2 運だけで生きています
「ええと……いち、じゅう、ひゃく、せん……」
ステータスに表示されたレベルを数えてみる。
うん。200万以上もレベルが上がっちゃった。
経験値にいたっては数えるのも面倒くさい。
『ワグナ様!』
頭上に表示されたステータスの遥か上空から、数匹のドラゴンが飛んでくるのが見えた。
もしかして、あれって……。
「すでにこの平原は我が竜族の領地。さあ、我が同胞に食い殺される前に我の魔力を元に戻すのだ」
金髪ショタがわたしに言い寄ってくる。
さすがにここで否定したら今度こそ殺られちゃうかもしれない。
「ドラゴンさん……あ、ええと、ワグナ君でいいのかな。君の魔力ってどうやって戻したらいいの?」
「どうしたらいい、だと? 貴様、そんなことも知らずに我が魔力を奪ったのか!」
わたしの服の裾を両手でしっかりと掴み抗議してくるワグナ君。
めっちゃ可愛い。めっちゃ可愛い。
いや、でも今は我慢しよう。
怖いドラゴンさん達がこっちに向かってきているから。
「ごめん。正直に言うね。実はわたし記憶が無くて……」
「記憶が無いだと? はっ、そんな白々しい嘘を」
「いや本当だって! さっきもワグナ君の口の中であまりにも暇で、つい『特殊能力』っていう中から《魔術消去》っていうのを使っちゃって」
「あまりにも暇で……究極魔法を使った……だと?」
あ、めっちゃワナワナしてる。
わたし地雷踏んだかも。
『ワグナ様! そやつからお離れ下さい!』
とうとうドラゴンの集団が上空から降りてきました。
そしてわたしとワグナ君を取り囲みます。
『なんてことだ……! 竜族の長であられるワグナ様の魔力が底を突いてしまったとは……! これでは竜族再建どころか、魔族との同盟も破棄され、人間どもに我らの領土を奪われてしまうのも時間の問題……!』
『くそ……! 我ら種族も絶滅の危機に瀕し、その数はもはや百をきっているというのに……! 最大戦力であったワグナ様がこの状況では、竜姫であらせられるレイナ様に全体の指揮をとってもらわねば老人たちが黙っていないぞ!』
『おい、今はそんな話をしている場合ではないだろう! ワグナ様を救出するのが先だ! 魔力を失ったとはいえ、我らの王はワグナ様! 今後のことは竜族会議で話し合えばいいことだ! いくぞ!!』
周囲を取り囲んでいたドラゴンたちが一斉に突っ込んできました。
やっぱここで死ぬのか、わたし。
あーあ、記憶が蘇る前に死ぬなんて、ついてないな。
でもまあ、可愛い金髪ショタに服の裾を掴まれながら死ぬっていうのも幸せかもしれない。
最後くらいぎゅってしても神様は許してくれるよね。
ワグナ君は許してくれないかもしれないけど。
ていうか、そんな時間があるわけないか。
わたしは一瞬のうちにドラゴンたちに食い殺され……あれ?
ドラゴンたちがまだあんな遠くにいる。
あー、あれか。死ぬ前によく見る走馬灯みたいなやつか。
めっちゃスローモーションですな。遅い。止まって見える。
……いや、なんか違う。
上手く言い表せないんだけど、身体は別に普通に動くみたいだし……。
『死ねえええええええええええ!』
ドラゴンのうちの一匹がゆっくりと口を開けました。
わたしはワグナ君を抱えてドラゴンの脇をすたすたと小走りで潜り抜けます。
うん。なんか簡単に避けられた。
『馬鹿め! 自らこちらに向かってくるとはああああああああ!』
その先に別の二匹のドラゴンが待ち構えていました。
一匹はトゲトゲの巨大な尻尾を振り上げ、もう一匹は鋭い爪でわたしを切り裂こうとしています。
わたしはそれをスキップで軽々と避けます。
『構わん! 魔力を失ったとはいえ、ワグナ様は竜族の王! 火炎耐性までは失われておらん! 一斉に焼き払うのだああああああああああ!』
号令によりすべてのドラゴンたちが一斉に口を開きました。
あー、これあかんやつや。
あの街を焼き払ったドラゴンブレスの一斉射撃っぽい。
これは逃げられない。
わたしは腕を組み、考えます。
このまま焼け死ぬのとか、流石にエグい。
うーん。
……ドラゴンブレス……竜族の必殺技……技…………技術?
なんか、そんなのあったな。特殊能力に。
「ええと……これか。えい、《技術吸収》!」
特殊能力を発動させたわたし。
すると光のベールがわたしの全身を覆いました。
なんかスポットライトを浴びせられている気分。
いやー! 恥ずかしい!
その直後にドラゴンブレスが襲い掛かってきました。
ワグナ君もろとも、私の全身は焼かれ、とうとうわたしは消し炭に――。
『やったか!』
『当たり前だろう! 街を焼き尽くすほどの業火なのだぞ、我ら竜族の炎は! それを一身に受けて生きていられるはずがない!』
『早くワグナ様を連れ、城に戻らねば……。老人たちにどう説明したものか。竜姫様も心配なされているはず――』
勝利を確信していたドラゴンたちが一斉に押し黙る。
巨大なクレーターと化した平原の中心に、スポットライトを浴びたままのわたしが立っていたからだろう。
しかも無傷で。
「あっぶね、死ぬかとオモタ」
『『『なんだとおおおおおおおおおおおおおお!!!』』』
ドラゴンたちが目を剥いています。
足がガタガタと震えてる子もいるし。
おしっこちびってるっぽい子もちらほら。
「今度は……禁断魔法である《技術吸収》だと……? 貴様、次から次へと……」
ヘナヘナとその場に崩れてしまったワグナ君。
どうやらわたしが使った特殊能力でドラゴンブレスを吸収しちゃったみたい。
いや、ホント運がいい。
行き当たりばったりで適当に使っているだけなんだけど。
使い方分かんないから。
「……降参だ。煮るなり焼くなり好きにしろ」
『わ、ワグナ様!』
「その代りこやつらだけは見逃してもらえないだろうか。竜族はレイナに任せる。老人達は納得しないだろうが、こんな姿の我が城に戻ったところでどうにもならんからな」
『しかし……!』
なんか勝手に話が進んでいます。
わたしがこの金髪ショタにとんでもないことをしようとか考えているみたいに言わないでもらえますか。
捕まるから。世間が許さないから。
「レイナに伝えよ。『父は竜族の誇りのために死んだ』と。魔族との同盟も変わらずに継続させるのだ」
『しかしレイナ様は魔王との婚姻を拒んでおります! ワグナ様の説得がなければ、このまま同盟が破棄される恐れも……!』
「あのー……」
「何のために貴様らがいるのだ! 我とて可愛い娘を魔王なんぞに差し出すのは心が痛い……心が痛いが、竜族の再建のためには仕方がないことくらい――」
……ぜんっぜん、聞いてくれない。
もうわたしそっちのけで話が進んじゃってる。
つまり、このままワグナ君の魔力が戻らなかったら、ドラゴンさん達はヤバいんだと。
娘のレイナちゃんも魔王と政略結婚とかさせられて、同盟強化と種族繁栄のための道具にされちゃうと。
なんか色々あるんだね……この世界の力関係って。
「我が願いは種の繁栄! 竜族の再建! レイナもそのことくらいは理解しているはず! 何度同じ話を繰り返させれば気が済むのだ!」
金髪ショタが悲痛の叫びを上げている。
さすがに見ていられないなこれ……。
ショタっ子は天使のような微笑みでいるのが一番だというのに。
「うーん、つまりわたしがワグナ君から奪っちゃった魔力をどうにかできれば……」
ほったらかしにされたまま、わたしは腕を組み考えます。
《魔術消去》で魔力を消去……それにより私は億単位で経験値を手に入れてレベルが急上昇……。
特殊能力でまだ使っていないものは……。
「分かんないけど、それらしいのはこれしかないね。えい、《等価交換》!」
もうわたしの運に頼るしかない。
これで上手いこと解決してくれたら御の字っていうことで。
「ぐっ……!? この光は……! 貴様、また――」
今度はわたしの内側から周囲に光が照射されていきます。
……あれ、なんか今までと違う感覚。
力が……抜けていく?
『こ、これは……!』
天まで届く光は、平原全てを覆っていった。
そしてキラキラとした何かが空から降ってくる。
「あ……」
一気に脱力してしまったわたしはその場に大の字で倒れてしまった。
ふとステータスが気になって、上空に表示させてみる。
ユー・キハラ LV1
経験値:――
職業:無職
特殊能力:等価交換++、技術吸収+、過去の水鏡、ステータスチェック、幸運付与、魔術消去、ぼっち++、飲酒覚醒《極》
……ない。
何億あったか分からない経験値が――全部、ない。
それどころかレベルも1に――。
『ワグナ様あああああ!! この光の断片は……《竜神の卵殻》ですぞ……!!!』
『奇跡だ……! 奇跡が起きた……!!!』
『竜神の卵殻が空から大量に……! 竜神の卵殻とは竜族がこの世に生を受けるための、竜卵の元になるもの……! これだけあれば、我が竜族の種族問題は解決するやもしれませんぞ……!』
『は、早く竜姫様にも報告を……! 魔王との婚姻の儀は明朝に迫っております! これならば魔族との同盟が破棄されても、我らの力だけで人間どもに報復することは可能ですぞ!』
沸き立つドラゴンさんたち。
でもわたしはもう、力を使い果たして起き上がれません。
「……何故」
視線だけ声のしたほうに向けると、ワグナ君が何かを呟いているのが見えました。
「何故、我から奪った魔力を還元した……?」
……やばい。これ、怒っているのかもしれない。
ワグナ君に魔力を返そうと思ったのに、別のところに魔力が使われちゃったみたい。
どうしよう。
ボコボコにされちゃうかも。
「あの……ごめんなさい」
とりあえず素直に謝っておこう。
どちらにせよ、わたしにこれ以上どうすることもできないんだし。
たぶん。
「……そうではない。これは我の『願い』だ。我の願いに貴様の《等価交換》が反応したのだ。我の魔力が戻らずとも、これで竜族は再び繁栄する……。魔王に大事な娘を差し出すことも、人間どもの侵攻に怯えることもない」
一歩、また一歩と近づいてくるワグナ君。
彼に続いて、何故かドラゴンたちも私の周囲に集まってきた。
そして――。
「……我ら竜族の救世主よ。この度の無礼、どうか許して欲しい。そしてもう一つ、我らの我儘を聞いてはくれまいか」
ワグナ君がわたしの前に膝をつくと、一斉にドラゴンたちが頭を垂れました。
いやいやいや! どういうこと……?
そして次の言葉を聞いて、わたしは気絶寸前になりました。
「貴方様を我が竜族の長として迎えたい。そして世界の覇権を我らの手に――」
……うん。
どうして、こうなった……?