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天蓋の花  作者: 桜緋夕貴
4/5

第4話

 少し離れたところで模擬刀を打ち合う2人を見ながら、ステファニーは変わらず広げられた昼食を食べていた。

 意識が手合わせをする2人にも向いてしまっている為、食べるスピードが上がらないのだ。

「…あの従者は、エディと呼ぶのか」

 ふと、隣から声がかかった。

 半分ほど意図的に存在を切り離していたのだが、2人きりの場所で声を掛けられれば応じない訳にもいかない。

 渋面にならないよう気を付けながら、ステファニーは婚約者の方へ顔を向けた。

「はい。そう呼んでと言われているので」

「何故」

「親しくなるにはまず名前からと言われました」

「親しくなる必要があると?」

「…何を怒っていらっしゃるのかわかりませんが、従者と親しくなるのは良いことではありませんか?」

 あとは蒸し野菜を食べれば終わりだ。

 皿を抱えるように持って、フォークを突き刺す。

 眉根を寄せたウィリアムは、変わらず美しい。

 初めて出会った頃はゆったりと微笑んでいたものの、ルシルとウィリアムが出会った2度目の対面以降、ステファニーに対して全く笑うことがなくなった。

 双子の姉妹でありながら、こうも似ていない事実が突きつけられてしまったのだ。いやになったのだろう、気持ちはわかる。

「婚約者の私と親しくなろうとは思わないのか?」

 唐突に、そんなことを言った。

「…親しくなりたいのですか?でも、ウィリアム様は私の愛称は呼びませんよね」

 彼は、ステファニーは愛称で呼ばないがルシルはルーシーと呼んでいる。

 そもそも名を呼ぶ、さらに愛称を呼ぶには当人が許さなければならない。

 許可がなければ男性は爵位や家名、女性は家名で呼ぶのが通常である。

 ステファニーは初対面でステフと呼ぶよう、ウィリアムに告げていたが、ウィリアムからウィルと呼ぶよう許可はもらっていない。

 その上、婚約者である私をダシによく屋敷にはやってくるが、今回の事故で私が寝込んでいる間に見舞いなどはなかった。

 親しくなりたいと思っているようには感じられない。

「君も、私を愛称では呼ばないだろう」

「そうですね。そもそも許可をいただいていませんから、あまり親しくするのをお望みと思えませんでした」

 ますます眉根が寄っていく。正直に言って怖い。

 腰が引けたのがわかったのだろうか、ウィリアムは眉間を揉むようにして視線を外した。

 ステファニーも、打ち合う方へと向き直る。

 蒸し野菜は、半減していた。

 アルフォンスとエドワードの身長差は、ステファニーほどではないにしてもだいぶある。

 まともに打ち合っているように見えるが、エドワードが多分に手加減しているのだろう。

「…私が親しくなりたいと言えば、君は応じるのか」

 呟いた声は、ステファニーには届かなかった。



「あぁあ、悔しい!悔しいぞエドワード!」

 本気で悔しがっているのを見て、ステファニーは呆れる。

 25歳と10歳では勝てると思う方が無理だ。

「殿下は筋が良い。ただ、まだ年齢的に体重がない。今後背が伸びて筋力がついてくれば、騎士団でもそうそう負けない力が身につきますよ」

「ステフが食べていたのは赤身魚とローストビーフだったが…、食事を変えれば私も筋力がつくかな」

「殿下やネヴィル伯爵はすでに基礎があります。食事は赤身の強い肉や魚、それから野菜をバランスよく食べれば筋力はつきますよ。あとはよく動いてよく寝ること。学園で忙しいのはわかりますが、簡単なトレーニングは続けると良いと思いますよ」

「私は3日運動したら1日完全に休みの日があるでしょう?兄様たちには不要なの?」

「いいえ、必要です。適度に休むことが必要なんですよ。殿下方の指南役も騎士団の団員でしょう。であれば、私が言わなくとも十分管理されていると思いますよ」

 知っていることは惜しみなく与えるのだろう。エドワードはさらさらと告げる。

 そしてステファニーの手元を見て、笑う。

「ステフお嬢さんもよく食べました。もう少し休んでから午後の鍛錬を始めましょう」

 言って、頭を撫で回す。

 エドワードは、多分父親のような感じなのだ。ステファニーがイメージする、父親。実の父はやってくれなかったことを、彼がしてくれる。

 少し照れてしまって、頬が赤くなるのがわかった。

 途端。

「…ウィル、いきなり引っ張るなよ、ステフが驚いているだろう」

 二の腕を引かれて、体勢を崩す。

 見上げれば、ウィリアムがエドワードを睨みつけていた。

 ステファニーの代わりに苦情を言ってくれたのは、アルフォンスだ。

「…すまない」

 ハッとしたように手を離す。一瞬、泣きそうな目をしたのが見えた。

 離れたところに控えていたメイド達が、慌てたようにやって来るので何かと思えば、体勢を崩した時に紅茶の入ったカップを倒してしまったらしい。

 敷布は茶色で目立ちはしないが、洗わなければならないだろう。

「お嬢様、お怪我はありませんか?」

「ええ、ごめんなさい、せっかくのお茶が…」

「それは良いのです。お召し物は濡れておりませんか?」

「ええ、大丈夫そう。敷布も汚れてしまったわね、ごめんなさい」

「謝っていただくようなことではございません。新しいお茶を入れます」

 慌てて自身の体を検めるが、濡れている場所も痛む場所もない。

 その間に、アルフォンスはウィリアムと何か会話していたようだが、聞き取れない。

 やがて2人はステファニーに別れの挨拶をすると、連れ立って離れていった。

「…ステフお嬢さんはネヴィル伯爵がお嫌いですか」

 エドワードがデリカシーのないことを聞く。

 だが、彼のそんな裏表のないところは好ましく思えた。

「私ではなく彼方がお嫌いなのよ。さっきも聞いたでしょう?開口1番にルシルを危険に晒したとお叱りよ。寝込んだ私の心配ではなく。休んでる間だって、アル兄様からのお見舞いは頂いても、ウィリアム様からは頂いてないの。お手紙やカードの1枚も!」

 体裁くらい考えれば良いものを、とステファニーは思わず声を荒げてしまった。

 言い切って、口を押さえる。

 メイドが驚いたように動きを止めた。

 エドワードは笑う。

「男の風上にも置けませんね」

 いつも通りの朗らかさだ。それに、背中を押された気になってしまった。

「私は最初、好きだったの。だから、恋愛は無理でも親愛位は持ってもらえるように頑張ったわ。でも、あの方私には笑わないの。妹にはとても綺麗に笑うのに」

 そうだ。

 彼は、ステファニーには笑わない。

「彼だけではないわ。…ねえ、気付いてる?私の家族は私をステファニーと呼ぶのよ。他の家族達は愛称では呼び合うのに。私も昔は兄様達を愛称で呼んでたのよ。でも、それに気付いたら、呼べなくなったわ」

 異質な子供。

 親に、兄弟に、妹には似ても似つかない、子供。

「私を愛称で呼ぶのはアル兄様。それから今は、エディ。呼んでくれて、嬉しかったのよ」

「…ステフお嬢さんはご家族が嫌いですか」

「…嫌いじゃないわ。でも、要らない。みんな、要らないわ」

 零れ落ちた声は、震えていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] あ、けどざまぁタグ無いのか それじゃあスカッとしないから良いわ
2021/08/08 00:32 退会済み
管理
[一言] 殺されたんだから殺し返せ 腐れ家族共にどんな理由があろうが知ったことじゃない ぶち殺せ首を切り落とせ泣き叫ばせて命乞いをさせろ それをあざ笑いながら死ねと言ってやれ
2021/08/08 00:29 退会済み
管理
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