第十七話「キラキラどきどき」
ギラギラと輝く太陽の光を反射してキラキラと光る海の中で、笑顔を咲かせて遊ぶ少女たち。それをパラソルが作った影の中から眺める春希の目は、周りの眩しさとは反して暗くなっていた。
「だ、大丈夫か、春希」
「うん……はは、大丈夫大丈夫」
春希は笑みを作って見せるが、目は笑っておらず、薫は「ほんまにすまんかった」と体の前で両手を合わせて謝る。
「そんな、薫が謝ることなんてないよ。悪いのは俺なんだから」
「……そんなに怖かったんか、春希」
「ははっ、怖かったわけないさ。楓は可愛い可愛い女の子だよ?」
そんなことを口にする春希の肩は少し震えている。
「……なんじゃ、ほんますまん。しかし、よく楓は満足したのお」
今、楓は葵や京菜と一緒に海の中でビーチボールで遊んでいる。その表情は紛れもない笑顔だ。
「うん、まあ、なんとかね……ちょっと意地の悪い事しちゃったけどね」
「なんじゃその意地の悪い事って」
「うーん、なんていうか、とにかく褒めちぎったんだよ。水着姿本当に可愛いよとか。あ、でも、嘘はついてないよ、本当に思ったことしか口にしてないから」
「ならええんじゃないか? 楓も喜んどったようじゃし」
「ならいいんだけど……ところで」
春希は視線を海から薫に移して、確認する。薫は「どしたん?」と首を傾げる。
「薫は水着姿にならないんだね」
「う、うちはええんじゃ!」
顔を赤くしてそう言う薫の今の姿は、上にラッシュガードという長袖のパーカーを着ているといったものだ。結構大きめで、膝の上あたりまで長さがあるため、その下がどうなっているのかはよく分からない。しかし、春希の記憶では行きはジーンズを履いていたが、今は生足が見えている。つまり、下に水着を着ている可能性がある。
「うーん、そっか。まあ日焼けとか怖いしね」
「……春希は、見たいんか? うちの水着姿」
「えっ」
赤面のままの薫からされた質問に、春希は固まる。「水着姿にならないのか」なんて訊いた彼であったが、特に深い意味はなく、せっかく海に来たんだしどうかな、といった軽い理由のつもりだった。しかし、その質問を受けて色々考えてしまう。自分のした質問に狼狽えながら、春希の答えを待ち続ける薫を見ていると、頭の中で回転していた言葉がはじけ飛ぶように口に出ていた。
「見たいよ」
春希はすぐに自分の口を抑えたが、既に言葉は出て、薫に伝わってしまっている。薫は顔を深紅色に染めて、「そ、そうなんか」と呟き、ゆっくりとパーカーのファスナーを下ろしていく。脱いだパーカーを腕にかけ、腕を体の前にやって体を少し隠すようにする。その仕草一つひとつに春希の目は吸い込まれていく。
「お、おかしくないかのお」
薫が着ていたのは意外にもビキニだった。特にハードなものではないが、それを薫が着ているというギャップが春希をさらに引き込ませる。
「お、おかしくなんかないよ! ……すごく、似合ってるよ」
葵たちの水着姿を見たときより激しく胸が高鳴っているのに気がついた春希は、急いで薫から目を逸らす。
「そ、そうか……よかった」
ホッと胸を撫で下ろす薫は、そんな春希の様子に気づかない。
春希はなんとか薫の方に向き直そうとするが、激しく鼓動する心臓がそうはさせない。シートと砂浜の狭間をただただ見つめる。
「あらあら、ついに脱いじゃったのねぇ、薫ちゃん」
声に反応して顔を上げると、例の浮き輪を持った響と瑤香が海から帰ってきていた。さっきまで、浮き輪で浮いていた響を瑤香が引率していたのだ。
「瑤香、そのいい方はなんかエロイです」
「あら、響ちゃん結構耳年増なのね」
「……しらねえです」
「何を言いよんな二人は」
響をからかって笑う瑤香。その二人のやり取りが、更に春希の心臓の鼓動を激しくさせる。
そんな春希の様子に気付いた瑤香は、もう一度水着姿になった薫を見て、笑みを浮かべて、少し大きめな声で言う。
「あら、私としたことが、日焼け止めを塗るのを忘れていたわ。でも、手に入ってないのよねぇ」
「そ、それならここに……」
春希は硬直状態を解いて二、三歩歩き、そこに咲いていたディザイアフラワーを摘み取って嗅ぐ。現れた日焼け止めを「どうぞ」と瑤香の前に差し出す。しかし、瑤香はそれを受け取らず、笑みを浮かべて言う。
「そうねぇ、春希くん、ついでに塗ってくれないかしら。私の体に」
「え、ええっ!?」
「な、何言っとんな、瑤香!」
瑤香の発言に慌てふためく春希と薫の二人。そんな二人を見て瑤香は、ふふっと笑う。そう、瑤香は二人の間に何があったのかを見抜き、そんな二人をからかおうとしたのだ。……しかし、二人は瑤香の予想とは違ったことを言う。
「お、俺に瑤香さんの体に日焼け止めを塗れって言うんですか……楓がそこにいるのに!」
「せっかく機嫌を良くしたのに、瑤香はまたあれをこの地に降臨させようと言うんか!?」
そんな二人の予想外の反応に一瞬呆けた後、瑤香はサーッと血の気が引くのを感じて、「そうだったわ……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」と謝り、「ありがとう」と礼を言って春希から日焼け止めを受け取り、自分で塗り始めた。




