17話
ウイがデュアリの元へ踏み込んでいた頃、観客席は大パニックになっていた。
舞台上に出現した巨大な火球。それは逃げる人たちの肌をジリジリと熱し、その感覚が人々の「早く逃げなきゃ」という考えを加速させていた。
出入口はもうごった返し状態。警備を務めていたモーリェ等生徒会の人たちなどはその対応を何とか行おうとしているが、完全にキャバオーバーな状態。ゆっくり出れば安全に避難できるというのに、皆が焦ってしまっているためにそうはなっていなかった。
一方前夜祭に呼ばれたちょっと格のある貴族たちの座っていた観客席。そこにいた者たちはすでに一人残らず会場の外へと出ていた。
「祭りにアクシデントは付きものだなぁ」
「いや~全くです」
「あはははは」
彼らの顔に焦りはなく、むしろこの状況を面白がっているという人間もいた。
なぜそんな風なのかと言うと、自分がすでに安全な所にいて、なおかつ自分には何も責任がないからというのもある。だが一番は舞台上にいたデュアリの対戦相手。つまりウイがまだ舞台上にいて、まだ避難できていないからであった。
「あの小生意気なアマツカエの人間が大変というだけでもう最高だな」
「ホント、そうですね~」
「あれが死ぬか、死なぬか賭けてみるか」
「そりゃ賭けとして成立しませんよ」
「確かに。そりゃそうか」
その声は周りの人々の焦り、そしてその場に満ちる混乱の空気から遠くかけ離れていた。
「…………じゃあ私は行きますので」
そしてそんな者たちを冷たい目で睨みつけながらトウコはその場を離れていった。
(ああ‼ もうッ‼ あんなどうでも良い奴の相手をしなきゃいけないから当主は面倒なのよね‼ 母上がちゃんと来てくれていれば今頃ウイを助けるでも火球を消し去るでも、なんでもできたのに‼)
「ちょっと君たち! 危ないから速く逃げなさいよ!」
一方場所を戻して観客席。ようやく人の数に余裕が出てきて、避難がスムーズになってきたとき、一人の男性がまだ観客席に座っている二人の少女にそう話しかけた。
「え、えっと、大丈夫です!」
「――‼」
そしてその言葉に対してティミッドとレオナはそう返した。まぁレオナのほうは言葉というよりハンドサインで返していたけど。
「私たちは気にせず、おじさんは逃げててください。わ、わたしはまだここに、いますので‼」
「そうか? 早く逃げるんだぞ」
男は不思議そうな顔をしながら出入り口のほうへ駆けていった。
そして観客席に残されたティミッドとレオナはジッと舞台のほうを見つめていた。
周りにはほとんど人はおらず、二人のように観客席に座っているのは手で数えられる程度であった。
「本当に大丈夫ですかね⁉ わ、私も、えっと……何ができるかはわかりませんけど、助けに行ったほうが……」
「う~ん。私が行ったところで足手まといにしかならないから行かないわよ。ティミッドは足手まといにならない自信、ある?」
「えっ、えっと……」
ティミッドは自分の腕に付いた腕輪に視線を落とした。
「ない……です……」
「それじゃあ行かないほうが良いわよね~」
しょんぼりとしたようにティミッドは肩を落とした。
そんなティミッドにレオナは筆をゆっくり動かしながら言葉を続けた。
「大丈夫、大丈夫。ウイは凄く強いんだから」
若干ウイのことを心配するティミッドにレオナはいつも通りの様子でそう返した。
「それよりちょっと私の荷物から赤の絵具取ってくれる?」
「え、えっと、これですか」
「そう、それそれ~。ありがとうね~」
レオナは絵具を受け取るとそれをブチュっと豪快にキャンバスの上に出した。そして筆でグリグリとキャンバスへと広げていく。
彼女たちの視界の先には燃え盛る巨大な火球とそれを操るデュアリ。彼女へ向かっていくウイの姿があった。
「それにあなただってウイが何とかしてくれるって、思ったから残ったんでしょ」
「……はい」
* * *
ひとまず勢いで踏み込んだけど、どうすっかなぁ~?
まず大前提としてあの火球は放たせちゃダメ。流石にあんなのは防御したところで丸焦げにされてしまう。かと言って火球をきれいさっぱり消し飛ばすなんてこともできない。
……そうなるとやれるのは本体――デュアリへの直接攻撃。
しかも一撃で決めないといけない。
下手に意識が残ってしまえばあの火球が制御できなくなって暴発してしまう可能性が大。というか間違いなくそうなる。そうなってしまうと、近くにいる私は真っ黒け。
……。
……。
……。
……。
よしやるか。
私は刀を素早く鞘に納め、居合の体勢を取る。
そしてそのまま全身に巡らす魔力を増大。
勢いよく地面を踏みしめ、一気に加速した。
「――⁉」
デュアリが私のほうを向いたかと思うと地面に雷撃がいくつも走ってきた。隙間と呼べるようなところはほとんどなく、そして僅かでも触れてしまえば体は痺れ、この加速は止まってしまう。
「あはは」
笑い声が漏れた。
私の思考は加速していく。
瞳に映る世界をしっかり分析。
隙間を探す。
わずかで良い。
足の指先だけでも踏めるところを探す。
目を走らせる。
(あった‼)
そして見つけた。
舞台にできた窪み。それによって雷撃の進行方向にズレが発生しており、それで隙間ができていた。
私はそこへ足を刺し込み、再び踏み込む。
今度はもう踏み込む必要などない。次に足が地面に付くときはデュアリに刀を振るったあと。そんな意識の元、全力で踏み込んだ。
「はぁッ‼」
ドンッ‼‼
地響きが鳴り、舞台にヒビが走る。
予想以上に力を入れたせいで足がかなり痛かったが、まぁ問題はない。私は予定通り、いや予定以上の加速をしていた。
「罪人。悪人。極悪。非道。悪逆。罰則。神罰」
「ひとまず何があったかは知らんけど」
デュアリは相変わらずブツブツと言葉を発している。その言葉はさっきに比べて聞き取りやすく、言語としては成り立ってはいたが、会話としてだと全く通じないモノであった。
「斬る」
デュアリが私の間合いに入った。
「悪ッッッッッ‼」
瞬間デュアリの火球が上から降ってきた。
その熱量は私の肌を一気に乾燥させていく。
当たればアウト。
下手すれば死亡。
だが――
「私のほうが早い‼」
デュアリの体に片足を着地。
バチッ。
そのまま腰を捻りながら勢いよく刀を抜いた。
「はぁ‼」
「うぐっ⁉」
切先で円を描くかのように振るわれたその一撃は、デュアリの胸を軽く切り裂いていく。
そして私とデュアリは勢いのままきれいに吹っ飛んでいき、舞台の外へ転がっていった。
「あは、はは、はぁ……はぁ……はぁはっ……」
私は笑いたいのか息をしたいのか、どっちかわからない状態で地面を転がっていった。
少し離れた位置に転がったデュアリはまだ意識があるようで、手が少し動いた。
……。
……。
このまま寝っ転がっていたかったが、そうもいかないか。
私は背後に感じる暑さから、まだ火球が残っていることを瞬時に理解し、その場から離れようとした。
このままここにいればかなり危ない。
「ありゃ……? 体が動かん……」
だが体は起き上がることができず、痺れたような感覚があるだけであった。
「…………あぁさっき、デュアリの体を足場にしたときかぁ……」
あのとき多分デュアリの体には軽い雷撃が纏われていたのだろう。さっきまではいわゆる高度な興奮状態なせいで気づかなくて、遅れて気づいたということか……。
首を捻って後ろへと視線をやる。
そこには制御を失い爆発しそうになっている火球があった。
そしてその奥には人影がうっすらと見えた。
「まぁ、舞台から出れたんだから……いると思いましたよ」
実況の人は言ってた。『舞台に入れないし、出られない』と。なのに今私やデュアリは舞台の外にいる。
キィンッ。
小さくそんな音が聞こえた。聞き逃してしまいそうなほど小さな音が鳴った。
その瞬間、火球は縦に真っ二つ。そして切れたところから霧散していくように消えていく。
「ウイッ‼」
二つに別れた火球の間から姉様が飛んできた。
「大丈夫? 怪我無い?」
「試合してたんですから、もちろん怪我はありますよ~」
「あ、そうだったわね‼ えっと、なんかおかしな所とかない?」
「大丈夫ですよ。それよりデュアリのほうを見てあげてください」
「うぅ~……まぁ仕方がないわね」
姉様は渋々といった様子で地面に大の字になって倒れるデュアリのほうへ行った。そして軽く魔法をかけて治療を開始した。
「う~ん……にしてもあの靄……何だったんだろう?」