18話
ドローガの影から刃が生えてくる。それらは一つ一つ意思を持っているかのように動きながら私へと向かってくる。速度はそこまで早くはないが数が少々多い。
私は刃に囲まれてしまう前にその場を大きく跳ねた。刃たちは私をしっかりと追いかけてくる。私は刃の隙間を縫ってドローガへ近寄っていく。
「フンっ……」
正面からは新たに生み出された刃が現れ、向かい打ってきた。
初撃の刃よりも多く、ぎっしりと隙間なくせまる刃。流石にこれも隙間を縫って行くというのはできない。
私は正面の刃、一部分に刀を合わせる。
ちょうど私が抜けれるぐらい。その大きさに合わせ、円を描くように斬りこんだ。
硬い物を斬ったような音はならなかった。その刃たちは恐ろしいほどあっさりと斬られ、刃の密集林に空白が生まれる。
「ありゃ……?」
私は驚きの声を上げつつ、足は止めず、空白の中を抜けた。
抜けた私ドローガの顔を見た。その目線は私を見ておらず、別の方向を見ていた。それはちょうど私がさっきまでいた――いやそこより少しだけ後方の辺り。
刃はそこへも向かっている。
「あ……マズッ……!」
私はドローガの真意に気づき、すぐに後ろを振り向き、駆けだした。背後には刃が迫っていたが私の一閃によりやはり簡単に両断されていった。
そしてその先ではアロガンスに刃が襲いかかろうとしていた。
まだ逃げていなかったのかよと考えつつ、私はアロガンスの元へ駆けていった。その際アロガンスを襲おうとする刃はしっかりと斬っていく。
背後からは刃が迫っているが、私には追い付けなかった。
「はぁ!」
間一髪で間に合った私は、アロガンスの前に立ち、刃を斬っていく。数は多いがどれも強度はあまりなく、簡単に切断されていった。だが数が少なくなるにつれて刃の強度も頑丈になっていき簡単に切断することが難しくなっていった。それに加え動きのキレも増していった。
恐らくこの影の刃は数が多いとその分だけ強度が落ち、少ないと強度が上がるのだ。
一つの絵具を一か所だけに全部使うなら濃い色になるが、複数の場所に使うなら薄くなるように。ドローガの影が絵具で、使える総量は有限なのだろう。
それと刃の数が多いと操作性が落ちる。
一つ一つをドローガ自身が操作しているため、数が多いと操作性が落ち、単調な動きとなってしまう。
ある意味どれも予想通りな感じの特徴、デメリットである。
それにしてもだ。
私は二、三本の刃による激しい連撃を受け流しつつ思った。
「なんでコイツ狙うんだよ! さっきの流れからして私と戦うって感じでしょ‼」
ガギンッ!
刃たちを力いっぱい振り切った刀で押し返した。私の不満の叫びと共に硬い金属音のような音が鳴り響いた。
「何を言う。俺は戦っているだろう」
「……まぁ確かに戦っているよ。さっきの数による攻撃だって結構危なかったし……しっかりと私を殺しに来ていた。そうなんだろうけど……」
だけどな……。
だけどな~。
だけどなぁ~‼。
「何で私と戦っているときにコイツ狙うの! ちょっとは真面目にお願いしますよ。気持ちよく、楽しく、カッコよく……戦ってくださいよ‼」
「フン……お前がそう思うのは勝手だ。だが俺としてはお前と戦う理由はない。第一王子を殺せればそれでいい」
なるほど。
なるほど……。
つまり隙を見せていたこのアロガンスが悪いと。さっさと逃げていないこいつが悪いと。
なによりこいつを殺せるような隙を見せていた私が悪いと……。
そういうことか。
「そういうことですか……」
「あ? どういうことだ?」
「……」
うん確かに考えてみればその通りである。
目の前に好きに取ってもいい大金があるのに取らない。そんな馬鹿がいるわけがない。私だって強そうな人がいて、戦っていいなら戦う。目の前のことなど放り投げて戦ってしまうかもしれない。
確かにそうだ。
これは私が悪かった。
「……なるほどわかりました」
再び襲いかかってくる刃に対処しながら私はそう言った。
「ならこうしよう。うん……そうしよう」
「……?」
「はぁ‼」
私はさっきと同じように刃を押し返し、隙をつくった。
ドローガは押し返された刃たちを消し、新たに生み出した刃を地面から直線。物凄い速さで私へと放出させた。
私はそれをしゃがんで回避。
「なっ、黒髪、貴様! まっ!」
「いち、に~の、さ~ん!」
そしてそのままアロガンスたち面倒三を思いっきり蹴り飛ばした。私はその反動で横に転がっていった。
「あがぁっ‼」
「ぐっ……」
「うごっ…………」
アロガンスたちは見事に高く上がり、きれいな放物線を描いてどこかへ遠くへ飛んでいった。
苦しそうなうめき声が聞こえたが気にしない。骨にちょっとたり、ヒビが入ったり、折れたりしているかもしれないが気にしない。むしろ逃がしてやったんだから感謝して欲しい。
「ふ~これで良し。
これで気兼ねなく私と戦ってくれますよね?」
「……どんなに頑張ったところで人一人が飛ばせる距離、しかも三人同時になど高が知れている。その程度、俺の間合いではないとでも思ったのか?」
「う~ん……確かにそうでしょうね。……だけどそんなことしている余裕はありますかね」
「何?」
「アロガンスとかを探すにしても、そこまで刃を伸ばすにしても……どちらにしても隙ができますよ。そんな隙があれば絶対に逃さないので」
「……」
「そちらのトートさんでしたか。その人も動くっていうなら流石に厳しいですけどね」
「…………」
トート。性別も見た目も何もわからず、声も変な人間。彼、彼女……どちらかなのかはわからないが、仮に彼とする。彼はさっきからずっと動かず、突っ立ているだけであった。だが何もしていないという感じではない。ずっと何か魔法を使っている様子であった。
その魔法がどういう類かはわからない。だけど何となく推測とかをしてみると索敵とかでもしているのだろう。騎士団が到着したか、してないか。その索敵を。
索敵の魔法は、魔法使用だけでなく、通常とは違う視覚・聴覚の感覚などがあるため難易度が高い。そのため索敵をしつつの他の行動を同時進行、特に戦闘だったりなどはほぼできない。
つまり索敵をしている限り彼は動けない。
ドローガを手助けすることはできない。
「……チッ……これだから変に強い奴は嫌いなんだ」
「テツダウカ?」
「必要ない。さっさと終わらせれば、一人も二人も関係ない」
「……ワカッタ」
どうやら索敵を続けさせるみたいである。
普通に索敵を止めさせるのかと思ったが、そうしなかった。大変うれしいことではあるが、ちょっと不思議である。
「今度こそ私としっかりと戦ってね」
「戦いじゃない。単純作業だ。お前を殺すのにそれ以上はいらない」
「釣れないね~てか舐めてるね~。普通に私に攻撃防がれたりしていたのに」
そう言って私は刀を構えず、急加速した。
ノーモーションでその場から消えた。
「⁉」
ドローガが驚愕の表情を浮かべるのを見ながら私は刀を振るった。
だがギリギリのところで生えてきた影の刃によって防がれてしまう。
一本しか生えていないからかかなりの強度の刃だ。いくら押し込んでもびくともしない。何度も何度も打ち込んだりしてようやく斬れるか斬れないか、そう感じるぐらい硬い。
「!」
影の刃に止められていると視界の端で新たに二本生えてくるのが見えた。
ギュン!
二本の刃は私の太もも目がけ突き出てくる。機動力を奪おうということだろ。だが、
「よいっ!」
私はその場で軽くジャンプ。すると刃たちは虚空を貫いていった。そして私はその刃二本の上に着地した。
すると私とドローガの目線の高さが自然と一致する。
「……」
「……」
私たちは静かに見つめ合う。
雨の降る音のみが場を覆っている。
う~ん。これかなりいい感じのシチュエーションになってね。めっちゃ高まるな。
私は昂る心を抑えつつ、だが口調は少々機嫌よくドローガに話しかけた。
「これでもできると思うの?」
「……」
「少しは付き合う気になった?」
「……」
そのとき急に背筋に寒いものが走った。
私はすぐにその場から飛び退いた。
「‼」
そして私がさっきまで立っていた刃から枝分かれするように新たに刃が生えてきた。
普通に危なかった。影から生えている刃なんだからこういうことはできそうなものだとわかっていたはずだろうに。あと少しで足から体を貫通されるところだった。
ちょっと興奮のあまり思考が少し狭まってしまっていたか……。
私は少し興奮を抑えつつ、地面に着地した。
ドローガは私を忌々しそうに睨んでいた。
「死んどけ」
「嫌ですね」
私は笑いながらそう返した。




