プロローグ
3章の始まりです。
セオス王国の中心の都市ケセム。そしてさらにその中心に建つ王城。そこでは今日も執務に追われ、人々が働いていた。
そんな王城にある一室。扉の前には騎士が立ち、警備されたその部屋は他の部屋に比べ豪華なつくりとなっている。ここは王の執務室。中には息子と似た――若干色が薄まった金髪を持ち、髭を蓄えた男がいた。彼こそがここセオス王国の王、バシレウス・セオスであった。
机には積み上げられた大きな書類の山が二つと小さな山が一つある。バシレウスは大きな山の方から一枚取り、目を通していく。何も問題がないことが確認できればそれにサインをし、小さな山の方へ重ねる。
取る。
見る。
サインをする。
横に重ねる。
取る。見る。判子。重ねる。取る。見る。サイン。重ねてく。取る。見る。サイン。重ねてく。
それを繰り返す。
長年やってきた仕事のため、その動きには一切の滞りはなく、スムーズなものである。あまりの早さに、書類をよく見ていないのではと思われるかも知れないが、そんなことはなく、一言一句逃さず、読んでいた。
バシレウスはテキパキと執務を行っていった。
すると大きな山は見る見るうちに小さくなっていき、あっという間に一山消えてしまっていた。
「ふう……」
もう一つの大きな書類の山を見るとバシレウスは一息ついた。
流石にこの勢いでもう一山処理するのは疲れる。また区切りとしてはちょうど良いということで、バシレウスはいったん休憩を取ることにした。長時間同じ姿勢のまま座っていたためか、体が少し固く感じ、バシレウスは肩を軽く回した。
昔であればこの程度の作業どうってことはなかったが、流石に齢をとったなと思いつつ首を回した。
「ようやくひと段落か?」
そのとき執務室でバシレウス以外の声が響いた。声の主は執務室に備えられたソファーに腰掛けていた。
かなりの筋肉質の巨漢で、脇には剣が立てかけてある。
彼の名はルウリー・リッター。セオス王国の騎士団、それの団長を務めている男である。
「まあな。これぐらいやっておかないと午後が大変だからな」
「大変ってそりゃそうだろう。その書類の量……一人でやる量じゃないだろ。少しはミニストロの奴に回したらどうだ?」
バシレウスが処理している書類。それらの中には別にバシレウスがやらなくても良いものも混ざっていた。しかしそれは別に間違ってとかではなく、バシレウスがそうさせていたのであった。
「確かにそうなんだがな……まぁ半分趣味みたいなもんだからな。書類を見て判を押す。結構楽しいぞ」
「そうかい。そうかい。俺には分からんよ」
「そうかー。残念だ」
バシレウスはルウリーとそんな軽口をしながら紅茶を一口飲んだ。朝からの激務の合間の紅茶。それは付かれたバシレウスの体に温かく染み込んでいく。
紅茶の味の余韻を楽しみながら、バシレウスは「それで」と口を開いた。
「今日は何の用だ? 騎士団の団長がまたサボりか?」
「いやそうじゃねぇよ。……まぁそれも少しはあるが、本題は別だ」
バシレウスは思わず、サボるなと言おうとしたが、ルウリーの表情を見て、口を閉じた。その表情はさっきとは違い、真面目なものであった。
「この前の王立学校襲撃の件だ」
その言葉にバシレウスの瞳も鋭くなった。
セオス王立学校襲撃事件。
難攻不落。
鉄壁の警備。
そんな風に呼ばれていた学校への大規模な襲撃事件。
人的被害、建物被害は大きく、バシレウスの確認するべき書類が急増した原因である。というかここ最近の王城で働く人々の執務のほとんどがその対応に関するものばかりだ。
壊れた建物の修理。
衛兵などの補充。
警備案の見直し。
などなど。
エトセトラ、エトセトラ。
セオス王国の誇るべきもの。
そしてなにより他国からの入学生も存在するため、その重要度はかなり高かった。下手な対応をしてしまえば他国との火種になりかねないからだ。
「何か分かったのか?」
「分かったというか、分からんと言うか……。捕まえたウルトクフ教徒たちは……まぁ予想通りまともな話は一切聞けず。尋問しているはずなのに、こっちに宗教勧誘してくる始末だ。本当に何なんだって奴らだ」
「それは大変そうだな」
「本当に全くだ。おかげで尋問を任せた何人かが鬱みたいになっちまったよ」
「……それは本当に大変だな……」
バシレウスはそう言うしかなかった。
バシレウス本人としてもウルトクフ教徒は何とか撲滅、もしくは沈静化させたいものなのだが、一向に上手くいっていない。
もはやある種の病気と考えた方が良いレベルで迷惑な存在であった。
「だが……さっきも言ったが分かったというのもある」
「ほう?」
「アマツカエの嬢ちゃんが捕まえたらしい男が色々話しだしてくれたんだ。
そして話を聞いて驚き仰天、そいつはウルトクフ教徒なんかじゃないし、それに今回の襲撃は自分たちが仕組んだって言う話だ。目的はアマツカエの嬢ちゃんじゃなくて、王様……あんたの息子の殺害だったってよ」
「何ッ?」
バシレウスは思わず驚きの声を上げた。
ウルトクフ教徒の襲撃ということで目的は確実にアマツカエであると考えられていた。それが今回の事件に対する共通認識であった。
バシレウスは顎に手をやりながら言った。
「つまり襲撃の大半はウルトクフ教徒。だがその裏に別の奴がいるということか」
「まぁそうなる」
「う~ん……だがアロガンスを殺害するにも手がかかり過ぎではないか? それにわざわざ学校に襲撃しなくとも、アロガンスが学校外にいるときに仕掛ければよかっただろう」
「そうなんだよな~。それは俺も思った。だからあいつにも聞いたんだよ。聞いたんだが、それについてはあいつも知らないってな。リーダーがそう決めたからさっぱり分からんってよ……」
そう言い切るとルウリーは訳がわからんと天井を見上げた。
「そうか……」
それを見ながらバシレウスはそう呟いた。そしてまた一口紅茶を飲んだ。
「それにしてもその男……ペラペラ口が軽いな。本当に信用はできるのか?」
「ああ。一応感知の魔法を使いながら尋問しているからな。ほぼ確実に本当の話だ。嘘偽りなしだな」
「う~む……。アロガンス同様、アマツカエの子にも話を聞いてみた方が良いかもしれないな」
「ですな」
バシレウスは何かを思い出したかのように言った。
「そう言えばルウリー」
「ん。どうした?」
「いや、今回の襲撃事件でアマツカエの末っ子が重傷だったんだろう」
「まぁそうだな。かなりの大怪我だったらしいぞ」
「……ならあやつはどうしたんだ?」
「?……ああトウコのことか」
「ああ。あの子のシスコンぶりはかなり重いからな」
「確かにな」
悲報。アマツカエ・トウコのシスコンはすでに完全なる周知の事実となっているようだ。
ルウリーは考えるようにして、頭を傾けた。
アマツカエ・トウコは現在遠征をし、辺境で化け物狩りの任務を行っているはずであった。そして襲撃事件、そしてウイの重症はその日のうちにトウコの元へ連絡を飛ばされていた。
「う~ん、今は遠征しているんだが一応連絡は送ったから知ってはいるはずだと思うが……」
「はず……?」
「そういや折り返しの連絡がないなーて。うーん、多分……任務はちゃんとやっていると思うが……まさかなぁ」
「どうした?」
「いや。流石にないとは思うが……トウコの奴、任務放り出して帰って来ていたりしないよなって」
「まさか。流石にそんなことはしないだろう」
「だよな」
「……」
「……」
「「……」」
いつもならすぐに連絡を返すトウコから連絡が返ってこない。その事実に少々嫌な予感を感じつつ、ルウリーはそれが杞憂だと願った。
* * *
一方その頃。
ケセム近くの森の中。木々は生い茂り、太陽の陽を浴びて生き生きとしている。その森に生息している動物たちも生き生きと暮らしている。
森林浴などをしてみれば気持ちが良い絶好の日である。
その為、森林浴をするために森に入っている者もいた。
「あ~気持ち良いわね」
「うん。全くだよ」
今日そこにいたのは二人の男女であった。
二人は周りを見渡し、大きく息を吸ったりして、森林浴を満喫していた。
「それで話って何?」
「ッ……えっとね……」
この二人は幼馴染同士であり、男の方は女を好きであった。今日この森に来たのは森林浴をするためでもあるが、それ以上に彼女へ告白をするためであった。
(言うんだ! 好きって。好きだ、結婚してくれって! 言うんだ‼︎)
「えっと……その」
男は緊張した様子でなかなか言い出せずにいる。
「うん。ゆっくり落ちついてね」
女の方はそんな男に対して何か期待するかのような眼差しを送りながら待っていた。
その目を見たとき、男の覚悟が決まった。
(言うんだ‼︎ 好きって‼︎)
男は大きく息を吸った。そして、
「実は……君のことが……」
「うん」
「す」
そのときだった。
あと少しで男が告白をする。まさにその瞬間、森の中で何かが轟くような音が響きだした。
ドンッ。ドンッ。ドンッ。ドンッ。
「「えっ?」」
その音はどんどん二人の元へ近づいてくる。
「も、もしかして猛獣?」
「化け物かも!」
思わず二人は抱き着いていた。そしてそのまま力が抜けて地面にへたりこんでしまった。
ドンッ‼︎ ドンッ‼︎ ドンッ‼︎ ドンッ‼︎
音はどんどん近づいてくる。そして音の主はあとわずかで二人の目の前にやってこようとしていた。
二人は化け物に襲われる、そして死んでしまうと覚悟した。
そして現れたのは、
「ウイッ~~~~‼︎」
シスコンであった。
シスコンは血走った目で全力疾走。その足が踏みしめたところには深い足跡を生みながら進行していた。
一つにまとめられた銀の髪を風でなびかせながら進撃していた。その服にはかなりの血が付いている。ただし、それはトウコの血ではなく、連絡を受けた彼女によって速攻で殺された化け物たちの血であった。
「「えっ?」」
二人の思考が停止。しかし重度のシスコン、アマツカエ・トウコは二人の存在など気づかず、ものすごい勢い風を巻き起こしながら、そのまま通り過ぎていった。
「ウイッ~~~~~~~~‼︎‼︎」
二人はその風で飛ばされないように耐えた。そして風はすぐに止み、二人だけが残された。
巻き上げられた葉や砂が地面に落ちてゆく。
背後からは「待っててね〜〜〜〜〜‼︎」と言う言葉が、どう考えても女性が出してはいけないような奇声となって聞こえてくる。
「「……」」
二人は顔を見合わせ、沈黙していた。
木々が揺れて葉の音が鳴る以外の音はなかった。静寂となる。さっきまでの騒音は何処へやらといった状態だ。
しばらくの間二人はそこから動けなかったが、少し経つと立ち上がって街の方へ帰って行った。
男は不幸なことに告白するのを逃してしまった。
なおその後、改めて告白をしたところ無事成功したらしい。
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