16話
セオス王立学校には第一から第三までに図書館が建てられている。その中でも一番大きい第一図書館はその蔵書の豊富さから、多くの学生が利用していた。しかしそんな第一図書館ではあるが、先日の学校襲撃の影響で蔵書が半分ほど消え去ってしまったため、利用している人はほとんどいなかった。
空のまま置かれている本棚が大半であり、本が詰まっている棚はほとんどない。本が置かれているところでも5~10冊といったところであり、なんとも寂しい感じである。
来る人はほとんどおらず、来たとしてもちょっと見渡し、すぐに出ていってしまい、第二か第三図書館へと向かっていく。
そのためカウンター席に座っている係の学生は、仕事がない、ラッキーだと、ぐっすりと眠っている。寝息がスースーと物音一つない図書館の中に響いている。
そんな場所に三人の人間がやって来た。
整った顔立ちに金の髪の男。この国の第一王子――アロガンス・セオス。
全身筋肉といった風貌の赤髪の男――フェルゼン・ファーリス。
フラフラと力なくいつも通りに歩く男――ビエンフー・ミニストロ。
利用者のいない第一図書館にやって来たのはその三人であった。
係の学生はぐっすりと眠っており、三人が来たのには気づいていなかった。アロガンスたちも特にそれを咎めたりせずに中を進んでいった。そして奥の方にあった真新しい机に座った。元々備えられていた机は襲撃によって壊れてしまっていたため、この机は新しく備えられた物だ。
経費削減と早急な復興のため、机は市販の物ではなく、上級生に授業と称して造らせたものである。そのせいで机は若干形が歪であったりする。普通に使う上では特に問題はなく、むしろちょっとしたデザインと見てみればなかなか味な机であった。
そこにアロガンスたちは何も話すことなく座っていた。
彼らの表情はどこか複雑な感じであり、全体的に暗い。
もしこれをウイが見た場合、「なんだこれ?」と思うことであろう。
「なぁ、フェルゼン……」
「……なんでしょう、アロガンス様」
「俺は……間違っていないよな……」
アロガンスはそう力なく零した。
「間違っているなんてっ! アロガンス様はいつだって正しいですよ!」
するとフェルゼンは勢い良く立ち上がってそう言った。あまりの声に寝ていた係の学生は飛び起きた。
「アマツカエ家が必要ない。そう考えるアロガンス様が間違っているわけがないじゃないですか! この国を真に支えるべきはあのようなよそ者では無く、我々真のセオス国の人間ですよ! なぁ、ビエンフー」
「えぇ~。ですね~。はい……その通り。我が国は少々アマツカエに頼りすぎなんですよ」
「そうか。そうだよな」
「だが……フェルゼン。それにビエンフー……。俺たちはそのアマツカエに守られてしまったんだぞ」
「……」
「……ですが」
「ですがではない。俺たちは守られてしまったんだ。あいつに。黒髪に……。俺たちが否定するアマツカエに」
「「……」」
アロガンスたちの脳裏に浮かんでいたのはあの日の――アロガンスが殺害されそうになったときのことであった。
「あいつは俺たちには到底敵わない相手と戦い……そして退けた」
アロガンスはあのとき、ウイに蹴り飛ばされたあと、助けを呼びに移動しようとしていたが、襲撃者であるドローガに付けられた傷や蹴られた痛みによってその場から動けずにいた。
そして幸か不幸か、アロガンスは見れていたのだ。
距離はあった。
視界も悪かった。
しかしそれでも一部始終を見ていた。
ウイとドローガの戦っている光景を。
自身との別格さ。それはドローガに対してだけではなく、ウイにも感じていた。
どう考えても勝てない。
自分とは強さの次元が違う。
そう思わざる得なかった。
アロガンス自身は物心がついた頃から王になるために様々な教育を施されており、剣術や魔法に関してもそうであった。両方とも長年の教育により、一般的な入学制に比べれば圧倒的に上である。
そのため剣の合同授業のとき。アロガンスはずっと屋敷に引きこもっていたというウイを打ち負かしてやろうと思った。そうすれば少しは身の程を弁えたりするだろうと考えたからだ。
だが結果はどうだ。
打ち負かされてしまったのはウイではなく彼自身であった。しかもそれだけではなく、アロガンスは情けなくその場から逃げ出してしまった。
そしてそれからあまり時間が経たないうちに見たのがあの戦いであった。
あのときは全然本気ではなかった。
アロガンスはそう理解し、そして二重の意味で情けなさを感じていた。
嫌ってるアマツカエよりも圧倒的に弱い自分。
そして嫌っているアマツカエに守られてしまった事実。
そのせいでアロガンスはあのときからずっとこの調子であった。
固く口を閉ざしてしまったアロガンスをフェルゼンとビエンフーは宥めるようにして声をかけた。
「し、しかし。あいつも終わりですよ」
「ですよ~。ですよ~。王宮の情報統制のおかげであの襲撃の原因はアマツカエになってるんですから」
二人のその言葉を聞いてアロガンスは目を閉じた。瞼の裏に移る光景はあの戦いではなく、ついさっきの出来事。しかしここ数日の学校では日常的な光景。
同級生たちは口々に言ってる。
『あの襲撃はアマツカエを狙って起きたんだ』
『だから悪いのはアマツカエだ』
『自分たちがあんな目に遭ったのはアマツカエのせいだ」と。
好き放題に言っている。
負の感情が籠った眼で見ている。
……間違った思考の結果で。
身勝手に。
自分勝手に。
そんな光景が浮かんできてアロガンスはすぐに瞼を開いた。
「あれで、か?
真の原因は俺なのにか……? あの襲撃が原因で起こされたのにか?」
確かにウイのことが餌にウルトクフ教徒たちは襲撃してきた。しかしそれはアロガンスを殺すことが目的だということを隠すための大規模なカモフラージュであることはアロガンス自身容易に理解していた。
「こんなでいいのか……? こんな風な形でアマツカエを終わらせていいのか……?」
「それは……」
フェルゼンとビエンフーから答えは返ってこなかった。
そしてアロガンスも答えを出せていなかった。
自分にとってアマツカエの立場が悪くなる、それはどんなに些細なことであろうと歓迎すべきだ。歓迎すべきなのに、それを歓迎できない。だが、だからといってどうすればいいのかわからない。なぜならアマツカエが嫌いなのには変わりがないからだ。
アマツカエは嫌いだ。
アマツカエは皆身勝手。
他所から来たくせに天神に仕えている。
国では良い立場に居座っている。
嫌いだ。
嫌いだ。
嫌いだ。
しかし今のアマツカエ――ウイの状況は歓迎したくない。
立場が悪くなっているのを歓迎すべき。歓迎するべきではない。
相反する思い。
そしてそんな思いを抱いていたのはフェルゼンやビエンフーたちも同様であった。
「……」
「……」
「……」
アロガンスたちは答えを出せず、沈黙する。
いくら時間が経っても答えは出ない。
しかしいつかは答えを出さないとならない。
この世は常に、出された問に対して解を出し、進んでいかなければならないからだ。だからアロガンスたちもこの問い『ウイの状況に対してどのような態度をとるか?』、に対して解を出さなければならない。
声は出ない。
意見は出ない。
沈黙。
静寂。
アロガンスたちの座る場所。その一帯に何やら重苦しい空気が流れる。図書館にいた唯一の人間である、係の学生はその空気に耐え切れず、図書館を飛び出していってしまった。
そのとき突然アロガンスが立ち上がった。
「⁉」
「アロガンス様……⁉」
解はまだ出ていない。
「……」
しかしその表情はさっきまでとは違い、何かを決断したようなものであった。




