18 嵐の前
バレンタインデーはなぜ、受験の最中なのだろう。
典子は台所で堂々とチョコレートを作っていた。今年も2つ、弘志と良貴の分。隠れて作るのはバカバカしいとクリスマスで悟ったので、むしろわざとらしいくらい堂々としていた。
弘志は食卓の椅子に座ってそれを眺めていた。
「…おまえ、執念深いな~」
「なんで?」
「卒業しても、其田に作るか~」
「作るよ~。他にあげる人もいないしね~」
おや、と弘志は思った。
「…いないんだ、他に」
「他に? いないよ。いてほしい?」
弘志はクリスマスのことを思い出し、自分の考えすぎだったのかなと思った。ケーキを隠れて作っていただけだ。他に根拠はない。
(でもな~、其田も彼女いるわけだし。トシウエの…って、典子、年上じゃん)
唐突にそのことに気がついた。だが、
(でも、つきあってたら、いくらなんでもわかるだろ~)
と、弘志は呑気に否定した。それでも、やっと思い至ったその可能性は、弘志の心にちょっとだけひっかかったままになった。
バレンタインデー、美恵子は弘志に、典子は良貴に、極めて順当にプレゼントした。良貴は典子にありがとうのキスを、弘志は美恵子に「今年も俺だけか」の言葉を贈った。典子は喜んだし、美恵子は怒ってむくれた。いつものとおりだった。
ひととおり受験が終わった頃を見計らって、弘志は珍しく良貴の家を訪ねた。久しぶりに男同士の話をしたかった。
「受験お疲れ~」
「そうですねー、さすがに人生で一番勉強しましたね」
「どう、なんとかなりそう?」
「あ、一応もう合格出てるところはありますよ。折角だから、弘志先輩と一緒の和佐田の人科あたりに行きたいですね。それはまだ、結果が出てないんですけど」
「そうかー、またおまえが後輩になると嬉しいな~。あ、そういえば典子もな、少なくとも2浪はなさそうだよ」
良貴は本人から聞いて知っていたが、にっこり微笑んで、
「…よかったですね」
と言った。
「それから、美恵子もなんかお嬢さん大学受かったみたいだよ。女子大行くのかな、あいつ。まあ、俺としてはその方がいいけど」
「…周りに男の人がいないからですか?」
「ああ」
「…あの、聞いた話だと、女子大の方が合コンとか、すごく多いみたいですけど…」
「大丈夫だろ。あいつはそーいうの、行かねーよ」
それから弘志は訊いた。
「…あれ、そういえば、おまえの彼女って、大学生?」
どうもあまりこのテの話はよくないな、と良貴は思ったが、嘘をついたとあとでわかって嫌な気分になりたくないので正直に答えた。
「…ああ、浪人してたんで、今年僕と一緒に大学生になる予定です」
「あ、そう。…で、どうなの最近。うまくいってるの?」
「特に問題はないですけど」
「興味本位で、質問していいか?」
弘志の興味津々の表情を見て良貴は背中に冷や汗をかいたが、表向きさりげなく、
「…まあ、差し支えないことなら」
と答えた。弘志は良貴の顔をのぞき込んで、それからおもむろに、
「どこまで進んだの?」
と訊いた。良貴は背中の冷や汗がドッと増えたのを感じた。
「…いや、まあ、そのへんは…」
良貴のはぐらかすような態度に、弘志の方が焦った。
「まさか、最後までもう行った??」
自分より先に良貴が女を知るのは、すごく勝手だが納得いかなかった。弘志が焦ったので今度は良貴が焦った。
「まさか! 僕はそういうことを急いだりはしませんよ」
それこそ弘志の方はどうなんだと訊いてやりたかったが、相手が美恵子となると、美恵子への気遣いとして遠慮せざるを得なかった。
「だっておまえ、もう…1年くらいなる?」
「まあ、4月で1年ですけど」
「それならあったって全然おかしくない、わけじゃん」
弘志はちょっとだけ焦って、舌を歯の隅で噛んでしまった。
「先輩と須藤さんのほうが、ずっと長いじゃないですか」
「俺と美恵子は、つきあってねーもん」
「ずるいですよ、自分の方はごまかしてて」
弘志は簡単に、
「美恵子とはキス2回。あと、1回押し倒しただけで未遂。今後も予定ナシ」
と答えてしまった。良貴はあとがなくなった。
「で、おまえは?」
良貴は窮地に陥り、キスのことを白状しようかどうしようか死ぬほど迷った。言ったら、相手が典子とバレた時血を見そうだと思った。
「…あ、黙ってる黙ってる。何事もなくはないんだな、おまえも」
弘志は良貴の顔を熱心にのぞき込んだ。やっぱり弘志は良貴の恋愛について幼稚なものを想像していて、それは多分失礼にあたるのだろうが、残念ながら事実からいって失礼にあたるほどの違いはなかった。
「…おまえでも、キスとかしたりすんの?」
弘志はちょっとだけわざと、不遜な言い方をした。良貴は、乗せられてはいけないと思いつつ、どうしてもバカにされっぱなしではいられなかった。
「僕でもってことはないでしょう。そのくらいはありますよ」
(あとで相手が誰かわかったとき、ショックなのは弘志先輩のほうなんですからね)
良貴は心の中で弘志に宣告して、ちょっとだけ仕返しをした気分になった。
「いや、バカにするつもりはないんだけどさ。でも、やっぱ意外だよな~。おまえ、真面目そうだしな~。おとなしそうにも見えるしな~」
良貴は、弘志に言われたからちょっとだけ気に障った。
「弘志先輩が思ってるほど、僕もそうおとなしいわけじゃないですから」
「悪ィ、悪ィ。で、その男らしい其田君は、今後どういうつきあいを目指すつもり?」
弘志はおどけて訊いた。実のところ、自分より先に良貴に男になられるのは嫌だった。対抗意識だけで美恵子に手を出すつもりはないが、どうしても良貴の動向が気になる。
「別に、僕は…。今の状態で結構、満足してますから」
良貴は今度こそよっぽど弘志の方はどうなんだと訊きたかったが、ことごとく美恵子のほうのプライバシーに踏み込むことになるので言えなかった。
「世間一般ではさ、この歳で童貞ってちょっとマズいかもって感じ、ない? 俺は19だし、おまえは18じゃん。俺、来年ハタチか~と思うと、実は内心いろいろ考えるんだよな。おまえ、そういうのどう思う?」
弘志は、自分が女の子にちょっと人気があるのにそういう方面に経験が薄いのを気にしていた。でも、自分が童貞だと正直に言える相手は(おそらく同類と信じられる)良貴しかいなくて、だから、良貴としかこんな話はできなかった。
良貴は答えた。
「別に、歳がいくつだからとか、そういうのは考えませんけど」
「おー、おまえ、あっさりと言うな~」
潔く返され、弘志はかえって自分が情けなくなった。
「いつまでにどこまでいかないととか、そういうものじゃないと思うんですけど」
「…そうか? いざというときはじめてだと、困るかな…なんてことも、思わねえ?」
「でも、きちんとした相手以外とはそういうことにはならないから、はじめてのときは必ずいざというときでしょう?」
「プロってものもいる」
「お金を払って、ってことですか? 否定します。僕の信念としては、知らないから我慢できる、っていうのがあるんで」
「…え、…どういうこと?」
「実体験がないから今は呑気にしてられますけど、例えば風俗店みたいなところで経験してしまったら、…多分、やっぱりいいものだろうから、我慢が辛くなると思うんです。だから…僕は知らずにいたほうがいいと思います」
「うまいもの食ったことなければ食わなくて平気、ってことか。それでずっといくわけ? いつまで?」
「わかりませんけど。相手の人生に責任が持てる自信がつくまでかな…」
「就職して一人前になるまでは童貞ってこと? 彼女いてそこまで引っ張るの? 仙人か、おまえは」
「…わかりません。結局は机上の空論なのかもしれないから。いざとなったらどうなるのか、それはそのとき考えます」
「彼女いたら、いざとなれよ。男児たるもの、やはり二十歳までにはなんとか…」
良貴はなおも悩みを持て余し顔の弘志に、
「弘志先輩、でも、典子先輩に軽蔑されるようなことはしないほうがいいと思いますけど」
とピシャリと言った。弘志は沈黙した。
最後の合格発表があって、すべてのカードが出揃った。良貴は弘志と同じ和佐田大学人間科学部に行くことに決めた。典子は残念ながら和佐田には行けなかったが、方正大学文学部国文学科に進学を決めた。美恵子はセリス女学院国際関係学部に進学を決めた。
これで仲のいい連中は全員卒業か、と思うと弘志はまた淋しさを感じた。けれど卒業はそのまま終わりではなかった。春休みの練習にも来てくれと後輩たちは言った。
弘志は典子を連れてある日の練習に顔を出した。弘志も来ると典子に聞いて知っていた良貴も出てきた。
練習が終わって片付けが始まり、弘志はタンマの箱を倉庫に持っていった。授業でよく使うものから順に手前に置いてあるので、体操部しか使わないタンマの置き場はかなり奥にある。跳び箱の奥にある背の高い戸棚のドアを開けるとき、弘志は片手で支えていた箱を落としそうになって粉をひと筋撒いてしまった。箱に入った万国旗が白く染まった。弘志はかがみこんで万国旗を丁寧に叩いた。
「うん、いいよー。先、着替えてなよ~」
典子の元気な声がすぐそばで聞こえた。弘志は、かがんで旗を払っている自分が決してカッコ良くはないので、声をかけないことにした。
マットを載せた台車が入ってくる重い衝撃があった。他のものをすべて片付けて、最後に一番大きな台車を入れる。他のものにぶつけないよう、必ず台車を引いて入れることになっている。弘志のかがんでいる近くにちらっとバレエシューズの足が見えた。弘志は足先だけですぐに典子だとわかった。
典子は、誰もいないことを確かめて、一緒に台車を運んできた良貴の腕をぎゅっとつかんだ。弘志がいることには全く気付かなかった。
「…なんか、今日、ちょっとやだったの」
「何が?」
良貴の声が聞こえた瞬間、弘志は「えっ」と思った。典子が話している相手が良貴なのは声ですぐにわかったが、それは「典子先輩」に対する言い方ではなかった。
「いろんな女の子の補助してたから…」
「それはしょうがないでしょ。男子がやることになってるんだから」
弘志はそのまま聞き耳を立てた。
「だって、腰とか触るじゃん。私はずっと補助してもらってないのに」
「そういうの、怒らないでよ」
「怒ってないよ。ずるい、って言ってるだけだよ」
「…もう」
良貴はそっと典子の腰のあたりに片手を回した。典子は軽く抱き寄せられて良貴の肩に頬を載せた。
かがみこんでいる弘志には静寂だけが届いていた。そっとのぞき込むと、典子の足と良貴とおぼしき男の足が見え、しかも「先輩と後輩」では決してない距離で向き合っていた。
「…何やってんだ、おまえら~~~?」
反射的に弘志は飛び出した。良貴は慌てて手を離し、典子は飛びすさった。一瞬、時間が止まった。
(わ、キスしないでよかった)
良貴は、ギリギリセーフのタイミングで弘志が顔を出してくれたことに感謝した。あと三秒遅かったら、血を見ていたに違いない。
「いらしたんですか」
良貴はしゃあしゃあと言った。典子は真っ赤になって弘志を見ていた。
「…いらしたんですか、…じゃねーだろ~?」
弘志はそれ以上言葉が出なかった。言いたいことはすごい勢いで頭の中に浮かんでは消えたが、ひとつも声にならない。
「…だから、…言ったじゃないですか。年上の人とつきあってるって」
良貴は、この瞬間を待ちわびていたような気がした。弘志は良貴に何らかの非難をしたかったが、言われてみれば確かに、大概良貴は嘘を言っていなかった。
「典子~、おまえな~…」
弘志は矛先を典子に向けた。典子は表情をすまなそうな照れ笑いに変えていって、
「…ごめーん…」
と言った。弘志はしばらく呆然と2人を交互に見ていたが、突然思い出したように(というか、実際思い出して)良貴に詰め寄った。
「其田、おまえ、典子にキスしたのか~~~!!!」
つかみかかるような勢いに、慌てて典子が間に入った。
「ブレイク、ブレイク」
「其田~!」
「きゃ~、落ち着いて~」
良貴は余裕の表情で、
「…すみません」
と言った。弘志はがっくりと肩を落として、真っ赤な顔の典子に、
「まあまあ。まあまあ」
と肩を叩かれながら倉庫を出た。
駅までの道のり、典子は妙に上機嫌で(でもちょっと顔が赤かった)後輩たちとバカ話に盛り上がっていた。弘志と良貴は無言で並んで歩いていた。弘志は良貴に牽制のオーラを送っていたが、良貴は涼しい顔をしていた。
もうすぐ駅という時、弘志は重苦しい声で言った。
「…なんかしたりするなよ」
良貴はちょっと弘志を見上げて、また前方に視線を戻し、
「僕は二十歳までまだ一年以上ありますからね」
とクールに言った。弘志はこのとき初めて、本気で良貴を殴ろうかと思った。良貴もさすがに言いすぎたと思って、フォローした。
「…当面は大丈夫ですよ。仙人ですから」
弘志は何か言いたかったが、ことごとく何も言えなかった。
「…そういえばおまえ、知ってたんだろ」
「え? 何がですか?」
美恵子は弘志に呼び出されて、以前も来たハーブティーの喫茶店に来ていた。
「…典子と其田がつきあってるの」
弘志は憮然としていた。美恵子は笑った。
「あー、バレちゃったんだ~」
弘志の中で典子が「他の男のもの」になったのは、美恵子にとってたいそう気分のいいことだった。
「…やっぱ知ってたのか…。信じらんねえ。俺だけハメられたよ」
「そうですか? 私、先輩が気付かないの、ずっと不思議でしょうがなかったんですけど。だって、典ちゃんが其田くんのこと好きなの、ミエミエだったじゃないですか。彼氏ができたなんてことになったら、他の可能性なんかないと思いますけど」
「だってアイツ、其田のこと好きなのかって訊いたら、そんなはずないって言ってたのに」
「ホントのことなんか、いちいち言わないですよ。お兄さんなんかに」
「お兄さんなんかって、俺はその辺の兄とは違うのに」
「そう思ってるのは、先輩だけです」
踏んだり蹴ったりで、すっかりしぼんでいる弘志に、美恵子は優しい声をかけた。
「…先輩、世の中あんまり、特別なんてこと、ないんですよ。ね。あきらめましょう」
「同情するなー」
「でも、其田くんで良かったじゃないですか。その辺の不真面目な恋愛バカじゃなくて」
美恵子にしては美しくない言葉遣いだったが、色気に貪欲な男が一様に嫌いだったので、ついそんな表現になった。弘志はこの世の終わりみたいな顔で返答した。
「良かねーよ。其田だって、信用なるか~」
「…まあ、そりゃそうだけど」
美恵子はそっと目を泳がせた。
「あー、トンビに油揚げをさらわれたっていうか、なんていうか、…」
弘志はひたすらうめいていた。美恵子はひたすらそれを聞いた。行き所のない感情を、自分に吐き出してくれるのが嬉しかった。
やっとうめき声のネタがなくなったらしく、弘志はやがて普通に話し始めた。
「女子大か。おまえらしいよ。おまえは女の園にいたほうがいいよ。男、嫌いだもんな~」
「そんなことないですよ。男、好きですよ」
「穏やかでない言い方するな~」
「うっとうしいモーションとかかけてくる男が嫌いなだけです」
「だったら、やっぱり女子大でよかったな」
「それは、先輩の希望でしょう」
「そんなこと、ねーよ。カンケーねーもん」
「嘘ですよ。先輩って、私のこと絶対『俺の女』って思ってるじゃないですか」
「思ってねーよ、ユーアー、フリー。合コンでもなんでも行くといいよ」
「ふーん、そうですか~。わかりました、積極的に努力します」
あさっての方向を見ていた弘志の視線が一瞬だけ自分の方に向いたのを見て、美恵子は満足した。
「どーせ、ロクな男いないって」
「それなら、ロクな男がいないことをこの目で確かめるのも、いい経験になると思います」
美恵子はにっこり笑った。本当に、弘志にとっては踏んだり蹴ったりだった。
典子、良貴、美恵子はそれぞれの大学に入学した。良貴はいわゆる「サークル」には入らなかったが、非公式でゼミのようなことをやっている教授主催の愛好会に入った。美恵子は「学内オンリー」すなわち「他大学の学生入会禁止」(有り体に言えば男子禁制)のテニスサークルに入った。スポーツはどうしてもうまくなかったが、体を動かす喜びは体操部でしっかり身についていた。
典子の方正大も、和佐田に負けず劣らず大変な数のサークルと愛好団体があった。典子は一生懸命ガイドブックを読んでオールラウンドサークルとやらの1つに入ってみたが、「新歓コンパ」なるものはすでにお見合い状態で、ナンパな連中が熱心に恋愛をしているだけだったのですぐにやめてしまった。
そのかわり、典子は弘志が時々学外で集まっているスポーツ観戦同好会に入れてもらった。弘志は大歓迎だった。仲間たちも、弘志が年中話題にしている双子の妹を興味本位で歓迎した。典子がみんなのペット的存在になるのに時間はかからなかった。
弘志は、良貴が後輩になり、典子が自分の同好会に入ってくれたのですっかり元気を取り戻した。良貴との友人関係も、しばらくいろいろと典子のことを気にしていたようだったが、じきに諦めがついたようだった。
(そうだよな、他の男だったら俺の知らないところで一体何がどうなってしまうことか…)
弘志は消極的理由で良貴を認めることにした。
スポーツ観戦の同好会連中で弘志が特に親しくしているのは、根本龍一郎という、同じ千加川高校出身の元バスケ部員だった。龍一郎はあまりスポーツマンタイプには見えず、どことなくのほほんとしていた。
「弘志の妹、高校の時にも何度か見かけてたから知ってたよ」
龍一郎はあまり抑揚も切れ目もないつらつらとした話し方をする。
「あ、…そう」
「似てるよね」
「そうか? 俺も似てると思ってるんだけど、あまり人からは言われないから…」
「似てる似てる。目なんかおんなじじゃん」
「そうかー」
弘志はとても嬉しそうに笑った。龍一郎は失笑した。
「おまえホントに妹好きだよな~。彼女いないのってそれが原因じゃないの?」
「そんなことねーよ。俺は束縛されたくないだけ~」
弘志は悪い男ぶっていつもそんな言い方をしていた。美恵子という微妙な存在がいることなんか、当然公表していなかった。
「ふーん。妹のほうは彼氏とかいるの?」
「なんだよ、興味あるんじゃないだろうな~」
「そういう『興味』じゃなくてさ、俺大学で心理学やってんじゃん、双子の心理って興味あるんだよね。おまえはそのとおり変なシスコン野郎だけど、典子ちゃんっておまえほど兄妹愛にはまってないじゃん?」
「…余計なお世話だ」
「そういうの気に障るかな~。だからそうやっておまえにべったりくっつかれてる典子ちゃんの方は、ちゃんと男に興味あるのかなって思って」
龍一郎は完全に、弘志がシスコンだから彼女を作らないのだと決めてかかっていた。
「いるよ、彼氏。しかも年下」
「へーそれは意外。彼女年下シュミなんだ。なんだろ、それは弘志への反発なのかな」
「勝手な憶測すんなよ。体操部で一緒だった俺の親友で、結構やるときはやる奴だよ。まあ、…典子が惚れても、仕方ないかなってとこはある」
龍一郎はぽんと掌を叩いた。
「お、弘志の親友か。ここに何かが隠されているかな?」
「おまえなー、なんでも深層心理とかそういうネタで考えんなよ」
龍一郎はちょっと凝り性で、マニアックなところがどこか飯田聡史に似ていたかもしれない。そして優しくおおらかで面倒見のいいところがお兄さん然として、弘志にもちょっと似ていたかもしれない。
4人とも大学生になって、何もかもがいっぺんに変わった春だった。
春の嵐はもうそこまで来ていた。




