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ディザイア・エージェント  作者: 土車 甫
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第六話「いいところ」

 薫と葵は食事を終えると、引きこもりの一人であるふうのところに、昼ご飯を持っていくと言って、残ったディザイアフラワーの内の一本を持って行った。


 もう一人の引きこもりの昼ご飯はというと、なんと春希が持っていくことになった。


「会えないんじゃないの?」ともちろん春希は訊いた。すると、どうやら今の時間帯なら、そのもう一人の引きこもり、ひびきになら会えると言う。


 春希は残ったもう一つのディザイアフラワーを手に、階段を上がって二階へ上がる。最後の段に足を置いたところで、薫と葵がとある部屋から出てきた。楓の部屋だ。


「もう終わったんだ」

「あぁ。あんま、長居できんけぇの」


 そう言う薫の表情は、どこか寂しそうだった。

 その隣で、葵がニコニコとし、目を輝かせながら春希を見つめて言う。


「ねえねえ、ハルくん! ハルくんって、お花から何が出てくるか分かるんだよね?」

「う、うん。ごめんね、隠してて」

「ううんっ、葵は全然気にしてないよ! でねでね、葵、ハルくんにお願いがあるんだ~。ズバリ、一緒にお菓子探しに行こ~」


 葵の言う「お菓子探し」とは、ショッピングモールやデパ地下に行って店を回るというわけでなく、お菓子が出てくるディザイアフラワーを探そうというわけだろう。


「うん、いいよ」


 春希は快く了承する。自分の力が他人の役に立つなら嬉しいし、隠していたことの罪滅ぼしになればという気持ちからだ。

 すると葵は更に顔を綻ばせて、「やった~っ」と両手を上げて喜ぶ。


「数には気をつけるんじゃぞ、葵」

「むぅ。分かってるよ、カオちゃんっ」


 膨れた顔をする葵を見て、薫は笑う。数というのは、この世界のルールである、一人一日五個までしかディザイアフラワーを使ってはいけないという事を考慮してのことだろう。


「それじゃ、下で待ってるね~」


 手を振りながら階段を下りていく葵。こけないか心配していると、案の定つまずいて体がよろけたが、幸いなことに残り段数が少なかったため、簡単に着地した。その一部始終を見ていた春希と薫はほっと胸を撫で下ろして、顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。









それから、見取り図を見て確認した通りに、響の部屋の前に向かった。一階の扉は引き戸だったが、二階の扉はドアらしい。


「ここだよね」


 唾を飲み込んで、コンコンと三回、ドアをノックする。


「どうぞ」


 すると部屋の中から、気だるげだがしっかりした口調の返事が返ってきた。春希はドアノブを捻って扉を開ける。

 部屋の中を見ると、想像していたより綺麗だった。前に、幼馴染の家でテレビを見ていて、引きこもりの特集をしていたが、そこで出てきた引きこもりの部屋はものすごく汚かった。やはりああいうのは稀なのだろうかと思う春希。


 ただ、その部屋の中に特徴がひとつ。部屋のど真ん中に、布団があるのだが、掛け布団の中に何か入っているのだろう、もっこりと膨らんでいる。それどころか、もそもそと動いている。もしやと思い、春希は少し控えめに声をかける。


「響さんですか」

「はい」


 返事は返ってくるが、楓は一向に姿を見せようとしない。


「昼ご飯持ってきたんだけど」


 と声をかけた瞬間、目の前の布団がガバッと上に舞い上がり、熊の着ぐるみパジャマを着た、白髪の小さい少女が現れた。背丈は京菜より少し低いくらいで、雰囲気は全体的に緩く、そこは京菜と少し違う。


「ありがとうです」


 差し出してきた手の平の上に、春希は例のディザイアフラワーを渡す。それを受け取り、響は小首をかしげる。


「これ、ごはんじゃないです」

「ご飯だよ。もっと正確に言うと、ハンバーガーかな」


 疑うのも当然だ、普通分からないのだから。突き返されると思いきや、響はゆっくりとそれを自分の花に近づけ、嗅いだ。すると、春希の言う通りハンバーガーが出た。


「おお」


 それだけ言って、響はハンバーガーにがっつき始める。春希がいることお構いなしに。


「と、ところで、俺たち初対面だよね」


 春希がそう訊ねると、響はハンバーガーを食べながらこくりと小さく頷く。


「どうしてお前がここにいるんだ、とか、そもそも誰だ、とか、俺が嘘を言っているとか思わないの?」


 響はあっという間に最後の欠片をゴクンと呑み込み、あくびをして答える。


「だってめんどうです」

「な、なんだそりゃ……」


 響はハンバーガーの包み紙をポイッと床に放り投げ、掛け布団を回収して、再び布団に潜り込む。春希は包み紙を拾い上げながら、既に眠りに入ろうとしている楓を観察する。怠惰という言葉がピッタリだ、そう思った。


 ゴミ箱を探すべく、部屋を見渡す。すると、大量に山積みになっているディザイアフラワーを見つけた。一斉に大量の文字が集中して現れて、春希は少しぎょっとする。

 その横にゴミ箱を見つけたので、拾った包み紙を入れておく。そして、布団の横に座り、響に声をかける。


「あのー、起きてる?」

「寝てはいませんが……なんです?」

「自己紹介がしたいなって」

「勝手にしててください……きいてるんで」


 どうも調子が狂うなと思いながら、それならばと自己紹介を始める。


「俺の名前は柴田春希。気軽に春希って呼んでよ。つい先日、この世界にやってきたから、実年齢も見た目と同じ十五だよ。それと、ディザイアフラワーの内容がわかるんだ」

「そうですか」


 さっき、春希がディザイアフラワーの内容を言い当てた時もだが、響の反応は薄い。ただ、内心は驚いているのだ。ただ、反応するのが面倒なだけで。


「わたしは近田ちかだ響です。十四です。でも十二です」


 数字の意味は、実年齢と外見の年齢だろう。


「俺、ここに住むことになったんだけど、構わないかな」

「どうぞ。いいところですよ、ここ。わたしが何してようと何もいわれません。何もしていませんが」


 淡々とそう言って、布団で顔を覆う。「ねがおは見られたくないです」と言われてしまったので、春希は部屋を出ることにした。


「それじゃ、よろしくね」

「はい」


 布団の中から篭った声で返ってきた。


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