14話
姉様が控室から出ていって少し経つと、上のほうから賑やかな声が響いてきた。そしてそれに混ざって天井部分が若干振動した。
三校祭1日目の1回戦が始まったのだろう。
できれば見てみたかったが、まぁルールはルールなので大人しく控室に備えられた椅子に座っている。
……。
……。
う~ん、落ち着かないなぁ……。凄く気になる。あとでティミッドがどんな風な試合だったのかを教えてくれるとは言ったものの、見ると聞くだけとではかなり違ってくる。特に戦いのヒリヒリとした緊張感とかは見ないとわからないし、技とかの細かい部分も聞くよりは見たほうがわかりやすい。
……。
……。
はぁ~……剣でも振ってよう。
私はさっきまで使っていた剣を再び握り構えた。
そして目を瞑って正面に相手を思い浮かべる。
体は大きく、がっしりとした筋肉に覆われた女性。私の対戦相手であるデュアリ・ジューディチェの姿を思い浮かべる。
「ふぅ~」
緊張はない。
頭の中の存在だからではない。
実際にこの場にいたとしても緊張はなかった。
あるのは胸の昂り。激しくなっていく鼓動。口から洩れる荒い吐息。
「ははッ……」
私の笑い声が低く響いた。
イメージするのはカッコいい自分。
強い自分。
その姿を思い浮かべ、その通りに動く。
カッコいい=強いという等式が成り立つならば、私が思い描く私は最強だろう。どんな相手にも負けないカッコいい自分だろう。
刀を振り、受け流し。カウンターを決め、一気に攻めていく。攻撃は紙一重で避けていき、冷静に攻撃を入れ、流れるような足さばきで翻弄していく。ペースは決して乱されず、終始自分のペース。常に戦いの支配権は私の手の中に治め続ける。
想像するだけでゾクゾクする。
口を堅く閉じていなかったら涎がたらりと垂れてしまっていた。
「ふぅ~……ふふっ……」
私は人様にはお見せできないような有様になっている自分の顔を元に戻すため、ゆっくりと呼吸をしていった。
その瞬間上のほうから一際大きな歓声が轟いた。
「終わったのかな?」
まだ1回戦が開始してからそう時間が経ってないはずであるが、結構早かったなぁ。速攻で倒したって感じかな。う~ん、1回戦に出てるのは両方ともうちの学校の人じゃないからなぁ。さっぱりわからん。これはあとでティミッドからしっかり聞いておかないと。
そんな風に考えているとノックが聞こえてきた。
「入るにゃよ~」
「どうぞ」
控室に入って来たのはモーリェであった。
モーリェは相変わらずの猫耳で着ている制服は若干サイズの合っていなかった。そしてその肩には警備と描かれた帯を付けている。
「一回戦が終わったから呼びに来たにゃよ」
「ありがとうございます。それにしても早かったですね」
「そうにゃね。どっちの子も魔法が上手な子だったから、初っ端からそれの撃ち合いだったんだにゃ」
「なるほど~」
私はそう言いながら刀を持って控室を出た。
「私の戦うデュアリも魔法は上手いんですよね」
「当たり前にゃ。というか多分一番上手いにゃよ」
「ふ~ん……どんな感じな戦いをするんですか?」
私がそう尋ねると、モーリェは少し考える素振をした。
その間も私とモーリェは長い廊下を歩いていく。
私たちの歩く音が廊下の中で反響し、一定のリズムで響いていく。ここは光が少なく、若干薄暗いため、廊下の先にある出口から入り込む光がちょっとだけ眩しかった。
「デュアリちゃんが使うのは主に雷撃や水流を飛ばす魔法にゃね。それで動きを鈍らせていって、あとはあの巨体で押しつぶす。そんな感じにゃ」
見た目の脳筋&昨晩のモーリェによる脳筋発言とは違って、戦い方自体は結構理性的な感じなんだなぁ。
「下手に距離を取れば雷撃が飛んできて、接近戦を挑もうとしても水流に足を奪われ足りしちゃうにゃ。それにデュアリちゃんの堅さと言ったら、本当に堅いにゃ」
「そうなんですか……」
なるほど……そうなると結構、というかかなり私は不利であるなぁ。まぁ、もちろん使える魔法が全然という時点でこの三校祭出場者の中では結構不利ではあったのだけど。
「まぁひとまず楽しみますよ。楽しんで楽しんで、勝つ。それだけです」
「にゃははは~。その意気にゃよ。なぁに、ウイちゃんならきっと勝てるにゃ」
「ふふふ。応援ありがとうです」
私たちはそんな風に笑いながら光の差し込む場所――舞台への入り口の前までやって来た。
「じゃあ私はここまでだにゃ。警備があるからしっかりは見れないかもしれないけど、頑張るにゃよ」
「はい。任せてください」
私は片手で手を振りながら光を通り抜ける。
そして眩しさのあまり振っていた手で目元を隠しながら外へと出た。
すると私を迎えるように観客たちの声が響き渡った。
「――――‼」
「~~~~‼」
「――‼」
「――――――――‼」
「「「――――‼」」」
うん。凄く騒がしい。思わず鼓膜が破裂するかと思った。まぁ別に破裂してはいないんだけど。
『さぁ~て‼ 一回戦はいくつもの魔法が飛び交う戦いでしたが、二回戦はそれとは正反対‼ 人と人、技と技のぶつかり合いも見れることでしょう‼』
内心周りの騒がしさに愚痴っていたら更に大きな声で実況の声が轟いた。これには堪らず耳を押さえてしまった。
『刀を振るう姿はまさに姉の再来! その笑みは相手への賛美か、はたまた己の強さへの賛美か‼ 笑う鬼‼ 未熟な笑鬼は何処までやれるのか‼』
笑鬼って……。
昨日も言っていたけど、その言葉は一体どこから持ってきたんだよ。広がっていたのはまだ私の学年&上級生でちょっとだけだったはずだぞ……。
はぁ~別に私は鬼とかじゃないのに……。何か鬼とかついてると戦闘狂みたいだから嫌なんだけど……。
『相対するは前年度覇者! その筋肉から繰り出すは魔法と物理‼ 徹底した防御力と魔法の技術で相手を押しつぶす不沈要塞‼ その力は今年も暴れるのか‼』
私の正面から巨大な盾を携えたデュアリ・ジューディチェが現れた。その表情は昨晩と同じく優しそうな笑みを浮かべながら獰猛な目つきをしている。
「まあ変な呼び方とかは今は置いといて……だね」
そんな風に言葉を漏らしながら私は舞台上に上がっていく。
舞台の面積はかなり広く、学校でアロガンスと決闘をやったあそこよりも二回りほど広い。そして舞台のあちこちにヒビが入っていたり、抉れていたりしている。
恐らくさっきの試合による余波であろう。
「……」
「……」
そして私とデュアリは正面に向かい合って立ち止まった。その距離はもう目と鼻の先。そのぐらいの至近距離だ。
私は顔を上へと上げながらデュアリの表情を見つめる。
「貴方の善悪。測らせてもらいますよ」
デュアリは微笑みながらそう言った。
「あはは~。どうぞご自由に~。……ただし測るのに夢中で、あっさり負けたりしないでくださいよ」
私はそれに対して軽く笑いながら挑発の意味も込めてそう返した。
するとデュアリは涼しい顔をしながら口を開いた。
「ご心配なく。私は貴方より強いので」
「ふぅ~ん、そうですか。まっ。そんなのは戦ってみれば簡単にわかるので、何も言いませんから」
『では両者、位置に付いてください‼』
実況の声と共に私たちはそれぞれ舞台上に引かれた線の部分まで下がった。
そのときチラリと観客席のほうを見てみると大きく手を振るティミッドが目に入った。その隣にはレオナがキャンバスを抱えながら私のほうを見ている。
それに気づいた私は二人のほうへ軽く手を振って、デュアリのほうを見た。
重そうな盾を持ったデュアリは静かにそこに佇んでいる。
その巨体に具えた筋肉は本当に凄い。
あの体からの直接攻撃はまともに食らったらアウトだろう。
『会場の熱気も良い感じになってきましたねぇ‼ ではこれより三校祭1日目、二回戦――』
私は刀の柄に手をやった。
思考はかなりクリアで落ち着いている。
正面、ちょっと離れた位置にいるデュアリは盾を片手に持ちながら低く構えている。
初手は突撃、もしくはそう思わせたところからの魔法か……。
私は思考を走らせながら初手の動きを構築していく。
『開始‼』
声が轟いた。
その瞬間闘技場の上で大きな土煙が舞った。
そしてその中で轟音と共に眩い光が走った。