第一章 テイルとエレナと二人の正体 第2話 撃滅
アーランド王国王太子テリー・アーランド始めアーランド王国全軍は、まだ目の前の光景を信じられない、といった様子で眺めていた。
突然現れ敵討ちをすると言い、魔導機兵一体を秒殺した少女はその勢いのまま魔導機兵五体を瞬く間に撃破、圧倒的な戦闘力を見せつけていたからである。
「おい、なんだあれは…?」
「三倍近い兵数差の俺達が一体も倒せなかったのに、あの娘はたった一人で六体倒してしまってる……」
「あの娘が桁外れに強いってのか…?」
「それにしたって限度があるだろ」
など様々な声がアーランド軍兵士から上がっていた。その中でテリーは側近の一人カンティス・サージェンに声をかけた。
「カンティス殿、今何が起きているのかわかるか…?」
「い、いえ…」
「あの少女の魔力係数は5000だったな?」
「ええ…」
「魔力係数5000の人間にこんなことが出来るものなのか…?」
「有り得ません。5000といったら一般兵と同じレベルです。あれは一般兵に出来る芸当ではありません」
「そのはずだな…。我々人間の魔力係数は部隊長クラスで5万、その国で最強と呼ばれる戦士でも10万程度…だったな?」
「ええ。それに対し魔族は最下級魔族が5000程度、下級魔族が5000〜1万、中級魔族が1万〜10万、上級魔族が10万〜100万、最上級魔族が100万〜700万、それ以上の魔族は全て魔王級魔族…と階級分けされています。それとこれはこちらにも言えることですが魔導機兵に搭乗していれば魔力係数は10倍になりますから最低でも5万ということになります」
「ああ…。そして問題なのは魔力係数5000の人間が魔力係数5万の相手を倒していることなんだがな…」
「…ええ」
「一体何がどうなっているんだ…?」
一方、攻撃をされている魔王軍もほぼ同じことを考えていた。
「魔力係数がたった5000の人間になぜこうも一方的にやられる…!?」
「我々は何を相手にしているんだ…?」
「本隊に救援要請をした方が良いのでは…?」
「馬鹿者!!たった一人の小娘相手に救援要請などできるか!!」
「ですが…」
そうやって魔王軍が揉めている間にテイルはさらに四体を撃破、合計十体、攻めこんできていた魔王軍の総数は二十四体、既に半数近くを撃破していた。
「くそ…。化け物め…。食らえ!アイシクルスピア!」
魔王軍兵士が魔法を唱えると無数の小さな氷の槍がテイル目掛けて飛んでいった。
しかしテイルは慌てることなく全てを避けると、
「そちらが魔法で来るならこちらも魔法を使いますか。行きます!ボルトバレット!」
テイルが魔法を唱えると今度は小さな雷の球が10個、魔王軍の魔導機兵目掛けて飛んでいった。
だがそのスピードは先程のアイシクルスピアとは比べ物にならないほど速かった。
目標にされた十体は誰一人避けることが出来ず全弾直撃、全員一撃で感電死していた。
「これで20…。残りは4…か」
テイルはそう言うと残りの四体に目を向けた。
「ひ、ひっ」
テイルの目線を受けた魔王軍兵士は短く叫ぶとなんとか状況を打開するため辺りを見渡した。
そしてあるものに目が止まった。
エレナである。
魔王軍兵士はエレナを捕まえようと動き出した。
そのことに気付いたエレナも急いで逃げようとしたが相手が18メートルもある巨大兵器では逃げられるはずもなく、あっさり捕まってしまった。
「へっへっへっ…。形勢逆転だなぁ?この女殺されたくなかったら降伏しろ。断るって言うならぺちゃんこだ。さあ、さっさと降伏するんだな?」
それを見ていたアーランド軍から、
「なんて卑怯な!」
「人質を離せ!」
「正々堂々と勝負しろ!」
等様々な声が上がった。
しかし魔王軍兵士は、
「外野はスッこんでろぉ!!この女殺されてぇかぁ!!」
と叫び一瞬で黙らせていた。
そしてテイルに、
「さあ降伏しやがれ。それともぺちゃんこがいいか?」
と、決断を迫った。
だがテイルはそれに対し、
「今すぐエレナさんを解放して下さい。全滅させる気でいましたが言うことを聞けばあなただけは見逃してあげます」
と言った。
その返事を聞いた魔王軍兵士は、
「…てめえ今脅迫されてんのがどっちかわかってねぇみてぇだな?今脅迫されてんのはてめえだよ!!じゃあもういい!ぺちゃんこになりな!!」
と言ってエレナを握り潰そうとした次の瞬間、今まで飛び掛かっていた以上のスピードでテイルが魔導機兵のエレナを掴んでいる方の腕、右腕に飛び掛かり一撃で両断、そのまま空中で方向を変え、エレナを掴んだまま落下する右腕より速く地面に降りた。
そして落ちてきた右腕ごとエレナを受け止めると地面に降ろし、魔導機兵の手を破壊、エレナを無事助け出した。
「大丈夫ですか?エレナさん。どこも怪我はありませんか?」
「あ…はい…。大丈夫です…。ありがとうございます…」
助け出されたエレナは握り潰されかけたためダメージが無い、とは言えなかったがそれでも掴まれていた見た目よりは元気そうだった。
一方人質作戦があっさり失敗に終わった魔王軍兵士は、
「あ…う…、ひ、ひいぃー!!」
と叫んで逃げようとした。
しかしテイルが、
「解放すれば見逃す、そう言いましたが、それを無視したあなたを逃がすつもりはありません」
そう言うと、
「行くわよ、シェイドアロー!」
そう魔法を唱えると漆黒の魔法矢が出現、逃げ出した魔王軍兵士を急追すると魔導機兵の操縦席部分を貫通、これも一撃で撃破した。
「これで21。残りは3…と」
テイルはそう言って残りの三体に近付いていった。
近付いてくるテイルに怯えながら魔王軍兵士は部隊長に話し掛けた。
「あ、あの、隊長…。将軍から預かった封魔縛鎖…。あれならあの化け物もなんとか出来るのでは…?」
「それはわかっているが…。うまく引っ掛かってくれると思うか…?」
「う…」
「だがこれしか打つ手がないのも事実か…。仕方がない。食らえ化け物!三式封魔縛鎖起動!」
そう言った次の瞬間、光の鎖が現れテイルの体を縛り上げた。
「や、やったか…?」
効果が発動し身動きを封じられる形になったテイルを見て淡い期待を持った魔王軍。
しかしその期待はすぐに無くなることになる。
テイルが、
「はっ!」
と言う声と共に気合いを入れた瞬間、テイルの体を縛っていた光の鎖があっさり消し飛んだからである。
「あ、あぁ…」
最後の希望が潰えた魔王軍兵士達は絶望的な表情を浮かべた。
そんな彼らにテイルは、
「封魔縛鎖なら…こんなのはどうです?」
そう言ってテイルは、
「いきます、五式封魔縛鎖起動!」
次の瞬間、テイルを縛り上げた時以上の光の鎖が魔王軍兵士一人の体を魔導機兵ごと縛り上げた。
「五、五式!?」
封魔縛鎖は捕縛可能な魔力係数によりランクが上がっていく。
五式となれば最上級魔族も捕縛出来る強度を持っており兵士レベルでどうこう出来るものではなかった。
「ぐっ…、ぐあぁ…!」
捕縛された兵士が呻き声をあげるなかテイルは、
「終わりです。フレイムショット!」
そう唱えた直後人間の頭程度の大きさの火の玉が出現、封魔縛鎖で身動きがとれなくなっている魔王軍兵士に向かい飛んでいった。
当然避けられるはずもなく直撃、一撃で爆発炎上していた。
「くっそ…。何なんだ…。なぜ魔力係数5000の小娘に、手も足も出ず一方的にやられるんだ!?」
魔王軍兵士長のこの声を受けてテイルが、
「じゃあ何が起こっているのか教えてあげましょう」
テイルはそう言って、
「はぁっ!」
と叫び気合いを入れた。
次の瞬間魔王軍兵士とアーランド軍から驚愕の声が上がった。
「な、何だこの魔力係数は!?」
テイルが気合いを入れた瞬間、5000だった魔力係数が一気に200倍の100万にまで大幅に上昇、それが全員の魔導機兵のモニターに表示されたのである。
「ひゃ、100万だと!?何かの間違いだ!」
「この計測器壊れてるんじゃないか!?」
「有り得ません!もしそうなら全員の計測器が故障していることになります!」
「だが100万など…」
「ええ…。おそらく彼女は上級…、いえ、最上級魔族の一角だと思われます」
「最上級だと…!?」
「ですがこれで納得出来ました。彼女が最上級魔族ならこの一方的な展開も当然のことですから」
「まあ確かに…。最下級や下級魔族が最上級魔族に挑むなどただの自殺行為だからな…」
「ええ」
魔王軍側の認識も同じようなものだった。
ただし命を狙われている分絶望的な未来しか考えられなくなっていたが。
そしてテイルが話し掛けた。
「どうですか?わかりましたか?何が起こっているのか…。つまり普段は5000の魔力で動き、接触する瞬間、その一瞬だけ100万まで引き上げていた…。ただそれだけのことです」
テイルはあっさりそう言ったがそれは恐ろしく難しいことだった。
ただ、この場にいた者にそのことを理解出来る者はいなかったが。
「あとちなみに常に100万で動かなかった理由は魔力察知能力に優れた相手に気付かれないようにするためです。気付かれたら困る理由がいくつかあるので」
「困る理由…?」
「ええ。色々とあるので説明はここで終わりにしますけど」
そう言って説明を終わらせたテイルは、
「では敵討ちの続きを始めましょうか。残り、2人…と」
と言って残りの2人に近付いていった。
「くっそー!ちくしょー!こうなりゃヤケだ!!くたばれ化け物!!」
残りの兵士の1人がそう叫びながらテイルに突っ込んできた。
テイルは突っ込んでくる相手を見ながら、
「ゲート、発動!」
と言った。
するとテイルの両隣に黒い空間の割れ目が現れた。
それを見たテリーは、
「何だあれは…?ゲートと言っていたが…」
と、カンティスに説明を求めた。
「ゲートというのは確か空間転移魔法だったはずです。膨大な魔力を消費しますから使い手は限られるはずですが…」
「あの少女はそれをあっさり使えるのか…?」
「そのようですね…」
テリーとカンティスの話し合いをよそにテイルは発動させたゲートに両手を入れた。
そしてすぐに、
「ゲート解除」
と言った。
次の瞬間にはゲートと呼ばれた黒い空間の割れ目は消えていた。
そしてテイルの両手にはそれぞれ剣が握られていた。
左右の手で形状が違い、左手には反り身で片刃の剣…地球で言う日本刀が、右手には真っ直ぐで両刃の剣…いわゆる西洋の騎士剣が握られていた。
またその持ち方も独特であった。
左手は順手、普通に持っていたのに対し、右手は逆手に持っていた。
「うおぉぉー!!くたばれ化け物ぉ!!」
テイルが武装したことにも構わず魔導機兵は突っ込んできていた。
そしてテイルに向けて拳を降り下ろした。
しかし降り下ろされる側のテイル避けるどころか微動だにしない。
そしてその場にいた誰もが、
「直撃する」
そう思った次の瞬間それは起こった。
直撃する瞬間テイルが一言、
「奥義……無影殺!」
そう言った瞬間、テイルの姿は消えていた。
そして拳を降り下ろした魔導機兵の操縦席付近から、
「ドガァン!!」
という音がした。
魔王軍兵士が音のした方を振り向くと装甲が完全に抉り取られていた。
そしてその外には左手の刀を振りかぶったテイルがいた。
テイルはそのまま刀を降り下ろし魔王軍兵士を真っ二つに切って捨てた。
わずか数秒の出来事だったため何が起きたのか理解出来たものはいなかった。
理解出来なかった理由はテイルが使った「奥義・無影殺」にあった。
その技の効果は名前にもあるように影すらも映さない程の速度で対戦相手に急速接近、すれ違い様に一撃を加え、相手の背後に回ってもう一撃加える、というテイルの使う流派の中で最速を誇る技だったからである。
こうして遂に村を襲った魔王軍は残り1人となった。
「さて、これで最後の1人…。覚悟は出来てますね?」
テイルはそう言って最後の1人を見つめた。
「くぅぅ……。この化け物が!お前はいったい何者だ!?」
魔王軍兵士長の問いかけにテイルは少し考え、
「その質問に答える前に私の質問に答えてもらっていいですか?」
と問いかけた。
「質問…?何だ?」
「あなた魔王軍の兵士になって何年になります?」
「…は?……今年で、5年になるな…」
「5年ですか、そうですか…。それで私のことを知らない、と?」
「はぁ?お前みたいな小娘のことなど知るか!」
「時が経つのは早いですね…。この銀の髪もすっかり忘れ去られてしまいましたか…」
「…?………………」
テイルの言葉に何かを感じた魔王軍兵士長は少しの間自分の記憶をたどり始めた。
そして、
「………!!!!あ、あぁぁ……!」
「…思い出しました?」
兵士長の様子をみてテイルが問いかけた。
「テ、テ、テ、テ、テ、テ、テ、テ、テイル、テイィーー!!!!」
自身の記憶からたどり着いた1つの可能性。
それの可能性に気付いた魔王軍兵士長は恐怖と共に絶叫した。
「思い出しましたみたいですね。まあ、時すでに遅し、ですが」
「あ、う、ひ、ひぃ…」
「…終わりです」
そう言ってテイルはゲートを発動、持っていた剣をゲートの中に入れるとゲートを解除した。
そして両手をそれぞれ上下に掲げると円を描き胸の前で止め力を集約した。
そしてその形のまま右の腰付近に移動させ更に力を集約させると、
「必・殺!対……消滅波!!」
そう言うと同時に最後の1人に両手を向けた。
するとそれまで集約していた力が一気に解放、強力なエネルギー波となって魔導機兵の操縦席に直撃、貫通しその部分には大穴が空いていた。
「これで全部。エレナさん、これで良かったですか?」
魔王軍を全滅させたテイルがエレナに話し掛けた。
「…はい。ありがとうございます。村のみんなもこれで思い残すことはないと思います」
「そうですか。なら良かったです」
2人が笑顔で話しているなかテリーは自身の乗る魔導機兵の魔力係数の計測器を見つめていた。
それに気付いたカンティスがテリーに話し掛けた。
「殿下?どうなさいました?」
「ん?あ、いや、多分見間違いだろう…」
「…?はぁ…、なんでもないならいいのですが…」
「ああ、すまんな」
テリーが見間違いと言った物…それは彼の魔導機兵の計測器に一瞬表示された「1000万」という数値であった…。