12話
「え~まずは軽く打ち合いをしま~す! 今目の前にいる人とペアになって行ってください!」
鍛錬場へと集まった私やティミッド、すでにいた先輩たちはフレンの指示を受けながら列を二つ作り、それぞれ自分の目の前にいる人を相手に打ち合いをすることとなった。
「俺の名前はウェルスだ」
「あ、ウイです」
私の相手となった人は生徒会会計の3年の先輩ウェルス・ヂェーニキだった。ウェルスは結構腕が長く、体もがっちりしている。その頭にはたんこぶが一つできているが、まぁ気にしない方が良いだろう。
にしても……。
……。
……。
……うん、本当に腕が長い。その手に携えているのは私と同じ長さの剣ではあるが、そのリーチにより完全に私より間合いが広い。
「ん……じゃまぁ、よろしく」
「よろしくお願いします」
私はウェルスの礼にしっかりと頭を下げて、挨拶を返した。こういうのは礼に始まり礼に終わるという。なのでここら辺はしっかりしなくてはだ。
「近接のみの鍛錬なので魔力の使用は不可ですよ~! なので無理しすぎず、自身の力をしっかり理解してやってくださいね。
では始め!」
フレンのその声と共に鍛錬場にいくつもの声が鳴り響いた。
「はぁ‼」
そしてそれは私たちも例外ではない。
ウェルスが一歩踏み込み、剣を振り下ろした。
長い腕によるリーチを生かした攻撃は私が後ろに下がったり、前に踏み込むなどの行動を起こす前に眼前まで迫っていた。
いや~後輩に対して初っ端から容赦のない攻撃である。
ただまぁそれは大変うれしいものである。
下手に加減とかされてしまうよりも、本気で来られたほうが圧倒的に楽しいに決まってる!
「ふぅ‼」
私は振り下ろされる剣に対して自分の剣を添えるようにして当てた。しかし力は余り込めない。無駄に力を込めたところで性別による筋力差で飛ばされてしまうからだ。
だが私が行ったのは剣を添えるだけではない。
無駄な力は込めないと言っても、一切力を込めないわけではない。
ちょうどいい力加減。
ほどほどの力を込めて剣を添えた。
そしてそこからほんの少し剣の軌道を横へ押した。
すると剣は私の左肩へと剣先が変わっていく。
ドンッ。
鈍い感覚が一瞬私を襲った。その瞬間私は腰を下げ、私を襲う衝撃をできる限り地面へと逃がした。
そしてその勢いのまま左へ体を傾け、そのまま剣を下へと落とす。いや、もはや左へ倒れるといういうぐらいの勢いで傾けた。
「⁉」
「ふぅぅぅ……」
そして体が左へ傾いている。
ということは私の右肩。そちらは逆に上へと上がっているということだ。
「はぁぁぁ‼」
天秤の片方が落ちると、もう片方が上がるように私の腕は上がっており、同時に私の剣の切先は天井を向いて高く上がっている。
私は体を回転させるようにしながら右手で握った剣を振り下ろした。
「ぐぅ……」
だがさすがは上級生。
私の思惑を瞬時に理解して、剣を振り下ろしきる前に手元に引いて私の奇襲を防いでいた。
あぁ失敗だ。失敗、失敗。
結構いいカウンターだと思ったんだけど、全然だ。てかこれ私一太刀受けて、逆に相手は一太刀も受けてないって、リターンゼロだよ……。実戦とかじゃ絶対に使えない感じだ。
ま、これは鍛錬だし思う存分剣を振るうだけだけど。
「変な攻撃してくるんだなぁ!」
「褒めてます?」
「褒めてるよ!」
「ですか!」
私は半歩引きながらウェルスの腰へ向かって一閃。
ガンッ!
木のぶつかり合う音と衝撃が攻撃を防がれたということを実感させる。
私は思わず口角を上げそうになるが、何とか抑える。
「はぁ‼」
「ふぅん‼」
剣が何度ウェルスつかり合う。
ぶつかる度に私の剣は弾かれるようにして若干ブレる。腕には衝撃が何度も何度も、何十にも響いていく。
いや~全然攻撃入れらんない!
てか腕が長すぎだよ!
遠心力のせいで想像以上に重い剣だ!
もっと近寄りたいのにそれをさせないようにしっかりと間合いを取っているし。おかげでなかなか内側に入れそうにないし!
どんだけ魔力による身体強化の恩恵があったかってのがすごい実感させられるなぁ~!
「どうした! もう終わりか!」
「いやいや……まだまだこれからですよ。先輩さ~ん!」
私はウェルスの言葉にそう返しながら方針を転換。さっきまでは攻めるために剣を振っていたが、今度は守りへと移していく。
要はアズマ流の剣である。
攻めずに受ける。
攻めずに流す。
攻撃を避ける。
一切攻撃は仕掛けず、相手の攻撃を防御し続ける。
重たい衝撃は響くが、それ以外のダメージはなし。体には一太刀も入れずに防御と回避をし続けていく。
「ふぅん‼」
「すぅ……」
空を斬る剣。
「はぁぁぁ‼」
「ふぅっ!」
見事に受けきられる連撃。
「うぐぐぅ……」
そして次第にウェルスの顔色に焦りが見えてきた。
ここまで攻めているにも関わらず、一太刀も入れることができない。それがウェルスの焦りへと繋がっていた。
それの焦りはウェルスの剣にも表れており、だんだんとその攻撃も荒くなっている。まぁ荒くなっていると言っても、メチャクチャな攻撃というわけではなく、ちょっと単調気味になっているというだけであるが。
しかしそれでもウェルスの剣が僅かに鈍り始めた。
私はそのタイミングで防御の合間に攻撃を混ぜ始めた。
踏み込み過ぎない攻撃。
肌を撫でたりする程度の攻撃だ。
ほとんどダメージなど与えることのない攻撃ではある。だがその攻撃はウェルスに対して攻撃の隙があるという情報を与える。
それによりウェルスに警戒を行わせていく。
私の一挙手一投足に集中させる。
「はぁ!」
「……ん!」
そうやって警戒させ、集中させ、精神的に疲れさせていく。
疲れは疲労となり、ノイズとなる。
そしてノイズはウェルスにミスを誘わせる。
「――‼」
「危なっ⁉」
「……惜しい」
例えそのミスを突くことが出来なくても、ミスをしたという情報がウェルスにさらなる警戒を行わせる。
「いやらしい戦い方じゃねぇか!」
今日一番の一撃が振り下ろされた。
私はそれを余裕を持って受けることができたが、そのあまりの威力に思わずを腰を落としてしまいそうであった。
本当にこの人魔力使ってないのかよ⁉
魔力なしでこの威力って、どんだけ筋力あるんだって話だ!
「こういうのは嫌いですか!」
私は「この程度余裕ですよ~」という感じでそう答えた。
それに対しウェルスは口角を上げた。そして剣に込められる力がさらに上がる。こう力をの勝負になってくると、さっきまでの作戦が全くの意味がない。
「いいや! どうせ実戦なら何でもありだ。ならその程度の戦い方、嫌いとか言ってられねぇよ!」
「それは――」
私は力を貯めに貯めて剣を一気に振り上げ、ウェルスの剣を上へと弾き、
「――同感です!」
そう言いながらようやくウェルスの長いリーチを越え、その内側に入った。
入るッ‼
「うへへへ!」
「⁉」
あと一歩。
あと一歩で一太刀入れることができるというその瞬間――
「そこまでッ‼」
フレンの声が響き、私は停止した。
ウェルスの腹、そこの指三本手前で私の剣は止まっている。
「これより2分ほど休憩をします。休憩終了後、また別の人とペアになって行います!」
「あ、あっぶねぇ~」「あぁぁああー‼ あとちょっとだったのにぃぃぃ‼」
フレンの言葉が終わったその瞬間、私とウェルスは時間が止まっていたのが動き出したかのように互いに離れるようにして後ろへ下がった。そして2人して叫び声を上げた。
「お前本当に1年かよ! なんだよあの防御力。強いのは聞いてたが、予想以上だよ!」
「先輩こそ何ですか! その腕! 長すぎなんですよ。こっちはあんま身長ないのになんで先輩は普通にデカくて、その上長い腕持ってんですか! 不公平だぁ~‼」
「はっはは! わりぃな。俺は発育が良かったんだよ」
ウェルスはバタンと腰を床に下ろしながらそう言った。
本当に羨ましい。
発育の良い体。
男と女と性別の差はあるが、こういうしっかり成長し、その上プラスαで成長している人って、本当に羨ましい。
「ふぅ~。……にしても本当に強いなぁ」
「ふっ。あったり前ですよ。何せうちの姉様は最強ですから」
「本当俺からしたらそっちのほうが羨ましい限りだ」
まぁ私も、剣を学ぶ環境としてはウェルスよりも格段に良かったというのはありますけど。
「あの襲撃で笑いながら敵を倒しまくった“笑鬼”ってのは伊達じゃねぇんだな」
「あっ、その呼び方やめてくださいよ。まるで私が戦闘狂みたいじゃないですか」
「みたいというか、そうなんじゃないのか? さっきだって打ち合ってるとき笑ってたぞ」
「えっ。マジですか⁉」
「えっ、ああ。うん」
マジか……。
えぇ……ちゃんと抑えてたつもりなんだけどなぁ……。
ちょっとショックだ。
あぁ……ちなみにこの“笑鬼”っていうのはアロガンスとの決闘の後私に付けられた二つ名みたいなものだ。
なんでも鬼みたいに強くて、見事な笑顔を浮かべながら戦っているからだそうだ……。
いや、まぁ、確かに何一つ間違ってはいない。間違ってはいないんだけど、ちょっとなぁ……なんかちょっと、付けてくれるならもう少しカッコいい二つ名にして欲しかった。こんなまるで戦闘狂みたいな……。私はただ刀が好きで、戦うのが好きで、雨の中でカッコよく刀を振るうのを夢にしているだけの人間なのに……。
「はぁ……」
「そんなに嫌なら三校祭に出て、それを払拭できるぐらい活躍しな!」
「……もちろんです」
「ま、頑張れ」
ウェルスはそう言うと腰を上げて、次のペアを探しに行った。
「さて、私も次のペア探しますか」
私は立ち上がると周りを見渡し、まだペアを組んでいない人を探した。
ふと床に死んだように倒れるアロガンスやフェルゼン、壁にガタガタとしながら休憩をしているティミッドが目に入った。
3人ともかなり先輩方にしごかれたという感じである。
「お~い。ティミッ」
「ねぇ、次私とやらない?」
私はティミッドとやってみようと思ったが、その途中で先輩の一人が声をかけてきた。
「う~ん……」
ティミッドが戦っているのはまだ見たことがなくて、気にはなっていたが……まぁ時間はまだまだあるし、後でも良いか。
「良いですよ。やりましょう、やりましょう」
「やった。じゃあ、よろしくね」
「はい。お手柔らかにお願いします」
「ふふ。誰が言ってるのよ」
私たちの合宿2日目はまだまだ始まったばかりである。




