20話
「俺にはお前が分からん!」
叫び声を上げながらアロガンスは剣を振りかぶる。
「なぜ俺を守った!」
叫び声と剣が地面にぶつかる音が闘技場に響き渡る。
「お前にとって俺は面倒な奴だろう!」
我武者羅な攻撃。
避けるのは最初の比ではないぐらい簡単であった。
攻撃を失敗したアロガンスは隙だらけ。ちょっと力を込めて吹っ飛ばすだけで場外になってしまいそうであったが、私はそうしなかった。
「どうでも良いという存在だろう!」
アロガンスの叫び声。
答えを求める声に耳を傾けていたからだ。
「俺はお前に絡んで孤立させた!」
叫びと共にアロガンスは舞台を駆ける。
「邪魔をした!」
私はそれを黙って避ける。反撃せず、聞きながら避けるだけ。
ひとまず意味不明なアロガンスの叫びを聞いて困惑状態であった私は、それを聞くに徹することで何を言おうとしているのかを把握しようとしていた。
「……」
「なのになぜだ!
命をかける価値などない!
見捨てた方がどう考えても、後が楽になったはずだ! それとも、お前にとって趣味というのはそれほど大切なものなのか! 嫌な奴、どうでも良い奴……そんな奴を結果的にでも、助けるという結果になってでもやるべきことなのか‼」
そしてここまで叫ばれたおかげでようやく、アロガンスの言おうとしていること――問うていることが何となくわかってきた。
アロガンスにとって私――というかアマツカエ家という存在は、理由は知らんが、とにかく嫌いな存在なのだろう。そしてだから入学当初は私に面倒な絡みをしたり、合同授業のときは私を打ち負かそうとした。
だからこそ、そんな風に接されていた私がアロガンスに対して負の感情を抱いていると考えていた。
そう考えていたのに、そう考えていた相手が結果的に自分のことを助けた。
感情など無視し、助けた。
その結果がアロガンスにとって理解不能だったのだろう。
感情。
趣味。
その二つの天秤で感情に傾かず、趣味へと傾く。
その結果が理解できない。……まぁそれでなんでこんなにも叫ぶほどに溜め込んだのかはさっぱりだが、ひとまずはそういうことなのだろう。
……。
……。
……はぁ。本当にめんどくさい。そんなことでずっとあの調子だったのか。
「はぁ、はぁ……答えろ!」
荒い呼吸となりながら、アロガンスは私へ剣を振り下ろした。
「……」
そして私はそれを黙って受け止めた。
ガンッ‼
木製の剣同士がぶつかり、鈍い音が響く。それは今日一番の音であった。。
剣が拮抗したような状態となる。しかしそれは正しくはアロガンスの剣が私に完璧に止められているだけ。私がほんの少しでも力を込めればあっという間に押し飛ばせる。
「答えろ‼ ウイ‼」
だがアロガンスはそんな状態であることも気にせず叫ぶ。私に答えを求めて叫ぶ。
私はそれに対して、
「……そんなことですか」
と呆れたように答えた。
「⁉」
私はアロガンスの驚愕したかのような顔を尻目に、言葉を続けていく。
「別に私にとってアロガンス様って面倒な奴ってだけです。……まぁ確かにアロガンス様のせいで入学当初はボッチになったりして、何してくれるんだとかそんな感じででしたが」
「だったらなんでだ? あのとき俺を見捨てていた方が楽になっただろ!
それにそんな風に俺のことを思ってたなら、本当のことを言わない理由にもならんだろ!」
ああ、もう。いちいち口挟むなよ。さっさと言うから。少しは待てって話だよ。
「……そんなの、理由なんて簡単ですよ」
「?」
「私がそうしたかったからです」
「は?」
私の言葉にアロガンスは意味がわからないかのように言葉を漏らした。
う~ん、確かに今のではかなりわかりにくいな。
「面倒ですけど、順番に説明しますよ。
まず私はアロガンス様に良い感情は持っていません。……ですが、だからどうしたって話ですか?
だってそんな感情が私の趣味――いえ、夢を後回しに……邪魔をする理由になりますか? いや、なりません。なるわけがありません。なんせ私は決めているので」
「決めている?」
「はい。“脇目も振らず”、“夢へ向かってただ走り続けるって“。
……ですからアロガンス様をどう思っていようと関係ありません。てかアロガンス様ごときで私は足を止めるわけにはいかないので」
そこまで言って私は一旦息を吐いて、肩を回した。
「それと何で言わないのかですけど、そりゃ情報統制されているんだから言わない方が良いに決まってるでしょう? 馬鹿なんですか?
はっきり言って今の環境自体は別に屁でも苦でもないですし」
兄様との約束。
死を悲しむことができなかった私に言ってくれた兄様との約束。
そうすると決めた。
“夢に向かってただ走り続ける”と。
こうやって思い出してみるとかなり自分勝手なものではあるが、そうやって生きていいと肯定されたのだからそうやって生きるのだ。
嫌な奴を守ることになる?
だからどうした。そんなことより強い奴と戦えるってほうが大事だ!
周りから悪く思われている?
だからどうした。そんなことが私の夢の邪魔にはならん! ……あっ。だけど姉様を心配させるのはちょっと……ではあるが。まぁそういうわけである。
私の根底にあるのは夢第一優先ということである。
そのためなら感情と行動はしっかりと分けられ、区別され、切り分けられる。
そしてそれがアロガンスの問への私の解である。
「……」
「あの~聞いてますか?」
アロガンスは何か唖然としたような感じになって完全停止。身動き一つ取らない。剣に込められていた力もすっかりなくなり、私の剣にただ添えられているだけという状態になっている。
私は剣を下ろし、半歩下がった。
アロガンスの剣はカタンと音を立てて、地面にぶつかった。
「問いには答えましたし、もう満足ですか? じゃあ終わらせますよ」
私は意気消沈とした様子のアロガンスのことを見上げながらそう言った。
アロガンスからは何も反応はなかった――いや、あった。
「……黒髪、お前は……お前にとって、感情は後回しなのか……?」
絞り出すかのような声があった。
「えぇ。まぁそうですね。いつもとは言いませんけど、私の夢――『雨の中でカッコよく刀を振るう』っていう夢の前ではみんな後回しですよ」
「なんでだ……」
「なんでとは?」
「なんでそんなに区別できる……。なんでそんなきっぱりと分けて考え、行動できるんだ⁉︎」
「なんでって、そりゃそう決めてから、としか。
まあ……強いて言うならそれが約束ですから」
私はあっさりとそう言った。
「そうか……」
それに対してアロガンスは口からそう零すと何か納得したような雰囲気となった。
それは入学当初とも、ましては最近の変な感じでもない。何かちょっとだけスッキリしたかのような雰囲気だった。
「ようやく分かった……そして理解できた……」
「ふ~ん、そりゃ良かったですね。じゃあそれついで降参か、舞台から降りるかのどっちかをしてもらえません? それとも無理やりの方が好きですか?」
「ふん……。降参はしない。続行だ」
「はぁ? 実力差とか、もうはっきりでしょ。私としてはもうなんか飽きてきたな~てな感じで。やるならもうちょっと強くなってからでって感じなんですけど」
「あぁ……お前にとってはそうだろうな……だが俺はまだやれる……」
アロガンスはそうやって力を振り絞るようにして言った。その姿からはもう体力はあまり感じられない。
「……それにお前という壁にもう一度だけぶつかっておきたい」
そうしてアロガンスは剣を構えた。息も絶え絶え、制服も汚れまくりな姿であった。だがその姿は不覚にもちょっとだけカッコいいと思ってしまった。
折れず、挫けず、挑もうとする。
まるで魔王に挑む勇者のよう。
私の口角はすでに上がっている。笑みも零れそうだ。
自分の姿ではないが、こういうシチュエーションを見れるというのはちょっとだけ良い。そして同時に羨ましい。アロガンスの癖にそんな姿を見せるとは、本当に羨ま、である。
「じゃあこれでもう決着にさせてもらいますよ」
「ふん。出来るもんならやってみろ。そう簡単には終わらせさせない」
アロガンスの体に魔力特有の光が浮かび上がる。さっきまでも全力であったのだろうが、これから先がさらに全力。死を賭けた戦いではないが、それでも死力を尽くすぐらいの気持ちで身体強化をしているのだろう。そうやって私との差をわずかにでも埋めようと。
だが私もそれに合わせて身体強化をさらにする。さっきまでは下手に強化しすぎてアロガンスに大怪我とかをさせてしまわないように調整していたが、もうそんなのはなしで良い。
「大怪我しても知りませんからね」
「望むところだ」
その言葉に私は少しだけ、この決闘を楽しみそうになってきたの感じながら剣を構えた。




