6話
私がここ1週間ちょっと過ごしていた病室。
そこでは重苦しい空気が満ちていた。
ベッドに寝ている私。
そしてその横に立つ、書類を片手に持った人物。
窓からはこの病室の重苦しさとは真逆な空気が満ちている。
太陽の日差しは今日も心地よさそうであり、道行く人々は皆明るく、元気である。活気よく走り回る子供達の光景には何か心に気持ちが良いものを感じる。
爽やかな風が適度に吹き、暑すぎないちょうどいい気温だ。
こんなにも良い天気の下でやる鍛錬はとても気持ちが良いだろう。
鍛錬前の準備運動。
体を伸ばし、ストレッチしてほぐす。
軽く走って準備を整える。
いつものように剣を振る。
振られた剣は空気を裂いていく。
何度も何度も振り下ろして空気を裂く。
何度も何度も振る。
空気が心地良い音を奏でる。
それを聞きながら私はさらに振る。
頭に思い浮かべた敵と剣をぶつけ合う。
体は見えない攻撃を避ける。
隙をつくり、そこへ攻撃を入れる。
何度も攻撃を入れ。
何度も攻撃を防がれる。
体は激しく動き回り、見えない相手との攻防を繰り広げる。
体は自然と汗をかいてくる。
少しずつかいてきた汗が地面に垂れてゆく。垂れた汗は地面の中に染み込んでいって消えてゆく。
私は時を忘れて鍛錬に没頭。
剣は何度も振られる。
何度も。
何度も。
何度も振られる。
最高の天気の元でのいつもの鍛錬メニュー。
あぁ……絶対に気持ちが良い!
爽快! 快感!
気持ちが良いに決まっている!
剣を振りたいなぁ~。
こんな天気がいいんだし剣を振って鍛錬がしたいなぁ~。
私はそんな風に想像、もとい妄想をしながら窓の外を見ていた。
「アマツカエ・ウイさん」
「はい……」
だがそんな妄想を打ち切るように、医者の重苦しそうな言葉が病室に響いた。それに私は静かに反応を返した。
医者の目は真剣そのもの。
わずかなふざけもない。
それが彼がこれからする話がどれだけ大事なものなのかを示していた。
「こちらが今日の検査結果となります」
そう言って彼が差し出してきたのは一枚の紙。そこにはいくつかの項目が並び、それぞれに様々な数値が書かれている。項目に並ぶ文字はどれも専門的なものばっか。詳しく知らないものばかりで、どういう意味なのかはさっぱりである。
私は書類を見ながら医者の続く言葉を待っていた。
医者の方は私が書類に軽く目を通したのを確認すると、再び口を開いた。
「細かいことは抜きにして言います」
「はい」
「アマツカエ・ウイさん」
「……」
「おめでとうございます。今日で退院です」
その言葉を聞いた瞬間、私の中には熱いモノが広がっていった。喜び、歓喜、興奮、開放。そんな思いが広がりに広がっていく。それは私に止めることは一切できず、むしろどんどん広がらせていった。
そしてそんな思いたちが広がり切った瞬間、
「ひゃっほぉー‼︎‼︎」
私は堪えることなくそう叫んだ。体はいつの間にか飛び上がっている。回復した体は重さを感じないかのように、きれいに飛び上がっていた。足元に被さっていた布団は見事に床へ落ちた。
声が響き、轟く。
病院中に声が響き渡る。
輝く太陽に向かって響いていく。
* * *
「良いですか! 絶対に1週間は安静にしてくださいよ!」
「……ぅぅ」
「返事はッ?」
「はい……」
私は頭を押さえながらそう答えた。
あの後私は急に飛び上がり、その上大声を出したということで医者にこっぴどく怒られてしまった。まぁある意味当たり前ではある。病院で大声出すとか普通に怒られる案件である。
たがしかし。
大声を出して飛び上がってしまったのはしょうがないじゃないか。
ここずっと、病室に籠りっきり。見舞いに来るのは姉様とレオナだけ。それ以外は人が来ず、その上二人が来るのは午後のみ。
日中は基本一人っきりで課題をこなす日々。
鍛錬がしたいけど我慢しつつ。わけわからんおまけ課題もやけくそで終わらす毎日。
はっきり言って数日で飽きていたのに、それがまだ続いていたというのだ。むしろよく耐えたと褒めて欲しいぐらいである。
本当に退屈な毎日だった。
医者の念には念をの精神によって少し長めの入院生活。ようやくだ。ようやく。1週間ちょっとではあったが、ようやく終わりを迎えた。
これで叫ぶなと?
いや無理だ。叫ばずにはいられない。
そういうわけで私は叫んだ。病院で叫んだことに関しては反省している。だが後悔はない。
「はぁ……」
私がそんな風に思っているのを知ってか知らずか、目の前に座る医者は疲労が溜まった様子でため息を漏らした。
気のせいかはわからないが、なんだか気持ち白髪が増えているような気もする。
「本当に安静にしててくださいよ。これで何か問題があったら、私……アマツカエの方に睨まれちゃうかもしれないんですよ……」
まさか、まさか~。
うちの人たちはみんな権力欲しな人たちだから私には気にもかけず、次期当主の姉様の方を気にかけるでしょう~。だから私に何か問題発生しても大丈夫…………いや姉様の方は大丈夫じゃなさそうだ。
絶対になんかする。
今回だって任務一人で終わらして、走ってここまで帰って来たのだ。そんな行動力の姉様ならなんかする。
「絶対に、絶対に1週間は安静にしててくださいよ」
「はい。わかりました」
私はそうしっかりと返事を返した。その返事に彼は安心したのか「では」と言って病室から出ていった。
さてさて。では退院の準備をしますか。
まずは荷物整理。っといっても荷物と言う荷物は全くないけどね。服とペンなどの勉強道具。それとレオナ作の最高傑作の絵。それぐらいである。
私はそれらを一つの袋にまとめていった。
そしてそれを背負い、病室を後にした。
* * *
「いや~本当に天気が良い」
病院を出るとまだ日差しは一番上を過ぎたくらい。つまりはまだお昼過ぎぐらいであった。
まだ学校の方は午後の授業があるだろう。
ひとまず私は今日までは休みになっているらしいので、午後の授業には出なくても大丈夫である。
だがみんなが授業をしている中で一人だけ授業に出ない。合法的な休みではあるが、やはり何だかいけないことをしているような感じがして背徳感のようなものがある。
う~ん、なんだろう。入院中はそんなこと一切感じていなかったのに……。何でだろう。
やっぱり、何もしてないからだろうか。
入院中は毎日この時間は課題をこなしていた。だからそういうのを感じていなかったのだろう。
そんなこんな考えつつ、私は学校への道を歩いていた。
道は石造りであり、かなり歩きやすい。まぁこの前馬車で王城へ行った道中、特に激しい揺れを感じることなく行けたのだから当たり前と言えば当たり前だ。
これで荒れに荒れた、歩きにくい道であったなら、あのときの道中はガタガタ揺れまくりであっただろう。
前にも言ったように私がこの街に来たのは入学直前だ。そのためこの街に何があるのか、どうなっているのかは全然知らない。
そのため私はちょっとだけ旅行気分で歩いていた。
人が道を行き交う。
お店から出たり、入ったり。
ケセムはセオス王国の中心らしく、本当に賑わっていた。
「⁉︎」
そのとき。私の鼻に何か美味しそうな、甘い香りが漂ってきた。
入院中はずっと病院食で、不味くはないが美味くもない、味の薄い感じのモノが多かったため、その甘い香りは私の本能を刺激した。
私は思わずその匂いに釣られてフラフラと学校への道から逸れていった。
「おおっ!」
匂いの先にあったのは食堂であった。
扉の上には看板が大きく取り付けてある立派な食堂である。だが私の意識は食堂のことよりもそこに貼られた紙に向いていた。
そこに描かれていたのは巨大なパフェの絵だった。
何種類ものフルーツが乗せられ、アイスに、クリーム。沢山の甘いが乗せられたパフェ。絵を見ただけでもわかる。めっちゃくちゃ甘くておいしい。絶対美味しい。
「美味そうだなぁ〜」
口からは涎が垂れてきそうだ。てか多分垂れている。だらしなくポタポタと垂れてしまっている。
そして私は思わずそのまま食堂の中へ入ろうとしていた。
だがその直後、手持ちのお金はないということを思い出した。無銭飲食とか普通にアウトである。
扉を開け中に入る。その寸前という所であった。食欲と言うのは本当に恐ろしい。理性が簡単に壊れ、こうも行動しそうになるとは。……だけどやっぱり食べたいな……。
私は肩を落としつつ、その場を離れた。
このままここにいたら更にはしたない姿をさらしそうだったからである。
「はぁ美味そうだったな〜。
あっ、そうだ。今度の休みにレオナと一緒に来るか!」
ちょうどこの街をもう少し見てみたいと思っていたのだ。
しばらくは鍛錬もできないし、そうしようと決め、私は落とした肩を上げて、学校に向かっていった。




