第二話 大明寺寮
大明寺寮の朝は早い。
午前五時半起床。
朝起きたら、まず掛け布団を畳んで押し入れに仕舞い、外に敷布団を干すことから始まる。
「畳み方はこうして、こことここを重ねて…」
高木先輩が教えてくれた。
「こうですか?」
「違う。そんでもっとシワを伸ばせ。快斗先輩、そろそろ起きてください。」
「Zzz…」
もちろん、一番年下である僕が毎日この作業を行う。
午前六時。
制服を着て、食堂にて朝食を取る。
食堂は午前六時〜八時まで朝食を提供し、一度閉まって、正午からまた再開するらしい。
高木先輩曰く、七時〜七時半の間は一番混みやすいので朝食は早めに取るのだそう。
食堂に入ると、紺色の制服を着た男子生徒に混ざって、赤紫色の制服を着た女子生徒達もいた。
ダブルブレストの洋風なワンピースを着ていて、和風な男子生徒の制服とかなり対照的だった。
僕等は、配膳場所の列に並んだ。
卵焼きと味噌汁とウィンナー。パンか米かは選べる。
神宮寺先輩と高木先輩は米を選んで、僕と赤松先輩はパンを選んだ。
というか、神宮寺先輩寝ながら飯食ってるし…
昨日の消灯時間の午後十一時四十五分に神宮寺先輩は部屋にいなかった。
見回りの先生が来た時、赤松先輩が「快斗はトイレに行った。」って伝えて何とか誤魔化した。
たぶん僕等が寝た後に帰ってきたんだと思う。
今日朝起きてからも、昨晩どこに行っていたか全く語ろうとしない。
高木先輩も赤松先輩も特にそれについては触れなかった。
「女子の人数ってかなり少ないですね。」
この食堂に30人近くいるが、女子はざっと見て10人弱くらいだ。
「警察を目指す女子は男子に比べて少ないからな。ましては時空警察なんてな。」
と高木先輩は答えた。
「女子少ないから、出遅れると大変だよ。」
と赤松先輩はニヤリと笑った。
「入学して一週間も経たずして、付き合うやつもいるからな。」
高木先輩は呆れたように言った。
「こう見えて、遊馬結構モテるんだよ。」
赤松先輩が言うと、高木先輩が間髪入れずに、
「こう見えてってどういう意味ですか。」
とツッコんだ。
面倒見のいい頼れるタイプで男女問わず好かれそうだから、意外とは思わなかった。
「蘭堂留の近くに、薔薇が咲いてるところがあってね、そこで告白すると成功しやすいらしいよ。」
「蘭堂留?」
僕は首を傾げた。
「蘭堂留寮っていう女子の寮があるんだよ。」
高木先輩が答えた。
「覚えておきます…」
この知識が役に立つ時が僕に来るんだろうか。
「あそこにいるあの背の高い子ってさ、仁科先生の娘さんだよね?」
赤松先輩が食パンをかじりながら言った。
「あぁ、今年入学したらしいな。」
神宮寺先輩はいつの間にか起きていたらしい。
今年入学ってことはじゃあ僕と同級生か。
僕が見た時には後ろ姿だけでちょうど彼女の顔は見えなかった。
食事が終わり、僕は先輩達の分の食器もまとめて返却口に持っていった。
戻ると赤松先輩が一人、食堂の出入り口の前で待っていてくれた。
「高木先輩と神宮寺先輩はどちらに行かれたんでしょうか?」
僕は赤松先輩に聞いた。
「遊馬は、学校の図書室で勉強してくるって。快斗はいつの間にかいなくなってたからよく分からないや。」
「そうですか。ありがとうございます。」
神宮寺先輩…やっぱり不思議な人だ。
「せっかくの春休みなんだからさ、みんなゆっくりすればいいのにね。」
「赤松先輩は、これからどうされるんですか?」
「僕は部屋に戻って、テレビを見ようかなって思ってるよ。」
そういえば、寝室の隣にある居間にテレビが置いてあったな。
「西浦くんは?」
「僕は寮周辺を少し探検しようかなって思ってます。」
寮の近くに本屋と文房具屋があるらしいから、授業が始まる前に必要なものを揃えておきたかった。
それに先輩達がさっき言って蘭堂留の薔薇もちょっと見てみたい。
「よかったら、僕が案内しようか?迷子になって戻って来られなくなったら困るし。」
昨日ここに来たばかりで、何も知らずに一人ウロウロするのは正直不安だった。
「お願いしてもいいですか?」
赤松先輩と一緒に行くことにした。
まず、寮の近くにある本屋に行った。
赤い屋根の煙突がついた小さな家。
「懐古書店」と書かれた古びた看板がぶら下がっている。
店内は思った以上に広い。
特に図鑑や資料集が多く、そして発行された日付が古い。
個人経営の本屋の品揃えは店主の趣味に左右されるって誰か言ってたな。
もちろん、新刊の小説や漫画も置いてあった。
「西浦くんはさ、どうしてこの学校を選んだの?」
赤松先輩が僕に聞いた。
僕は少し考えてから、
「時空警察になりたかったからというよりかは、早く親元から自立したかったからです。ここは全寮制だし、卒業したら、すぐ時空警察として働けるので。」
と答えた。
「西浦くんは偉いね。僕はそんなこと考えずに何となくでこの学校選んだからなー」
親からの自立だなんて、聞こえはいい。
僕は今後一切実家に戻らないつもりでいる。
多分一生。
「まぁ卒業後の進路をどうするか悩む必要はないし、在学中でも給料はもらえるし、この学校に入学するメリットはいろいろと多いよね。」
僕は頷いた。
次に文房具屋に寄って、筆記用具とノートを買った。
その帰り道、僕は赤松先輩に質問した。
「そういえば赤松先輩って彼女さんいます?」
「唐突だね。」
「入学して、一週間経たないうちに彼女できてそうなタイプだなって思ったので。」
赤松先輩かなり美形だから、食堂にいた時も女子がちらちら見ていた。
「よくわかったね。」
赤松先輩は少し間を置いて、
「けど、ちょっと前に別れた。」
と、ほんの少し寂しそうに笑った。
赤松先輩のいつもの明るさはなかった。