10話
「ふぁぁあ…………ん~よしっ!」
前日はいつもみたいに夜更かしをせずに早く寝たおかげか、かなりスッキリした気持ちで目を覚ました。目元はぱっちり開くし、昨日の疲れとかは全部吹っ飛んでいる。本当に良い気分である。
まぁだけど、これはいつもは夜更かししていることが多かったりすることからの反動でもあるのかもしれない。
いつも私は寝る前にちょっと……ほんのちょっとではあるが……妄想をする。
エッチな感じの妄想ではないぞ。
雨の中で戦う妄想だ。
これがなんとも楽しくて、一度しだすと、妄想の相手の強さが、私の実戦経験のせいで結構な強敵ばかりなものなので、中々終わらない。その上最近では姉様が買ってくれた服のおかげで、何を着ている姿で戦っているのがカッコいいかも考えるようになってしまい、中々眠れないのだ。
本当、楽しい悩みである。
「他の人たちはまだ寝てるのかな?」
制服に着替え、部屋の外に出ると、まだ周りは静かであった。完全な静寂というわけではないが、ほぼ静寂。みんな寝静まっているという感じだ。
「まぁまだ早いしなぁ~」
私はそう言いながら窓の外を見た。
まだ陽は昇っておらず、真っ暗闇。
建物を囲む草原に生える長い草たちが風に揺られている。
草原の外側にある森からは何やら不気味な雰囲気を感じる。恐らく化け物がいるからだろう。
「……」
私は窓から視線を外すと、自分の部屋に一度戻って剣を携えて再び出てきた。
そして音を立てないようにしながら、足早に廊下を進んでいった。
先に言っておくが、別に化け物と戦いに行こうとかそんなわけではない。流石に勝手にそんなことすれば普通に怒られるだろうし、最悪三校祭への出場候補から外されたりしてしまう恐れもある。
私が向かっている先は建物の入り口ではなく、ここに備え付けられた鍛錬場である。
昨日のピストリィによる説明の際、ここの鍛錬場は常に開けっ放しにしているので、使いたいときに使ってどうぞと言っていた。
なので早速使わせてもらおうと思ったわけだ。
「抜き足差し足、忍び足ってね」
木造の廊下をテクテクと駆けていく。
ただし実際にはテクテクとか言う効果音は鳴らさないように静かに駆ける。
物音のする部屋やいびきの聞こえる部屋。
逆に恐ろしいほど静かな部屋。
誰もいない空き部屋。
そんな部屋たちを通り過ぎながら進んでいくと、目的の場所に到着した。
鍛錬場と書かれたその部屋には重たそうな扉が一つ備え付けられてあった。私がその扉を軽く押すと、思ったよりも簡単に進んだ。見た目に反して結構軽い扉で、思わず一気に開け、音を立ててしまいそうであった。
「危ない、危ない……」
私はそう呟きながら肩をなで下ろした。
こういうみんなが寝静まっているときに一人起きて何かをやるというのは、その行為の良し悪しに関わらず、バレないようにやりたい。そんな風に思うことがないだろうか。私はある。てか今思っている。
なんと言うのだろうか……?
背徳感……?
う~ん、まぁ、そんな感じの感覚だ。そんな感覚を感じて少し楽しい。
それは思わずにやけてしまいそうなほどだ。
「――にしても広いなぁ~」
私はそう言いながら鍛錬場のど真ん中へ歩いていった。
鍛錬場の面積はかなり広く、どう考えても昨日外から見た感じ以上の面積を持っていた。
「う~ん……? なんか魔法とか使ってんのかな? 部屋の面積を広くする魔法とか、空間を広げる、みたいな魔法を……」
私はまだ1年生なので空間とかに干渉できる魔法はまだ教わっていない。
教わったものだと治癒だったり、火を出したり、あとは身体強化などの基礎的な魔法だ。
「ま。私はまだ身体強化とかぐらいしかまともに使えないけど」
私は自嘲気味にそう呟いた。
……。
……。
まぁひとまずこの話はどっかに捨てておいてだ。
今は貴重な朝の時間を有効活用だ。
私は鍛錬場のど真ん中で剣を構えると目を瞑って呼吸を落ち着かせ始めた。
ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。
鼓動はリズムを少し早いタイミングで刻んでいる。
「すぅぅぅぅ……」
私は大きく息を吸い、
「はぁぁぁぁ……」
息を吐いた。
ドクン。――。ドクン。――。
鼓動はさっきよりも落ち着き、いつも通りのペースでリズムを刻んでいる。
「――」
私の意識は自分の握る剣に集中し、そこから拡散するように空間中――鍛錬場全体へと広がっていく。
聞こえる音は自分の鼓動。草木の揺れる音。誰かのいびき。
それらの音に包まれるような感覚を味わいながら私は剣をゆっくりと振り上げていく。
力は抜きすぎず、しかし入れすぎず。
ちょうどいい塩梅の力加減。
つまりは緊張せず、リラックスした状態を維持しながら剣を上段へ上げた。
「――」
私はそこで剣を停止。
私の呼吸も止まる。
酸素がどんどん減っていってしまうが、自然と苦しくは感じない。
思考は澄み切っている。
私はまるで時間が停止しているかのような感覚を味わっていた。
そして――
「はぁ‼」
ドンッ‼
次の瞬間には剣を一気に振り下ろしていた。そしてそれと同時に私の掛け声、踏み込みの音が鍛錬場に鳴り響いた。
私はその勢いのまま足を踏み出していく。
「ふぅ‼」
剣を横に振りながらすり足で移動。
見えない攻撃を避け、そこへ突きを入れる。
私は頭の中で思い浮かべた仮想敵に向かって剣を何度も振った。
ときには斬り。
ときには突き。
ときには連続で斬りかかり。
そうやって何度も攻撃を仕掛ける。
反撃の隙などないように無我夢中で攻撃を仕掛ける。
ドン!
ササッ!
ヒュン!
踏み込む音やすり足の音、剣を振る音が鍛錬場に鳴り響く。
「はぁ‼」
そして最後に渾身の一刀を振り下ろして駆け抜けた。
「はぁ、はぁ…………ぅうん……ふぅ~」
そこでようやく私は意識して息を吸った。
酸素不足であった私の全身に酸素が行きわたっていく。頭のほうではバクバクとした感覚があったが、少し経つと収まっていった。
「ふぅぅぅぅ……」
私は再び大きく深呼吸して鼓動を落ち着かせ、剣を構えた。
「はぁ‼」
そして再び仮想敵に向かって剣を振っていく。
全身を使って回避行動を行い、攻撃を仕掛ける。
剣先まで意識を集中させて剣を振っていく。
鼓動はどんどん加速していく。
呼吸もどんどん荒くなっていく。
しかしそんなことは気にせずに剣を振っていく。
そうやってその攻防を10回繰り返したとき、私は足を止めた。
「はぁ。はぁ。はぁ、はぁ……」
呼吸はかなり荒い。
しかし体はまだまだ余裕で動くし、もっと加速できる。
その事実に口角を上げながら私は額から垂れてきた汗をぬぐった。
「にゃにゃ? 鍛錬場から音がすると思ったらウイちゃんにゃ」
「あっ、会長ですか。それに副会長も……。おはようございます」
声のほうを見るとピストリィと彼女に抱えられるモーリェがいた。
「おはようにゃ」
「おはようございます」
2人はなぜかエプロンを着ており、私はそのことに首を傾けた。
「えっと、なんで2人ともエプロンを着けているんですか?」
「これですか。それはこれからみんなの朝食を作るからですね。いつも合宿のご飯は生徒会の人間がつくることになっているんですよ」
「あぁ、そういうことですか。朝からご苦労様です」
「いえそうでもないですよ。会長の面倒を見るのに比べたら圧倒的に楽ですから」
ピストリィは笑いながらそう言った。だけどその表情はどう見ても笑っているような感じではなかった。
私はそれを見て思わず苦笑いであった。
「何ですとにゃ! ピストちゃん! それは聞き捨てならないにゃ!」
ピストリィに抱えられているモーリェは両手両足をバタバタさせながらそう騒いだが、なんだかより一層恐ろしい雰囲気になった気がする。
「ウイさん。剣を振るのもほどほどでにしておいてくださいね。じゃないと今日持ちませんよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
私は若干固くなりながらそう答えた。
その返答にピストリィは笑顔を浮かべ、「では」と言って歩いていった。
「ちょっと! 聞いてるかにゃ! ホントかにゃ! うぎゃ――」
見えなくなった廊下のほうからはモーリェの声がしばらく響いていたが、変な鳴き声がしたかと思うとすぐに止んだ。
「はははは……」
私は乾いた笑い声を漏らした。
うん。ピストリィ副会長は絶対に怒らせないようにしよう。
私はしっかりと心の中でそう誓うと、朝の鍛錬を切り上げて、部屋に戻った。
* * *
「あっティミッド。おはよう」
「うぅ……お、おはよう……」
私が自分の部屋に戻ると、ちょうどそこで部屋から出てきたティミッドと会った。
ティミッドはなんか凄く眠そうな感じであり、目の下には隈もあった。
「大丈夫? 昨日眠れなかったの?」
「い、いや……。眠れては……いたよ。だけど、ちょっと……嫌なこと……考えて……」
「それ本当に寝れたの? 寝れなかったて感じだよ」
「ぅう……だ、だいじょうぶ……」
ティミッドはそう言いながら私の横を通り抜けようとした。だがその途中で力が抜けてしまったのか、ガタンと体を落とした。
「ちょ、ちょっと⁉ 本当に大丈夫⁉」
私はそう言いながらティミッドに駆け寄った。
「す、少し。すこし……よこに、なる……」
「うん。そのほうが良いよ。まだ朝食まで時間はあるし、もう少し寝てよう」
「うん……」
私は持っていた剣を自分の部屋に放り込むとティミッドを抱えて彼女の部屋に入った。そしてベッドにティミッドを寝かした。
「ご、ごめんなさい……」
「このぐらい全然大丈夫だよ。それにどうせ私も休もうと思ってたし」
私はそう言ってティミッドの横に座った。
「嫌なことって……何を思い出したの?」
「……それは……えっと……」
「あ、言いにくかったら良いよ」
私は言い淀んだティミッドにそう言った。するとティミッドは安心したような、落ち込んだような、そんな複雑な顔をして黙ってしまった。
その顔を見て私の手はいつの間にかティミッドの頭に乗っていた。
「え……」
「まぁ私には何もわかんないし、関係ないかもだけど、そんな落ち込まない。嫌なこととかはひとまず忘れて、今を考えたら?」
「今……を……?」
「そう。例えば合宿のこと。今日やる訓練とか稽古。そういうのを考えていれば嫌なことなんて目に入らなくなるよ」
「ほんとうに……?」
「うん。脇目を振らずに夢に走ってる私が言うんだから本当だよ。今を頑張れば、嫌な自分とか、面倒なこと、そんなこととかがきれいに忘れられるから」
「…………」
ティミッドは何も言わず瞑った。その表情は少し穏やかになっていた。
「……もうすこし……なでてて……もらっても……」
「良いよ良いよ! むしろ撫でていたい!」
私はそう言いながら体をティミッドの近くに寄せた。そしてゆっくりと優しく、丁寧にティミッドの頭を撫でた。
姉様が私の頭を撫でたりしていたときって、こういう気分だったのかな?
私は何だか心の中に暖かくてホワホワしたようなものを感じながらそう思った。
「ありがとう……ございます……」
「礼なんて良いよ」
私はそう答えながらティミッドの頭を撫で続けた。
「脇目を……振らず………………だけど……いつか……は……」
「ん? なんか言った?」
「えっ、あ、……ううん……なんでも……」




