婚約破棄されました 屈辱編
婚約者に呼び出されたので随分と急ぎました。まさか……そんな話になるとは思っていませんでした。ああっ、これも運命なのでしょうか?
広間にいるのを許されるのは、主人とその婚約者……つまり、スタフィロ様と私だけのはずです。それなのに、もう一人、意外な人物がいました。
スタフィロ様の隣に……妹のマナがいたんです……。
「あら、お姉さま?」
マナは頂点から愚民を見下ろしているかのようでした。
「スタフィロ様……これは一体……」
私はこの光景が信じられませんでした。婚約直前に他の女を作り破談になることは昔からあります。そんなことは分かっています。問題なのは……それが私の妹である、ということです。
お姉さま、お姉さま、と昔から私のことを慕っていました。それこそ、目に入れても痛くない妹です。笑うときは共に笑い、泣くときは共に泣く。始まりから終わりまで……一緒に歩くことを誓った唯一無二の妹です……。
どうして?
この前だって、私の婚約が決まった時だって喜んでくれたじゃない……?
あれは……嘘だったの?
「マナ……どうして?」
私は勝ち誇った妹の足元に跪きました。
「お姉さま……答えはお姉さまが一番ご存知のはずですから」
「そこまでにしなさい、マナ」
スタフィロ様はマナを優しく咎めました。
私にあれほど微笑んだことがあるだろうか?
あれほど……屈折したマナの笑顔を見たことがあるだろうか?
「ふざけないで……!」
私は力強く叫びました。ガラスがびっくりして震えるほどに。
「ふざけているのは君のほうじゃないのか?」
スタフィロ様も少し声を荒げました。
「マナから話を聞いたよ……。君は、本当に最低の人間だ」
「私が……何をしたっていうの……」
スタフィロ様は何かを誤解している。そう思いました。
マナが嘘を吹聴した……どちらにしても、私は伴侶を失うことになります。
主人を……妹を……。
「君がマナにしてきた仕打ちは……常軌を逸しているじゃないか……君は自分の妹を奴隷か何かと勘違いしているようだね……ああっ……可愛そうなマナ……」
スタフィロ様はより強く、マナを抱きしめました。
奴隷のような仕打ち?
私は皆目見当がつきませんでした。
そんなひどいことを……。
「お姉さま……自分の胸に手を当てて考えてください!」
マナ……。
私の可愛い妹はどこか違う世界に行ってしまったのね……。
今のあなたは……マナの肉体に宿った悪魔よ……。
スタフィロ様……。
私に弁明の余地を与えていただけないんですね……?
「言うまでもないが君との婚約を破棄する!今後二度と私の前に現れないことを誓ってくれ……」
私は言われるまでもなくスタフィロ様の居城を去りました。悪魔に蝕まれたマナの高らかな笑いが聴こえてくるようで……スタフィロ様よりも実の妹のほうが脅威でした。
スタフィロ様から婚約破棄に関する正式な書簡が送られてきたのは、それから3日後のことでした。