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天蓋の花  作者: 桜緋夕貴
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第1話

 目を覚ますと、母の顔が視界に入り込んだ。

 金髪碧眼。整った容姿は5人の子供を産んでも衰える事なく、若々しい美しさを保っている。

 ああ、また始まったな。

 ステファニーは感慨もなくそう思った。

 ベッドの上に投げ出された手を持ち上げて、視界にかざす。

 小さな手だ。まだ、子供と言っていいほど小さな手。

 それはそうだ。18歳まで成長したが、今まさにステファニーは6歳まで時を巻き戻されたのだから。

 誰が、時を戻しているのかは知らない。ただ、死を迎えると巻戻る。

 お前は、幸せになどなれないと身に刻む様に。

「ステファニー…よかった、目が覚めたのね」

 母の鈴の音の様な声が、涙に揺れる。

 冷めた感情で、その顔を見返した。

「貴方は馬車に轢かれそうになったのよ。すんでのところで、ルーシーが貴女を引っ張って助けたのよ」

 ()()()()

 ほら、前と結局一緒だ。

 ルーシーとはステファニーの双子の妹だ。正しくはルシルと言う。ルーシーとは愛称だ。

 この家の人間は、末娘であるルシルを皆、愛称のルーシーと呼ぶ。

 双子の姉である彼女はステファニーと呼ぶ。

 決して、愛称のステフとは、呼ばない。

「それは、ご心配をおかけしました。ルーシーは無事ですか?」

「ええ、あちらはもうすっかり。貴方が目覚めてくれて良かったわ」

 ほっと、胸を撫で下ろす。母親らしく心配する仕草はしたらしい。

「お父様も、お仕事から帰れば貴方の様子を見に来てね。心配しているのよ」

 普通、幼い娘が事故に遭って意識を失っていれば、仕事帰りに様子くらい見にくるだろう。

 深い愛情があれば仕事は休むかもしれない。

 だが、この家の主人にしてステファニーの父親はステファニーの為に仕事を休むなどしない。

 まあ、様子を見にきただけ良い事なのかもしれない。ステファニーは小さく笑うと。

「お父様には申し訳ありませんとお伝えください。…いえ、明日にで謝罪に伺います」

 抑揚なく、まるで本でも読む様な声になってしまった。

 母が眉を寄せる。

「ステファニー…そんな言い方は…お父様は心配していたのよ」

「ええ、ですから謝罪を。それとも、今すぐの方がよろしいでしょうか。でもお仕事中ですよね」

 母は美しい顔にポカンとした表情を浮かべて、暫くすると首を横に振った。

「今はおやすみなさい。お医者様を呼ぶわ」



 ステファニー・グレンヴィルは、ナレングルム王国、レイクヒル公爵ユージーン・グレンヴィルの長女として生を受けた。

 ユージーンは当代国王の弟にあたり、ギルフォード侯爵令嬢キャサリン・ナサニエルとの結婚と同時に臣籍降下し、公爵位と国軍元帥の職を賜った。

 その結婚から15年。長男に始まり2男2女の子宝に恵まれている。

 ステファニーは2人続いた男の子の後。双子の姉妹として産声をあげたのだ。

 グレンヴィル家の夫婦は、その高貴さもさることながら容姿端麗さで当時の社交界を沸かせたと聞いている。

 軍属として腕を磨いた美丈夫と、儚げな容姿の美少女は、政略ではなく大恋愛で結ばれたらしい。

 お陰様で2人の仲は万年新婚夫婦であるし、お互いの容姿を引き継いだ子供にも惜しみ無い愛情を注いでいた。

 ただ1人、長女ステファニーを除いて。

 ステファニーと同時に生を受けた末娘ルシルは母によく似た金髪碧眼。

 幼いながら容姿も整っており今から将来の美女ぶりが垣間見える美少女だ。

 その儚げな見た目に反することなく、少し体は弱く、よく熱を出す。

 子供時分は誰しも熱を出しやすいが、印象の問題もあるのだろう、両親はルシルには些か過保護な面を見せた。

 否、両親だけではなく、兄達も。

 翻って姉のステファニーは、誰に似たのか鉄錆の様な赤毛に茶の瞳。

 父は母に比べて濃い金髪に翠緑の双眸。赤毛の者など、数代遡っても見当たらない。

 父も母も兄も妹も金髪に青か緑の瞳の中、他家であれば不義を疑われても仕方ない程ステファニーは異質だった。

 色が違えば容姿も異なる。

 吊り目気味の瞳に、優しげなど感じられないパーツの配置。

 意地の悪さが顔に現れてると自分で思うほど、家族には似ていなかった。

 父曰く、父方の家系に赤毛の者がいたらしい。隔世遺伝というらしいが、いずれにせよキラキラしい家族の中でただ1人、異質な子供だったのだ。

 家族は、ステファニーに愛情を感じていない。それが容姿からなのかはよく分からない。

 だた、その象徴の様にステファニーは家族の誰からも愛称で呼ばれたことがなかった。

 長兄のアーサーはアーティ、次兄のルドルフはルディ、妹のルシルはルーシー。

 両親だって、ジーンにケイトと、それぞれ愛称で呼び合っている。

 でもステファニーは、ステファニーなのだ。

 幼い頃は、世界は家族と少しの友人だけで耐えることもできた。だが長じるにつれて、世界は否応なく広がる。

 異質な子供だと囁かれる。貴族の通う学園でも。貴族令嬢としてデビューした社交界でも。

 ステファニーは影で笑い者にされた。悪意なく、彼らは傷つけるのだ。

 可哀想と言いながら、笑う。

 だが、なによりもステファニーを傷付けたのは、5歳の時に定められた婚約者だった。

 ネヴィル伯爵ウィリアム・フェイン。ヴォルト公爵家の長男。儀礼称号を名乗る、歴とした跡取り。

 彼自身も多分に漏れずやたらと容姿が良かった。

 太陽の様な金糸の髪に、紫電の双眸。ここまで来ると色彩の暴力とも言えるほど、キラキラしい少年だ。

 5歳で初めて会った時、彼はステファニーにも優しく対応してくれた。

 多分優しさに飢えていたのだろう、一目惚れしたステファニーは、その後美貌の妹に心奪われた婚約者を引き止めようとあの手この手で気を惹かせた。

 結果的にそれらは全て裏目に出て、最終的に妹の殺害未遂容疑でステファニーは捕縛、処断された。

 容疑に身に覚えはなかったが、嫉妬に怒り狂う様を多くの目に晒していたステファニーの弁解など誰も、家族でさえ聞いてはくれなかった。

 ろくな調査もされずに断頭台に送られた。

 それが、1回目。

 次に目覚めた時、今と同じ6歳の時だった。

 混乱に混乱したが、混乱するほど家族は冷たい目でこちらを見る。

 それが酷く堪えたステファニーは、その場で全てを諦めた。

 婚約者が妹を愛そうと、家族や周囲に疎んじられようと、全てを感受した。

 そして、再び妹殺害未遂容疑をかけられ、断頭台に送られた。

 原因はわからない。2回目もろくな調査はされなかった。

 最初と同じ、捕縛から3日目の処刑だ。調査などされたとも思えない。

 ステファニーは、決めていた。

 なんの見せしめか、貴族令嬢であるにも関わらず衆目の眼前で行われた刑の執行。1段どころか衆目によく見えるよう高く作られた断頭台の上、周りを見渡して。ひしめき合う見物人の中に父と母と、兄達と妹、そして妹を抱きしめるように立つ元婚約者を見つけた時に。

 もしもまた、目覚めたのならば。

 また、やり直す事になったのならば。

 今度は諦めるのではなく、全てを捨てようと。

 そう、決意していた。

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