表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ディザイア・エージェント  作者: 土車 甫
3/18

第二話「不思議な世界」

「……ん。……ここは……?」


 あれから、どれくらいの時が経ったのだろうか。

朦朧とした意識の中、春希は辺りを見渡す。目が覚めたところは、周りにたくさんの花が咲いている、野原だった。それも、とても綺麗な。


「……ははっ。俺、上空から落ちて死んだんだっけな……」


 虚ろにそう呟き、自分の身体を動かしてみる。全く異常はなかった。むしろ快調だ。


(あんなことがあったのに、この身体……。これで、俺が死んだという事は確信されたな……)


 一度空を見上げ、次に、周りに咲いている見たことのない綺麗な花に目をやる。


「こんなに綺麗な花が咲いてることだし、ここは天国なのかな……ははっ。少し、嬉しいな」


 春希の目に涙が浮かび、そして次の瞬間、涙が頬を伝って落ちていく。


「何で死んじまったんだよ……意味分かんねえよ……」


 悲しみは涙を生み、誰に向けたらいいのか分からない怒りは春希の拳を震わせた。











「……とりあえず、ここから離れて歩いてみるか」


 目を覚ましてから数時間か経った頃。ようやく気持ちの整理ができた春希は、立ち上がり、歩こうとする――


「よいしょ――っとぉ!?」


 しかし、何かに足を引っ掛け、体をよろめかせる。


 原因を探るべく、足元を見ると、自分を中心に地面に凹みができており、どうやら段差に躓いたのだと理解した。それと同時に、二つの疑問が生じた。


 一つ目は――何故、自分中心に凹みが出来ているのか。


 もう一つは――何故、自分が踏んづけていたはずの花々が折れておらず、元気に立っているのか。


(この窪み、俺が落ちた時のやつで……? いや、それは違うか。俺が落ちたのはここの世界じゃなくて……しかし、落ちるときに見た景色と、今見ている景色は似ているな……てことは、ここの世界が俺が落ちた世界……? いや待て、それだと俺は死後の世界の地面に落ちて死んだってことに――)


「――うわああぁぁ……わっかんねぇ……」


 理解できない現状に、春希は頭を悩ませる。とりあえず、一旦その事について考えることをやめ、もう一つの疑問――花について考察しようと、足元に咲いている綺麗な花をまじまじと見る。――すると、一つ気づいたことが。


「何だ、これ」


 花をよく見ようとすると、花の上に、何か文字が浮かび上がっているのが見える。今、春希が見ている花の上には《バニラアイス》と書いてある。


(まあ、ここは天国だし、別にこれくらいじゃ驚かないが……バニラアイスって何だよ。もしかして、この花の匂いを表しているのか?)


 自分の考えが合っているのかを確かめるべく、匂いを嗅ごうと、花に手を触れると、いとも簡単に茎から折れてしまった。


「えっ、何で……」


 意図もしなかった事に、少々動揺をみせる。


「と、とりあえず嗅いでみるか……ん? なんの匂いもしな――っ! わ、わあっ!?」


 鼻に近づけ、匂いを嗅いだら――春希の手にあった花が――コーンカップのアイスクリームに変わっていた。


 奇怪な事に春希は驚き、動揺するが、「ここは天国だ。ありえない事もない」と自分に言い聞かせるように呟き――一口、そのアイスクリームを食べてみる。


「お、美味しい……。別に変な味もしない、ただのバニラ味のソフトクリームだ」

 もう一口、アイスクリームを食べる。やはり、ただのバニラ味のアイスクリームだ。


 《バニラアイス》と表記されていた花が、本当の『バニラアイス』になった。と、いうことは……


「も、もしかして……」


 足元に咲いている、《お好み焼き》という文字が前に浮かんでいる花を見つけ――そっと手を触れてみる。すると、またもや簡単に茎が折れてしまった。


 そして次に、その花を嗅ぐと――花はやはり、お好み焼きに変わっていた。


「……ふぅ。なるほど、ねぇ」


 自分の考えが合っていて、一つ安堵の息をつく。


 今、春希の手には、広島風お好み焼きが入った透明なパックと割り箸がある。それを見て、春希は思う。


(どうして、広島風なんだ? 割り箸もなぜ付いているんだ?)


 春希が想像していたのは関西風であり、広島風ではなかったのだが、現れたのは広島風。割り箸については、もはお好み焼きの具でもなんでもない。この組み合わせ……露店で売られているような、そんな感じだ。


 何故なのか。表記されていた物の詳細は、一体何が決め手なのか。次はその事について考えようとした、その時――


「こ、この匂い――お好み焼きか!?」


 背後の方から、人の声が聞こえた。

 その声は、レガナンと名乗った謎の者の声とは違い、春希を安心させる、そんな声だった。


「だ、誰!?」


 咄嗟に背後を振り向く。すると、そこには体をふらつかせながら歩く、赤髪が印象的な少女がいた。


 一瞬、赤髪を見てぎょっとするが、そんなことより、人に出会えたことの喜びの方が強かった。


 ……いや待て。この少女は人なのだろうか。この謎の世界で、断言することはできない。よって、確かめる必要がある。


「き、君は――」

「そ、そのお好み焼き、うちに分けてくれんかのう?」

「……へ?」


 春希の質問を遮って、少女がそう訊ねてきた。その質問の内容に、春希は唖然とする。なぜなら――料理名が表示された花が、この近くにはまだたくさん咲いているのだから。


「ど、どうぞ」


 不審に思いながらも、特に渋る理由もないため、お好み焼きを少女に差し出す。すると、少女は満面の笑みを浮かべ、「ありがとう!」と言って差し出されたお好み焼きを受け取り、即座に食べ始める。


 余程腹が減っていたのか、ものすごい勢いで食べていく。そして――ものの一分で食べ終えた。春希はその光景を、最後まで呆然と見届けていた。


 お好み焼きを食べ終えた少女は、「ふぅ」と一つ息をついて、春希に目を向ける。


「いや~、助かったわ。ホンマありがとな」

「あ、あぁ。でも、何で俺のお好み焼きを欲しがったんだ? そんなにお好み焼きが食べたかったのか?」


 さっきから聞きたかった事を訊く。すると、少女は訝しげな表情をして、「何言っとんじゃ」と言い、続ける。


「そんな選べるような贅沢、ここでできるわけないじゃろ。あんたがお好み焼きを持っていた。ただそれだけじゃ」

「つまり、何でも良かったってことか?」

「当たり前じゃ。空腹でもう倒れそうじゃったけぇのぉ。まあ贅沢を言うと穴子飯がよかったかのぉ」

「じゃあ、何でそこの穴子飯を食べなかったんだ?」

「……は?」


 春希が指差す先を見て、少女は呆れたような声を出す。


「いやいや、そこに《穴子飯》って表記されている花が――」


「も、もしかして、分かるん? その『花』が何の『花』なのか」


「分かるのかって、君も分か……もしかして、分からないのか? あれが、見えてないのか?」

「あれってなんじゃ!? お前には、何が見えとんな!?」


 突然取り乱す少女。春希も同じだった。表面には出していなかったが、内心では動揺していた。


「と、とりあえず落ち着こう。ね? お互い、自己紹介も済んでないわけだし」

「そ、そうじゃな……」


 素直に少女は春希の静止に従い、一度深呼吸する。落ち着いた表情になったところで、少女から名乗り出した。


「うちは吉舎薫きさかおる。うち、広島出身での、こげな喋り方じゃけど、よろしゅうな」


「俺は柴田颯太。よろしくね、吉舎さん」


「なんじゃなんじゃ、堅苦しい。うちのことは薫って呼んでくれてええけん。うちはあんたのこと颯太って呼ぶけぇ」

「うん、わかった。改めてよろしく、薫」

「ああ、よろしく」


 さて、これで簡単な自己紹介が済んだ。


 薫は広島出身。つまり、俺と同じあの世界に住んでいた人間に違いない。


 しかし、春希には知りたいことがまだたくさんある。今さっき新しく浮上した疑問――自分にしか花の傍に表記されている文字が見えていないのか。これも明確にする必要があった。まずは――


「薫はさあ、この世界について何か知っているの?」

「なんじゃ、春希、ここへ来たのは最近のことなのか?」

「あ、あぁ」

「ふーん。そんでお前、聞いてないのか?」


(聞いていない? この世界の事をか? それは、誰にだ?)


「ったく、じゃけぇあいつはやっぱりテキトーというか、ええ加減なんじゃ」


 一人でブツブツボヤいている薫。怒りのボルテージが上がっていくのが目に見えて分かる。詳しく聞こうと声をかけようとすると、「なあ春希」と向こうから声をかけてきた。


「レガナンに会ったことはあるか?」

「レガナン――ッ!?」


 薫の口から出てきた名前は、自分をこのわけのわからない世界に放り込んだ犯人であろう人物――いや、正確には人だとは断定されていないのだが。


「その反応から察するに、会ったことあるんじゃな?」

「いや、会ったというか、姿は見せなかったんだ、あいつ。ただ一方的に向こうが話してくるだけで」


「なるほどのぉ。それで、何もこの世界について聞いてないと」

「あ、あぁ」


 すると、薫は「はぁ」とため息を一つ漏らし、「じゃあうちが教えたるわ」と言った。


「おお、助かるよ。それで、この世界は何? 俺は死んだの?」

「それは……わからん」

「ど、どうして。ここは天国じゃないの?」

「あ、あぁ。天国や地獄とか、死後の世界ではない……らしい」

「らしいってどういうことだよ」


 薫の歯切れの悪さに、思わず突っ込んでしまう。


「うちも奴――レガナンに聞いただけじゃけぇ、本当のところはどうなんかは知らんってところじゃ」

「そ、それって……。ていうか、レガナンって何者なんだよ」

「自称神、ってところじゃのぉ」

「か、神……?」


 絶対的存在の名前が現れ、思わず緊張してしまう。


 確かに、奴が神だとすれば、この理解し難い現象の連続も説明できる。なにせ、人知を超えた存在なのだから。


「や、奴が神だとして……この世界は何なんだ? どうして俺は連れてこられたんだ? あの花は何なんだよ」

「あー待て待てっ。いっぺんに訊くな。……本当に何も知らんのんじゃのぉ。うーむ、うちが説明すると言ったものの、ここまでだと、レガナンを呼んで説明させた方がいいじゃろ」


「よ、呼ぶって……いいのか? 神なんだろ?」

「神を頼って何が悪い。よし、呼ぶけぇの」


 薫は後ろを振り返り、両手で口前に輪を作る。そして――


「レーガーナーンッ!!」


 どこへとなく、大声を張り上げた。


「そ、それで来るの?」


 神を呼ぶ方法に疑問を抱いた春希の問いに、「来るナン」と薫のとは違う声が答えた。この聞き覚えのある語尾……!


 声が聞こえてきた先を見ると、そこには――全身を白い毛で覆われ、頭には短い角を生やし、尻からは意識を持った蛇が生えている、そんな変哲で気味の悪い六十センチほどの生き物が二本足で立っていた。


 それを見て、春希が「ヒィッ」と小さい悲鳴を上げると、「失礼だナン」とその生き物が呟いたのが聞こえた。


「よお、久しぶりじゃのうレガナン。――のお、これはどういうことじゃ。また犠牲者を増やしょんか」


 薫はさっきまでとは違う、怒気を帯びた表情で、レガナンに問い詰める。


「犠牲者とは失礼だナーン。これは人類のためって言ってるナーン」

「どう考えても犠牲者じゃろ!?」


 一向に引かない薫。それに対しレガナンは「やれやれ」とわざとらしくリアクションを取っている。


 そして、レガナンの相手は春希に変わる。


「改めて――ボクはレガナン。ようこそ、春希クン! ナン!」

「あ、あぁ。よろしく」


 目の前にいる奇妙な姿をしたレガナンに、まだ怖気づいている春希。しかし、今は怖気づいている場合じゃない。訊かなければ――


「な、なあレガナン。この世界は、一体何なんだ?」


 勇気を振り絞って出した問いに、レガナンはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべ、口を開く。


「この世界は、君たちがいた世界から遠い場所であり、近い場所でもあるナン」


「……は?」


 レガナンの言っていることが理解できず、間の抜けた声が出てしまった。レガナンは続ける。


「君たちがいた世界とは次元が違うのがこの世界ナン。でも、そっちの世界とこっちの世界とは深い関係を作っているナン」


(作っている? 元からあるのではなく、こいつが意図的に作ったのか?)


「君たち選ばれし者――ディザイアエージェントが住む世界。それがここだナン」


「ディザイア……エージェント?」


 レガナンの口から出てきた聞き覚えのない単語。それは自分や薫を指すようで、それが住む世界が、ここ。つまり……ダメだ、訳がわからない。


 聞き覚えのない単語――『ディザイアエージェント』。直訳して『欲望代理人』か。


 その意味を考えようとする――が、その必要はなかった。


「君たちディザイアエージェントには、そこの花――『ディザイアフラワー』の欲望を、欲望の主の代わりに、実行してもらうナン」


 また出てきた聞き覚えのない。それにもまた『ディザイア』が入っていた。


「『ディザイアフラワー』とは、君たちがいた世界に住む人間の欲望が花の形で体現化したものだナン。君たちには、さっきも言った通り、その『ディザイアフラワー』の欲望を実行してもらうナン。するとあら不思議! ナン!その『ディザイアフラワー』を生み出した人の欲望が、その人の中から消えてしまいますナン!」


「欲望が、消える……!?」


 驚愕の声を上げる春希に、レガナンは顔をニヤつかせながら、言う。


「ほらさっき、春希クンは『ディザイアフラワー』によって『バニラアイス』と『お好み焼き』を出現させたナン? すると、それらを食べたいなーって思っていた二人の中から、その食欲が消えているんだナン!」


 レガナンが言っている事が飲み込めず、思わず薫を見る。薫は腕を組んで、レガナンを睨み続けていた。

 薫を眺め続けるわけにもいかず、レガナンの方に振り向き直したところで、もう一つ重要な事を思い出す。


「そうだ、レガナン。俺は生きているのか?」

「ん? もちろん生きてるナン! ちなみに、この世界で君たちが死ぬことは無いナン!」


「死ぬことが無い、だって!?」


「そうだナン! どれだけ体を引き裂かれたり、焼かれたり、コンクリートに埋められたとしても、死ぬことはないナン! 傷ついた身体は自然に再生され、元通りになるナン」

「まじかよ……」


 これで合点がいった。何故、春希はあの高さから落ちてなお生きていたのか。なぜ身体に傷一つ無かったのか。落ちる時に見た風景が今見ている風景と同じなのかが。


「それと、この世界には絶対的ルールがあるナン!」

「ルール……? そんなのあるのか」

「春希、しっかり聞いとけ。これは大事な事じゃ」


 今まで黙って俺とレガナンの会話を聞いていた薫が、ここで口を出してきた。それほど、ルールは大事だということか。

 レガナンは手を前に出し、まずは一本だけ指立て、述べ始めた。


「一つ、エージェントは十年間しかこの世界に住めない。十年経ったら即追放。


二つ、一つ目のルールにより追放され、現世に戻った際、この世界で培った知識、記憶の一切を失う。


三つ、現世に戻った後に、二度とこの世界に訪れる事を禁ずる。


四つ、この世界で『死』は認められない。


五つ、『ディザイアフラワー』の使用は一日五個がノルマ。それ以上もそれ以下も禁止とする。これを破った者にはリスクを与える。また、一日のリセットは0時とする」


五本まで指を立て、五つのルールを述べたところで、「以上だナン」とレガナンは言い放った。


「……え? たった五つ?」

「たかが五つと舐めちゃダメじゃけぇの、春希。特に五つ目」

「五つ目……そうだ。何だよノルマって」


 春希の言葉を聞き、「フフッ」と笑みをこぼすレガナン。


「だから言ったじゃないかナン。君たちは人類のために、この世界に――『ディザイアエージェント』としている。その役目は、『人類を滅ぼしかねない欲望を無くす事』だって。ナン!」


 そうだ。レガナンは最初から言っていた。これは人類のためだと。


「でもね、たまにいるんだナン。協力的じゃない、人類のために役目を果たさない人が。ボクはがっかりしたナン。だから、やむを得ず、このルールを作ったんだナン」


「へ、へぇ……なるほど」


 春希がそんな返事をすると、薫が春希の傍に歩み寄り、耳打ちをする。


「春希はそれで納得できるんか」

「いや、ここは納得しとかないと、事が進まないだろうなって……」


 春希の返しに、「なるほど」と薫は納得する。


「五つ目――ノルマも大事だが、俺としては一つ目の――十年間でこの世界から追放されるっていうのが気になるんだが。それより早く、この世界から抜け出す事はないのか?」

「基本的には無いナン!」


 きっぱり答えるレガナン。春希は「困ったな……」と項垂れる。


 あいつらは大丈夫だろうか。悲しい思いをしていないだろか。少なからず、迷惑はかけているはずだ。……憎い。今すぐあいつらの下へ行けない自分が。自分をこのような事態に招き込んだレガナンが。


 表情に出ていたのか、薫が焦った素振りで「大丈夫か?」と声をかけてくる。


「あ、あぁ」

「まあ、こんな状況じゃけぇ、混乱するのも仕方ないけどのぉ。何かあったらすぐうちに言うんよ」

「ありがとう。そうするよ」


 薫は春希を安心させるためか、笑顔を作って見せる。そして次の瞬間、その笑顔は怒気に塗れた表情に一変し、レガナンを睨みつける。


「のお、レガナン。うちらには見えんはずの『花』の内容。それがの、さっき春希は使う前から分かると言っとったんじゃ。……これはどういうことじゃ?」

「もう、『花』じゃなくて『ディザイアフラワー』だって」


「そんな事はどうでもええ。教えろ。何で、うちらには分からず、春希には分かるんな」

「……はぁ。分かったナン。教えるナン。――春希クン。君は選ばれし者、ボクはそう言ったよね?」


 急にこちらに話を振ってきて、一瞬まごつくが、「あぁ」と答える。


「その選ばれし者っていうのはね……まあ、簡単に言うと『強い欲を持った若者』なんだナン。そういう者達を見つけるべく、ボクの分身は君たちの世界にいるナン。そして、見つけたらこっちの世界へ招待するんだナン!」


「強い欲……っ!? もしかして、あの広告の『巨額の富』は……」


「そう! あの広告は、『強い欲を持った若者』を誘き出すエサだったんだナン! まあ、ちょっとアホっぽいなとは思ってたんだけど……まさか引っかかる人がいるなんてナーン」


 レガナンの煽るような言い分に、春希は顔が熱くなっていくのが分かった。自分の中で、そんなアホっぽい広告エサに引っかかった自分を激しく罵倒する。


「でも、春希クン。君の情報を見てみると、どうもそこまで君は強い欲を持っているわけじゃなかったんだナン」

「えっ……」


「ほら、君ってさ、ここに来て目覚めた時、自分は死んだと思って悲観し始めたナン? でも、たった数時間で、自分の死を認めて、次へ進もうと立ち直ったナン。普通、こうはならないナン。生物が最も恐れる死を容易く認め、もっと生きたい、あわよくば生き返りたいという思いもすぐ諦める。それが君だナン」


「違う……っ! 俺だって、もっと生きていたいって……」

「だから、ボクは君に与えたんだナン! 『ディザイアエージェント』の内容を見ることができる、目を! ナン!」


 春希の反論を断ち切って、薫の問いに最後まで答え切ったレガナン。それを聞いて、薫は「なるほどのぉ」と呟き、「じゃけど」と続ける。


「春希にその目をやることで、何の意味があるん?」


 確かにそうだ。春希が『強い欲を持った若者』ではないとして、その目を春希に与えて何か意味を成せるのだろうか。


 レガナンはニヤっと笑い、「それは」と口を開く。


「春希クンには希望を与えたんだナン。薫チャンたちは日々、何が発生するのかも分からない『ディザイアフラワー』を使用し続けているナン。使用した後に頭の中に内容が浮かび上がって、やっとそこで内容が分かるんだナン。ねえ、薫チャン。思ったことはないかナン? 『ディザイアフラワー』の内容が分かればな、って。ナン?」


「そ、それは……決まっとる。あるに決まっとるじゃろ!」

「でしょー? だから、春希クンに与えたんだナン。薫チャンたちが抱く、願い――欲望を叶えたものを。ナン!」


 そう言って、レガナンはくるりと春希の方へ振り向き、「それと」と付け足す。


「見えていたほうが、春希クンも欲が湧くでしょ。ナン?」


 そんなレガナンの言葉に、春希は否定することはできず、ただ黙って俯いていた。


「あ、そうそう。春希クン春希クン、この世界に招く時の演出、どうだったナン?」

「演出?」


 あのときの記憶を探る。多分、レガナンが言っているのは、あの、闇に包み込まれてからのスカイダイビング。そして地上に墜落。そんなのもちろん……


「最悪だったよ」

「あれれ? おっかしいナン。人間はこういうのに憧れているって聞いたんだけどナン」


 春希の返事に苦悶の表情を浮かべるレガナン。しかし、次の瞬間にはもう、ニヤけた表情を浮かべている。


「それじゃ、もういいかナン? 頑張ってね、春希クン! グッナン!」


 そう言い残して、レガナンは春希たちの目の前から一瞬にして姿を消した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ