9話
少女は部屋に灯りを灯さないまま制服を雑に脱ぎ散らかし、ベッドへ死んだように倒れた。
長時間の移動による疲労ではない。
それは少女にとってはいつものことであった。
そういつものこと。
いつもの、慣れてしまった日常であった。
「……はぁ……」
少女の口から小さなため息が溢れた。
通常この世界の人間は魔法を使うことができるようになるのは15歳からである。
彼女はそんな世界において例外的存在であった。
彼女は生まれながらある魔法が使える、そんな特異体質であったのだ。
しかし通常とは違う特異体質なせいか、その魔法は常に使用される。少女が意図しなくても勝手に使ってしまうのだった。
最近ではある程度の方向性は操作できるとはいえ、それでも勝手に使ってしまうのは変わらない。
おかげで彼女は常に魔法を使用していることによる疲労を蓄積させてしまい、毎晩毎晩死んだようにベッドに倒れる。それが日常なのであった。
「にもつ……出さないと……」
弱々しい声で少女はそう言うと顔を扉のほうに向けた。
そこには彼女が持ってた荷物が力無く、扉近くに転がっていた。
その様子はまるで今の自分のようだと思いながら、少女はそれをボ〜っと眺めながら立ちあがろうとした。
ドサッ。
しかしその途中で少女の体はベッドに音を立てて落ちた。
長時間移動&魔法使用の疲労は予想以上に少女の体に疲労を与えていたのだ。
「……」
少女は力の篭っていない瞳をしながら窓を眺めていた。
「あとでも……良いか……」
そしてそう言うとベッドの上で仰向けになって、全身の力を抜いて「ふぅ……」と息を吐いた。
少女は全身の疲労がまるでベッドに吸い込まれていくように感じていた。できることならずっとこうしていたい。そんな風に思ってさえいた。
「……」
疲れとベッドの気持ち良さによる睡魔で少女の瞼は落ちそうになっていたが、少女が眠るということはなかった。
「……」
少女の意識は隣の部屋から聞こえる音に向いていた。いや正確にはその音を発している者に。
ガサゴソと何やら取り出しているような音が聞こえてくる。
そしてその音が止んだかと思うと今度はヒュン、ヒュンと何かを振っているような音が聞こえてきた。
少女は何の音だろうと耳を澄ましていると、何かを振っている音に隠れるように少し荒い息づかいも聞こえた。
「剣……振ってるのかな?」
隣の部屋にいる子ーーアマツカエ・ウイがよく剣を振っていることは1年生の間では周知の事実であった。
そしてそのことは他の人たちとあまり関わったりしていない少女も知っているぐらい知られたことであった。
「いつも、いつも……すごい、な……」
壁一枚越えた先にあの子はいる。
孤立しても平気な強い子。
何人も何人も倒した凄く強い子。
私みたいな誤魔化しなんて一切ない……凄く凄く強い、凄い子。
憧れた。
だからちょっといつも以上に緊張して、驚かせちゃった。
だけど話すことができた。
ちゃんとではないかもだけど、話せた。
自分を認識してもらえた。
一個人として認識された。
嬉しさのあまり、少女の口角がちょっとだけ上がっていた。
「うふふふ……」
笑みを漏らす彼女の脳裏に浮かんでいたのは今日の馬車でのことであった。
あの子は私とお話ししようと頑張ってくれた。
自分なんかを介抱してくれた。
私の頭を優しく撫でてくれた。
たとえそれがら本心から来たものでなくても少女にとっては凄く嬉しかった。
「やさしかった……なぁ……。お母さん……みたいだったな……」
膝枕をしてもらい、頭を撫でてもらった感覚。
それはまるで昔、少女の母が膝枕をしてくれたときのようであった。
「こんな……かな……?」
少女はその感覚を思い出そうと自分の頭を撫でた。
自分が嫌いで、だけどそんな自分にとって唯一誇らしい母譲りの髪。自分を隠そうと目元まで伸ばしているその髪がサラリと指の間をすり抜けていった。
撫でるのってこんな感じなんだと思いながら少女は自分の頭を撫でた。
「うふ……――」
そして思わずまた笑みが溢れそうになった。
「――」
しかしその笑みが溢れることはなかった。
「はぁ……」
代わりに溢れたのはため息であった。
『お前なら簡単にやれるはずだ』
脳裏に浮かんだのは彼女の父の言葉であった。
『お前の力なら証拠も残らん。ただの事故だ』
一言一句間違いなく思い出される。
『必ずやれ!』
冷たく、
『俺の言うことに従うことがお前の役割だ!』
強く、
『だから』
厳しく、
『やれるよな』
恐ろしさを感じる言葉。
『う、うん……わかったよ……お父さん……』
自分が何も言い返すこともできなかった記憶が思い出される。
重たく、力強い手が乱暴に自分の頭を撫でた感触が思い出される。
やりたくない。
だけどやらなきゃお父さんに怒られる。
失望される。
怒られる。
痛い目に合う。
痛いのは嫌だ。
痛いのは苦しいから。
痛いのは怖いから。
だからやらなきゃいけない。
言われた通りに。
ちゃんとやらなきゃいけない。
……。
……。
本当はやりたくない。
だけどやらなきゃ。
ちゃんとやらなきゃいけない。
「ごめんなさい……」
その言葉勝手に漏れていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
自分がやろうとしていること。
やらなくてはいけないこと。
それを考えるだけで嫌な気分になる。
だが本当に嫌なのは、父に何も文句を言えず、ただ言うままにしようとしている自分であった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
一度漏れてしまった言葉は止めどなく漏れ続けた。
声は小さく、弱かった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
声は響かず、誰にも届かない。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
ただ漏れるだけであり、誰にも聞こえない。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい
聞こえているのは言葉を漏らす、少女にのみ。
そしてそれがより一層、少女の自己嫌悪を加速させた。
「ぅう……ごめん……なさい……」
そして少女―― ティミッド・アーディーは頭を枕に埋めて、漏れ続ける言葉を覆い隠した。




