15話
食べ終わった私たちは、姉様が会計をしている間、先に外へ出ていた。
パンド食堂を出ると、すでに陽が落ち始めており、空はオレンジ色に染まりだしていた。
少し前まではあんなに人が行き交っていた街中であったが、それもだんだんと数を減らし始めている。
「ふぅ〜美味かった〜」
「うっぷ……予想以上に……」
「吐かないでよね」
「吐かないわよ……。ちょっと、胸が苦しいだけ……」
レオナにとってはあなのオムライスの量はかなりキツかったようであり、苦しそうな声が漏れ出していた。
私はレオナの近くに寄り、背中を摩った。
「レオナはあんま食が多い方じゃないからね〜」
「ウイとかのほうがおかしいのよ。なんであんなデカいハンバーグ食べておいて、さらにバカデカいパフェも食べきってるのよ」
「う〜ん……? デザートは別腹……だから?」
人間の体の不思議事象。
甘いモノは別腹。
人間なぜかお腹いっぱいでも甘いモノはいくらでも入っていく。理由は不明である。……まぁ、私の場合は甘いモノは関係なしで、ただ食べれる量が多いだけだけど。
「はぁ…………あっぷ……」
レオナは呆れたように息を吐いた。するとその拍子で力が抜けたのか、一気に何か危なそうな様子になった。
「ちょっ⁉︎ 危ない‼︎ 危ない‼︎ 耐えてよ‼︎ しっかり耐えて‼︎」
「……‼︎」
私は何度も縦に頷くレオナの肩を持ちながら、近くにあったベンチへ移動。そこにレオナを座らせた。
ベンチに座ったレオナはなんとか崖っぷちで耐えることができたようで、乙女的にはアウトな絵面を晒すことはなかった。
「ふぅ……危なかった……」
「本当に危なかったよ。絶対、あと少しでアウトな感じだったよね」
「うん。喉まできてた。ガチヤバかった」
「わ〜そこまでか……」
予想以上に危なかったようであった。
「レオナどうする?」
「大丈夫。行ける……」
「本当に?」
「全然……だい、じょうぶっ……」
そう言ってレオナはベンチから立ち上がった。しかしその体を支えている足は産まれたての鹿のようにブルブルと震えている。
お腹いっぱい。
私満足。
レオナもちょっと危険。
よし、帰ろう。
っという流れになりそうではあるが、このまま帰りはしない。まだやること――私の用事ではないが、大事な用事が残ってる。
それは画材を買うだ。
先日、レオナが美術室を使用&画材の使用を禁止にされてしまったので、このままでは絵が描けないということで画材を買いにいかなければならない。じゃないとレオナは絵を描けない。
それはレオナが困る。
そして私としても少し困る。
自画自賛ではあるが、私はレオナが描く私の絵が好きだ。なにせカッコいいからだ。それも現実以上に。それはある意味で私の夢の目指す場所を先に見ることができるみたいな感じでとてもワクワクする。
だから私はレオナの絵が好き。
そしてその絵が見れないのは困るのだ。
そういうわけで私としても、帰る前に画材屋に行かなければならない。
だが私には美術系の知識は全くない。なのでレオナが必要とする画材はサッパリである。なので私が代わりに買ってくるとなった場合、間違ったモノを買ってくるという事態が起きる可能性がある。
「ふぅ〜。よしっ。大丈夫。行ける」
レオナは自分に暗示をかけるようにそう言い聞かせるとビシッとなった。
見た目上は復活していた。
「お〜!」
私はそれに関心の声を上げた。
そのときちょうど会計を終えた姉様がやって来た。なかなか良いタイミングである。
「よしっ。じゃあ、レオナがこれ以上危なくなる前に画材買って帰ろう」
「そんなこと言ってないで、さっさと行くわよ!」
レオナは私のセリフをスルー。そのまま駆け足で進んでいった。私と姉様はその後を追いかけながら画材屋へと向かっていった。
* * *
画材屋には10分もかからないうちに到着した。
そのお店は木材縦長で、少し小じんまりとした感じ。左右に建っている建物よりも小さいため、若干隠れ気味となっており、知らずにここを通ればこの画材屋があるということに気づかないかもしれない。
建物に付いている窓はカーテンが閉まっており、もう閉じてしまったのかと思ったが、入り口の扉のところには『OPEN』と書かれた看板が吊るされていた。
レオナはそこの扉を開けるとすぐに中へ入っていった。私と姉様もそれに続いて中へと入っていった。
「おぉ……」
中に入ると、すぐに不思議な香りが匂ってきた。それはさっきのパンド食堂の美味しそうな香りとは違い、されど不味い匂いというわけでもない不思議な匂いだった。
店の広さは外から見たよりも面積があり、奥へ、奥へと広がっていた。
壁は一面中棚になっており、そこにはそれぞれ絵の具がいくつも置かれている。少し他より高めになっている棚のところには絵の具ではなく、様々な形の筆や定規などが置かれている。
店を半分に仕切るように設置された棚にはキャンバスや画用紙、スケッチブックなどが入れられている。
絵の具にたくさんの種類、というか色があるのは普通にわかるが、ほかに筆なども色んな種類があるのには驚きである。
私は周りをキョロキョロと見渡しながら奥の方へと進んでいった。するとそこにはすでに多数の絵の具、キャンバス、筆などを抱えているレオナが絵の具の棚をじっくりと見ていた。その横には少し年老いた感じのお爺さんが立っており、レオナと何か話していた。
「おっ。こりゃまた別嬪さんが二人もかい。この人たちはレオちゃんの連れかい?」
「はい。ウイとそのお姉さんのトウコさんです」
私はどうもと頭を下げた。姉様も続いてぺこりと頭を下げた。お爺さんはニコニコと感じの良い笑顔を浮かべ、嬉しそうであった。
「そうかい。そうかい。ワシは店主のオジャだ。まぁ、お二人さんもゆっくり見ていってくれ」
お爺さん――改めてオジャさんはそう言って店の奥の方へと消えていった。
「えっと……仲良さそうだったね。知り合い?」
「ん。まぁー知り合いといえば知り合いかな……? 前にちょっと家で話したことがあるの」
「ふ〜ん。そうなんだ」
凄く優しそうなお爺さんだったな。
「お〜い、レオちゃん。あったぞ〜」
「本当‼︎」
レオナはさっきまで満腹で吐きそうであったことなど嘘のように走っていった。
奥の方からはレオナの楽しそうな声が聞こえてくる。その声からレオナとオジャさんの仲の良さが伺える。
私はこりゃ時間がかかるなと思いながら、私は時間潰しに棚にある絵の具に目を移した。
茶色。
赤。
オレンジ。
ピンク。
マゼンダ。
ライラック。
パープル。
マダーレッドに、ファイヤーレッド。
知って名前の色があるな〜と思ったが、それは最初だけ。その後に続くのは同じようで別な色。少しずつ変化した色たちがこれでもかというほどに並んでいる。
そうやって「面白いな〜」と思いながら見ていると、いつの間にか姉様が隣に立っていた。
姉様は何も喋らず私の隣に立っている。
「何か欲しいのあった?」
「ん。特にあるわけではないです。ただ面白いな〜て」
「面白い?」
「はい。どの色も似た色なのに違う名前がある。ちょっと違うだけで全くの別物に。何か面白くないですか?」
「そうね〜。面白いかも」
姉様はそう言いながらニコニコとしている。
「……姉様」
「なぁに?」
「今日はありがとうございます」
「ふぇ⁉︎」
私の急な感謝の言葉に姉様は戸惑ったように変な声を上げた。それが少しおかしく、私はちょっと笑ってしまった。
「今日ずっと色々してくれたじゃないですか」
ケセムの案内。色んなところを教えてくれて、案内してくれた。
服屋『ジャミール』では私を楽しませてくれた。
パンド食堂ではご飯を奢ってくれた。
こんなにも色々してくれてもらったのに、感謝もできないっとなってしまったら、それはアウト。姉様の妹として面目が立たない。
それに何より、色々してもらって、私自身が感謝を言いたかったからだ。
「本当にありがとうございます。これで明日からも頑張っていけますよ」
「……本当に大丈夫?」
「大丈夫です」
私はそう笑顔を浮かべて言った。
姉様はそれを見てちょっとだけ安心したような様子になった。
姉様が心配しているのは十中八九、確実に、今の私の環境のことだろう。
周りから嫌な感じで見られ、話され、認識されている現状。
まぁ実際問題、面倒なだけで特に問題はない。しかし、それでも姉様を心配させてしまっている。ならばどうにかしないとだな〜。全然策とかないが、何とかしなければ。できれば姉様がこっちにいる間には何とかする。
う〜ん、どうしようと考えているうちにレオナの買い物は終わりを迎え、会計をしていた。そのときなぜか姉様がお金を支払っていた。何でだろう。……まぁ後でまた姉様にありがとうって言っておくか。
「じゃあね〜オジャさん!」
「気をつけてな」
そうして紙袋にパンパンに画材を詰めたレオナは店から出ていった。姉様もそれに続いて店から出ていく。そして私も出ていこうとしたとき、
「ウイさんだったかな。ちょっと待ってくれないかな」
「? なんでしょう?」
「いや。大したことではないんじゃが、まぁ……そう……あれじゃ。レオちゃんと親しくしてくれてありがとうな」
「あっ。いえいえ。私のほうこそ絵を描いてもらったりして」
「絵を?」
「はい」
私はレオナとのあれこれをオジャさんに話した。するとみるみるうちにオジャさんは嬉しそうな様子になっていった。
「そうか。そうか。ようやく見つけたんじゃな……。
……ウイさん。レオちゃんはたまに暴走したりしてしまうがとても良い子じゃ。だからどうかこれからも一緒にいてやって欲しい」
「えぇ。それはもちろん」
私はオジャさんの力強い目を見ながら、そう答えた。
* * *
外に出るとレオナと姉様が待っていた。
レオナは早く帰って絵を描きたいという風にちょっと忙しない感じである。
「遅いよ、ウイ〜」
「ん。お待たせ。
……じゃあ帰るか」
陽はもうほとんど沈み、薄暗い。
私たちは駆け足をしながら帰っていった。
なお寮に帰るとレオナは真っ先にトイレに引きこもってしまった。




