7話
「んにゃ~?」
あまり近寄りたくはない空間。
そんな空間と化して5分ぐらい……いや10分ぐらい経ったのだろうか。一切時間を意識していなかったため、どのくらい時間が経ったのかはわからないが、少なくとも5分は時間が経過したそのとき。
私がつい最近聞いた記憶がある鳴き声がした。
「?」
それはあまりの気まずさから来た幻聴とかではないようで、ティミッドのほうも聞こえていた。ティミッドは顔を上げ、目をキョロキョロとさせながら音の発生源を探していた。
私もそれに続いてどこから聞こえたのかと顔を動かした。
「にゃぁ~~」
するとまた鳴き声がした。
鳴き声がしたのは多分屋根のほうからだった。
私は視線を屋根のほうに移動させた。少し耳を澄ましてみると、何かが屋根の所を歩いているように、コンコンと音が聞こえてくる。
「なんで……猫……?」
ティミッドがそう言った瞬間、馬車の扉が勝手に開いた。
それにより風が勢いよくなだれ込んできた。
「⁉⁉⁉⁉」
ティミッドは相当驚いたようであり、声を上げることもできず、目を白黒させていた。
「ティミッド、大丈夫⁉」
「――‼ ――‼」
私は揺れる前髪を抑えながらティミッドに声をかけた。するとティミッドは相変わらず目を白黒させていたが、全速力で首を縦に振って大丈夫と答えた。
私はその反応に良かったと感じつつ、開けられた扉の方を見た。
そこから見えたのはまるで高速で動画を流しているかのように流れていく草原であった。
馬車は新幹線とかよりも早いというわけではないが、外は停止で私たちは馬――それも御者の魔法で強化されている馬――に引かれ、結構な速さを出して移動しているため、こういう光景が見えるのだろう。だが今は景色のことなんかはどうでも良い。
私は入ってくる風で目が乾かないように薄めに開きながら、外――特に扉の端の辺りを見た。
「いた」
そこには人間の手のようなものがあった。
手のサイズはだいたい私よりも小さいぐらい。あのぐらいだと、身長も私よりも低いはずである。そうなってくると、その手の持ち主は確定である。てかあの鳴き声の時点でほぼほぼ確定ではあった。
そして私がそう考えた頃には入ってくる風の勢いも弱くなっていた。私はそれと同時に扉のほうへ体を移動。ティミッドは私の背に隠れるようにして顔をひょこりと覗かせている。
私は落ちないようにティミッドに支えてもらいながら顔を外に出して、
「会長ですか~!」
そう大声で尋ねた。
「そうにゃぁぁぁぁ~~~~!」
そしてそこには案の定、扉にしがみついている猫耳生徒会長。
モーリェがいた。
「何してるんですか~!」
私は驚きつつも、それは内心に押し込めながらそう叫んだ。
「ちょっと避難しているのにゃぁ~~~~!」
モーリェは何だか余裕ありげな感じでそう言った。
避難って……一体何から避難しているのだか……。
なんとなくは想像できるが……もしそうならピストリィはまた苦労しているということだろう。
「てか危なくないですか~!」
「全然大丈夫にゃ~~~~! これくらいなら問題全くなしにゃ!」
「会長! 会長! どこですかー!」
「にゃ! 不味いにゃ。ピストちゃんが来ちゃうにゃ!」
そう言ったかと思うとモーリェはスッと手を離した。そしてそのまま慣性の法則に従って、飛んでいく――ということはなかった。宙に浮いて、そのまま飛んでいくはずだったモーリェが空を蹴ったかと思うと、何の抵抗も受けていないかのように私の胸へ飛び込んできた。
「うぎゃ⁉」
流石に急なこと過ぎて、私は回避することもできずそのまま馬車の中へ押し戻された。
「キャッ⁉」
そして私は後ろから覗き込んでいたティミッドに衝突。
会長、私、モーリェという感じにサンドされて、車の壁にドンっと音を立てながらぶつかった。
「ちょっと生徒会長さん! 何してるんですか! 暴れたりしないでくださいよ!」
その音に焦ったような御者の声が聞こえてくる。
……ん?
生徒会長さん?
御者さんのほうからはこっちで何が起きてるかとかはわかってないよな……?
いや……まぁ……何か起きているということはわかっていると思うけど、“何が”起きているかはわからないはずでは……。なのになんで生徒会長ってわかるんだ?
私がそこまで思考しているとモーリェは起き上がった。
「うぅ~ごめんにゃ~~!」
「全く……毎年恒例と言え、もうちょっと大人しくしてくれないか! この馬車が壊れちまう‼」
「気を付けるにゃ~!」
毎年恒例。
私はその言葉で何となくピンと来た。
もしかしたら会長は急にこんなアクシデントみたいなことを起こすことで、馬車に乗っている人たちの中を深めようとした、とかそんな感じではないだろうか。
さっきまでの私たちみたいな地獄みたいな空間。
もしくはお互いに緊張して冷え切ってしまったような空間。
はたまた会話の種が何もなく、気まずい空間。
長時間一緒の空間にいてそんな感じになってしまえば、大変居心地が悪い。
特にまだ面識の少なかったりする1年生同士だとなおさら起きやすいだろう。
そしてそういうのを打ち壊すために、モーリェは急に私たちの乗る馬車乗っかってきて、その上扉を急に開けて中に入ってくるなんてことをしたのではないだろうか。
手段はかなり強引というか、無理やりであるが、もしそうだとしたらちょっとありがたい。
「会長! どこですか! 仕事を放り投げて何逃げてんですか!」
だからそう。きっと今聞こえている叫び声は気のせいだ。
モーリェは私たちのために一肌脱いだのであって、決して仕事から逃げたくてこんなことをしたのではないはずだ。流石にそこまではた迷惑なことはしないはずだ。しないはずだ……。
「モーリェ生徒会長ー!」
しかしそんな私の願いとか、若干抱いた尊敬の念みたいなものを無視するかのように、ピストリィの声が前を走る馬車のほうから聞こえてきた。
私はただひたすらにその叫びが聞こえない、聞こえないと考えながら、私に押しつぶされてしまったティミッドの介抱をしたのだった。
* * *
「にゃにゃ! 離すにゃ!」
「抵抗しないでください会長。後でマタタビあげますから」
「嫌にゃ! そんなこと言って私を仕事で押しつぶすつもりにゃ! 動物虐待にゃ!」
「はぁ……。ウェルス、お願い」
「了解です。副会長」
「な、なににゃ……ウェルくん。私は戻らないにゃよ」
「はいはい分かりましたから。じゃあ戻りますよ~」
「うにゃ~~! 離せ! 離せにゃぁぁぁぁ~!」
あの後馬車はすぐに止められ、ピストリィ率いる生徒会の方が私の馬車のほうへやって来た。
そしてまるで野生動物を捕獲するように陣形が組まれ、そのままモーリェは捕獲。先頭の馬車へと戻された。私はモーリェを膝に抱えながらその光景を眺めていた。
「先輩が本当にすみませんでした」
そこへモーリェ捕獲を行っていた生徒会の1人――人懐っこそうな雰囲気の女の子が私たちのほうへやって来て、頭を下げてきた。
「あ、いや別に大丈夫でしたよ。それになんか気まずい空気だったんで、ある意味結果オーライ?……みたいな?」
「本当に申し訳ないです……」
私の言葉にその再びその女の子は頭を下げた。
「今年は何もやんなくても良いって言ってたんですけど、急に今年もやるって言って飛び出してしまい……」
「あぁ、そうなんですか……」
今年もか……。
「えっと、今年もと言うと……毎年こんな感じのことをやっているんですか?」
「え。ああ、はい。そうですね。毎年合宿に参加する1年生たちは緊張するだろうからと、移動中にちょっとちょっかいをかけたりしてるんですよ」
ふ~ん。なるほど。となると、さっき私が想像したことはほぼ正解だったというわけか。……まぁ今回はモーリェが仕事から逃げたくて行ったみたいだけど……。
「ティミッドさんの方は大丈夫ですか?」
「あぁ……多分大丈夫です。ちょっとビックリして目を回しちゃっただけみたいなので」
「そうですか。じゃあ何かあったら、すぐに言ってくださいね。先輩に責任取らせますので」
「フレン! ちょっと来てくれー!」
確かピストリィがウェルスと呼んでいた男。結構良い体をしている先輩――赤でも青でもない緑の校章なので3年――が私と話していた女の子を呼ぶ声がした。
「あっ、はーい。それではこれで失礼しますね」
その子はすぐにそう返すと、私に一言言って先頭のほうへ戻って行った。
「どう考えても多すぎにゃ!」
「多いのは同感だけど、やるのよ」
「いやにゃぁぁぁ!」
先頭のほうでは何だかモーリェが無駄に抵抗しているらしかった。聞こえてくる言葉から相当量の仕事があるらしかった。
私はちょっと首を伸ばしてそっちのほうを見てみると、先頭で止まっている馬車。そこの開けっ放しとなっている扉からは、何十にも詰まれた書類が見えた。
その光景にはちょっと乾いた笑い声しか出てこなかった。
「ぅう……」
「あ、起きた?」
「ぅうう……あっ。す、すみません!」
ティミッドは起きたかと思うとすぐ、私の膝から頭を離そうとした。
「良いよ良いよ」
「⁉」
しかし私はそれを逃さなかった。
膝枕。
この行為はなんとも気持ちよかった。
いや本当ガチで。
思った以上に気持ち良かった。姉様が私のことを膝枕してくれたことがあったりしたから、される側は味わったことがあったが、する側というのは始めてだ。
そして今回、介抱のためティミッドを膝枕したことで、する側の気持ちよさを知ってしまった。
かわいいと感じる存在がこんな間近で隙を晒しまくってる。
髪を撫でている。
呼吸を感じている。
いや本当になんか癖になる。
「しばらく休憩だって」
「⁉ ……え、あっ、はい……?」
「だからもう少しこの状態でも良いんじゃないかな~」
「えっ、えっと……あ、はい……良いですね……」
ティミッドはそう言って、上げていた頭を再び私の膝に下ろした。
「えっと……優しく……お願いします……」
「うん。うん。任せて任せて~」
私は笑顔を浮かべながらそう答えた。
「髪サラサラだねぇ~」
「はい……。自慢の髪なんです……」
「へぇ~」
私はティミッドの髪を優しく撫でた。撫でるたびにすり抜ける髪をくすぐったく感じながら、ゆっくりと撫でていく。
太ももが少し温かくなったような気がする。それが私のものか、それともティミッドによるものかはわからない。
「さっきのは大丈夫だった? 私、勢いよくぶつかっちゃったけど」
「あ……はい。だいびょ……大丈夫です」
「良かった~」
私はティミッドが言葉を噛んだのをかわいいと感じながらそう言った。
当のティミッドはと言うと、恥ずかしそうにして、顔を私の膝に隠してしまった。そしてそのせいで、ティミッドの息が直接私の肌に当てられる。
「……き、きき……す……ぎ」
そして何かもぞもぞと話したせいで、なんとも言えない感覚が太ももから私に伝わって来た。
「んぅ……ちょ、ティミッド。くすぐったいよ」
「…………あ。えっと、も、もう少しだけ……」
ティミッドは耳を赤くさせながらそう答えた。
「……んぅ。まぁ良いか」
それに私はそう答えて、ゆっくりとティミッドの髪を撫でた。
そして私とティミッドはピストリィの「出発しますよ」という声が聞こえてくるまでずっとそうしていた。




