クリスマスローズ
初投稿です。
よろしくお願いします。
「マサキごめんね、今日もどうしてもパート休めなくて。遅くなるから先にご飯食べていてね」
「いいよ別に」
投げやりな態度でそう言うと、ボクは申し訳なさそうにしている母さんに振り返りもせずランドセルを背負って家を出た。
今日はクリスマスイブ。本当は今日くらい母さんと一緒に夕飯を食べたかった。
2年前に父さんが病気で死んじゃってから、母さんは毎日毎日働いている。
去年のクリスマスイブもやっぱりお仕事。もちろんクリスマスプレゼントなんてありゃしない。
ボクはいつの間にか、大好きだった母さんとあんまり口をきかなくなっていった。
(母さんの・・・バカ!)
◆◆◆◆◆
「じゃあな、マサキ」
「またね、バイバイ」
放課後学校を出たのは夕方。
冬の日差しはすでに傾きかけている。
友達の話題はもっぱらクリスマスプレゼントの話だった。
今年は某有名キャラのゲームソフトと、人気アニメに出てくる音の出る刀が人気らしい。
ボクには関係ない話だけど。
重い足取りで家への帰り道を歩いていると、コンビニの駐車場で幼稚園児くらいの小さな男の子と、それを取り囲む3人の中学生が眼に入った。
(何だろ?まさかあんな小さな子をいじめてるの?)
近づくボクに気が付くと、男の子は涙目になりながら駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん遅いよー、ボク怖かったんだからー」
「「「ちっ」」」
舌打ちをすると、中学生たちはその場を足早に去っていった。
ボクを男の子の兄と勘違いしたようだ。
まさかの本物のいじめだったらしい。
「ありがとう、お兄ちゃん」
男の子は何故かお兄ちゃん設定のままでボクにギュッとしがみついてきた。
「どうしたの、大丈夫?」
「うん。」
「こんなとこで一人でいると危ないよ。お父さんかお母さんは?」
「ママと一緒だったんだけど、電車のおうちを出るところでどこかへ行っちゃったの。マー君探したんだけど全然見つからないの。」
(ハイ、完全に迷子ですね、これは)
ボクは自分なりに状況を整理してみた。
この男の子・・・たぶんマー君は駅を出たところでママとはぐれてしまい、それでも一人でここまで来たところボクに遭遇したようだ。
駅からここまでって、おいマジかよ、200mくらいあるぞ!
「ママとはお約束してるんだ、もしバラバラになっちゃっても知らない大人の人には絶対ついて行っちゃダメだって」
そりゃそうだ。
とりあえずマー君のママは考え無しではないらしい。
どうしたもんかと考えているボクをマー君はおねだりするように見上げながら言った。
「お兄ちゃんはまだ子供だよね?お願い、マー君と一緒にマー君のママを探して!!」
◆◆◆◆◆
ボクとマー君の小さな小さな冒険が始まった。
スタートは商店街はずれのコンビニ前。ゴールは商店街を抜け200m先の駅前交番(予定)。
家とは逆方向になってしまうがどうでもいい、むしろボクはちょっとホッとした気分にさえなっていた。
作戦は簡単、商店街ですれ違う人をよく見てマー君のママを探し出す。
最悪見つからなかったときは駅前の交番でマー君を保護してもらう、それだけのハズだったのに・・・
「ねえ、見てみてあのサンタさんおっきいね」
「うわっあのケーキおいしそう」
「すごい、あのお星さまキラキラしてる」
すっかり夕暮れた商店街だったが、この日だけは町中を飾るイルミネーションで華やいでいた。
「ちょ、ちょっと手を引っ張らないで」
目新しいものに何でも食いついていくマー君。
小さい子供は現金だ、さっきまでしょぼくれていたのがウソのよう。
ボクは繋いだその手を放さないよう必死だった。
(でも、わかるな、その気持ち・・・)
うれしい人にも悲しい人に平等に笑顔を与えてくれる、それがクリスマスなのだから。
「お兄ちゃん、なんかおなかすいちゃった」
「はいはい、わかりましたよ」
駄菓子屋の前で甘えてくるマー君に、ボクはうま〇棒を買ってあげた。
「ねえねえ、ここ楽しそう、ボク大きなぬいぐるみが欲しいなあ」
「ここは子供だけできちゃダメだよ」
ゲームセンターに入りかけたマー君を、ボクは慌てて引き留めた。
「ねえ、マー君、ちゃんとママの事探してる?」
「うん、探してるよ」
マー君はニコニコしながら答えてきた。
ボクもちょっぴり楽しくなっていた。マー君の興味が、なんとなく自分と似ていたせいもある。
(ま、いいか)
ひときわ派手なイルミネーションの店の前で、マー君はピタッと足を止めた。
そこは大本命、おもちゃ屋さんのショーウインドウの前だった。
(あちゃー、やっぱりきたよ・・・)
ちょっぴり強めに手を引いても、マー君はピクリとも動かない。
どうやらマー君のお気に入りはあの人気アニメの音の出る刀のようだ。
「マー君、ねえマー君ってば」
「・・・」
(参ったな・・・)
ボクだって本当はあの刀が欲しかった。でもそんなこと母さんに言えるわけがない。
(マー君はボクと似ているんだ・・・)
ショーウインドウの刀に釘付けのマー君をボクは責めることはできなかった。
(いったいどうすれば・・・そうだ!)
「マー君、こっちにきて!」
「でも・・・」
「いいから!」
ボクは渋るマー君の手を無理やり引っ張ると、はす迎えにある100均へと入っていった。
「これだよ、これ!」
ボクは筒状のボックスに刺さった色とりどりのプラスチックの刀を指さした。
「マー君、お兄ちゃんが買ってあげる。好きなの選んでいいよ」
「本当?いいの?ありがとう!!」
マー君はアニメの主人公よろしく緑のサヤの小刀を選んだ。
ボクは赤のサヤの大刀を選ぶと、2本セットで購入して店を出た。
「お兄ちゃんとマー君とお揃いだよ」
「うん、それにこれクリスマスの色だね!」
マー君は今日一番の笑顔を見せた。
◆◆◆◆◆
楽しい時間は終わりを告げようとしていた。
ボクとマー君は子ども公園のブランコに腰かけ、ペットボトルのココアを飲んでいる。
遊具が2つと花壇が1つあるだけの小さな公園だ。
「こんな冬でも咲く花があるんだ」
その白い優しい花には『クリスマスローズ:花言葉【追憶】【安心させて】』とネームプレートが掲げられている。
クリスマスの喧騒の中、ここだけ時が停まったように静かだった。
結局、マー君のママは見つからなかった。
マー君とは交番のお巡りさんに預けると、それでお別れだ。
「マー君、あの・・・」
「お兄ちゃん、ボクお兄ちゃんのおうちに行ってもいい?いっぱいいっぱいバトルごっこがしたい」
「はぁ!?」
「おうちに帰ったってママはちっとも遊んでくれないんだもん。いつも忙しい忙しいって」
「・・・」
「一緒に寝てくれるけど、ボクが寝たふりするとまた一人で起きてお仕事してるし」
「・・・」
「今日だってきっとお仕事で疲れてたせいでボーっとしてたからマー君の手を離しちゃったんだ」
「それはマー君のために」
「ねー、いいでしょお兄ちゃん?」
「マー君はママの事好きじゃないの?」
マー君は少し考えてからゆっくりと答えた。
「だって、ママはマー君のこと嫌」
「嫌いな訳ないじゃないか!!」
ボクは思わず大きな声をあげてしまった。
ビクッとするマー君、でもボクは止まらなかった。
「ママはね、マー君の事が大好きなんだよ!だからマー君がずっと笑顔でいられるようにいつも一生懸命お仕事がんばっているんだ。大切なマー君のために、本当は一緒に遊びたいのを我慢して・・・」
ボクは思わず涙ぐんでしまった。
そんなボクを真顔で見ていたマー君の口から出た言葉は、意外なものだった。
「知ってるよ」
「マー君・・・」
マー君の声は大人の声になっていた。
「お兄ちゃんだって本当は知ってるんだよね。お兄ちゃんのお母さんだってお兄ちゃんの事大好きだって」
「・・・うん」
「マサキのために一生懸命がんばっているんだって事も」
「うん」
「だったらせめて今日くらい素直になってもいいんじゃないか。母さんに言ってやってくれないか、『ありがとう』って。そしてオレを安心させてくれ」
「・・・わかったよ、父さん」
ボクは泣きじゃくりながら父さんに抱き着いた。
「ほら、お迎えがきたぞ。早く涙を拭いて、カッコ悪いぞ」
父さんに言われて振り返ると、そこには驚いたような母さんが立っていた。
「母さん・・・」
「マサキ・・・どうしてこんなところに?」
ボクは父さんに言われた通り、ゴシゴシと涙の後をぬぐって言った。
「それより母さん、父さんが、父さんがね・・・」
「お父さんがどうかしたの?」
「えっ?」
公園にはボクと母さんの姿しかなかった。
「だってさっきまで、えっ?」
「変な子ね。」
母さんは花壇の脇に転がっていた二本の刀を拾い上げながら言った。
「母さん今日は早めに上がらせてもらえたの。マサキもご飯まだだよね」
「うん。ねえ、母さん・・・いろいろごめんなさい、あと、いつもありがとう」
「何よ急に?ほんと、変な子ね。さ、帰りましょう」
「うん!!」
ボクは母さんとギュッと手を繋いだ。