3 イノシシが出現した!
「結城原、いきます!」
竜族の首都に迎えられたわたしは大量の酒に囲まれ、幸せの真っただ中にいます。
なんか色々儀式とかあったんだけど、もうそんなことは全部忘れて、今夜は朝まで飲み会だ!
「そーれ、いっき、いっき!」
竜族さん達が手拍子をします。
もう何回目だろう。
数えるのも面倒臭いや。
「ぷはー! あー、最高。竜族万歳」
こんなに良い思いをさせてくれるんなら、いっそ記憶なんて戻らなくてもいいかな。
竜族の長でもなんでもやってやろうという気になっちゃう。
お酒もおつまみも美味しいし、何より皆わたしに優しい。
……あれ、なんか涙が出てきた。
記憶があったころのわたしって、もしかして苦労してた……?
「救世主結城原様。娘のレイナが改めてご挨拶にと」
ショタ竜がわたしに声を掛けてくる。
彼の横に遠慮がちに佇んでいるのは、儀式のときもちらっと紹介された竜族の姫ことレイナちゃん。
背が高くてモデルさん顔負けなスタイルなんだけど、これがめっぽう強いらしくて。
竜族の中でもトップ5に入るくらいの戦闘力なんだとか。
綺麗で強いとかチートだよね。
でも可愛いは正義だから許しちゃう。
「ご機嫌麗しゅう、結城原様。竜族の酒はいかがですか?」
「うん! 最高です!」
「そうですか。そんなに嬉しそうにおっしゃっていただくと、わたしも嬉しくなってしまいます」
そう言い空いたコップにお酌をしてくれるレイナちゃん。
なんか、ごめんね。
注いでくれるのは嬉しいけど、綺麗系女子だと悪い気がしちゃうのは何故だろう……。
「結城原様のお蔭で魔王との婚姻は破棄になりました。我々竜族はもう、誰に屈することもありません」
「ああ、そういえば政略結婚になりかけたって言ってたよね。そんなの嫌だよね。結婚するひとくらい自分で決めたいよね」
「分かっていただけますか! 結城原様!」
「うわびっくりした!」
いきなり両手をがしっと握られ焦るわたし。
そんなに嫌だったのね……。
もしかして魔王ってキモイおっさんとかなのかな……。
「とにかく、今夜は宴です。思う存分、楽しまれてくださいね」
ニコっと笑ったレイナちゃんはそのまま別の幹部さんにお酌をしにいきました。
わたしは彼女を見送りながらくいっと注がれた酒を飲み干します。
「宴は明日の朝まで続くでしょう。それが終われば、あとは《竜族の神》に新しい族長の報告を済ませるだけです」
「竜族の……神様?」
「ええ。神は気まぐれですから、確実に会えるとは限りませんが……。明日の夕刻に、祭壇の間へお連れ致します。それまでは自由に楽しまれてください」
それだけ言い残しショタ竜も別の席へと向かっていきました。
うーん。
神様だったらわたしの記憶のこととか聞いても分かるかもしれないなぁ。
まあいいや。
今は酒を浴びるほど飲んで、それから考えよう!
*
~次の日の夕刻~
朝方までたっぷりとお酒を飲んだわたしは昼過ぎまでフカフカベッドで熟睡し。
予定通り夕刻に『祭壇の間』というところにショタ竜と一緒に向かいました。
「ここから先は結城原様しか入れない聖域となっております。昨夜も申し上げましたが、神は気まぐれゆえに必ず現れるとは限りません」
「うん。まあ、しばらく待って出て来なかったら『バカヤロー』って叫んで戻ってくるよ」
「そ、それだけは止めていただきたいのですが……」
「ごめん、冗談です」
軽くウインクをして祭壇の間にひとりで入ります。
なんか全体が真っ白でもやがかかっていて、不思議な感じの場所ですね。
祭壇ってことは、なにか神様にちなんだ置物とか置いてあるのかな……。
「あ、なんか祭ってある」
もやの先にそれらしきものを発見。
神様が現れるまで暇だから、どんなのが祭ってあるのか見に行ってみよう。
「……イノシシ?」
なんか、イノシシらしき置物に王冠を被せてある……。
え? どうして竜の神様がイノシシなの……?
意味わからん……。
『あ、誰か来たのかの』
「ひぃっ!?」
いきなり脳内に声が響いておしっこちびりそうになるわたし。
なに!? これなに!?
『ほう。貴様が新たな竜族の長か。わしはウー・リボー。竜族の神じゃ』
「……」
イノシシの置物の上に、幽霊みたいに現れたのは――。
――置物とそっくりな、喋るイノシシでした。
『無視か。神が自己紹介しとるというのに無視か』
「あ、すいません。ええと、ウー・リボーさん……ですか?」
『そうじゃ。何か不服か』
「不服っていうか、どうしたらいいのか分からないというか」
『崇めれば良い。わしは神なのじゃからな。えへん』
胸を張りそう言い切った神様。
とりあえず神様というのは分かったから、色々質問してみよう。
「その、神様ということは、わたしのこととか何か分かりますかね」
『分かるぞ。わしは全てを知っておる』
「マジで! 教えて! わたしはどうしてここにいるんですか! 覚えていないんです、何も!」
『分かった。落ち着け。わしの置物の王冠を付けたり外したりするな。というか触るなそれに』
いつの間にかわたしの手には王冠が握られていました。
わたしはそれをそっと置物に戻します。
『まず初めに、結城原。お前はこことは別の世界――いわば異世界にいた普通の人間だった』
「あ、やっぱり。なんかそんな感じはしてたけど」
『時給900円。交通費支給無し。契約期間は1年ごとに更新。厚生年金には入れず、国民年金のまま。健康保険も国民健康保険のまま。一ヶ月の生活費を稼ぐのもやっとな派遣社員じゃったんじゃ』
「うん。……え?」
『そんなお前をこの世界に召喚したのはわしじゃ。あまりにも可哀想で可哀想で、それなりのチート能力を与えれば厳しい現実を生き抜いてきたお前であれば、そこそこ上手くやっていけると思ってな』
「うん。……えええええ!?」
なんか普通に聞き流しちゃったけど、今すごい重要なことを言ってなかった……?
この世界に召喚した……?
え? このイノシシが?
「ちょっと待ってちょっと待って。え? イノシシさんが元凶ってこと?」
『イノシシさんではない。ウー・リボーじゃ。何度言わすのじゃ』
……なんということでしょう!
勝手にわたしを可哀想な人間だと解釈して、異世界に召喚した元凶は……このイノシシ神ですって!
『……おい。どうしてわしが与えた《魔術消去》を使ってわしを消去しようとしておるのじゃ。お前頭おかしいのか』
密かに詠唱していたのがバレました。
まあ神様に効くわけないのは分かっていたけれど。
「マジかー。でもまあ、召喚されちゃったもんは仕方がないよね。現実世界に戻っても厳しそうだし。とりあえずお礼を言っておくね。ありがと」
『軽いだろ。もっと敬意を示せ。わしがこの世界に召喚しなかったら、どういう目に遭っていたと思っておるんじゃ』
「え……? まさか人生に嫌気が指して自殺……とか?」
『違うわ。おぬし、飲み過ぎで肝硬変寸前だったのじゃぞ。医者から止められても、まだ飲み続けておったのじゃ。信じられんわ。アホとしか言いようがない』
「マジで! そんなアル中だったの! やだ! こわい!」
昨日の打ち上げパーティで死ぬほど飲んだから、『そんなわけあるか!』とか言い返せないし……。
たぶんこの神様は嘘は言っていない。
頭では覚えていないけど、身体がそれを覚えている……。
『今日はそんな雑談をしにきたわけではなかろう。さっさと報告を済ませい』
「報告……? あれ、わたしここに何しに来たんだっけ」
『族長になったという報告じゃろうが。その報告を受け、正式にわしがお主を族長に任命するのじゃ。わし、竜族の神じゃから』
「あー、そうだった。ええと、何て報告すればいいのかな……こほん。『竜族の長に、俺はなる!!』」
『……まあいいじゃろ。それでは目を閉じるのじゃ』
軽くスルーされ、凹んだわたしを気にもせず。
イノシシ神さまはごにょごにょと魔法を唱え始めました。
『よおし、終了! わし、帰る!』
「あ、ちょっと待って! まだ聞きたいことが沢山………………ああ、行っちゃった」
勝手に消えていったイノシシ神様。
またいつか会えるかな。
ていうか記憶戻して欲しかったのに。
もしくは元の世界に戻してもらうとか。
「まあいいか。もうちょっとこの世界を楽しもう。せっかく竜族の長になったんだし……魔王でもぶっ飛ばす?」
――そんな不謹慎なことを呟いたころには、祭壇を覆っていたもやが晴れていたわけで。