1話
空は晴れ、ポカポカと陽ざしに照らされ草木は輝いている。時折吹いてくる風を受けて、静かに音を立てながら揺れている。
可もなく不可もないちょうどいい天気に思わず気持ちいと漏らしてしまいそうである。
しかし、私はそう漏らすことなく剣を振っていた。
漏らしている音は少し荒くなってしまった息遣いのみ。それ以外の音は一切発さないように一定間隔のリズムで剣を振る。
空を斬る音も発さないように慎重に。
されど剣の速さが遅くなってしまわないように気を遣いながら。
「ふぅ。ふぅ。ふぅ。ふぅ」
ヒュン。ヒュン。ヒュン。ヒュン。
ヒュン。ヒュン。――。――。
ヒュン。――。――。――。
「ふぅ。ふぅ。ふぅ。ふぅ」
――。――。――。――。
初めは空を切り裂く音が心地よく鳴っていたが、だんだんとそれは消えていき、その場を支配しているのは私の息遣いのみとなった。
「ふぅ。ふぅ」
――。――。
剣を振る度に体は少しずつ火照ってくる。
今までの興奮が思い出となって蘇ってくる。
ギリギリの斬り合い。
殺し合い。
死合った記憶が昂りとなって再び私を温める。
「ふぅ。ふぅ。ふぅ」
剣を振ることで体は火照り。
記憶が蘇ることでも体は火照ってくる。
今の私の頬は多分というか確実に赤く染まっているだろう。そしてその上を私がかいた汗が静かに垂れていく。外から見えれば若干エロさとかを感じそうだ。……うん、まぁ……見てみたい。ちょっとどんな風なのか見てみたい。
……。
……。
――。ヒュン。―ュン。ヒュン。
あっ。しまった。心が乱れまくって、剣も乱れた。
さっきまで順調に剣を振れていたのに失敗である。
ヒッヒッフ~。ヒッヒッフ~。
落ち着いて……落ち着いてい……。
……。
……。
よしっ。
……心をしっかりと落ち着かせて剣を振る。
腕には無駄な力をかけないようにして、しかし力は抜きすぎてしまわないように。足腰に力を込めて振る。腕ではなく、からだ全体で剣を振る。力を全身に伝えていく。
「ふぅ。ふぅ。ふぅ。ふぅ」
呼吸は一定。
ヒュン。ヒ―。――。――。
剣を振るのも一定。
意識を逸らさずに振っていく。
ただひたすらに剣を振る。
* * *
「はぁ~疲れた~」
私はそう言いながら地面に置かれた剣の横に大の字になった。
腕ではなく、全身を使う。言葉ではわかってはいるし、普段からその通りにやってはいる。しかし……意識してやろうとすると途端に難しく感じるようになってくる。おかげでいつもやっている鍛錬がいつも以上に疲れた。まぁ剣振るのは楽しいから問題ないけど。
「お疲れさん。いや~本当によくそんなに剣振れるわよね~」
そしてそんな風に考えていた私に声をかけてきたのはくせ毛が特徴的な茶髪の少女――レオナであった。
レオナはその手に持っていたタオルを私の顔へポイっと放り投げてきた。
私はそれも避けず、しっかりと顔でキャッチ。汗のせいで顔に張り付いてきて、若干呼吸が苦しくなったのでタオルをずらして空気を吸った。
「ふぅ~……。あ~気持ちいぃ~生き返るぅ~」
火照った体を駆け巡る酸素の気持ちよさに思わずそんな言葉を漏らした。
「はぁ~」
そして私はゆっくりと深呼吸をしながら体温調整の魔法を使った。
流石に一気に体温を下げてしまったら、温度差で風邪でも引いてしまうかもしれないので、ゆっくりと下げていく。そうやって、火照りを鎮めているうちに昂りや呼吸も落ち着いてきた。
「ニャ~」
そのとき猫の鳴き声が聞こえてきた。
レオナのほうを見てみるとその腕には子猫が一匹抱きかかえられていた。
「その猫大人しいね」
「うん。本当に大人しいいよ。それに毛並みも凄い気持ち良い~。ウイも触ってみる?」
「触る。触る~」
私がそう答えるとレオナは子猫を私のほうへ近づけた。
子猫は特に警戒することなく、むしろ頭を私のほうへと持ってきた。その様子からもこの猫がいかに人馴れしているのかがわかる。
私は子猫の頭へ優しく手を乗せ、一撫でした。するとサラリとした毛が指の間を通り抜けていった。その感触がなんともたまらず、もう一撫で。そしてもう一撫でとしていた。
それを子猫は気持ちよさそうにしていた。
その姿は本当に愛くるしかった。
「……にしてもこの子猫どこから来たんだ?」
「う~ん……誰かが飼ってたのか、もしくは野良猫か?」
「「う~ん……?」」
私とレオナは二人して子猫を撫でながら頭を傾けた。
「ミャ~」
そして子猫がそれに答えるような感じで、気持ちよさそうな声色を鳴らした。
私たちがこの子猫と出会ったのは今日。私がいつも通り剣を振るために学校の裏庭に来たときだった。
最近裏庭に生えている木の無駄な枝が切られたことで、日当たりが良くなりちょくちょく人が集まったりするようになったその場所。そこのちょうど一番気持ちよく陽を浴びれる場所にこの子猫は寝転んでいた。
この場所では――というか学校内で一度も見たことがない子猫であった。その存在に私は一瞬「何だと?」と思ったが、そう思っている間にレオナが子猫に直行。そのまま抱き上げ、なでなでを始めた。
私はその様子に呆気に取られたが、まぁ良いかと剣を振り始めた。
そしてそれからはさっきの通りだ。
「首輪とかはないし……やっぱり野良かなぁ」
「ん~だけど野良猫がここまで入ってくるの? 学校の周り、壁で覆われているし……」
「正面から入って来たんじゃないの」
……あっ、だけど正面からだったら衛兵とかに止められたりしちゃうか……。
となるとやっぱり誰かが飼ってるのかなぁ。
「まぁ別にどっちでもいいんじゃないの?」
「まぁそうだね」
私とレオナはそう言ってひとまず子猫がどこから来たとかの話は一区切りにした。
「ミャ~」
「本当、かわいいわね~」
「ほれ~よしよしよしよし。良い子だねぇ~」
「ミャ~」
私はレオナから子猫を受け取ると、背中の辺りを優しく撫でた。
なで心地は相変わらず気持ちが良い。橙色の毛が私の指を抜けて行き、くすぐったいような、気持ちいような、その中間の感覚を味合わせてくる。
さっきまで剣を振っていたことで疲れていた体が癒される。そう錯覚してしまうぐらいだ。いや、錯覚ではなく本当に癒されているのかもしれない。……それにしてもこの子猫の毛……どこかで見たことがあるような気がするんだろよなぁ。どこだったけ……?
「――‼」
そうやって記憶を掘り起こしながら、子猫を撫でたりしながら休んでいるとどこからか、声が聞こえた。
「―――――、――!」
その声はだんだんとこっちのほうへ近づいてくる感じがしている。
私とレオナがその声が響いてくる方を見てみると、裏庭と校舎を繋ぐところの廊下の先から一人の女子生徒が駆けていた。
「会長! どこですかー!」
そして何を言っているのかがはっきりと聞こえたとき、ちょうどその女子生徒と目が合った。
その人は若干下がってしまった眼鏡をクイっと上げると、目を見開き私たちに向けて全力ダッシュしてきた。
「えっ⁉」
「うぇっ⁉」
私たちは思わず驚きの声を上げる。その声に驚いてしまったのか、子猫はピクっと体を震わせた。そして女子生徒――制服に付いている校章が赤ではなく青なので上級生――は私たちの反応は気にせずに駆けてくる。
「やっと見つけました‼」
そして私たちの目の前まで来るとそう言って私から子猫を奪い取り、持ち上げながらこう続けた。
「会長‼」
ああ、この人が飼い主かぁ。この慌てた感じからして逃げ出してたのかな。
いや~飼い主さん、見つけられて本当に良かった。良かった。
……にしてもカイチョウって……変な名前だな――
「さぁ、戻りますよ。生徒会長‼」
生徒会長?
せいとかい。ちょう。
セイトカイチョウ。
SEITOKAITIXYOU。
……。
……。
……。
……。
「「へっ? 生徒会長?」」
私とレオナはハモリながらそう言った。
会長ってどういうこと⁉
会長って確か、普通に人間だよね。てか、この世界に獣人とかファンシーな生き物って残念なことにいなかったはずじゃ????
「?」
「ニャ~」
私たちは意味も分からず首を傾け、眼鏡の女子生徒も何やら不思議そうにして首を傾ける。そんな不思議空間の発生源の間にいる子猫は一匹、気持ちよさそうな鳴き声を上げていた。




