21話
地面が大きくへこんだ。
私は声を上げることなく、足を踏み出した。土が周りを舞った。
一歩で加速。二歩でさらに加速。ドローガと私の間にある長くはない、だが短くもない距離が狭まっていく。
ドローガの影からはいくつもの刃が飛び出してきた。全部は対処できない。そんなことをしている余裕はない。それに今の体の傷でさらに貫かれたりすればそこで終わってしまうだろう。
よって行う動きは回避。
刃の隙間を通り抜けていく。
そして最短距離で私の刀で貫く。
体は軽く感じていた。
痛みが満ちているはず。
骨は折れ、内臓に刺さってたりしているかもしれない。
血も流し過ぎた。
魔力はもうなくなる。
だが体は軽かった。
今までに感じたことがないくらい軽く感じていた。
「……」
刃の間を抜けて行く。
体を屈め。
横に飛び。
間を飛んで。
加速し、加速し、加速しながら抜けて行く。
「黒刀‼」
「……!」
そのとき声がした。
ドローガの叫ぶ声が。
正面に見えるドローガは影へ手を沈めていた。またアレが飛んでくる。
刀を合わせたところでまた飛ばされる。今度はもう無防備なまま壁に潰されるか、地面に落ちて潰れてしまう。
受けることはできない。
だが私は大きくその場を動くことができなかった。
それは周りを覆うようになっていた刃たちのせいだ。
刃が私を囲むようになっていたのだ。隙間はある。だがそれは人が通れない程度の隙間。
背後は開いているが、あの攻撃は縦の攻撃。どこまでも伸びる。その上早い。今更下がったところで避けられない。
ドローガはこれを狙って多数の刃による攻撃に私が抜けれる場所をつくって仕掛けていたのだ。
どおりで上手く抜けれたわけだ。さっきは正面を覆うような攻撃も仕掛けていたのに、こうしていたのはそういう訳だった。
やられたな。
私は血が足りなくなってきた頭でそう思っていた。
これは逃げられない。
この囲いを壊すことは多分できる。何せあんな一撃の準備をしているんだ。刃の強度も相当脆くなってるはずだ。
だがこの距離でそんなことをしたところで、あの一撃の餌食になるのは変わりない。
私が気持ちよく刃の間を抜け、ここまで接近していなければこうなっていなかっただろう。もっと面積を使い、接近していれば狙いは定め切ることはできず、餌食になる可能性は下がっていた。もう少し考えて仕掛けるべきだった。
まぁ、後悔先に立たず。すでに終わったこと、やってしまったことを悔やんでもしょうがない。今はこれをどうするかだ。どうやってあの黒刀とやらを越えて、ドローガを貫くかだ。
考えを巡らす。
頭を回す。
思考を加速する。
血が足りないせいか頭が上手く回らない。何かモワ~ンとした感じになってきた。
上手く思考がまとまらない。
……。
……。
……もういいか。
考えるのはめんどくさい。
ここまで来たらゴリ押しだ。
ひとまずもっと早くする。
早く。早く。もっと早く駆け、私の間合いに持っていく。
アレが出る前に貫く。
殺られる前に殺る。
それでいい。
それでいいか。
ならもう3秒で良い。
20秒とか要らん。15も10秒も要らん。刺して、貫く。それだけなら5秒もかからん。
私はわずかに残していた魔力も身体強化に回していった。
刃は私の動きを邪魔するように生えてくる。
足を刺す。
腹を刺す。
肩を刺す。
腕を刺す。
頭を刺す。
そんな風にどんどん生えてくる。
だが強化された肉体はそれらの殺傷能力を超えていた。
刃を砕きながら私は進んでいく。おかげで多少減速されてしまうが、それ以上に加速していく。駆けてゆく。
黒刃はもう引き抜かれようとしている。
地面よりギシギシと無理やり抑えれるかのような音が響く。
刃たちが消えた。
跡形もなく消え去った。
そして放たれた。
「一閃‼」
全てを切り裂く、決して壊れぬ漆黒の一刀が。
「間に合った‼」
「……⁉」
だがその瞬間私の体はドローガの脇に辿りついていた。
漆黒の刃が私の真横を通り過ぎていく。
逆風を浴びながら、私は刀を両手で握りしめ前へと突き出した。
ここまでの加速。私の残った魔力。そしてこの戦いの昂り。それらすべてが乗せられ突き出され、わき腹から突き刺さった。
「がぁッ‼」
刃を振り上げるドローガから低いうめき声が零れた。
「はあ‼」
私はさらに押し込む。力の限り押し込んでいく。
そしてドローガの足が一瞬地面を離れ、
「⁉」
勢いよく突き飛ばされていった。
悲鳴なんかなくドローガは飛んでいき、トートの真横にある木へ激突。木は激しく揺さぶられ、雨水を落とした。
「はぁ……はぁ……」
私は刀で体を支え、肩で息をしながらもなんとか立っていた。
もう魔力はない。すっからかんだ。力も入らん。右腕はなんか関節が一つ増えている。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
だが視線はドローガから決して逸らさない。
何とか立ち続け、ドローガを見据える。
ドローガは地面に腰を落とし、頭も下がっていた。体中に傷はあるが、私に比べればまだまだ浅い。
そして2秒も立たないうちにピクリと動いた。
「うぐぅ……はぁ……がはぁっ」
そして血を吐きつつ、重そうに立ち上がった。
「まだだ……もっとやれるだろう……」
無理がある話だ。
流石にもう限界だ。
私は返事をする力もなく、だが何とか刀を構えようと力を振り絞った。
それを見たドローガの表情にはまだ戦意があった。喜びがあった。歓喜があった。
全く……どっちが戦闘狂だよ。夢追いな私に比べて、ドローガのほうがよっぽどだ。
私は思わずニヤッと笑いながらも力を振り絞った。
「ドローガ」
しかし。ドローガの表情はトートの声によって、すぐに落胆したようなものへと変わった。
「なんだ……」
「ジカンギレダ。キシダンガキタ。テンイノヨウイモトトノッタ」
「…………」
「……ドローガ」
「分かった。撤退だな」
そう言いながらドローガは後ろを向き、トートの傍へと寄っていった。
「アマツカエ……」
「なんですか?」
私は力が抜け、地面に倒れこみながらそう答えた。
ドローガはこちらを振り返り、獰猛な笑みを浮かべながら言った。
「次は殺す」
「それはこっちのセリフですよ……」
そしてドローガたちの姿は消えた。
「次は絶対もっと完璧に殺しますから……」
私は消えたドローガに向けてそう言った。雨は止み、青空が見え始めていた。
今度はここまでの傷を負わずに。
あの刃も切り伏せて。
雨の中で。
絶対に勝つ。
「ふぉぅ‼ 出来た。出来た‼ 完成したよ~ウイ‼」
そこへ場違いなほど明るい声が聞こえてきた。
視界の端ではキャンバスを持って飛び跳ねているレオナが見えた。
視界がぼやけて良く見えないが、多分凄いのが描けているのだろう。
ならば良かった。
それなら良かった。
ここまで楽しめた上にまだ楽しみがあるのだ。不謹慎かもしれないが、なんて良い日なんだろうか。
「起きたら……見して……ね……」
私はそう呟きながら瞼を閉じていった。
薄れゆく意識の中、レオナの声が響いていた。
ふへへへ……。
あぁ……本当に絵が楽しみだ……。
そう思いながら私の意識は闇に落ちていった。




