19話
私は音もなく動き出した。
このノーモーション移動、見よう見まねで真似してみたら、思ったよりも上手く出来たことでさっきからよく使っていた。これはのこぎりの人に、確かドントだったかに感謝である。
おかげでこうも不意打ちができたりする。
今までも一気に間合いを詰めたりなどの高速移動は行っていたが、これはそれとは違う。
あれは早い動きで、これは効率のいい動きだ。
意識するべきは筋肉。力は抜いて、脱力気味にし、ほんの一瞬、だけど通常以上に全身の筋肉を動かす。足を振り上げず。腕を振らず。ただ力を一気に込めて、地面に叩きつける。もちろん身体強化も込みだ。
そうやって私はノーモーション移動を行っていた。
やっていてかなり便利であるが、欠点もある。
それは全身を必要以上に使うことによる疲労だ。このノーモーション移動。本当に疲れる。少しやろうとするだけで全身の筋肉を使うのだ。なので疲れるのは当たり前という訳ではある。
「はあ!」
「っ!」
じゃあなんでそんな疲れるのに何度も使っているのかと言うと、カッコいいから。それに尽きる。
音もなく移動。
モーションもなく移動。
突然の移動。
そんなのカッコいいというヤツである。当たり前だ。
そういう訳で疲労など気にせず、むしろ体を酷使する勢いで私は戦っていた。
影の刃たちの間を抜けて太刀を入れ。
刃を斬り。
刃と鍔じりになり。
下から滑るように攻撃を仕掛けたり。
空中から攻撃を仕掛けてみたり。
白装束たちと戦っていたときは正解を選び戦っていた。だが今はそんなの関係なかった。ひとまずは戦いたい。カッコよく戦いたい。ただただその思いだけ。その昂りだけに従い、刀を振るっていた。
効率なんて糞くらい。
正解、不正解なんて知らん。
間違っているか、間違っていないかなんてわからん。
カッコいいか、カッコよくないか。それだけ。それだけである。
「ふふふ……」
だってそうであろう。こんなにも強い人と戦えているんだ。ならば思う存分楽しんで戦わなければならない。戦わないといけない。
「あはははは!」
笑みが漏れる。
笑いが噴き出る。
それに伴って刀のキレも増していく。
体の動きも加速していく。
「ちょこまかとっ!」
「にひひ」
キンっ!
ガキンっ!
ドンっ!
そんな状態――過去最高の興奮度合いで戦っている私であるが、別にドローガを押しているという訳ではなかった。どちらかと言えば私たちの力は拮抗気味であった。
攻撃は全部回避や流すことはできず、いくつも体に受けている。
刺し傷。
切り傷。
打撲痕。
血は流れ、体には真新しい傷がいくつも生まれる。それらは雨に流され、またできる。冷え始めてきた体に痛みが走っていく。
なぜこうなっているのか。それは私の実力不足、経験不足。そしてそれら以上にドローガの手数の豊富さが原因となっている。
いくつもの刃による波状攻撃。
斬ることができない強固な刃による堅実な攻撃。
前後左右、死角からの攻撃。
それに加え、予想通りと言えば予想通りであるのだが、刃の攻撃からの肉弾。
片腕なため拳による攻撃の回数はそこまで関係ない。だがそのドローガが唯一持つ腕から繰り出される威力はかなり重かった。少し受けただけでも体中に響き渡り、多少の痺れが起きる。
そのせいでせっかく入れた攻撃も威力不足となったり、足が止まったりしてしまう。
隙ができれば刃が襲いかかってくる。
刃に気を取られれば拳が飛んでくる。
ドローガの起こす動き全てに注意を向けなければならなかった。
それなのに刃は縦横無尽に襲いかかってくる。はっきり言ってキャバオーバーである。
私はギリギリ攻撃を捌き、攻撃を仕掛けながら戦っていた。
そうつまりはメチャクチャ楽しんで戦っていた。
ハラハラドキドキ。
極限状態。
ドローガの方はどうかはわからないが、私は自分に出せる全てを出して戦っていた。思い思いに刀を振り、瞬間瞬間で動いていく。
これが楽しくないわけがない。
無双状態なんかよりもこっちの方が断然楽しい。面白い。
この苦難こそが私の『雨の中でカッコよく刀を振るう』という昂りを高まらせるスパイスである。
「そこっ!」
「チッ……このガキっ!」
「くっ……」
刃が走る。
刀が線を描く。
拳が飛ぶ。
少女が駆ける。
「はあ!」
「……⁉︎」
地面はすでにぐちゃぐちゃになり、足跡だらけ。できた足跡を踏んで、踏み直し、それをまた踏んで、踏み直す。
泥が跳ね、血が飛び、ぐちゃぐちゃに混ざっていく。
金属音は奏でられ、雨音との中に響いていく。
浮かぶ笑みは二つ。
互いに口角が上がり、片方は笑い声を響かせ殺し合う。
私は体温調整をするのも魔力がもったいなくなり、いつの間にか解除していた。
体温が下がり、わずかに動きが鈍る。
「死ねぇ‼︎」
そこへ刃たちが襲いかかってくる。今日一の量の刃だ。
私の視界が刃に覆われる。
「うぐっ」
私は心臓、頭を守りつつ、後ろへ下がった。
数が多いということで、強度はなく脆い。簡単に砕けたが、それでもいくつか傷を負ってしまっていた。
「まだまだッ‼︎」
私は叫び、突撃していく。
刃を掻い潜り、私の間合いに持っていく。
拳と刀。
刃と刀。
音を立てながら何度も何度もぶつかっていく。
時間がどのくらい経ったのかなんてわからない。
てか興味ない。
今はこの時間、この瞬間を楽しむだけであった。
「はぁ……はぁ、はぁ……」
「ふぅー……ふぅー……」
私とドローガは互いに傷だらけの泥だらけになって見つめ合って――いや睨み合っていた。片方は獰猛に。もう片方は忌々し気に。
雨が降り注いでいく。
トートはずっと変わらず戦闘の邪魔にならないところで索敵をし続けている。
私の背後からは激しく何かを描き走るような音が聞こえてきた。多分というか、なんとやら。十中八九レオナだろう。ついつい戦いに夢中でいるのを忘れていた。まぁ、元気に描いている音が聞こえるということは刃が飛んでいったりなどはしていないようだ。
「はぁ……」
「ふぅー……」
「……いい加減満足したか? そろそろ限界だろう」
「……いいえ全然まだです。まだまだですよ。むしろここからでしょう。……それにあなたも楽しんでますよね」
「……」
私はそう答えながら刀を元気に振った。
ここまで戦ってだが、気づいたことがあった。
このドローガという男。アロガンスを殺すためにさっさと私を排除する。そう言いながらも、どの攻撃も決定打に欠けていたのだ。
殺す気で戦っていないという訳ではない。
殺す気で戦ってはいる。どの攻撃も殺すための手段。技。布石だ。だが、まだ全力――その全てを出し切っていないと感じたのだ。
それに――
「あなただって楽しんでますよね。だって口角……上がってますよ」
「……」
ドローガの口角。それはしっかりと釣り上がっていた。笑みを浮かべていた。
「そんな顔して楽しんでないとでもいうんですか?」
「……」
ドローガは無言で、何も反応を返さなかった。
「おかしいとは思ったんですよ。なんでその後ろの方に手伝って貰ったり、代わりに殺ってくるか私の相手をさせたりしないのか……」
確かに索敵の魔法は非常に高度で、それをしてる最中他の行動を行うことは難しい。だがそれでも、それは彼らのアロガンス殺害という仕事より優先すべきなのだろうか。
普通に考えておかしい。
索敵より、目の前敵の排除の方が優先すべきことのはずだ。
だがそうしなかった。
ドローガにとってそれよりも優先すべきとなっていた。
戦うこと、それが優先すべきこととなっていた。私の手持ちの情報ではそうとしか考えられなかった。
そしてそう思ったからこそ、私の興奮はここまで高くなっていた。
「っで? どうなんでしょうか?」
「……」
「まあ、話さないなら、それはそれで別に良いですけど」
私は口を開けないドローガに、返事は返ってこないと考え、ちょうど息も整ってきたところだし、戦闘を再開することにした。
ちょうどそのとき、
「お前のようなガキに気づかれるとはな……」
口を開いたドローガの目には忌々しそうな感じはなく、私と同じ、獰猛な目となっていた。
「おっ。ってことは楽しんでたんですね」
「ああ、そうだな。確かにそうだ。俺は楽しんでいたさ。
フン……報酬が良いだけの仕事だと思っていたが、存外楽しめる寄り道があるなとな」
「それは私としても嬉しいですね。両者楽しんで戦う。……それほど楽しいものはないと思いますから」
「全くだ」
ドローガはそう言いながら笑った。
私もそれに釣られて笑った。
「じゃあ続きやりますか」
「そうだな」
そのときドローガの雰囲気が変わった。
「だがその前に見定めさせてもらうぞ」
「っと言うと?」
「俺の本気、ぶつけられるか否かだ」
そう言うとドローガは自身の影に手を置いた。いや、置いた手が影の中に沈んだ。泥沼に入るようにゆっくりと沈んでいった。
「それは面白そうですね……」
それを見て私は思わずそう漏らした。同時に刀を鞘に戻し、抜刀の体勢に構えた。
どんな攻撃が来るかはわからない。わからないからこそカウンター。しっかりと攻撃を捌き、その隙に一撃を入れる。
今のうちに斬るという無粋なことはしない。
「この一撃……どう受ける?」
ドローガの魔力が高まる。
影が怪しく手に集まっていく。
私の昂まりもどんどん上がってゆく。
ニヤケが止まらない。
「黒刀――」
そして腕が影から引き抜かれていった。
「――一閃‼︎」
黒い、黒い。光すらも飲み込んでしまいそうなくらい黒い刃が引き抜かれ、気がついたときには衝撃が襲いかかっていた。
声は出なかった。
ドガンッ‼︎
衝撃音が轟いた。
地面が抉られた。
雨が吹き飛んだ。
ドローガの手から伸びた漆黒の刃は、彼の正面を全て切り開いていった。
木々は折れ、ボロボロに。
雨が遅れて降り注いでいく。
レオナは射線上にいなかったため無事であった。
だが射線上にいはずのウイ。彼女の姿がそこにはなく。その姿はきれいに消え去っていた。




