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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

褐色の少年と金色の豹

作者: みら

獅子王の統べる王国、ジャゼィラ。

赤い夕陽が沈む頃、一人の男が疲れた足取りで宮殿の廊下を歩いていた。

百八十を超える長身に引き締まった無駄のない体躯。

若くて立派な金色の豹の獣人だった。

だが毛並みは少々悪い。青年の名はシャイアという。貴族の息子で軍人だ。

狼の獣人達のサヴァジュ国と休戦協定を結んで一年。一応は平和な日々が続いていた。現王の引退時期と跡目争いで内輪揉め相変わらずだったが……。


「……むかつく」


シャイアはぼそりと呟いて中庭のベンチに座った。狼族の娯楽の町、ディザから戻ったところなのだが、無駄足だった事に苛立っていた。

猫科にはよくある事なのだが、若者には放浪癖のある者が多く、思春期になるとふらりと家出をするのだ。

このシャイアの従妹もそうだ。

ただの家出ならばよかったが、従妹はあろうことかディザで奴隷として売られていたのだ。

休戦協定中ではあるが、野蛮な狼どもは人攫いのような真似をした。

その情報を入手したシャイアは怒り心頭で、従妹を取り戻しにディザまで行ったのだが……


『ああ、シャイア。何しに来たの?』


従妹はケロッとした顔で笑いながらシャイアを出迎えた。

従妹が言うには、狼の国での生活は非常に快適だそうだ。オークションで落札した狼の貴族の男は従妹にメロメロで贅沢な日々を送っていると言う。

これは猫科の女の特徴でもあるのだが、男を手玉に取るのが上手いのだ。狼は狼で一人と決めた相手を溺愛する傾向がある。どうやら相性がばっちりだったらしい。


『そうゆうこと。心配しなくていいわよ。実家の方が窮屈だし、帰らないからね』


当の従妹がこう言うものだから連れ帰る事もできず、手ぶらで帰ってきた。その足で王宮に赴き報告をしたところだ。

単独行動を取った上に事後報告をした事でこってり説教をされて、ぐったりと疲れていた。


ベンチの上でごろりと寝転がり目を閉じた。感情のままに行動していしまうのはシャイアの悪い癖だ。

どうにも集団行動が苦手で……優秀ではあるが、その性格から出世は見込めない。六人兄弟の末っ子という立ち位置からか、自由気ままな生き方を好んでしまう。


「……まぁ、あいつが楽しくやってるならそれでいいか」


シャイアは大きな欠伸をして、うとうとと眠り始めた。

眠るシャイアの頭を誰かが撫でている。シャイアはその気持ちの良い感触にゴロゴロと喉を鳴らし始めた。撫でている相手がふっと笑ったような気配がして、シャイアはようやく目を開けた。


「……誰だ?」


「あ、ごめんなさい」


目を開けるとブラシを持った人間の少年が焦ったような顔をしていた。どうやらシャイアの頭をブラッシングしていたらしい。


「美容師か?」


「見習いです。失礼ですが、毛並がその、ちょっと乱れていたのでつい……」


猫科の王国では人間は普通に働いて共存していた。というのも人間は手先が器用で、その手で毛並を手入れされると非常に気持ちがよいのだ。

人間は美容師かマッサージ師の仕事をしていた。この少年は獅子王の専属美容師の弟子だという。


「へぇ、じゃあ将来有望だな」


「そんなことないです。まだまだ勉強中です」


シャイアは寝転んだまま少年を見た。

褐色の肌に黒い髪。瞳は青い。整った部類の顔だと思う。外見は興味無いが、この少年にブラッシングされるのは気持ちが良かったので続きを催促した。


「続けてくれ。疲れてるんだ」


「はい!」


少年は嬉しそうに笑ってシャイアの額にブラシをかけた。シャイアは再びゴロゴロと喉を鳴らした。


「聞いてくれるか?家出した従妹が狼の国で奴隷として売られていてな、助けに行ったら狼野郎とラブラブだったんだ。邪魔すんなと追い返されてきた」


「ええ?」少年は驚いた声を上げた。


「で、勝手に狼の国へ行った事で大説教を食らった。だから俺は疲れてる」


「それは大変でしたねぇ。マッサージもしましょうか?」


「頼む」


シャイアはごろんとうつ伏せに寝返りをうった。

少年は「失礼しますね」とシャイアの腰に跨って背中を揉み始めた。


「お。お前、なかなかうまいじゃないか」


「ほんとですか?よかったぁ」


シャイアは少年に一通りのマッサージとブラッシングをしてもらい、満足をして大きく伸びをした。本当に腕がいいと思う。


「随分長いこと揉んでもらって悪かったな。ちゃんと金は払うからな」


「いいえ!いいんです。見習いですし。それに、すごく綺麗な毛並で……本当はシャイア様に触りたくてうずうずしてたんです」


「俺の名前を知ってるのか?」


この少年と面識は無かったはずだが。


「あ、あの、師匠に連れられて宮殿に出入りする時に何度かお見かけして……貴方は目立つし、さっきも言ったように見事な毛並だったもので……」


少年は何故か頬を赤らめて俯いた。

確かにシャイアは目立つ存在だ。しなやかで美しい豹なので、黙ってじっとしていれば貴族に人気の美形役者のような外見をしていた。だが上のいう事は聞かないし、単独行動を好むし、がさつな男だった。


シャイアは「ふむ」と少し考えて「お前の名前は?」と聞いた。


「マオです」


少年は嬉しそうに答えた。その青い瞳は好きだな、とシャイアは思った。


「マオ。お前の腕が気に入った。またお願いしてもいいか?」


「えっ!ホントですか?でも僕、見習いで……あ!じゃあ、練習相手になってもらえますか?」


「いいぞ。ほんとに金はいらないのか?お前の腕なら全然金取れるのに」


「いいですいいです! シャイア様のお手入れをできるなら、もう、ほんとにお金なんて」


「様はいらない。シャイアでいい」


「シャ、シャイア」


マオは益々赤くなった。シャイアは面白い顔だなぁと思いながらマオの頭を撫でた。


「また頼む」

「……! はい! 僕、普段はガラ地区の美容院にします。ご自宅にも出張させていただきますので」


「そうか。俺も家の方が気が楽だしな。お前、この後ヒマか?」


「はい。もう師匠は帰られましたし、自由時間です」


「なら、うち来る? 礼に飯でもどうだ?」


「いいんですか! 行きたいです!」


テンション高く食い気味で答えたマオにシャイアは一瞬きょとんとしてから笑い出した。


「お前、面白いな。じゃあ、行くとするか」


シャイアは立ち上がり、大きく伸びをした。その無駄の一切ない、しなやかで美しい肢体をマオはうっとりと見上げた。ずっとずっと憧れていた存在と急接近して、夢でも見ているような気分だった。


「ついて来い」


シャイアは長い尾でマオの体をしゅるりと撫でてから歩き出した。

シャイアに見惚れていたマオは慌ててシャイアの後を追った。


シャイアはこの美容師見習いと深く長い付き合いになる。

そして数年後、筋骨隆々の立派な青年に成長したマオに愛を告白されるのだが……このときは夢にも思わなかったのだった。


end.



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