この過酷溢れる世界に救いを…
(……くそ、つまんねえ)
俺、結城 綾兎は教室内の机に突っ伏して、寝たフリをしていた。耳にはカナル型イヤホンをつけ、周りの雑音等は完全に遮断している。俺に関係のない、聞く意味のない会話が繰り広げられているのだ、そんなのは遮断するに限る。顔を少し上げて目の前を見てみろ、金髪のチャラチャラした奴が身体全身を使って、盛大に爆笑リアクションをとっている姿が目に入る。頭にスポンジでも詰まってそうだ。まあ、知識を吸収しないこいつの頭より、スポンジの方がマシか。ごめんね、スポンジ。
ほら、右を見てみろ、なんだよあの短いスカートは……。丸太のような臀部をさらけ出して、別の意味で目に毒だ。ネイルアートって言うのか? あの爪でどうやってシャーペン持ってんだよ、こいつの頭もスポンジ以下か。
ほんと、笑いを堪えるのが大変だ。
俺が必死に笑いを頑張って堪えていると、大根が金髪チャラ男と合流する。
なにやら大根が俺に指差しながら、チャラ男に何か言っている。
まあ、どうせ、くだらない内容だろう。関わりたくもないから、俺は二人から視線を逸らし、再び机に突っ伏した。
その時、何か引っかかったらしく、イヤホンが耳から外れてしまった。
聞きたくもない雑音が、耳に入ってくる。
「……ねえねえダーリン、陰キャがうちの太もも見てくるんですけどー、マジさいあくーッ!」
は? 委員長の太ももならまだしも、誰がお前の大根なんか見るかよ。
「おいおいおいオーイ、なーに俺のマイハニーのことエロい目で見てんだよ、ああ?」
ははは、被害妄想もほどほどにしろよ。
「オイオイオイオーイ、なーんか言ってくれね⁈ ってか、マイハニーの太もも見た慰謝料払ってくほしいんだけどー」
おいおいおいおーい、慰謝料の意味知らないとか、さすが劣化スポンジ君だ。というか、むしろ俺に払ってほしいぐらいだ。お前のとこの大根のせいで、目が汚れた。それより、こいつらどうする?
救いようのないこの馬鹿共に、果たして俺の日本語が通じるのか?
赤ちゃん言葉で意思疎通を図ればいける?
頭大丈夫でちゅかー? よし、これでいこう。
そう思って口を開きかけた時だった。
「ちょっとそこ! 教室でのいさかいはこの私、加賀 美咲の目が黒いうちは許さないわよッ!」
凛としたハリのある声、強気な口調、腕を組んで持ち上げられた胸はやけに強調されている。救いの女神、このクラス委員長のお出ましだ。いつも見てもその姿は、この腐った世界に舞い降りた天使の如く美しい。
「おいおいおいおーい、委員長ちゃーん。そんな怖い顔しないでってー。ほんのジョークだよジョーク、アメリカンジョークって言うの? そんな感じだってー」
「さすがダーリン、アメリカンジョークを使いこなしてるぅーッ! アメリカ大統領も夢じゃないよー!」
「え? それマジ? マジッスか? ハニー為なら、大統領にでもなっちゃいます⁈ ウェーーーイ!」
……おいおいおいおーい、お前が大統領になったらアメリカ崩壊まっしぐらだろ。まあこいつらも、まさか本気で言っているわけではないだろう。
それはさておいて、委員長のおかげでなんとか穏便に窮地を脱することができた、もうこんな面倒臭いことは嫌だから早々に机に突っ伏して、周りとの関わり合いを絶とう。
しかし、俺が顔を伏せようとすると、すかさず委員長の両手が俺の顔を挟み込んで顔をを下げさせてくれない。仕方なく視線を前に向けると驚いたことに、委員長の顔が間近にあった。委員長の凛とした瞳が俺の顔を真っ直ぐ見つめてきて、俺は思わず視線を下げてしまった。
その際、委員長の学校指定のワイシャツの隙間から、チラッとピンク色の下着が見える。
…………俺はなにも悪くない。無実だ。不可抗力だ。
「……はぁ、そんなつまらなそうな顔してると、何もかもつまらなく思えちゃうんだから、もっと楽しそうな顔しないとダメだよ。ほら、そんな腐った目じゃ、なにも見えないよ!」
ぐいっと、委員長は無理やり俺の口角を親指で押し上げる。
「…………俺の目が腐ってるんじゃない、俺の目に映るこの世界が腐ってるから、そう見えるだけだ」
「でも、今君の目に映ってるのは私でしょ? ……私、腐ってる?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「なら、大丈夫だよ! そこで否定ができるなら、まだ君の目は腐ってないって証拠だよ! なははははははは!」
言いながら、委員長はバンバン俺の背中を平手で叩いてくる。
割と痛いから、やめていただきたい。
しかし、平手の嵐は過ぎ去ってくれない。むしろリズムに乗ってきて、太鼓の達人ばりに両手で叩きまくってくる。「フルコンボだどん!」と委員長。
本当に太鼓の達人気分だったのかよ。
「……委員長、や」
仕方なく声を発しようとしたのだが、「席に着けーーっ!」と担任教師が入ってきた為に途中で言葉を切った。
俺の言いかけた言葉に、委員長は何事かという視線を送ってきたが、担任教師の登場と同時に平手の嵐は止んでいたから、「なんでもない」と素っ気なく返すだけにした。
担任教師はクラス全員が席に着あことを確認すると、出席番号順に点呼を始める。俺が呼ばれるのは、一番最後だ。
担任教師が点呼をとっている間、俺は委員長の言葉を頭の中に浮かべていた。心にグッときたからではない、むしろ委員長の言葉に俺が納得がいかなかったからだ。
『つまらない顔だから、何もかもつまらなく思える』
と、委員長は俺に言ったがそうじゃないだろ。何もかもつまらないから、つまらない顔になるのであって、順番が違う。
「ほんと、つまらねえな」
この日常が。
この腐った世界が。
「おい結城、返事をしろー!」
思考をぶった切ったきたのは、担任の声だった。いつの間にか俺の番が来ていたようで、返事をしない俺に担任教師は不思議な顔をしていた。くすくすと笑い声が右から聞こえてくるから視線を向けてみれば、大根が顔面を崩壊させて笑っていた。
いや、笑わずとも大根の顔面は崩壊してるか。
ただ、馬鹿の相手をする時間ではないから大根から視線を外し、とりあえず担任に軽く謝罪してから点呼の返事をしよう思って、
「すいませ」
「おい結城! お、お前……」
俺の謝罪から始まる言葉が、担任教師の興奮した声に遮られてしまった。そんな興奮した声をあげてどうした、教卓上から覗ける女子高生の下着にでも興奮してるのか、と思っていると担任教師の顔が驚愕の色に染まっていくのが見てわかる。これはパンツ関係ないな。恐る恐るといった感じで、担任教師は口を開く。
「結城、お前……。なんか体が光ってるぞ⁈」
「………………へあ?」
思わず変な声が出てしまった。
「うっはははは! うっそーー! 陰キャが光ってる⁉︎ マジウケるんですけどーーっ! やーばーすーぎーぃっ!」
うるせえぞ大根。ただ、大根だけでなくクラスの連中も一様に俺に視線を投げかけているあたり、事実として俺は光っているのだろう。
俺自体に自覚はないが……。
その時。
「……え? ダーリンも光ってるよ⁉︎ ダーリン、まじシャイニングってるんですけどー! うっそ、なにこれ⁉︎」
「おいおいおいおーい、マイハニーの方こそ、シャイニングってる感じなんすけど! なにこれ、マジやばめ?」
向けたくもないが、視線を向けると馬鹿コンビは本当に光っていた。それだけではない、次々にクラスの連中が眩い光を放っていく。その光は次第に強さを増していき、教室全体が白い光に包まれた。
目を開けていられず、俺は思わず目を瞑る。
クラスの連中も俺と同じ状態のようで、あっちからこっちから悲鳴、驚き、泣き声が飛び交い、酷くうるさい。
「……怖いよダーリン!」
「大丈夫、俺が君を守るよマイハニー!」
「ダーリンまじ大好きーーっ!」
…………雑音が、酷い。
俺は目を瞑りながら手探りでイヤホンを探し出し、耳に装着する。
が、このざわつきようでは雑音の遮断としての効果は薄かった。
そうこうしている間にやがて光は輝きを落ち着かせていき、騒ぎ疲れたのかクラスの連中の声が小さくなり始めた頃、パッと光が消え失せ、ようやく目を開けることができた。
「…………ここは?」
真っ先に目に飛び込んできたのは、見知らぬ場所。
どこかの宮殿を彷彿とさせるような、豪勢な装飾があちらこちらに施されていて、俺みたいな庶民は思わず萎縮してしまいそうになる、どこか見知らぬ場所の室内のようだった。
「今日はお集まりいただきありがとうございます。私、ここアルティミシア王国の一番姫、エリカ・ロウランと申します。本日お集まりいただいたのは、他でもない……」
声のした方を振り向くと、現実味のない美貌の美女がいた。
「……みなさんに、この過酷溢れる国を救って頂きたいのです!」
はは、なんだよ神様。あんたけっこう粋な計らいするじゃん。
どうやら今日、俺の為に、世界が変わってくれたようだ。