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悪意は途切れず、続いてく



 暗い部屋。

 石で四方が囲まれた薄暗く、冷たい部屋。


「全く……親不孝な娘だとは思わんか?」


 そこで声が響いた。

 冷たく、強く、厳しく。恐ろしさを感じさせる。そんな声であった。


「せっかく俺の役に立つ機会を与えてやったというのに、それを失敗しただけでなく、父親である俺を売ってしまうとは」


 ドンッ!


 地面を踏みつけた音が部屋中に響いた。どこに入り口があるのかが分からないほど、隙間や凹凸が見当たらなく、ほぼ完全に密閉されている部屋であったため、音の反響はすさまじいものであった。

 しかし男はそんな音は気にしない。

 ただただ自身の怒りを吐き出していく。


「だいたいあいつは昔からああだったな。禄に俺の手伝いをしないくせに、いっちょ前に睨んだりして」


 男は思わず舌打ちをしながら言葉を続けていく。


「ふん。これだったらもう少し痛みを与えておけば良かったのかもしれないな」


 狭い部屋の中を行ったり来たりしながら男は語っていく。

 そのとき男の足元に何か――地面に倒れている物体がぶつかった。


「はぁ……貴様、なぜ寝ているんだ。私が話しているんだから、きちんと最後まで聞け‼」


 そして地面に倒れている物体改め、倒れていた男性が蹴り上げられた。


「――⁉」


 男性の叫び声が空間に響き渡る。

 絶叫が轟く。

 男の肌を震わせるほどの叫びが響いた。


「はっ。良い声を出す。……どれ、もう一声」

「――――⁉⁉」


 再び蹴り上げられ、絶叫が轟く。


 その様子はどう考えてもただ蹴られているだけではなかった。蹴り上げられただけではそこまでの絶叫を上げるとは俄かには信じられなかった。


「ふん」

「アァァアアァアアアアア‼⁉」


 そしてそれはその通りであった。

 男性はただ蹴り上げられているだけではなかった。その体には先ほどから激痛が走り回っており、蹴られる度にその痛みは増していたのであった。


「……そんだけ良い声を出すんだ。そろそろ吐いてくれても良いんじゃないのか?」

「だ、だれ……がぁぁあああああ‼」

「叫べても、情報は吐けないか」


 男は退屈そうな様子でそう言葉を漏らした。


「はぁ。こっちだってなぁ、暇じゃないんだ。ただでさえ娘がやらかした後始末をしなければいけないというのに。なんだ? さっさと仕事を終わらせてくれよなぁ‼」


 腹立たしそうに男性の背中へ足が振り下ろされた。

 魔力で強化された上で勢いよく下ろされたその足は、男性の背骨を折り、内臓を傷つけていく。それに加え、魔法で与えていた痛みを更に強いものにした。


「――――‼‼」


 男性はあまりの激痛に言葉となっていなかった。もはや獣畜生、化け物の叫び声と聞き間違うほどである。


「なぁ‼ なぁ‼ なぁッ‼」


 何度も何度も振り下ろされる。

 男は自身の激情のままに何度も振り下ろした。

 そしてその度に男性の背骨は折れ、砕けていく。

その度に内臓が傷つき、裂け、割れ、破壊されていく。


「――! ――! ――!」


 男性の叫び声はだんだん小さなものへとなって行く。しかしそのことに男は気が付かないまま何度も足を振り下ろす。

 男の周りには男性の血や皮膚が飛び散っている。

 骨の欠片が飛ぶ。

 内臓の一部が漏れる。

 血が流れる。


「……」


 とうとう男性は何も発さなくなった。


「あぁ? なんだ、もう死んだのか?」


 そのことに遅れながらも気づいたことで、ようやく男の足は地面に下ろされた。


「はぁ、全く使えない。この程度で死ぬとはな」


 男の言葉。それがどれだけの暴論であるか。

 通常、魔力で強化された攻撃を無防備な状態で何度も、それも防御姿勢も何も取らずに、食らい続ければ簡単に死んでしまう。そんなことは学生だって、まだ学校に通っていない人間であっても知っているようなことだ。どこからどう考えても暴論。迷惑極まりない暴論である。

 だは男は全く気付かない。

 気づくことはない。

 自分の発した言葉が暴論であるということに気づくことはない。

 なぜならそれが男の――エヴィル・アーディーにとっての価値観であるからだ。

 世の中の全ては自分の役に立って初めて、存在する価値がある。役に立たないで終わってしまうモノなんて存在しない。

 だからどれだけ痛めつけようと、苦しめようと、最後に己の利益となるまでは死なない。


「それとも」


 もし死んでしまうとするなら――


「何も知らなかったか」


 それの価値を別なとこから見出すだけ。


「ふん。まぁ俺のストレス発散となったんだ。十分役には立ったか」


 どんなことがあろうと絶対に崩れぬ価値観。

 それがエヴィル・アーディーの抱いている価値観である。


「さて……俺もそろそろここを離れなくてはだな。長居していると、騎士団とかが来てしまう」


 男はそう言うと、壁を軽く押した。するとそこはゆっくりと前の方にズレていく。さっきまでは存在を視認できなかったこの部屋の扉がそこにはあった。

 そしてそこから出ていこうとした間際、エヴィルは何かを思い出したかのように後ろを振り向いた。


「貴様らは無知ではあったが……まぁ役には立ったぞ」


 そう言葉を出したエヴィルの瞳には何人と積み上げられた人間がいた。それらの中にはすでに白骨化している者もいる。

 彼らはエヴィルによって尋問・拷問をされ、何も語らずに死んでいった者たちである。


「さて、行くか」


 エヴィルは一言言い終わるとそのまま暗い道を上っていった。

 背後の方からは何かが動き、轟いているかのような音が聞こえてくる。その音の正体は、さっきまでエヴィルがいた部屋が大地の中で押しつぶされている音であった。



 暗い道を出るとそこは高そうな絨毯が敷かれた廊下であった。


 ここはエヴィルの屋敷。

 エヴィルは一応、表向きは一つの街を治める貴族の一人であるため、そこそこ大きな屋敷を持っていた。さっきまでエヴィルがいた部屋はその屋敷の地下であった。


「痕跡は別に残しても構わんな。重要なものは全て地下に埋めた。ここにあるのは俺が裏神の人間であるという証拠のみ」


 自身が裏神であるということはすでにバレている。ならば特段それについて隠す必要はない。むしろあえて残しておくことにより、その情報の精算に労力を使わせることができる。

 エヴィルは口角を上げて、そう考えていた。


「俺たちの狙いは絶対に分からない」


 廊下のど真ん中。

 例え自分の屋敷だとしてもそう言うことは話さない方が安全である。もしかしたら屋敷にいる使用人に聞かれるかもしれないからだ。


 しかし廊下には人っ子一人いない。

 というかこの屋敷にいる人間はエヴィル、ただ一人であった。


 この屋敷には使用人は誰一人としていない。

 エヴィルが殺害したとか、そういうわけではない。

 元から使用人などいなかった。


 この屋敷に住んでいたのはエヴィルとティミッドの二人のみ。


 だからこそエヴィルが人を痛めつけるのを見たりするのが、ティミッドにとって日常的であった。


「親不孝なティミッドはどうするか……死んだならもう俺の役に立たない。

 ……だが生きているなら――」

「オイ、エヴィル」


 そのときエヴィル以外誰もいないはずの屋敷でエヴィル以外の声が響いた。

 その声は無機質で、機械的。感情なんて一切感じず、男でも女でもない不気味な声であった。


 エヴィルは顔をしかめながら声のする方を見た。


「相変わらず気色悪い声してるな、トート」

「……」


 そこにいたのは外套で全身を覆い隠した者。

 セオス王立学校襲撃犯の一人である、トートであった。


「ザツダンヲスルツモリハナイ。ハヤクイクゾ」

「そうか。……ふん、ちょっと街の奴らにあいさつとかをしていこうと思ってたんだがなぁ」

「……アイカワラズソトヅラダケハ、イインダナ」

「当たり前だ。あいつらは俺の利益になる。ならばしっかりと絞れるようにしなくては、だ」


 ついさっき一人殺し、今まで何人も痛めつけ、殺してきたエヴィルであるが、その外面は結構よく、街での人気はそこそこのものであった。

 トートはその極端な表裏に呆れながらも、自分の仕事を進めていく。


「イドウノジュンビハ、スデニデキテイル。モタモタシテ、キシダントブツカルノハ、アマリヨクナイ」

「分かっている。だから文句を漏らしたんだろ」


 エヴィルはトートの傍に近寄りながらそう言った。


「……」

「ほら。さっさと行くんじゃないのか」

「……アア」


 トートがそう言葉を漏らしたかと思うと、次の瞬間二人の足元が淡く光りだし、


「そう言えば何処に行くんだったか?」

「アマノーーサンコウサイノカイサイチダ」

「ふっ。そうか、そうか」


 そして消えた。



 屋敷全体が沈黙に包まれる。

 外の方からは賑やかそうな声が聞こえる。

 この屋敷で何が行われていたのかも知らずに、楽しそうに暮らしている。



 数刻後、ここに騎士団たちが雪崩れ込んできた。

 しかし屋敷はすでにもぬけの殻。

 エヴィルの姿があるわけがなかった。



記念すべき100話目。ここまで読んでいただきありがとうございます。

これからも読んでいただけたら幸いです。


面白かったら、評価・感想・ブックマなどをしていただけると嬉しいです。

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[良い点] これは吐き気を催す邪悪。 退場するときは相応の報いを受けることを願って。
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