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ディザイア・エージェント  作者: 土車 甫
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第五話「不公平な力」

帰る途中、京菜は思いっきり春希に体重を預けて、背中にべったりとし、鼻歌まで歌っていた。そういえば、さっき京菜は自分のことを「春希」と呼んでいたことを思い出し、春希は少し嬉しくなる。だって彼女は、「親しい間柄でないと下の名前を呼ばない」といった感じの言葉を発していたから。


七菜荘に着き、ドアを開けると、ドタドタと音を鳴らして葵が階段を駆け下りてきた。


「ハルくんおかえり~! あっ、キョーちゃんもいる~。ハルくんにおんぶされてるんだね~」


 帰ると、太陽のような暖かい笑顔で誰かが迎えてくれるというのは、かなり嬉しいものだなと思う春希。と同時に、自分の妹たちのことを思い出す。向こうの世界はどうなっているのだろうか。


「ねえねえ、キョーちゃん。今日はどこに行ってたの~?」

「少し図書館に調べ物にな。ふっ、あそこは素晴らしい。あたしが欲する知識が、本という形であるのだからな」

「ここには図書館もあるのか」

「誰かがそのような花を摘んだのだろう」

「あっ、お花! ハルくん、お昼ご飯のお花はどこ~?」

「それならあたしが持っている」


 そう言って、京菜は葵に八本のディザイアフラワーを渡す。それを受け取り、きょとんとする葵。


「ひー、ふー、みー……あれ? 八本しかないよ?」

「そ、それは……」


 訊かれるとは思っていたが、誤魔化す言葉が思いつかない。言い淀んでいると、階段を下りる音が聞こえてきた。薫が姿を現す。


「おー、帰って来とったんか、春希。ん、なんじゃ、京菜もか」

「か、薫!」

「ねえねえ、薫ちゃん、聞いてよ。ハルくん、八本しかお花持って帰ってないんだよ~、どうしよ~、葵、もう我慢できないよ~、お腹すいた~」


 葵は泣くように薫に八本のディザイアフラワーを渡す。薫は、しまったといった顔をしている。

 春希も薫もどう言えばいいか悩んでいたその時、京菜が口を開けた。


「言ってしまいなよ、春希。春希の力を」

「なっ!?」


 春希は京菜の言葉に驚いた。だが、一番驚いたのは春希ではなく、つい声を漏らすほどだった薫だった。


「な、なんで京菜がその事を知っとん」

「うん? まあ、春希に教えてもらったからね」

「ご、ごめん……」


 薫は少しの間固まり、何かを考えていたのだろうが、はぁとため息をついて、「そうじゃの」と呟いて、食堂に足を向ける。


「昼を取りながらその事は話そうや。ほら、行くで葵」

「えっ、で、でもお花が……」

「ええけん。大丈夫じゃけん」


 薫は葵の手を引っ張って食堂に入っていく。その姿を見届けて、春希は申し訳無さからため息をつく。


「そんなに自分を責める必要はないだろ。春希がそうしたいって思って、あたしに言ったんじゃないのか?」

「うん、まあ、言い逃れはできないだろうなってのもあったけど……確かに、自分の中でそう言う気持ちがあったかもしれない」

「ならいいじゃないか。……春希はあれだな、自分の欲望にもっと正直になるべきだ」


 そう言って、京菜は少し後ろに体重をかけ、両足を前に突き出す。


「さあ、上がろう。靴を脱がしてくれ」

「三藤さんは正直すぎじゃないかな」

「ふっ、人間これが一番正常な姿さ。それと、京菜で良い。歳は十四だ。見た目は小六だがな。だから『さん』もいらない」

「俺、年下に言われちゃってんのな」

「良いではないか」


 何が良いのやら、と心の中で呟きながら、春希は京菜の靴を脱がした。








 食堂に向かうと、既に薫と葵だけでなく、瑤香と麻奈は席に座っていた。

 瑤香はどこかツヤツヤとした表情をしているが、それに引き換え、麻奈は少し疲れたような表情をしているが、どこか頬が赤い。


「遅いわよ、柴田。この私を待たせるなんて」

「ほう、やっと春希を仲間だと認めたんか、麻奈」

「違うわよ! そうね、今はさしづめ、料理を運んでくるウェイターかしらね」

「花ならうちが持っとるけどな」

「なら早く出しなさいよ!」

「葵も早く食べた~い!」


 二人が喚く中、瑤香は春希とその後ろの京菜を見て笑う。


「あらあら、京奈ちゃん、春希くんにおんぶしてもらっちゃって、羨ましいわねぇ」

「春希はやらんぞ。あたしのものだ」

「どっちみち、瑤香さんはおんぶできそうにないですけど。俺、あまり力ないですし」

「あら、それは残念。それじゃあ、私は下かしらねぇ」


 そう言う瑤香の表情は、決して残念そうでなく、どこか恍惚としている。「下」の意味が分からない春希たちは、首をかしげる。


「と、とりあえず座りんさい、二人とも」


 そう促す薫の顔は、彼女の髪のように赤くなっていた。

 春希は京菜を椅子に座らせ、その隣に春希自身も座る。

 皆が席に座ったところで、食事を始めるのだろうと春希、いや皆が思っていた。ただ、薫を除いて。薫は席を立って、先に渡した八本のディザイアフラワーを目の前に出す。


「あら、八本しかないの? 大丈夫かしら」

「葵、ご飯抜きは無理だよ~」

「私も嫌よ、他が抜きにしなさいよね」

「いや、その必要はない。の、春希」


 同意を促してくる薫から、春希は察した。薫は皆に話す気なのだ、春希の力のことを。


「うん、だってそれら、みんな料理が出るからね」

「はぁ? あんた馬鹿なの? どうしてあんたがそんな事分かり得るのよ」


 当然の反応だった。薫は八本の中から一本を引き抜いて、春希の前に出す。


「春希、これはなんなん?」

「えっと、ハンバーグだね」

「そうか」


 そのまま、薫はそのディザイアフラワーを自分の鼻に近づけて、嗅いだ。すると、そのディザイアフラワーは消え、春希が伝えた通りに、ハンバーグが現れた。周りがざわめき始める。


「ほ、本当に現れたわね」

「ど、どういうことよ、何かイカサマ……はできるわけないし、はぁ!?」

「わーいっ、ハンバーグだ! ハンバーグ!」

「それじゃあ、次じゃ」


 次に出されたディザイアフラワーを見て、春希は「スパゲッティ」と答える。すると、そのディザイアフラワーが嗅いでもないのに一瞬で目の前から消えた。


「これはスパゲッティなのだろう?」


京菜が目にも止まらぬ速さで、それを取っていたのだ。京菜がそれを嗅ぐと、やはりスパゲッティが現れた。またも周りは騒ぎ始める。


「ま、まただわ」

「マグレじゃないって……こと!?」

「あーっ、スパゲッティもいいなぁ! ごくんっ」

「って、なに私より先に食べてるのよ!」


 葵は既にさっきのハンバーグに手を付けていた。


「スパゲッティはあたしの大好物なのだ。ありがとう、春希」

「うん、偶然だけどね」


 早速、京菜はスパゲッティを食べ始める。美味しそうに食べるその姿は、見た目の年相応のもので、言動とのギャップで少し笑いがこみ上げてくるが、微笑ましく思える。

 その後も、残り2本を残して、全て春希はディザイアフラワーの内容を言い当て、三人を驚かせ続けた。後半は、麻奈が率先して訊いていた。


「ぜ、全部当たっちゃったわね……」

「な、何よ……なんで私ができないことを、こいつができるのよぉ!」

「ぷはぁ、美味しかったぁ~。あ、おかわりある?」

「ごめん、ないや」


 各々が自由な言動を取り始め、バラバラになったところで、「コホン」とわざとらしい咳払いを一つ、薫がすると、皆は薫に注目した。


「まあ、あれじゃ、気づいとると思うけど、春希には花の内容が分かるんじゃ」

「どうしてこのあたしが見れないのに、柴田が見れるのよ!」

「レガナンが与えたんじゃ。どうも、春希にはこの世界は合わんかったらしくての、そのためじゃ」

「合わないってどういうことよ」

「レガナンは、春希にはうちらと違って強い欲望が無いって言っとったんじゃ」

「つまり、春希くんにその力を与えることで、欲望を湧かそうとしたわけねぇ」


 春希は苦笑を浮かべて「そうらしいです」と答える。


 すると突然、ダンッと机を叩く大きな音と共に、瑤香が席を立つ。


「わけが分からないわよ! どうしてそんな、ぽっと出の奴が、ずっと、ずっとずっとずっと、私たちが求めてきた力を得ることができるのよ! それに、吉舎! あんた、知っていたのよね、この力のことを! どうして黙っていたのよ!」


 息をつく間もなく、最後まで言い切った麻奈は、はあはあと息を切らす。その息の音だけが、食堂内に響く。

 この時、春希は気づいた。薫がなぜ、この力のことを黙らせていたのか。分かっていたのだ、こうなってしまうことを。そういえば、薫もこの力は欲しいと言っていた。考えてみると当たり前なのだ。何が出てくるのか分からないディザイアフラワーを、彼女達は毎日使用していたのだから。


 しばらくの静寂。それを破ったのは、葵だった。


「どうして……どうして仲良くしないのぉ!? 今、葵たち、ご飯食べてるんだよぉ!? どうしてなの、どうしてぇ!」


 子供のように泣き叫びながら訴える葵の傍に、一番に薫が寄り添って、「すまん、すまんの、葵」と頭を撫でて宥め始める。

 葵の反応を見て、その原因となった麻奈はバツが悪そうな顔をする。


「……黙っていたのは、すまんかった。いつかは、話そうと思っとったんじゃ……」


 葵の頭を撫で続けながら、薫は本当に申し訳なさそうに言う。


「……いいわよ、もう。話してくれたわけだし。……私、自分の部屋で食べるわね」


 居心地が悪いのか、麻奈は先程ディザイアフラワーで出したグラタンを持って、そそくさと自分の部屋に向かった。


「ふふっ、麻奈ちゃん、最後まで謝らなかったわね。ホント、プライドの塊なんだから」


 そう笑って言いながら、瑤香はクリームシチューを口にする。瑤香は、春希の力について何か言うつもりはないようだ。


「ふっ……麻奈もまだまだ子供ということだな」


 すました顔で言う、京菜のフォークを持つ手は、怯えるように震えていた。どうやら、さっきの麻奈の威圧に圧されたのだろう。

 春希はゆっくりと京菜の頭に手を置くと、京菜は一瞬肩をビクッとさせるが、手を振りのけたりすることはなかったため、春希はそのまま京菜の頭を撫でた。すると、京菜のフォークを持つ手の震えが止まり始めた。それを見て、もう安心だと思った春希は、手を引くと、その手を京菜に掴まれた。


「ダメだ。続けてくれ、春希」

「え、うん、わかった」

「それと、そのから揚げ貰っていいか?」


 京菜がフォークで指したのは、春希の目の間に置いてある、からあげ弁当のからあげ。


「うん、いいよ」

「やったっ。……えへへ、おいしーい。」


 また、見た目の年相応の反応を見せる京菜。それを見て、春希が微笑むと、京菜は恥ずかしそうに春希の反対の方を向いた。そんな二人を見て、瑤香も笑う。


 その頃には、葵は泣き止み、薫のご飯を半分もらっていた。


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