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13話



 前夜祭の次の日。

 三校祭1日目


 朝早くから目覚めた私はレオナやティミッドを起こさないように気を付けながら布団から抜け出すと、鍛錬用の剣を持って隣の部屋に移動した。そこはちょっとした個室になっており、メインの目的としては外の景色を眺めるための場所だ。そのため少々面積は狭めである。まぁ剣を振るのには十分な面積なのでちょっとした素振りをする分には問題ない。


「……!」


 空気を掠るような音が小さく響く。


「……! ……! ……!」


 私の呼吸音は一定。


 剣を振る間隔も一定。


 鼓動は落ち着いており、思考は澄んでいる。


「……! ……! ……!」


 そうやって私は剣を静かに振っていく。



 そして1時間ほど時間が経った頃、隣の部屋から布擦れをする音が聞こえてきた。


「ふぅ~」


 私は一息を吐くと隣の部屋へと戻った。するとティミッドが布団から起き上がって瞼を擦っていた。


「おはよう」

「あ、おはようございます……今日も、早いですね……」

「まぁね。それに今日は私の試合だし」

「そうですよね……えっと、頑張ってください……」

「うん。頑張るよ~」


 私はそんな風にティミッドと会話しながら浴衣から着替えていった。ティミッドは私服で私は制服だ。


「てかレオナ~。いつまで寝てんの?」


 着替え終わった私は布団を吹っ飛ばしながら気持ちよさそうな寝息を立てているレオナにそう言った。


「うぅぅぅ……もっと、いいえを……かくのぉぉ……」


 すると寝ぼけたようにしてそんな声を出した。


「うんうん。良い絵を描くんだね。じゃあ早く起きなよ~」

「うぅぅぅ~もうすこし……」

「はぁ~。気持ちよさそうに寝て……」


 私は呆れたようにしながらそう言った。


「昨日は結局遅くまで起きてましたからね……」


 寝息を立てるレオナを見て私服に着替え終わったティミッドがそう言った。


 昨晩は部屋の片づけを終えた後そのままレオナは絵の続きを再開。

 私は早めに寝て今日に備えようかなと思っていたが、結局レオナやティミッドたちと一緒になって絵を描いてもらったり、お話したり、剣を振るのを見せたりとしてちょっとだけ寝るのが遅くなってしまった。まぁ私にとっては早い部類なので問題なしではある。


「まっ、どうせ私の試合は午後からだし、それまでなら寝てても大丈夫かな」

「1回戦は見ないんですか?」

「うん? いや見るよ。私は控室のほうにいなきゃだからあんましっかりとは見れないけど」

「あ、じゃっ、じゃあ、1回戦がどんな試合だったか私がしっかり見て、後で……教えましょうか?」

「おっ。良いの?」

「このぐらい全然、大丈夫です」

「じゃあお願いね」

「は、はい! 任せてください!」


 ティミッドは頬を染めて嬉しそうにしながらそう返事を返した。その姿に私は思わず口元が緩み、笑顔を浮かべた。そして一方のレオナと言うと私たちの話し声で刺激されたのか、ようやく起き上がった。


「おはようレオナ」

「おはようございます」


 私たちの言葉に反応し、レオナはまだ重たい瞼を開けながらキョロキョロと私たちを見た。


「うぅう……おはよう……」


 そしてそんな風に挨拶を返したレオナの頭は凄いことになっていた。

 いつもの癖毛交じりの茶髪が、いつも以上の癖っげになっており、主に後頭部近辺の髪が凄い。ぺったんこなのだ。それは見事なほどのぺったんこ。

 そのことに気が付いた私とティミッドは堪えきれずに笑い声を漏らしてしまった。


「??? なに? どうしたのよ?」

「え? なにって、あはははは」

「そ、その……後ろが……」

「??? あっ? なによこれぇ~⁉」


 部屋の中で賑やかな声が響いた。


 戦うことは楽しい。

 『雨の中で刀をカッコよく振るう』。

 その姿を想像するだけど胸躍る。


 戦うのも好きだ。大好きだ。だけどやっぱりこういう日常というのも楽しい。


 何かを気にしたり、不安になったりする必要なんてなく、ただ自分たちの思いのままに笑い、楽しむ。


 そういうひと時も大好きだ。



 私とレオナ、ティミッドの3人の楽しそうな声が響く。

 空いた部屋の窓からその笑い声は飛び出し、アマノへ小さく響いていった。



 *  *  *



 三校祭会場。そこは昨日も見た通り大きな建物だ。石と木材を使った建築で、全体的には闘技場という見た目であり、そして実際に普段はそういう目的で使われている。

 まだ試合開始までは時間があるというのに結構な人が入ってきている。

 屋台のほうも昨日以上の繁盛具合である。


「じゃあ私はこっちだから」

「はい。が、頑張ってください! しっかり、応援しますね!」

「良い画を魅せてくれるのを期待しているからね」

「まっかせてよ~。最高の画にして最高の絵をつくらせてやるんだから」


 会場の中に入った私たちはそんな風なやり取りをしてそれぞれ別れた。


 私は受付を済ませ出場者用の控室に入った。

 控室は私の寮の部屋より二回りほど大きく、簡単な体の調整ができる程度のスペースが備わっった。


「ふぅ~。よっし」


 さてこれからどうするか……。

 ひとまず剣を振って……それとトイレに行って……あとは何だろう……。ちょっと1回戦を覗いてくるかな? いや~だけどルールで控室にいないといけないしなぁ。

 『試合の円滑な進行のため出場者は基本控室にいる』

 本当面倒なルールだ。まぁ言わんことがわからないわけではない。

 過去の三校祭では控室を抜けだした出場者が試合時間になっても現れず不戦勝となったことがあり、観客からかなり批判が飛んだらしい。

 そういうことを防ぐためのルール。だから理解はできる。まぁ理解できると納得できるは別物ではあるが。


 そうだ。一応試合のルールのほうを確認しておくか。もし変な見落としがあって失格になってりでもしたら大変だからな。

 私はルールが書かれたプリントを取り出した。


「え~と、まず武器の使用は可。ただし各自自分で用意をする」


 私の武器は勿論神剣『篠突』。

 キレ味ヨシ。

 美しさもヨシ。

 強度は最強。

 そんな私の愛刀だ。


「魔法の使用も可。その者が使える魔法ならば何でも使ってもよい……か。う~ん……まぁこれに関ししては私がまともに使えるのは身体強化ぐらいだろうからな~」


 回復魔法は一応使えるが応急処置程度。戦っている合間に使えるようなものではない。地面を隆起させる――簡単に言えば土魔法も使えると言っても地面を隆起させる程度。それも発動は結構遅い。そんなことしている暇があれば、斬りこんでいったほうが早い。


「まっ。そこはしょうがない。ひとまず今の実力でできる魔法はここまで。……それであとは……舞台上には特殊な結界が張ってあり、致命的な傷を負った際はすぐに癒え、舞台上から弾き飛ばされる。なので全身全霊を以て戦ってください」


 アマツカエ家は様々な儀式を行っており、その中には戦いを神に捧げるというものもある。そしてこの試合会場の舞台に貼られた結界もそれと全く同じものだ。基本的に一度張るだけでもかなり大変らしい。


 そしてこの結界のおかげで参加者は自分だけでなく、相手の命の心配をすることなく戦うことができる。


「……あとは何か目を通したほうが良いところは……」


 そんな感じに視線を動かしながらプリントを見ていると控室の扉が突然開いた。

 私の視線はすぐにそちらを向く。

 そしてそこから現れたのは――


「ウイー‼」

「えっ? 姉様⁉」

「そうだよ~‼ お姉ちゃんだよ~‼」


 姉様はそう言いながら、というか叫びながら私の体へ飛びかかってきた。私は反射的にそれを避けた。だが姉様の魔手はしっかりと私の体に伸びて、捕獲。


「うぎゅッ⁉」

「も~可愛い可愛い~可愛いよぉ~!」

「く、くるしいです……」


 私は姉様の胸に押しつぶされないように顔を出しながらそう言った。だが姉様にはあまり声が届いておらず、喜びの表情で大興奮している。



 5分ほど経過し、やっと解放された私はちょっとだけムスッとした顔をしていた。

 前に正座になって地面に座ってる姉様の表情はそんな姿とは裏腹に生き生きとしている。


「ウイ~ごめんって。つい喜びすぎちゃって」

「……」

「ご、ごめんって。だから口を聞いてよ~」

「……」

「ウ、ウイ……? お姉ちゃんが悪かったから」

「……」

「こ、今度稽古してあげるから」


 姉様の声はだんだんと弱くになっていき、顔のハリもなくなっていった。


「……はぁ。それで良いですよ」


 それを見ていた私は口を開いてそう言った。

 すると姉様は一気に元気を取り戻した。


「本当ッ‼」

「ホント、ホント。てか今口利いているじゃないですか」

「あ、本当。そうわね!」

「はぁ……」


 私は思わずため息漏らしてしまった。


「……それで姉様。どうしたんですか?」

「うん? ああ、お姉ちゃんちょっと仕事で来たから、そのついでにウイの顔も見ておこうかなぁ~って」

「仕事だったんですか」

「もちろん仕事よ。お偉いさんの警護&アマツカエ家の代表として。

まぁ本当は母上がやるはずだったんだけど……」

「ああなるほど」


 そうなるとつまり姉様がここに来たのは騎士団の人間としてでだけでなく、アマツカエ家次期当主としてもか。


「お母様は今何を?」

「うぅ~ん……はっきりとはわからないけど、確か隣国との境界線付近で化け物を殲滅しているらしいわ」

「相変わらずという感じですね」

「うん……そうねぇ……」


 部屋に何やら重たい空気が圧しかかる。


「そうだ姉様! さっきのお詫び。ちょっとだけ稽古してくださいよ」

「……すぐに戻らなきゃいけないのだけど、まぁ少しだけなら良いわよ」

「やった~‼」


 私はわざとらしくそんな風にはしゃぎながら鍛錬用の剣を持った。

 姉様はそんな私の姿を見ながら微笑みながら構えを取った。その手には剣はなく、無刀だ。


「思いっきり来なさい。5分だけやってあげるわ」

「よろしくお願いします。姉様!」


 私は元気にそう叫びながら踏み込んでいった。



 私の控室の中からは何でも地面を蹴る音、転ぶ音、投げられる音、そして楽しそうな笑い声が響いた。



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