第三話 京警察高校
春休みが終わり、入学式当日の朝を迎えた。
桜の花びらが風で舞う光景をぼんやり眺めていると、
「 何してんだ、早く行くぞ。」
と高木先輩に小突かれた。
高木先輩は生徒会に入っているので、入学式の準備に向かった。
生徒昇降口の扉に新入生のクラス発表の紙が張り出されているから、僕と赤松先輩と神宮寺先輩はそれを確認しに行った。
六クラスあり、だいたい一クラス30人程度。
出席番号が男女で分かれている。
一組から順々に見ていくと早速、
"一年一組 二十二番 西浦夏月“
と書かれているのを見つけた。
「西浦は一組か。」
神宮寺先輩が言った。相変わらず眠たそうだった。
「神宮寺先輩は何組だったんですか?」
「三組。」
そういえば前、赤松先輩と同じクラスだって言ってたな。
じゃあ神宮寺先輩はあの事を知っているのだろうか。
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「ちょっと前に彼女と別れちゃったんだよね…」
文房具屋に立ち寄った帰り道、赤松先輩は僕に言った。
「なんで別れたんですか?」
「浮気。」
「赤松先輩、そりゃだめですよ。」
「違う。僕じゃない。相手の浮気が原因だよ。」
意外だった。
こんなかっこいい人でも浮気されるんだ。
物事全てがうまく行ってそうな人だと勝手に思い込んでいた。
「土日は外出許可願を出せば、遠出出来るんだけど、その時他の男と会ってたらしい。」
「そうだったんですね…」
「元カノさんってどんな人なんですか?」
「よくわからないな、説明がしずらいというか。不思議な人だったな。」
僕は人を自在に転がす魔性の女をイメージした。
「分からないから、知りたくなっていつの間にか、好きになってた。」
「なるほど…」
「しかも最悪なことに今年その元カノと同じクラスになったんだよね。」
「それは大変ですね…」
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「西浦くん何組かわかった?」
赤松先輩がこちらにきて、神宮寺先輩の肩を組んだ。
赤松先輩、神宮寺先輩のことをかなり信頼してるみたいだし、話してそうだな。
もちろん高木先輩にも。
「一組でした。」
「一組か。じゃあ、久城先生が担任だね。」
「久城先生ってどんな先生なんですか?」
「男の先生で、保健体育担当。そんで怒るとめちゃくちゃ面倒くさい。」
「嘘でしょ。」
「西浦、教室に行け。そろそろ時間になるぞ。」
神宮寺先輩に言われて、僕は時計を見た。
「いってきます。」
先輩達と別れて、教室に向かった。
一組だから、当然廊下の一番端っこにある教室だ。
教室に行くと、生徒達はまばらながらもいた。
座席表を確認した。
男子二十四名 女子六名。 計三十名。
男子と女子の比率がおかしい。
僕の席は右からニ番目、前からも二番目だった。
隣の席は女子だ。
名前は…
仁科冬莉
とたぶんそう読むのだと思う。
彼女は既に座っていた。
目が合ったので、仁科さんは小さく僕に会釈した。
僕も席に着いた。
どうしょう。何もすることがない。
赤松先輩と本屋に行った時、小説を何冊か買ったから、それを持ってくればよかった。
初対面の仁科さんに話しかける勇気を僕は持ち合わせていない。
それに、仁科さんは何やら熱心にノートに書き込んでいる。
シャーペンをのびのびと滑らせて、丁寧に。
勝手ながら、覗かせてもらった。
しかし、何を書いているのか分からない。
かろうじて古文を書いていることは分かった。
仕方なく、窓の方を見た。
遠くにあの漆塗りの鳥居が見える。
満開の桜の木に囲まれて、鳥居だけがそびえ立っている。
高木先輩の言う通り、近くに神社はなさそうだった。
「あそこの鳥居、くぐったら一生戻ってこられないらしいよ。」
「え?」
気付いたら仁科さんは古文を書く手を止めて、僕の方を見つめていた。
「なんで?」
「入口はあっても出口はないから。」
どういう意味だろう。まるでなぞなぞみたいだ。
「へぇ…」
なんだろうこの掴めない感じ…
神宮寺先輩と同じ謎属性だ。
そうこうしているうちに先生が来た。
たぶん三十代半ばくらいだろうか。
「このクラスを担任の久城俊介です。担当は保健体育。どうぞよろしく。」
抑揚のない声での、適当な挨拶。
先生は黒板に汚い字で、久城俊介と書いた。
「入学式が終わった後、みんなにも自己紹介してもらうからな。」
久城先生は言った。
間も無く入学式が始まる時間になる。
久城先生は体育館に向かうようにみんなに指示を出した。
入学式が始まり、新入生が入場し始めた。
なんだか緊張してきたな。
司会進行は高木先輩が行なっている。
二人ずつ入場し、前の人との間隔を一定に保ちながら歩く。
僕は仁科さんと一緒に入場した。
というか、ピアノの伴奏めちゃくちゃ上手いな。
誰が弾いてるんだろう。
緊張が少しほぐれてきた。
赤い絨毯の上を二人で静かに歩いて行った。
「ねぇ今歩いてる子って仁科先生の娘でしょ?」
女の先輩、多分二年生が言った。
「あの子コネで入学したらしいよ。」
「えーなにそれー」
もう一人の、別の先輩が笑った。
小声だけど、はっきり聞こえた。
思わず僕は仁科さんの方を向いた。
僕に聞こえたって事は多分彼女にも聞こえたはずだ。
しかし、仁科さんは動じることなくまっすぐ見て歩いていた。
新入生が全員入場し終わったあと、各クラスの担任の先生が生徒達の名前を呼び、その次に先輩達が校歌を歌い、最後に校長先生の長い話を聞き、あっという間に入学式は終わった。
「これにて、入学式を終了とさせていただきます。新入生は退場し、各自教室に戻ってください。二年生と三年生は会場の片付けの手伝いをお願いします。」
高木先輩が終わりの言葉を述べた。
そして、ちらりと僕の方を見て僅かに微笑んだ。