。


 矢継ぎ早に質問が飛んでくるなか、一本の矢が俺の上履きの先端に突き刺さった。

 校庭側の開いていた窓から飛んできたようだ。矢と言っても紙を折って作られたもので、流石に中までは貫通してきていない。


 ちなみに、一年生のこの教室は三階にある。


 死角にある俺の上履きを、外からピンポイントで射るのは常人には不可能だ。

 だが、俺には心当たりがある。というか、あいつしかいない。

 質問に答えながら、さりげなく靴に刺さっている矢を抜く。

 誰にも見られないようにして、紙の矢を机の下で広げた。


『こんなかたちで呼び出してすみません。弓道場に来てください。よろしくお願いします』


 矢文っていつの時代だよ。スマホがあるだろ、スマホが。

 でも、ここを離れるいい口実にはなった。


「ごめん! ちょっと用事を思い出したから、続きはまた今度で! それじゃ!」

 カバンからスマホと財布だけ抜き取り、教室を後にした。


 スマホが振動する。


 〈不在着信十件、未読メッセージ百二十件〉


 ……スマホ見てなかった俺が悪かったわ。




「あ、やっと来た〜。遅いよ、剛。携帯はいつも肌身離さず持つように言ってるじゃん」

「何回もスタンプ送ったのに! あ! も、もしかして、私のことブロックしてないよね?」

 弓道場の隅っこで、マニルと麻帆が膝を抱えて座っていた。

 大丈夫? その体勢パンツ見えない?

「マニルはいつから俺の母親になったんだよ。あと、スタンプ連投してきたら次は本当にブロックするからな。分かったな? 麻帆」


 未読メッセージの大半が、麻帆のしょうもないスタンプだった。

 様々な種類のスタンプを使って壮大な物語を作っていたが、そこに頭を使うなら、少しは魔法についての知識を増やしてほしいものだ。


「気にしなくていいよ、麻帆。ブロックされても魔法で解除したらいいんだし」

「あ、なるほど! マニル、頭いい!」

「それと同じ要領でさ、剛のスマホのロックも解除できたりする?」

「う〜ん、やったことないから分かんないけど……。今度やってみるね!」

「いや、全部聞こえてるから! そういうのは、俺がいないとこで話せよ! まぁ、スマホのロック解除されたところで別にダメージはないけどな」


 麻帆の魔法で、そもそもそんな器用なことが出来るとは思えない。

 システムが壊れて、個人データが大量流出するくらいだろう。

 ……いや、サイバーテロじゃん。


「冗談だって! かまをかけて、剛のリアクションを確かめただけだよ。ふふふっ」

 このマニルの微笑みに騙される男は多いだろうが、俺には通用しないぞ。


「あ、剛くん! さっきは、ごめんなさい!」


 俺の上履きを射た刺客は、弓道着姿で更衣室から現れた。

 清麗高雅な眼鏡っ子。

 茶色のセミロング、きめ細かい肌、銀縁の丸メガネに柔和な瞳、凛とした鼻、潤いのある唇、膨らみのある胸。

 俺がプロの売れっ子カメラマンなら、彼女を被写体とした『和』がテーマの個展を開きたいと思ってしまうほどの大和撫子。

 中学校の同級生を経て、現在は高校のクラスメイト。


 弓屋射奈ゆみやさな


「呼び出すだけで、あそこまでしなくていいだろ」

「ご、ごめんなさい! 剛くんの周りには人がたくさんいたので、あぁするしかなかったんです! マニルちゃんと、麻帆ちゃんにもお願いされて……」


 その二人は素知らぬ顔で、スマホをいじり始めた。

 麻帆に関しては、スマホを上下反対に持ってるけど大丈夫か?


「まぁいいよ……。それより矢はどこから放ったんだ? 校庭か?」

「え? ここからですけど……。まずかったですか?」


 射奈の右腕に巻かれていたシルバーのブレスレットが弓へと形を変えた。

 もうお分かりだろう。射奈も、俺たちと同じで普通の人間ではない。


「弓使い」だ。


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