20話
「耐えられず死んだか……?」
ドローガはつまらなそうにそう呟いた。
彼にとって仕事は優先すべき事象だ。しかしそれ以上に自分の趣味、血沸き肉躍る戦い。それが今回だけは優先される。
普段は決してそんなことはしない。
なにせまかりなりにも裏家業をする上でのドントとトートたちのリーダーをしているのだ。リーダーが感情を優先して行動してしまえば、失敗する可能性が高くなってしまう。
そのためドローガは個人の趣味は出さずに仕事を行った。
喜怒哀楽は出さず、冷酷に淡々と仕事を行った。
おかげで依頼を失敗することはなく、今まで生きてこれた。
だがそうしているうちにストレスというのは溜まるものだ。戦いたい。血を、肉を削り、飛ばし、零す。そうやって戦うことがドローガにとっては生きることなのだから。
そんなときであった。
ドローガの元にある依頼が来た。それは第一王子アロガンス・セオスの殺害だ。
難易度の高い仕事だが、報酬はかなり高く、何とかなると考えその依頼を受けようとした。だが依頼の条件――セオス王立学校内で殺せというのを聞かされた瞬間断ろうとし、その果てに依頼を受けた。
「戦場にすればいい」
「騒乱の渦にすればいい」
「そうすれば君も思い思いに戦えるんじゃないのかな?」
「部下にバレずに心を満たせるよ」
「好きだろ。戦うのは」
そうやって依頼主に丸め込まれて。
(そこそこ楽しめたが……やはり物足りない。王子たちは期待不足だったが、アマツカエのガキはまあまあだったな。……だが、もう少し頑張ってくれると思ったのだがな)
アロガンスはそう考えながら自分の吹き飛ばした正面を見た。
蹂躙され、荒れに荒れ、破壊の跡が残っている。
『黒刀一閃』。
ドローガがそう名付けたその技は、影を高密度に集め、一気に放つ一刀。使用後は影が足らず、刃を生やしたりすることはできないが、その欠点を帳消しにするほどの威力を誇る。
高密度に集められた影の刃はどんな相手であろうと壊すことはできず、全てを切り裂いてしまうのだ。
(噂に聞く騎士団にいるというアマツカエの当主ならば壊してしまうかもしれないが、それはこの技が魔法という性質上仕方ないことだ。……それに奴は例外。奴以外、たとえ同じアマツカエの人間であろうと別人。ガキごときに防げるわけはないか……)
ドローガは落胆しつつ、周りを少し見渡した。少し離れた位置にキャンバスに何か描いている少女――レオナ・ビンチがいた。
(見るからに戦えそうにない。別にどうでも良いな……)
「……トート、行くぞ」
「アノオンナハ?」
「別に邪魔にはならんだろう。それに騎士団が」
そう言いながらアロガンスを追おうとしたとき、
「あっ、ちょっと待ちなさいよ」
レオナの声が響いた。
その顔には一切恐怖というのがなかった。あったのは絵を描く邪魔をされたという不満だけであった。
「なんだ? どうせ戦えないだろ。それとも命をかけて足止めでもするのか?」
「うん? 違うわよ」
「じゃあ何だ。俺たちは急いでいる」
「急いでいるのは良いけど、もう少しだけ待ってくれる?」
「はぁ……?」
「あと少しで絵ができるのよ。あとちょっと。あなたとウイがあと少しだけ戦ってるのを見れば最高の絵が完成するのよ。だからちょっとだけ待ってて」
レオナは当然のことのようにそう言い放った。
流石にこの状況でそう言うとはである。少しでもドローガの気が変われば殺されてしまうかもしれないというのに。
「奴は死んだぞ。姿かたち残らずな」
「?」
「待ったところで来ない。時間の無駄だ」
「あれっ? おかしいわ……多分そろそろ落ちてくると思うのだけど」
「落ちてくる?」
バサッ! ゴソッ! ドンッ!
そのとき近くの木。破壊され尽くした後の残る脇に生えた、奇跡的に生き残っていた木。そこに何かが落ちてきた。
枝が折れ、葉が落ち、雫がボタボタと木の下に降り注ぐ。
そしてボロボロの見た目になった少女が落ちてきた。
「ぐへぇ…………う~痛ってぇ……」
「なっ⁉」
「腕がビリビリするし、空中痛いし。……まぁ生きてるからいっか」
「なっ、お前! アマツカエ・ウイ! 貴様なぜ生きている! どうやって生き残った!」
「ん?」
* * *
黒い刃。それが引き抜かれた思った瞬間、そのときにはすでに私の目の前まで来ていた。
ヤバッ‼‼
私は反射的に刀をぶつけた。
火事場の馬鹿力。そういうおかげか、その抜刀はいつも以上、普段以上の速度を出し、黒い刃と私の間に入り込んだ。
その瞬間体を襲ったのは衝撃。まるで爆発を至近距離で受けたと錯覚するほどの衝撃であった。
一瞬刀が折れたり、壊れたりするかもと思った。だが流石神刀。このぐらいの威力の攻撃であろうと壊れず、耐えていた。おかげで私が頭から両断されるというグロ展開は起きなかった。
だがだからと言ってこのままでは不味かった。私を両断することはできない。だがこの勢いのまま押され続ければ、校舎に激突。最悪私は校舎の壁と混ざって死んでしまう。
刃はいくら止めようとしても止まらず、私を襲い続けた。
私は踏ん張り、耐えようとしたが、足場が雨でぬかるんでいたのもあり、踏ん張ることもできず、後ろへ後ろへと押され続けた。
そしてあと少し。あともう少しで校舎に激突するかと思ったその瞬間宙を舞っていた。
黒い刃が振り上げられていたからであった。
私は高く高く舞い上がり、落下していった。
流石に地面に直接激突は危ないので、何とか向きを調整しつつ、木の上に落下。そこは幸運にもさっき戦っていた場所であったので良かった。
「そういう訳で、しっかりと生きてますよ」
「……」
ドローガは私の話を黙って聞いていた。そして急に笑い出した。
うん。何か最初に抱いていたイメージからどんどん離れていく。冷酷な人間から、戦うのが大好きな人。そこから急に笑い出す愉快な人。いや~人っていうのは見かけによらないんだな。
そう考えつつ私は息を整えていた。
あんなに吹き飛ばされ、そして空から落ちてきたんだ。普通に疲労が溜まりまくり。雨が降っていなかったら気力が持たなかったかもしれない。
「あはははは。なるほど。そういうことか」
「ドローガ……」
「トート、少し黙ってろ。今俺は裏家業をしていて初めてここまで面白いと思ったんだ」
「ダガ、キシダンガ……」
「来たか? まぁ来るだろう。なるほど王子暗殺は無理そうだな。だが……」
そう言いドローガは二ッと笑みを浮かべた。それは獣のような、欲望むき出しの獰猛な笑みであった。
「こいつを殺すのには十分な時間はある」
「ナッ……ドローガ!」
「どうせこの依頼は元々失敗しても問題ないんだ。ならここからは完全に俺の趣味の世界だ。……久しぶりなんだ。邪魔はさせないぞ」
「……」
「分かったら逃げる準備だけはしとけ」
「ワカッタ……」
そう言うとトートは後ろに下がっていき何か魔法、多分転移系の魔法を構築しだした。
索敵に転移。どれも高度な魔法だ。剣士とかではないが、戦ってみればかなりいい感じになるだろう。
「息は整ったか? 準備は整ったか?」
「あらあら、バレてた?」
「当たり前だろう。それに俺の一刀を受けたんだ。全身ボロボロだろう」
正解である。
のこぎりの人の攻撃で腕がヤバかった。そこへさらに高威力の一撃。普通に折れてるかもしれない。腕には激痛が走りまくってる。あばらも多分何本か折れてる。
興奮状態のせいで痛みは少し、若干……まぁおそらくマシな感じであるが、さっきからゲロとか吐きそうな気分だ。
痛みによるものなのか、興奮しすぎによるものかもわからない頭痛も起きている。多分前者だけど。
普通にボロボロ。息を整えたりして少し休んだところで焼け石に水、雀の涙。そんなもんだ。むしろ時間が経てば経つほど危ないかもしれない。
「じゃあ、わかってんならさっさとやりましょうか」
「ああ。互いに急がないといけないからな」
「ですね……ペッ……」
そう答え私はこみ上げて来たモノを吐き捨てた。地面には赤と白濁色が混じった液体が広がった。
「ふぅー……」
私は刀を構え、息を吐いた。
すでに雨は弱くなり、止み始めていた。多分私の魔力が雨を降らすことを維持できないくらい減っている。もう魔力もガス欠寸前なのだろう。
そうなると常時身体強化よりも瞬間的な身体強化。
決着は一発で決めなければならない。
防御など捨て、特攻する覚悟で仕掛けなければならない。
ああ本当に良い。
本当に良い。
これは本当に良い。
最高だ。
最高過ぎる。
この学校に来た当初ははっきり言って物足りなかった。周りは当たり前だが強い奴はいない。突っかかってくる面倒三も全然足りない。
切磋琢磨し合うライバルというものができると期待してもいたから、本当に物足りなかった。
レオナといるのは私のカッコいいが見られるから良かったが、それぐらいだ。
この学校はまだ入学したばかりの身でこんなことを言うのは失礼かもしれないが、ちょっと退屈であった。
だが今は違う。
学校襲撃。
強い人。
絶好のイベント。
こんなのが起きているのだ。入学してまだそんな時間が経っていないのにこんなことが起きているのだ。ならば、この学校はもっと楽しいを与えてくれるはずだ。もっと起きるはずだ。強い人との戦い。ベストシチュエーション。
「さぁ来い‼」
だがその前にここを乗り越える。
ドローガを乗り越える。
そうしなければ楽しめるものも楽しめない。
ここから先も雨の中でカッコよく刀を振り続ける。この生を楽しみ続ける。
笑みは絶やさない。
絶やせない。
止められない。
「ははっ……」
笑い声が微かに零れる。
足元には血がいくつも零れている。
さっさと終わらせよう。
わずかな時間を楽しみながら刀を振ろう。
そうして私は魔力を巡らしていく。
ほんの少しでも無駄にしない。効率的に魔力を巡らす。絞り出す。
30……いや20秒でケリをつける。20秒に残った魔力全てを注ぎ込む。
「では……参る‼」




