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卅と一夜の短篇 

近くて遠きは男女の仲(三十と一夜の短篇第21回)

作者: 惠美子

 二人きりで会うのはこれで三回目になる。合コンで初めて知り合ったのだが、浮ついたところがない女性だ。今までも、今晩も、二人は話が合うし、話が途切れても気まずさがないと感じた。一雄は自分のアパートで和子と朝を迎え、真剣に告げた。


「僕はこれからも君と付き合いたい。結婚を視野に入れて今後も付き合って欲しい」


 和子は大喜びで一雄に抱き付いた。


「嬉しいわ!」


 そうして和子は一雄のアパートと仕事先を行き来しながらの半同棲の生活が始まった。

 二本の歯ブラシ、二つのティーカップにご飯茶碗と並んでいくのが、一雄はくすぐったいような悦びを味わっていた。これが二人で暮らすこと、結婚生活の入口なのだ。

 和子は綺麗好き、まめに掃除するタチの女性だ。散らかっていた部屋が片付き、下着や靴下が洗濯され、畳まれていくのを、満足して眺めていた。勿論、和子だけに家事をやらせているのではない。自分だって風呂掃除をし、皿を洗った。しかし、和子の目には不充分に写るようで、後から手を加えられていると気付く回数が増えていった。

 夕食時、使われていた皿が変わったので、一雄は何気なく尋ねた。


「昨日まで使っていた皿はどうしたの?」

「捨てたわ」

「捨てた?」

「どうせ百円で売っている店で買ってきた安物じゃない。わたしは安物に料理を並べるのが嫌なのよ。この皿の方が丈夫で、趣味がいい柄でしょう」

「……」


 皿に料理を盛りつけたら柄も何も関係ないと思う自分の感覚が貧しいのかも知れないと、一雄は反論しなかった。

 一雄は生活の中で、あらゆる物が少しずつ入れ替わっていくのをもう喜んでいるだけではいられなくなった。下着、靴下は言うに及ばず、ネクタイやハンカチ、そして以前交際していた女性がプレゼントしてくれたTシャツまでなくなっている。


「引き出しにしまってあったTシャツを知らないかい?」

「あれってあなたが選んで買ったものじゃないでしょう。どう見たって女性が買ってきたような感じのシャツ。元カノのプレゼントを、わたしと付き合っているのにしまっておくなんて嫌なのよ。捨てちゃ駄目だった?」


 口元は笑い、口調は柔らかかったが、目付きに有無を言わさぬ迫力があって、何も言えなかった。


「いいや、いいよ」


 和子が住んでいるアパートを完全に引き払ったのではなく、和子が週末を含めて、週に何回か泊りに来るのだが、和子は既に一雄の部屋を完全に管理しはじめている。女性に衣食住の面倒を見てもらうのはこんなものなのだと、一雄は思うようにした。和子の選んだネクタイを締め、ゴミ袋に入っている変色したようなハンカチや切り刻まれたネクタイを見ながら、現実を受け入れるしかないのだ。

 しかし、或る日和子は一雄の趣味のミニカーのコレクションを捨てようとした。


「俺が好きで集めているのを知ってて、勝手にゴミ袋に入れるなよ!」

「こんななーんの役にも立たない場所塞ぎ、捨てれば部屋をもっと広く使えるわよ」


 何の役にも立たないの言葉に一雄はこれまで張りつめていた一本の糸が遂に切れた。


「俺の趣味は尊重してくれよ。それくらい認めてくれよ!」

「判らないわ。こんなの子どものオモチャじゃない!」

「なんだよ。女房ヅラして、母親みたいなことを言ってんじゃねぇよ!」

「あなたが子どものまんまだから言うのよ! 趣味も子どもっぽければ、家事も子どものお手伝い程度しかできないじゃない」

「俺の言うことが気に入らないなら、出ていけよ!」


 和子も大きな声で言い返してきた。


「判ったわよ、出ていくわ。もう二度と来ないし、あなたとはこれでおしまいよ!」

「ああ、判ったよ。お別れだ」


 和子は一雄のアパートに置いていた着替えなどの多少の私物を持って、出ていった。鍵は放り投げられた。

 それから和子と会わなくなったし、連絡もない。二、三日経って怒りに任せ、売り言葉に買い言葉になってしまったので、話し合いたいと電話やメールをしてみたが、着信拒否。そのほかのSNSもブロックされていた。

 私物は持ち去っても、彼の女が買いそろえた食器や一雄の服などは残っているのだから、気にならないのだろうか。いくらか取り戻す気はしないのか。これは復縁しようという物証ではないのか。

 一雄は会社の同期に二三四(ふみよ)に、残業の合間の休憩どきに、女性の気持ちはどんなものだろうと話をしてみた。二三四は話を聞いて驚いたようだったが、やがて言った。


「あなた、捨てられたのよ。彼の女は随分と潔いのね。一切合財、あなたごと断捨離されたのよ」

「え? だって、色々と俺にお金を使ったのに勿体ないって感じないのか」


 二三四は深い溜息を吐いた。


「勿体ないなんて感覚を飛び越えて、あなたの顔を見たくないくらい嫌いになったのよ。

 やり直す気があるなら、待ってないで彼の女に謝りに行きなさいよ」


 一雄はその時になって、和子のアパートに行ったこともなければ、勤務先を聞いたこともなかったのに気付いた。主導権は和子に握られっぱなしで、改めて今まで二人との間の出来事は、自分一人の恋着に過ぎなかったのかと愕然とした。

 自分の好みに従わないと判ると、女が簡単に見限る程度の男。


「一雄ちゃんが謝っても、ヨリを戻すのは無理だと思うけどねぇ」


 二三四の無情な一言が付け加えられた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 和子さんの整理の徹底ぶりは凄まじいですね。最終的に関係までやっちゃいましたが……。 ただ一雄さん、元々部屋を散らかしていたようなので、コレクションを整理されても仕方ないほど雑な仕舞い方だっ…
[一言] 二三四さんが大変にカッコ良かったです。彼女はなんでもお見通しなのだなあ。会社にこんな素敵な女性がいるのにい、一雄さんはなんで合コンに行ってしまったのか。(あ、二三四さん既婚者かな) 和子さん…
[一言] あー、この二人の場合、どうしたら上手く付き合うことが出来たのかなぁ。うむむむ……。って真剣に考えちゃうほど話がリアルでおもしろかったです。しかも二三四さんのアドバイスの的確さ。うんうん、一雄…
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