第一章 テイルとエレナと二人の正体 第3話 葬儀
「さて、一段落しましたし」
テイルはそう言ってエレナの方を振り向くと、
「お墓作りましょうか」
と声を掛けた。
それにエレナは、
「え…?それはいいんですけど…テイルさん疲れてるんじゃ…?」
と返答しテイルの体を気遣った。
それにテイルは、
「あっはっは。あの程度で疲れるほどやわな体力してませんよ」
と返した。
その言葉は間違いないようで、テイルは汗をかいていないし息もあがっていない。
テイルのその様子を見てエレナは少し圧倒されながら、
「そ、そうですか…。じゃあ始めましょうか」
とテイルの意見に同意してお墓作りを始めることにした。
ただそうしようとしたところでふとあることに気付いた。
それをテイルに尋ねた。
「あの、テイルさん?お墓作るのはいいんですけど、村の皆の分私達2人だけで作るんですか…?すっごい時間かかりますよ…?」
エレナのその心配にテイルは、
「大丈夫ですよ。手伝いたいと言ってくれそうな人が大勢いますから」
と発言。
しかもテイルはアーランド軍全員に聞こえるようにわざと大声でそう言った。
思わぬ形で話を振られることになったアーランド軍一同はそれぞれ顔を見合わせた。
そして明らかに不機嫌な表情でテリーが、
「我々に手伝えと言っているのか…?」
と言ってテイルに詰め寄った。
そんなテリーにテイルは、
「手伝えとは言ってません。手伝いたいと言ってくれそうな人が大勢いる、そう言っただけです」
と言った。
テイルのその言葉にテリーは、
「同じことだろうが!」
と苛立ちながら返した。
苛立つテリーとは対称的にテイルはにこやかに穏やかに、
「全然違いますよ。手伝え、と言うのは私達から皆さんに手伝ってほしい、と頼むことです。手伝いたい、と言うのは皆さん方から私達に手伝わせてほしい、と頼むことです。全く逆の意味になりますよ」
と説明した。
この説明を黙って聞いていたテリーだったがテイルの説明が終わる頃にはイライラがピークに達していた。
「ふざけるな!もういい、全員帰るぞ!」
イライラのピークだったテリーは怒りに任せてそう叫んだ。
その場にいた誰もが、
「これは終わった」
と思っていた。
だがテイルだけはそう思っておらず、帰ろうとするテリーにさらに声を掛けた。
「そうですか、帰っちゃうんですか、そうですか…」
こう言ったテイルはさらに続けた。
この時、テイルの雰囲気がこれまでと違っていたがその事に気付いた者はいなかった。
その雰囲気は獲物に襲い掛かる時の肉食獣によく似ていた。
「両親を殺され、友人知人を殺され、家を焼き払われ、行く場所が無くなった少女が目の前にいるのに、その少女を完全無視してお帰りになろうとなさるとは…。現アーランド国王はいかなる状況でも決して民を見捨てず、優しく手を差し伸べる仁君だと各国にその名が知れ渡る大人物と言われていますが、後継ぎのテリー・アーランド王太子殿下がこのような無慈悲な行いをなさるとは…。これでは将来殿下が国王に即位された後の民にも無慈悲な行いをなさるのではないかと不安になってしまいます」
帰ろうとしたところに、ちぎれるぐらいに耳が痛いことをフルコースで浴びせられたテリーは思わず立ち止まってしまっていた。
そしてテイルの容赦ない口撃はさらに続いた。
「あ、そうだエレナさん、行く場所がないなら私と一緒に行きませんか?アーランド王国の次は隣国のグライドニング王国に行く予定なんですけど…」
ここでテイルはエレナに話を振った。
すでに行動を共にすることは決まっており改めて確認することの意味がわからず不思議に思う気持ちが半分、テイルの口撃に圧倒される気持ちが半分の心境でエレナは、
「あ…、はい…、いいですけど…」
と答えた。
エレナのその答えを受けてテイルは、
「よし、じゃあとりあえず一番最初に着いた町の一番人通りの多い道で三日三晩泣いてやりましょう!テリー殿下にどんなひどい仕打ちをされたか叫びながら!」
確認作業が単なる確認ではなく次の口撃の準備だったとわかったエレナはさらに圧倒されていた。
そしてテリーの方はテイルが今言ったことを本当にやりそうだという思いと、今言ったこと以上のこともやりそうだという思いから遂に、
「わかった、もういい!手伝うからもう止めろ!」
と叫んでしまっていた。
テリーのその叫びを聞いたテイルはエレナに、
「やりましたねエレナさん!手伝うって言ってくれましたよ!」
と声を掛けた。
この時エレナを含めた周りの全員が、
「言ったんじゃなくてあなたが言わせたんだろ…」
と思ったが誰一人口には出さなかった。
そしてテイルがテリーに、
「当然全員で手伝って下さるんですよね?」
と確認した。
それに対して、
「え…、全員…?」
とテリーが口にした瞬間、
「エレナさん、やっぱり三日三晩…」
とテイルがエレナの方を向きながら話した。
その瞬間今度はテリーが、
「わかった!全員で手伝うから止めてくれ!」
と叫んだ。
この時アーランド軍一同はテイルに主導権を握られたと悟ったのであった。
こうしてテイルが主導する形でアーカス村民の(簡易的な)葬儀が始まった。
どのような葬儀にするか、エレナとの話し合いの結果村民全員を土葬とし、それぞれの場所に木製の十字架を立てることに決まった。
簡単に土葬と言ったがはっきりそれとわかる遺体だけでも千数百体近くあると思われ、土葬の為の穴掘りだけで二、三日掛かるのではないかと思われたが、そこはテイルが土属性魔法を発動、あっという間に穴掘りを終わらせてしまっていた。
さらに墓に立てる十字架も、というより材料となる木材も村の奥の森林の木をテイルが今度は風属性魔法で次々に切り出したためアーランド軍の仕事はテイルが切り出した木材を運び出し、十字架に組み上げるだけだった。
これを見ていたアーランド軍一同は口々に、
「最初の話しの感じからだと九割手伝わされるんじゃないかと思ってたけど、あの子が八割位一人でやってるよな…」
「本当に手伝いになってるな…」
「というかあの子どんだけ元気なんだよ…」
など様々な感想が出ていた。
またテイルの指示で木材の運び出しと組み上げを担当している者達以外は、遺体の埋葬作業をしていた。
その最中に埋葬をしている者の中から、
「これ…埋葬はしてるけど誰が祈りを捧げるんだ…?」
という疑問が出た。
「え?」
「だってここ今神父も牧師も居ないだろ…?」
「あぁ…そういえばそうだよな…」
「どうするんだろう…?」
困ったアーランド兵達はテイルにどうするのか聞きに行った。
「え?祈りを捧げる人をどうするか、ですか?」
「ええ。ここには神父も牧師もいないですから…」
アーランド兵の疑問にテイルは、
「それなら大丈夫ですよ。エレナさんがいますから」
と答えた。
テイルのこの発言に指名された形になったエレナは、
「え…?私ですか…?」
と、戸惑いながら答えた。
そのエレナにテイルは、
「エレナさんは法術が使えますよね?ということは法術師養成学校に通ってましたよね?」
と問いかけた。
この世界では基本的に魔術師を目指す者は魔術師養成学校に、法術師を目指す者は法術師養成学校に通い学ぶのが通常の流れになっている。
一部例外として学校には通わず独学で学んだ、という者もいるがそれはいわゆる天才と呼ばれる者達であった。
テイルはその事をよく知っており、だからエレナにそう問いかけたのだった。
その問いにエレナは、
「ええ、通ってましたけど…」と答えた。
その答えを聞いたテイルは、
「法術師養成学校には神父や牧師等、僧侶の仕事全般を学ぶ…これが必修科目になっていましたよね?」とさらに問いかけた。
エレナはそれに、
「ええ…そうですけど…」
と答えた。
それを聞いたテイルはさらに、
「僧侶の仕事全般ということは葬儀に関してのことも学んでいますよね?」とエレナに確認をとった。
テイルのその確認にエレナは、
「それは…学びましたけど…」
と返答した。
それを受けたテイルは改めて、
「だったらやはりエレナさんに頼むのが一番ですよ」
と改めて提案した。
これにエレナは、
「そんな!無理ですよ!学校で習っただけで実際にやったことは一度もないんですから…」
と言って断ろうとした。
そんなエレナにテイルは、
「誰だって初めてはありますよ?その大切な最初の葬儀をエレナさんが大切に思っていた村の皆さんの葬儀にするのが一番良いと私は思うんですけどね」
と言って説得を始めた。
このテイルの説得にエレナは、
「それは…でも…」
と言って躊躇った。
エレナのこの態度にテイルはさらに説得を続けた。
「それにこの村の皆さんを一番大切に思っているのは同じくこの村の住人であるエレナさんでしょう?そのエレナさんが断るとなると誰か別の人に頼まなくてはいけなくなります。エレナさんはこの大役を誰か別の人に任せていいんですか?まあエレナさんがそれでいいなら私は何も言いませんけど…」
テイルはそう言って説得を続けた。
テイルのこの言葉でエレナは、
「…!……わかりました。私やります。村の皆の為に、精一杯祈ります!」
テイルの説得にエレナはそう言って決心した。
決心したエレナの行動は早かった。
埋葬の終わったお墓から順に一心に祈りを捧げ始めた。
テイル達の方は十字架を作り終わり遺体の埋葬を急いでいた。
そして埋葬が始まって数時間後、遂に全ての遺体の埋葬を終わらせた。
埋葬が終わったアーランド軍一同はエレナが祈りを捧げているのを神妙な面持ちで眺めていた。
すると突然テイルが空中に向かって炎属性の中級魔法フレアバスターを使用、轟音と共に巨大な火球が空に向かって飛んでいった。
突然のことに驚くアーランド軍をよそにテイルは二度、三度とフレアバスターを唱え次々に空中に向けて撃っていった。
テイルのこの行動がわからなかったテリーはテイルに、
「何でこんなことをするんだ!?敵か?敵襲か!?」
と尋ねた。
その問いかけにテイルはフレアバスターを撃ち続けながら、
「いえ、違いますよ」
と答えた。
テイルの返答でさらに混乱したテリーは、
「じゃあ何で何も無い所に魔法を撃つ!?」
テリーの再度の問いにテイルは、
「ここには大砲がありませんからね」
と答えた。
テリーは思わず、
「は?」
と聞き返した。
テイルは先ほどの発言に、
「ですからこれで“弔砲”の代わりにしようと思いまして」
と続けた。
「ちょ、弔砲!?」
テイルの言葉にテリーだけでなくアーランド軍全員が驚いた。
弔砲は基本的に国家元首、またはそれに極めて近い者、それも歴史に残るような大人物にしか行われておらず、一介の村人達に行われるのは前代未聞のことであった。
テリーは思わず、
「なぜ、ただの村人達に弔砲など?明らかに不釣り合いだろう?」
とテイルに聞いていた。
テリーの疑問にテイルは、
「せめてもの罪滅ぼし、ですかね?」
と答えた。
それにテリーは、
「罪滅ぼし?」
と聞き返した。
それにテイルは、
「ええ。私の到着が早かったら助かったはずの人達がいたでしょうから。ですからこれでせめてもの罪滅ぼしです」
と答えて再びフレアバスターを撃ち始めた。
普通なら『お前一人がいたところで結果に大差は出なかっただろ?』と言われるようなテイルの言葉だったが、実際に目の前でテイルの驚異的な戦闘力を見たアーランド軍一同にその事を言うものは一人もいなかった。
むしろ全員が(そう、でしょうね…)と思っていた。
一方で祈りを捧げながらテイルの言葉を聞いていたエレナはお祈りを中断し、墓で眠る村人達に優しく語りかけた。
「皆さん、この音が聞こえますか…?この音を聞けばどんな悪魔も逃げて行くでしょう…。どうか安らかに天国への旅を…」
そう言い終えると再び祈りを捧げ始めた。
…結局テイルの弔砲はエレナの祈りが終わるまで続けられたのだった。