第四話「増えていく仲間」
あの後、四人はそのまま他愛もない談話に移った。
春希は、この世界はいったい何なのか、という質問を葵と瑤香の二人にもぶつけてみたが、やはり二人もよく分からないと答えた。
この二人も、例の五つのルール、特に「一日五個のディザイアフラワーを使用することがノルマ」を重視していることは確かだった。だが、時折それを破ってきたらしい。特に、葵が。
「だってなかなかご飯がでないんだも~ん」
といった理由らしい。この世界で死ぬことはないが、腹は減る。飢え死にがないということは、空腹に延々と襲われるということだ。つまり、この世界でも食事は欠かせないということだ。
そんな話をしている折に、春希は少し前から疑問に思っていたことを口にする。
「ここの名前、七菜荘だっけ? ってさ、元からついてたの?」
「違うよ~。それはね~、なんと葵たちが考えてつけたんだ~」
「最終的な決定は、たしか薫ちゃんだったわよねぇ」
薫を見ると、少し照れたように頬を指で掻いていた。
「由来があるなら聞かせてくれる?」
そんな質問をすると、三人は顔を見合わせて、ニヤッと笑う。
「まあ、あれじゃ、いずれ分かるけん、うちは今、言わんでおくわ」
「私もそうしようかしら。でも、ふふっ、どうしても知りたかったら私の部屋に」
「あ~、ダメだよヨーコちゃんっ。これはクイズなんだから、そういうのはダメ~」
「あら、ふふっ。それは残念」
どうやらちゃんとした由来があるらしいが、この三人の会話を聞く限り、どうも普通に教えてはくれないらしい。いずれ分かる、ということはそう難しくはないのかもしれない。
春希は「じゃあ考えてみるよ」と、そのクイズに挑戦することを表明した。
「あっ、でもクイズなら、ヒントが必要だよね~」
「ヒント……そうねぇ、たしかに必要かもしれないわね」
「まあ、あれじゃ、あの漢字は当て字なんよ」
「当て字……?」
当て字、つまり「七菜」を「ななな」と読まずに、春希が最初誤読した「しちさい」と読める他の漢字が由来なのかもしれない。
そんな読みの漢字、単語はあっただろうかと記憶をかけ巡らせていると、玄関の方からガラッとドアが開く音が聞こえた。そういえば、ここにはあと四人住人がいて、その内の二人は引きこもりで各々の部屋にいるといっていた。つまり、あと二人は外出しているのかもしれない。それが、帰ってきたのだ。
ドアが開く音を聞いて、薫が帰ってきた時と同様に、葵は笑顔で食堂を飛び出し、玄関へ駆けていった。
「おかえりっ、マナちゃ~ん!」
「下の名前で呼ぶな!」
麻奈ちゃんと呼ばれた少女の怒声が聞こえてくる。春希は少し焦ったが、薫と瑤香は平常のまま、依然と席に座っている。
「ねえねえ、今日はどこに行ってたの~? お外楽しかった?」
「しつこい!」
依然と楽しそうな葵の声を聞いて、少し安心する。多分、これはいつものことなのだろう。だから、薫たち二人は動じていないのだ。
合点がいったところで、瑤香と目が合い、瑤香はふふっと笑う。
「そうねえ……お姉さんからもヒント、出しちゃおうかなぁ。――ずばり、私たちをよく見て。特に私を、舐めるように見ても構わないわよぉ」
それは本当にヒントなのだろうか、ただからかってきているだけなのか。それを判断している内に、どんどん二人の足音は近づいてきて、葵と、もう一人、長くて綺麗な金髪をなびかせる少女が現れた。春希とその少女の目が合った、その瞬間、その少女の顔が引きつったものになる。
「ど、どうして男の人がいるの……」
「あぁ、うちが連れてきたんよ。ここに住むことになったけん、よろしくの」
「は、はぁ!?」
信じられないといった表情をして、春希を睨む。
「春希、紹介するわ。こいつは後藤麻奈。見た目は高二じゃが、中身はもう一つ上じゃ」
「吉舎! なに私のこと『こいつ』呼ばわりしてんのよ、何勝手に紹介してんのよ!」
ぎゃんぎゃん喚く麻奈を、薫は「まあまあ」と適当にあしらう。
「麻奈ちゃんは男嫌いなのよぉ。ほんと、残念な性格よねぇ」
「そこも! 私の紹介を続けないでよ!」
「あとドジっ子さんなんだよ~」
「瀬野も私の自己紹介を……ちょっと待って、私がドジ? 冗談言わないでよ!」
「冗談じゃないじゃろ」
「うふふ、可愛いわよねぇ、残念な子」
「誰か否定しなさいよぉ!」
叫ぶ麻奈の目は、少し潤んでいるように見える。その目で、春希を再び睨みつける。さっきは少し怖かったが、今の潤んでいる目から強みは感じられなかった。
「私は絶対に許さないからね! この私がダメって言っているんだからダメよ、わかった? ふんっ!」
そう言って、麻奈は廊下の奥の方へ進んでいく。さっきの見取り図を見た限り、どうやら麻奈は自分の部屋へ向かったようだ。
「……ねえ、やっぱり俺がここに住むのは難しいんじゃ」
「ダメよぉ、逃がさないわよ、春希くん」
「ハルくんがここに住むことはもう決定なの~!」
瑤香と葵からはそんな返事が来て、薫からは、
「ん、まあ大丈夫じゃろ」
ものすごく適当な返事が返ってき、春希はここでの暮らしが少し不安になってきたのであった。
あの後、葵の大きな腹の音をきっかけに、昼食の準備をすることになった。もちろん、準備する方法はディザイアフラワーを使用することであるため、春希がそれを行うことになった。その間、薫は葵の部屋に荷物を運ぶという。葵もそれを手伝うらしい。瑤香はというと、麻奈を説得しに麻奈の部屋へ行った。しかし、麻奈の部屋に行く瑤香の表情は、今から何かを説得するようなものではなく、どこか楽しげであった。
「お花を三十本くらい摘んできてね~」
七菜荘を出る前に葵に言われた言葉なのだが、多分、その三十本の内容が全て食べ物ではないと思っての言葉だったのだろう。だが、春希には、ディザイアフラワーの内容が見える、すなわち全て食べ物の内容であるディザイアフラワーを持って帰ることができるのだ。
今まで摘んできた五本のディザイアフラワーの中には、『ハンバーグ』や『スパゲッティ』といったものがあった。高級和牛のステーキや、懐石料理といった高級なものは、なかなか見つからず、けっこう庶民的なものがよく目に入るのは、春希にとって驚きであった。
次で六本目となったところで、春希は思い出す。春希の力を知っている唯一の存在、薫は、葵が「三十本」と言った時に後ろで少し笑いながら、指を七本立てて見せていた。
「あれって、七本でいいってことだよね……」
誰に言うわけでもなく、そう呟きながら六本目のディザイアフラワーを摘む。その上に、『ラーメン』という文字が浮かんで見える。
「それは誰に言われたんだ?」
聞きなれない声が背後から聞こえ、反射的に後ろを振り向く。そこには、金色の髪を両サイドで束ねた少女が立っていた。見た感じ、小学生の高学年か中学生くらいだろうか。しかし、この世界では体は成長しない。つまり、見かけで人を判断できない。
「だ、誰?」
「おっと、今はあたしが訊いてんだ、まずはそれに答えてくれないかい」
得体の知れない人物に薫たちの事を話して良いものか悩み、口を噤む春希。お互いの間に沈黙が続く。どうやら、春希が喋らない限り、少女は何も口にする気はないらしい。春希は何か言わなければと思い、一つ閃く。
「君、もしかして京菜さん?」
その問いに、目の前の少女は驚きの色を見せた。
「なぜあたしの名前を知っている。答えろ。それに、あたしはあんたに下の名前で呼ばれるほど親しくなったつもりはないのだが。三藤だ、そう呼べ」
「わ、分かったよ、三藤さん」
京菜という名前をどこで知ったのか、それは七菜荘の見取り図でだ。七菜荘の引きこもりの二人の名前については、葵が「フウちゃんとヒーちゃん」と呼んでいたので、京菜だと絞ることができた。
つまり、京菜は薫たちの仲間。何も隠す必要はないのだ。
「実は、今日から俺、七菜荘に住むことになったんだ。名前は柴田春希。歳はどっちも十五、あっ高一ね」
どっちも、というのは見た目と中身のことだ。
「さっきの言葉は薫に言われたんだよ。三藤さんの名前は、七菜荘で見たんだ」
「薫……そうか、あの人が。うむ、ならいいんだ。だが、質問はまだある」
そう言って京菜は、三本の指を立ててみせた。
「一つ目、七菜荘に住むことになったと言ったな? 経緯を教えてくれないか」
「薫が誘ってくれたんだよ。俺、この世界に来たばかりで、何も知らないからさ、本当に助かったよ」
「ふむ、そうか」
指を一本下ろす。
「二つ目、あんた……柴田さんだったな。柴田さんは、あたしの仲間か?」
「春希でいいよ。うん、そうだね。同じ七菜荘の住人だし、仲間かな」
「ふむふむ、そうか」
指をもう一本下ろす。残ったのは人差し指一本だけだ。
「では三つ目、これで最後だ……どうして、七本なんだ?」
「えっ……?」
その質問の意図が掴めず、返答に困る春希に、質問に付け加えるように京菜は言う。
「私の予想では、その花は昼食を出すために使うと見ている。しかし、それだとおかしいんだ。その七本の花が、全て料理を出す物だとは限らないからな。私以外は、七菜荘にいるのだろう?」
そう言って、「おっと四つ目の質問をしてしまった」と笑う。
しかし、春希は笑っている場合ではなかった。自分の力が、京菜にバレてしまうかもしれないからだ。いや、既に感づかれているのかもしれない。薫には「あまり言わん方がええ」と言われていた。しかし、春希は……
「そうだよ、三藤さん以外の人はみんな七菜荘にいるよ」
仲間に隠し事をするのが辛かった……。
「実は、俺には、ディザイアフラワーの内容が見える力があるんだ」
言ってしまった。心の中で薫に謝る春希。
その返答を聞いて、京菜は一瞬驚いたような表情を見せるが、やはり感づいていたのか、「やはりな」と呟く。
「薫はそのことを知っているのだろう?」
「うん。実は、薫しか知らないんだ」
「ほう。じゃあ、あたしが二人目か」
「そうなるね」
京菜は、ふっと笑い、周りを見渡して、春希に言う。
「では、その力を見せてくれないか。あたしは早くその力を見たい。あたしの昼食を取ってくれ」
「うん、わかった」
春希は周りを見渡し、立っていたところから数歩離れた先に歩き、『グラタン』という文字が上に浮かんでいるディザイアフラワーを摘むためにしゃがんだ、その瞬間、背中に重みを感じた。といっても、そこまで重くはない。自分の妹くらいの重さが乗った背中を見ると、京菜が笑いながら抱きついてきていた。
「あたしは疲れた。休みたい。でも帰りたい。そこで、春希、あたしをおんぶして連れて帰ってくれ」
そう言って地から足を離し、浮かせた京菜の脚を春希は片手で支える。しかし、どうも片手じゃ難しい。
「おんぶしてもいいけど、この花たちを持っててくれないかな」
「ほう、このあたしにお願いか。いいだろう」
八本のディザイアフラワーを京菜に渡し、空いたもう片手で京菜の体を支える。安定した形になった。
「よし、それじゃあ帰るぞ!」
「了解」
春希は七菜荘に向けて、足を進めた。




