4 会議で良い案が出る確率は1%以下だと思っています
神様に報告が済んだわたしはショタ竜の元に戻りました。
「お疲れ様でした、結城原様。我らの神にはお会いできましたか?」
「うん。でもビックリしたよ。まさか竜族の神様がイノシシだったなんて」
「……イノシシ? はっはっは、結城原様も冗談を仰るのですな。我ら竜族の神がイノシシであるはずがないでしょう。竜族の神は竜であって当然。鋭い牙を持ち、大空を駆け抜ける翼を持つ、この世界の覇者なのですから」
ショタ竜はわたしの言うことが冗談だと思っているみたいです。
ええと、じゃあさっきのは一体何だったのだろう。
もしかしてわたし、騙された……?
「とにかく神に報告を終えたのでしたら、すぐに城に戻りましょう。これで貴方様は正式に我らの族長となりました。今後の計画を練らなければなりません」
ショタ竜はそう言い、わたしを城へと連れて行こうとします。
うーん。
あとでまたコッソリとここに来てみるか。
あの置物の王冠に悪戯すれば、嫌でも現れるだろうし。
触るなって言ってたから。
ショタ竜が指をパチンと鳴らすと、お迎えの竜がすぐに飛んできました。
その竜の背に乗り、わたしは城へと帰還しました。
*
それからが大変。
竜族のお偉いさん方と何時間も会議、会議、会議。
やれ人間族をどうやって懲らしめるか。
やれ魔族にどうやって竜族の権威を示すか。
エルフやドワーフ達には根回しが済んでいたみたいで、そんなに気にしなくてもいいとか。
さっそくウンザリしてきました。
きっとわたし、現世でも会議とか大嫌いだったんだろうね。
「――ということで、魔王とレイナ様の婚姻は破棄になったわけですが、当然魔王は我が国に侵攻を始めるでしょう。恥をかかされたとあっては、あの魔王が黙っているはずもない。そこで提案です。レイナ様の代わりに別の女子を差し出してはという意見が上がっておりますが、これを人間族の戦士の捕虜から選別してはどうかと」
「おお、それは良い案だ。ニンゲンの王との交渉に使おうと捕えたままだが、我らの条件を飲もうとせずに困っていたところだ。して、どうやって魔王に献上する?」
「レイナ様のように気品が高く、戦闘能力に秀でた者はおりませんが、近しい者ならひとりだけおります。かの大戦士オルビスの娘であり、我ら竜族の戦士を三人も殺めた重罪人――聖戦士カレンなどは如何でしょう」
その名前が出ると、幹部達からどよめきの声が上がった。
わたしはさーっぱり話が分からないので、おつまみを食べながらそれを見守る。
「聖戦士カレンか……。確かに捕虜の中でも容姿はレイナ様に近しいな。しかしそれで魔王が納得するかどうか」
「納得どうこうの問題ではない。大戦士オルビスの娘ということは、魔族にとっても恨みの対象となる。あの化物に一体どれだけの魔族が殺されたのか、知らぬ者などおるまい」
「要は『生贄』ということか。それで少しは魔王の気を逸らすことができれば、その間に我らも反撃の準備を――」
もうさすがに眠たくなってきました。
世界情勢とか全然知らないわたしがこんな会議に参加して、一体何の意味があるんだろう。
でも族長になっちゃったからパスするわけにもいかないし。
早く終わんないかな。
この座椅子、めっちゃ硬くて腰が痛いんだけど……。
「族長。如何いたしましょう」
「え?」
「いや、だから、捕虜の件です」
「あー、うん。ええと、うん。どうしようか」
いきなり最終結論を振られ、横に座っているショタ竜に助けを求めます。
ほとんど話を聞いていなかったから、どういう方向性になったのか、さっぱり分かんない。
「(捕虜の女戦士を魔族の生贄にするかどうか、というお話です。ここは幹部達の顔を立てるために了承してください。同じニンゲンである結城原様のお気持ちは分かりますが、今は事を荒立てる時期ではありません)」
小声でそう指示を出してくれたショタ竜。
あー、今そんな物騒な話になってたのか。
まあ戦争してるっぽいから色々あるよね。
ここはショタっ子の言うことを素直に聞いておこう。
「よし! その案でいこう! じゃあ会議は終了! みんなお疲れ!」
大きな声でそれだけ答えたわたしは、何か言われる前にその場を退散しました。
もう無理。
お尻も痛くなってきた。
*
「あー、マジ疲れたー」
城から飛び出したわたしは城下町でブラブラと歩いています。
この前『等価交換』した竜の殻、だっけ?
そこから魔力を抽出して、竜の赤ちゃんがいっぱい生まれてきているみたい。
あちこちで竜の赤ちゃんの泣き声が聞こえるんだけど、やっぱりまだこの城下町は殺伐としています。
「結城原様」
ふと声を掛けられ振り向くと、竜姫ことレイナちゃんがわたしを呼んでます。
そういえば会議の場にはいなかったけど、どこに行ってたんだろう。
「少し宜しいでしょうか。あの、神様の件で……」
「神様?」
レイナちゃんに呼ばれ、わたしは城下町の通りにあるベンチに座りました。
神様って……あのイノシシのことだよね。たぶん。
「父から聞きました。あの祭壇の間でイノシシの姿の神と出会ったと」
「うん。でもお父さんは信じてくれなかったよ。『はっはっは』って笑ってたし」
「……実は昔、私も神に会ったことがあるんです。竜神様は一定の姿形を持たない神様で、見る人によってお姿が変わるのだとか。私が小さい頃に出会ったときは、妖精のようなお姿でした」
「へー、じゃあお父さんが神様と会ったときは『大きくて立派な竜』だったってことかな。だから信じてくれなかったんだ。納得」
理由が分かれば簡単だ。
あの祭壇の間に置いてあったイノシシの像を、わたしは勝手に『神様の姿』だと思い込んだ。
だからそのままの姿でわたしの前に現れたっていうオチなのだろう。
何故、祭壇の間にイノシシ像があるのかは七不思議的な扱いにしておいて忘れよう――。
「お願いです、結城原様。私を……私を竜神様に会わせていただけないでしょうか。もう私は昔のように神様と直接お話をすることが出来ないのです」
「神様に会いたい? 何かお願いしたいことでもあるの?」
「は、はい……。その……想い人の件で……」
わたしの質問で耳まで真っ赤にしたレイナちゃん。
あー、あー、そういうことか。
前にも聞いたけど、好きなひとがいるっぽかったもんね。
それ関係で神様にお願いしたいとかか。
よっしゃ!
ここはレイナちゃんのためにひと肌脱いじゃおうかな!
せっかく政略結婚から逃れられたんだし、彼女の幸せに少しは貢献してあげよう!
――というわけで。
わたしは再びあのイノシシ神様と会うことになりました。