おとーさん
「さて、次の仕事なのですよ。次の仕事は、布教なのです」
「布教、ですか?」
「なのです。まず、シアには魔王を創ってもらうのです。
魔王はエルフの一番、精霊との親和力の強い若者から選ぶのです」
「あの、魔王ってどういうことですか?」
私は、尋ねた。
「これも、設定なのです。
災害なくして、ストーリー、じゃなくて、成長はないのです。
今の人間たちは、精霊の力により沢山の恩恵を受けているのです」
「それは、そうですけど…」
「絶対?」
シアは尋ねる。絶対にしなければ、イケないことなのか?と言う意味だろう。
「絶対にやらなくては、駄目なのです」
「…分かった」
「シア…」
「心配いらない」
そう言って、シアは微笑んだ。
シアは、小さいけれど、恐らく意味が分かっている。
今から、シアは人を傷つけようとしているのだ。
それも、魔王という災害の形を取って。
…でも、そうだ。ここは夢なんだ。何を心配する必要があるのだろうか?
でも……本当に夢なのだろうか?
私は、スクリーンからリアルすぎる映像を見ていた。
それに、ここまで意識がハッキリしている夢なんて、早々見ることはない。
だから、夢じゃないかも、しれない。
シアが悪者になってしまうんじゃないかと、私は心配になった。
だけど、ここが夢じゃない場合、私は死んだことになる。
それは、如何しても認めたくなかった。
また、仮に死んでいたとしても、私にいったい何ができるというのだろうか?
オパールに、神に逆らうことができるというのだろうか?
…いや、案外できるかもしれないけど…
考えている内にも、オパールは目当てのエルフを見つけて、闇の精霊を介して力を注ぎ込もうとしている。
「女神様は、主神と結婚したいんですよね?」
「ほわっ!?急に何なのです?
まぁ、確かに、結婚したいのです。」
「私、協力します。だから、私に力を注がせてください!」
「それは、出来ないのです。
力を注げるのは、闇の精霊だけなのです。
闇の力は不安と恐怖を齎すのです。
それに対して、光の精霊は安寧と幸福を齎す力。
ベクトルが全く違うのです。」
「…そう、ですか…」
「大人しく、見ているのです。もうすぐ、終わるのです。」
スクリーンの中は、夜である。
エルフの住居は木の上に簡素なログハウスが作られており、
その家の寝室で妻と子と一緒に眠る、エルフの男は魘されていた。
エルフの男性を見下ろす、闇の精霊のクララはどことなく、心配そうな表情をしていた。
暫くすると、妻が起きて、あなた。と声をかけ、手を握った。
次に、子供が起きて、お父さんどうしたの?と尋ねる。
妻は、魘されてるみたいなの。手を握ってあげて?と言った。
子供は、頷いて、ギュッと手を握りながら、父に抱きついた。
暫くすると、男性は落ち着いて、通常の眠りに入った。
妻は一息つくと、眠っている子供を確認して、自らも瞳を閉じた。
妻は、視界の端に、黒いものが掠めた気がした。
翌朝、男性は元気であるが、妻子は寝不足であった。
「もう、昨夜は大変だったんだから」
「ああ。すまんな。」
「おとーさん。もう、大丈夫なの?」
「ああ。ピナ。心配してくれて、ありがとう」
「うん!」
ピナは父に頭を撫でられて、嬉しそうに笑う。
その日の夜、またエルフの男性は魘された。
また、次の日の夜も魘された。
妻は、夫に長老に相談しに行こうと、提案したが、夫は大丈夫だと言い張り、つい、妻へ怒鳴ってしまった。
その時は、夫は妻へ謝った。
1週間も、魘される日が続いて妻子は夫と部屋を分けることにした。
また、夫は酒癖が悪くなり、最近ではよく、物に当たるようになる。
1ヶ月とすると、夫はついに、暴力に訴えかけるようになる、
妻はなんとか説得しようとしたが、出来ず、長老に相談すると、夫へ言った。
しかし、翌朝、長老は亡くなっていた。
妻だけは、それが病死ではなく。夫の仕業ではないかと、思った。
妻は、夫が怖くなり、とうとう実家へ秘密裏に帰省した。
妻に逃げられた夫は、段々と暴力を外へ出すようになる。
ついに、一人のエルフを嬲り殺したのを切っ掛けに、闇の精霊の力を使い、無差別に村人を攻撃し始めた。
それも、攻撃というよりは、闇の精霊の力による、支配である。
弱らせ、精神が弱ったところに闇の精霊の力で支配をする。
そうして、エルフの集団を作り上げ、エルフの村々を襲い出した。
こうして、ほぼすべてのエルフを仲間にすると、異種族の村を襲い、闇の精霊の力を持って、エルフを産ませた。
エルフは、急激に生息圏を広げて行った。
また、戦い好きの鬼人はエルフの軍門に下った。
しかし、その暴虐武人な振る舞いを許さないと、人間を中心に、獣人、ドワーフ
が立ち上がる。
こうして、殆どのエルフはダークエルフと呼ばれるようになり、また、
仲間に成らなかった光の精霊に愛されたエルフをライトエルフと呼んだ。
また、ダークエルフは闇の精霊の力の影響を色濃く受け続けたせいか、
段々と肌は褐色に、髪や瞳は黒く染まっていった。
この頃から、瞳や髪の色が一色であるほど、力が強いという風潮が現れだした。
ここまで、見るのに大体、1月ほどかかったと思う。
思う、と言うのは、ここには時計がないからだ。